★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリングのバルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番/ヴァイオリンとオーケストラのラプソディ第1番

2023-11-13 09:36:03 | 協奏曲(ヴァイオリン)


バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
        ヴァイオリンとオーケストラのラプソディ第1番

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング

指揮:ベルナルト・ハイティンク

管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

録音:1969年11月、アムステルダム

発売:1976年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) X‐5637(6500 021)

 バルトークは、ヴァイオリン協奏曲を2曲書いている。第1番は1908年に作曲されたが、長い間放置され、1959年になって出版された。一方、今回のLPレコードに収められている第2番は、1938年に作曲された曲。この2曲が作曲された間には、「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」「2台のピアノと打楽器のソナタ」などの傑作が生み出されている。このヴァイオリン協奏曲第2番を聴く際には、バルトークの米国への亡命ということを考えなければ、この曲の真の理解には繋がらないであろう。当時、ナチスがオーストリアを併合し、バルトークの祖国であるハンガリーも同じ運命を辿ることは、容易に想像できた時なのである。そんな苦悶の中で作曲されたのが、このヴァイオリン協奏曲第2番なのだ。このためか、全3楽章のいずれも、息詰まるような緊張感が覆う。決して取っ付きがいい曲とは言えないが、当時のバルトークが置かれた精神状態を考えながら、何回か繰り返し聴いて行くうちに、その内向した精神の深さと、その中から必死になって活路を見い出そうとするような、強靭な精神性に貫かれた、この曲の真髄に触れることができるのである。バルトークは、米国に亡命した後は、生きて故郷のハンガリーの土を踏むことはなかった。この曲は、そんな自分の将来を予兆でもするかのように、苛立ちと苦悩とが混ざり合った陰鬱な雰囲気に覆われている。普通なら、そのような曲は、人の心を掴むことは難しい。しかし、そこはバルトークである。現在、聴いてみると、現代人が多かれ少なかれ、誰でも持っている将来に対する漠然とした不安(戦争、地球環境破壊、原子力発電事故など)を、ものの見事に表現し切っている曲のように私には聴こえる。一方、ヴァイオリンとオーケストラのラプソディ第1番は、1928年に作曲された。バルトークには珍しい、ジプシーのヴァイオリンの即興演奏風の香りがする、民族色濃い作品だ。ジプシー音楽といっても、ヴァイオリン協奏曲第2番ほどでもないが、この作品もバルトーク独特の気難しさが漂うので、そう気楽には聴けない。ヘンリック・シェリング(1918年―1988年)のヴァイオリンは、これら2曲を実に緻密な演奏で表現し切っており、見事な出来栄えを聴かせてくれる。特に、ヴァイオリン協奏曲第2番では、確信に満ち、説得力のある、その弓使いが強く印象に残る。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ウィリアム・ベネットのフルートとグリュミオー・トリオのモーツアルト:フルート四重奏曲全曲(第1番~第4番)

2023-11-09 09:38:27 | 室内楽曲


モーツァルト:フルート四重奏曲全曲(第1番~第4番)

フルート:ウィリアム・ベネット

弦楽三重奏:グリュミオー・トリオ

       アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
       ゲオルク・ヤンツェル(ヴィオラ)
       エヴァ・ツァコ(チェロ)

