★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇”チェロの神様”カザルス、全盛時代のチェロ名演集

2023-07-13 09:37:08 | 室内楽曲(チェロ)


~赤盤復刻シリーズ カザルス名演集~

バッハ:アダージョ(トッカータハ長調より、シロティ編~カザルス改編)                
       <1927年2月28日録音>
ルービンシュタイン:へ調のメロディー(ポッパー編)                            
       <1926年1月20日録音>
シューベルト:楽興の時第3番(ベッカー編)                                 
       <1926年1月4日録音>
ショパン:夜想曲変ホ長調Op.9‐2(ポッパー編)                              
       <1926年1月20日録音>
フォーレ:夢の後に(カザルス編)                                       
       <1926年1月5日録音>
ゴダール:ジョスランの子守歌                                         
       <1926年1月20日録音>
グラナドス:歌劇「ゴエスカス」間奏曲(カサド編)                              
       <1927年2月28日録音>
サン=サーンス:白鳥(組曲「動物の謝肉祭」より)                             
       <1926年1月20日録音>
ショパン:前奏曲変ニ長調Op.28‐15「雨だれ」(ジーヴェキング編)                  
       <1926年1月19日録音>
ワーグナー:優勝の歌(楽劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」より、ウィルヘルミ編)   
      <1926年1月19日録音>
ワーグナー:夕星の歌(歌劇「タンホイザー」より)                              
       <1926年1月4日録音>
イルマッシュ:やさしきガボット                                          
       <1926年1月4日録音>

チェロ:パブロ・カザルス

ピアノ:ニコライ・メトニコフ

発売:1979年

LP:RVC(RCA) RVC‐1563(M)

 このLPレコードは、”チェロの神様”といわれたパブロ・カザルス(1876年―1973年)が赤盤(著名演奏家に特化した録音盤)のSPレコードに遺した録音を、LPレコードに復刻したものである。この録音は1926年~1927年であり、カザルス50歳前後の油の乗り切った時代(カザルスは96歳と長命であった)にSPレコードに録音したものだけに、音質は現在の録音レベルとは比較にはならないが、しっかりとした安定感ある録音状態で、今となっては誠に貴重な録音と言える。カザルスはスペインのカタルーニャ地方に生まれた。チェロの近代的奏法を確立し、その深い精神性を感じさせる演奏において20世紀最大のチェリストと言われている。同時にカザルスは、平和活動家としても有名で、音楽を通じて世界平和のため積極的に行動したことでも知られる。 1971年10月24日の「国連の日」、カザルス94歳の時に、ニューヨーク国連本部にて演奏会が行われ(その時の録音は世界中で聴かれ当時大きな話題となった)、同時に「国連平和賞」がカザルスに授与されている。1961年には、弟子のチェリストの平井丈一朗(1937年生まれ)のために来日し、リサイタルのほか東京交響楽団、京都市交響楽団を指揮した。このLPレコードのライナーノートは、カザルスの高弟であった平井丈一朗が執筆しており、「先生(カザルス)は、真の意味での理想的な技巧の持ち主であり、千変万化の技巧は全く他の追随を許さないものである。にもかかわらず、先生の演奏を聴いていると技巧というものを感じさせない。それは、先生の技巧が常に音楽と一体になったものであり、芸術の深い内容を表現するための極めて自然な手段と化しているからだと言えよう。先生は、19世紀末までは常識となっていた旧式なテクニックを一掃し、最も新しい合理的なチェロの奏法を完成し、チェロ音楽を芸術的に比類のない最高のものにまで引き上げた」とカザルスの偉業を、感動的な文章で綴っている。このLPレコードにおけるカザルスの演奏は、実に堂々とチェロと向き合い、骨格のしっかりとした音楽を形づくっている。同時にチェロがヴァイオリンのように軽やかに鳴る様に驚くばかり。そしていつもは何気なく聴いているポピュラーな曲でも、一旦カザルスの手に掛かると奥の深い、格調の高い曲に聴こえてくるのは、実に不思議な体験ではある。なお、このLPレコード・ジャケットは、SPレコード時代の雰囲気をデザインしたもの。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇コレギウム・アウレウム合奏団のモーツァルト:セレナード第12番「ナハト・ムジーク」/第11番