発売:1979年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐45

 モーツァルトは、4曲のフルート四重奏曲を書いたが、このLPレコードには、その4曲が収められており、フルート四重奏曲の全貌を通して聴くことができる。演奏も、フルートのウィリアム・ベネットと弦楽のグリュミオー・トリオとの息がピタリと合い、この4曲の演奏で、これ以上は望めないほどの見事な仕上がりの演奏を聴かせる。4曲ともいかにもモーツァルトらしい軽快感に満ちたもので、聴いていてわず心が弾むような気持ちにさせられる。この4曲を聴く時は、心が落ち込んでいる時は避けた方が無難かもしれない。屈託がなく、そこらじゅう幸福感に満ち溢れた音楽に仕上がっているからだ。まあ、見方によれば貴族のお遊びの音楽ということもできるかもしれないが、モーツァルトの天分は、そんな俗な見方を遥かに凌駕して、音楽の純粋な喜びに溢れた曲にまとめあげており、曲も短めで、緊張感もほどほどあり、室内楽のビギナーが聴くのに、これほど適した曲はあるまい。昔は、ラジオからこれらのモーツァルト:フルート四重奏曲は、しょっちゅう流されていたが、最近は聴く機会が少なくなっているように思う。どうも最近のクラシック音楽放送は、小難しい大曲だけを重視して、小品の名曲を軽視する傾向があるのではないか。このモーツァルト:フルート四重奏曲第1番~第4番を聴いてそんな思いに駆られた。それに、このような室内楽の小品こそ、LPレコードの音質の特徴であるビロードのような柔らかさがよく合うのだ。フルートのウィリアム・ベネット(1936年―2022年)は、イギリス、ロンドン出身。ロンドンでジェフリー・ギルバートに、フランスではジャン=ピエール・ランパルとマルセル・モイーズに学ぶ。 ロンドン交響楽団、アカデミー室内管弦楽団やイギリス室内管弦楽団ほか多くのオーケストラの首席奏者を歴任した。ソリストとしても国際的に広く活躍をし、イ・ムジチやイギリス室内管弦楽団との共演・録音は世界的に極めて高い評価を得た。1960年代後半に、他のイギリス人のフルート奏者とイギリスのフルートメーカーと協力して、音程を改善した「ベネット・クーパー・スケール」を開発。このスケールは現在世界のフルートの標準になっている。1995年には女王エリザベス2世より、その音楽への貢献に対して名誉大英勲章第4位(O.B.E)を受章。このLPレコードのおいてウィリアム・ベネットは、モーツァルトの曲想にぴったりと合った、フルート特有の美しい音色によって、リスナーを魅了して止まない演奏を披露している。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇マイケル・ティルソン・トーマス指揮ボストン交響楽団のチャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」

2023-11-06 09:53:06 | 交響曲(チャイコフスキー)


チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」
             
指揮:マイケル・ティルソン・トーマス

管弦楽:ボストン交響楽団

録音:1970年3月、ボストン、シンフォニー・ホール

LP:ポリドール(グラモフォンレコード) MGW5155

 チャイコフスキーは、最初の管弦楽曲である序曲が好評であったため、交響曲を書くことを思い立ち、師のアントン・ルービンシュタインとニコラウス・ザレンバに指導を仰ぎ、交響曲第1番「冬の日の幻想」を完成させた。チャイコフスキー自身、この曲を生涯愛していたという。伝統的な4楽章からなるこの交響曲は、第1楽章と第2楽章だけに「冬の旅の夢想」と「陰気な土地、薄暗い土地」という副題が付けられているが、どのような意味であるのかは明らかにはなってはいないが、ロシアの寒い冬の大地を暗示するようでもある。この曲は、そう度々演奏されることはないが、その後のチャイコフスキーの交響曲の要素が素材のまま曲の中に凝縮されているようでもあり、一度聴くと、後になって気になる交響曲であることには間違いない。全4楽章を通して豊かで美しいメロディーが散りばめられており、聴きやすい構成となっている。この曲には「冬の日の幻想」という副題が付けられている通り、ロシアの寒々とした空気がオーケストラの音色から聴き取れ、民族色の濃い曲でもあることから、チャイコフスキー自身が終生愛した曲であることが分るような気がする。このLPレコードでボストン交響楽団の指揮をしているのが、米国出身のマイケル・ティルソン・トーマス(1944年生まれ)である。ロサンゼルス、ハリウッドで生まれ、南カリフォルニア大学で化学と作曲を学ぶ。さらにロサンゼルスにおいて現代音楽を中心にピアノと指揮を学ぶ。1969年にボストン交響楽団ンのアソシエート指揮者に招かれ、同年のニューヨーク公演で急病のスタインバーグの代役を務めて成功を収め、翌年ロンドンでもデビューを果たす。1971年バッファロー・フィルハーモニーの音楽監督、同時にニューヨーク・フィルハーモニックの青少年コンサートの指揮者も務めた。1988年にクラウディオ・アバドの後任として、ロンドン交響楽団の首席指揮者に抜擢され、1995年まで務める。この間、ボストンのタングルウッド音楽祭をはじめ、各地で客演活動を重ね、好評を得る。1995年からは、現在に至るまでサンフランシスコ交響楽団の音楽監督を務め、同楽団の長期音楽監督の記録を塗り替えた。このLPレコードでは、持ち前の分りやすく、軽快な指揮ぶりを披露しており、充分聴き応えのある録音に仕上がっている。録音の音質も秀逸。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇シゲティの近代ヴァイオリンソナタ選集