2023-07-10 09:43:57 | 管弦楽曲


モーツァルト:セレナード第12番「ナハト・ムジーク」
       セレナード第11番

合奏:コレギウム・アウレウム合奏団員

録音:1970年、バイエルン州キルヒハイム・フッカー城、糸杉の間

LP:テイチク(ハルモニア ムンディ レコード) ULS-3130-H

 モーツァルトは、セレナードをはじめディヴェルティメント、カッサシオンなどの社交音楽といおうか、肩のこらない気楽に聴ける音楽を我々に数多く遺してくれており、それらの音楽が、ありとあらゆるものが変化を遂げた現代においても愛好されているということは、ある意味では驚異的なことなのかもしれない。交響曲とか協奏曲などは、時代を越えて普遍的な音楽を伝えてくれるので、現代の我々が聴くことは納得がいくが、社交音楽は、その時代の雰囲気を背景にして、はじめて成り立つ音楽であり、それが今でも聴かれるということは、モーツァルトの作曲自体に、単なる社交音楽以上の何かが込められているからだろうな、と感じざるを得ない。今回のLPレコードはそんなモーツァルトが作曲したセレナードの中でも、管楽器の合奏によるセレナードを2曲収めてあるところに特徴がある。モーツァルトが作曲した管楽器のためのセレナーデというと、誰もが真っ先に思い浮かべるのは「13の管楽器のためのセレナード“グラン・パルティータ”」だろう。セレナード第12番「ナハト・ムジーク」は、「13の管楽器」と同じ年の1781年に作曲され、セレナード第11番は、翌年の1782年に作曲されている。これらの2曲の管楽器合奏のためのセレナードは、「13の管楽器」ほどポピュラーではないが、内容がなかなか充実した曲で、一度は聴いておきたい曲ではある。演奏しているコレギウム・アウレウム合奏団は、ハルモニア・ムンディのレコーディングを目的として1962年ドイツで結成されたアンサンブルで、原則的に指揮者を持たなかった。名前は“黄金の集団”を意味し、“宮廷音楽を復活させる楽団”としてバロックおよび古典の作品を、当時の響きで再現したアンサンブルであった。この録音でも一部の隙もなく、同時に社交音楽の持つ明るさも加味した、優雅な演奏ぶりを聴かせてくれている。このLPレコードでは、バロックオーボエ、クラリネット、ファゴット、インヴェンティオンズホルンという4種の管楽器が用いられているにすぎないが、それでも彼らの演奏が醸し出す雰囲気は、“黄金の集団”の名に値するものと言えよう。このLPレコードは、1970年に録音されたが、1971年度のウィーン芸術祭におけるレコード賞である「ウィーン・モーツァルト協会賞」、すなわち「ウィーン・フレーテンウール賞」を獲得している。このことからも、この録音がモーツァルト演奏における最も優れた一つであることが証明されよう。(LPC)

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<クラシック音楽LP>ホロビッツのベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」/ドビュッシー:前奏曲集第2集から/ショパン:練習曲op.10-12「革命」、練習曲op.25-7、スケルツォ第1番

2023-07-06 09:38:34 | 器楽曲(ピアノ)



ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」
ドビュッシー:前奏曲集第2集から
        「妖精は良い踊り子」
        「ヒースの茂る荒地」
        「風変わりなラヴィーヌ将軍」
ショパン:練習曲op.10-12「革命」/練習曲op.25-7/スケルツォ第1番