2023-11-02 10:00:40 | 室内楽曲(ヴァイオリン)

 

~近代ヴァイオリンソナタ選集~

バルトーク:ヴァイオリンソナタ第2番
アイブス:ヴァイオリンソナタ第4番「野外集会の子供の日」
ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ
オネゲル:ヴァイオリンソナタ第1番

ヴァイオリン:ヨゼフ・シゲティ

ピアノ:ロイ・ボーガス

録音:1959年3月、ニューヨーク

発売:1979年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 13PC‐95

 これは、ハンガリー出身の大ヴァイオリニストのヨゼフ・シゲティ(1892年―1973年)が、バルトーク、アイブス、ドビュッシー、オネゲルのヴァイオリンソナタを1曲づつ録音した記念碑的LPレコードである。シゲティは「シゲティの前にシゲティなし、シゲティの後にシゲティなし」と言われたほどのヴァイオリンの大家である。シゲティ以前のヴァイオリン演奏においては、如何にヴァイオリンの音色を美しく、浪々と奏でるかで、そのヴァイオリニストの評価されていた。これに対し、シゲティの演奏は、ヴァイオリンから美音なんて出すことは考えずに、荒々しい奏法を使ってでも、直接曲の本質に迫るという、それまでのヴァイオリン奏法と真逆な手法を取り入れたのである。このためバッハの曲でもベートーヴェンの曲でも、従来のヴァイオリニストが表現できなかった、その曲が本来持つ本質を抉り出すことに成功したのである。これは到底余人の及ぶ所でなく、“孤高の芸術家”とも評された。シゲティの奏法の特質は、それまであまり演奏されることがなかった近代作曲家の作品にも光を当てることにも繋がった。その成果の一端がこのLPレコードに収められている曲である。例えば、ドビュッシー:ヴァイオリンソナタは、今でこそ多くのヴァイオリニストがリサイタルで取り上げ広く知られているが、この曲が広く知られる前からシゲティは、リサイタルで盛んに取り上げ、そのことが後になってドビュッシーの代表的作品の一つとして定着する切っ掛けとなったのだ。このLPレコードに収められた4曲は、ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ以外は、あまり聴く機会がないが、シゲティの名演奏で聴いてみると、それぞれ、なかなか味わいのある曲であることを認識させられる。バルトーク:ヴァイオリンソナタ第2番は、1922年に作曲され、2つの楽章からなる。シゲティはこの曲を大変好んでおり、録音の機会を待ち望んでいたという。アイブス:ヴァイオリンソナタ第4番「野外集会の子供の日」は、1915年に作曲され、3つの楽章からなる。アイブスは、教会のオルガニストとして出発したが、以後、実業界に入り、趣味として作曲活動を続けた。ドビュッシー:ヴァイオリンソナタは、病苦の中で書いた3つのソナタの最後の曲で、3つの楽章からなる。初演は死の前年に行われた。オネゲル:ヴァイオリンソナタ第1番は、1918年に作曲され、3つの楽章からなる。オネゲルは、ヴァイオリンとピアノのための曲を2曲遺している。(LPC)

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