ピアノ:ウラディミール・ホロヴィッツ

録音:1963年秋、ニューヨーク

LP:CBS/SONY 18AC 736

 ウラディミール・ホロヴィッツ(1903年―1989年)ほど神格化されたピアニストも珍しい。現在でも、あたかも全てのピアニストを代表するピアニストであったかのように語られることがあるほどだ。ホロヴィッツは、ウクライナに生まれ、キエフ音楽院を卒業後、旧ソ連国内でリサイタル活動を展開。その後、1928年にチャイコフスキーのピアノ協奏曲でアメリカデビューを果たし、これが“奇跡のピアニスト”として大々的に紹介され、世界に名が知れ渡った。トスカニーニの娘ワンダと結婚し、1944年には米国の市民権を獲得した。しかし、1953年のアメリカデビュー25周年記念リサイタル後、間もなく突然すべてのリサイタルをキャンセルすると、それから1965年まで12年もの間、ホロヴィッツは何故かコンサートを行わなかった。この理由は不明だが、このLPレコードのライナーノートで高柳守雄氏は次のように推理している。「ホロヴィッツにとってトスカニーニとの出会いは果たして幸せであったかどうか・・・どこから見ても火と水の間柄である・・・そうした火と水の間柄が不幸な結果をもたらしたのではあるまいか」と。このLPレコードは、1963年秋にニューヨークで録音されたもので、ホロヴィッツ復活の切っ掛けになった歴史的録音である。その後、ホロヴィッツは録音にも積極的に取り組んだが、ホロヴィッツを評価する人の中には、初期のホロヴィッツのピアノ演奏の凄さを指す人も多い。この録音以後は、重厚さは出てきたが、その反面初期の鋭敏さが失われた、という。このLPレコードのショパンの演奏などを聴くと、何かちぐはぐな感じがして、若き日の鋭利さを聴き取ることは難しい。しかし、ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」などを聴くと、やはり、ホロヴィッツが突出したピアニストであったことが聴いて取れる。構成が実に堂々としていて、さらに、ところどころに繊細な感覚も宿っている。ドビュッシー:前奏曲集第2集の3曲も、多彩な色彩を撒き散らすようなピアノタッチが印象的であり、この演奏を聴くとその非凡さを改めて思い知らされる。ホロビッツのレパートリーは、ショパン、リスト、シューマンなどのロマン派の作品が中心であったが、スクリャービンなど近現代の作曲家、モーツァルト、ベートーヴェンなど古典も含め、極めて多岐に及んでいた。また、ホロヴィッツがレパートリーとしたことにより、スカルラッティやクレメンティの鍵盤作品に、再びスポットが当てられるようになったことも特筆されよう。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フリッチャイ指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン:交響曲第7番

2023-07-03 09:35:33 | 交響曲(ベートーヴェン)


ベートーヴェン:交響曲第7番

指揮:フェレンツ・フリッチャイ

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1960年10月、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:MH 5068(2548 107)

 ベートーヴェンの第7交響曲は、ワーグナーが”舞踏の聖化”と呼び、「メロディーとハーモニーは、あたかも人体組織のごとく活気あるリズムの形象をもって淀みなく流れ・・・」と評したように、全体に躍動感が漲った名曲である。このことは、1814年2月27日の初演当時から評判となり、楽聖の名を一層高めることになった。しかし、ベートーヴェン自身は、耳の悪化に加え、ナポレオン軍のウィーン攻撃に脅かされていたわけで、状況は決して良いわけではなかった。ベートーヴェンは、むしろ対に書かれた第8交響曲の方が気に入っていたようで、第7番の人気に戸惑いを見せたとも言われている。これは第7番が時代を先取りし、現代にも通じる感覚を纏っていたからほかあるまい。そのベートーヴェンの第7交響曲を、名指揮者フェレンツ・フリッチャイ(1914年―1963年)がベルリン・フィルを指揮したのがこのLPレコードである。フェレンツ・フリッチャイは、ハンガリー、ブダペスト出身。ブダペスト音楽院でコダーイ、バルトークらに指揮と作曲を学ぶ。卒業後、ブダペスト国立歌劇場、ハンガリー国立交響楽団(現ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督を歴任。1949年からはベルリン市立歌劇場の音楽監督およびRIAS交響楽団の首席指揮者に就任。1956年バイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任。1958年から、白血病の症状が現れ、長期の休養を余儀なくされるが、ベルリン放送交響楽団(RIAS交響楽団から名称変更)の首席指揮者に復帰。1962年に白血病の症状が悪化し、1963年2月20日、スイスのバーゼルの病院で48歳の若さで他界した。フリッチャイは、いつもは躍動感たっぷりに情熱的に演奏する指揮者なので、このLPレコードでもそうなのかと聴いてみると、確かに躍動感を充分に秘めた指揮ぶりなのではあるが、ここではむしろ内面に向かうかのような、心の中の音楽として第7交響曲を演奏している。これは、フリッチャイの死の3年前の録音なので、体調が優れなかったことが何か影響していたのであろうか。しかし、このことは、逆にこの録音をさらに価値あるものしていると私は思う。これほどまでに陰影に富んで、精神性に深みがある第7交響曲の演奏は、そう滅多に聴かれるものではない。フリッチャイは、自分の心と対話しながら指揮をしているようでもある。その意味からこれは、不世出の名指揮者フリッチャイが残した貴重な録音であるとも言える。(LPC)

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