モーツアルト:ピアノ協奏曲第23番/第24番
ピアノ&指揮:ダニエル・バレンボイム
管弦楽:イギリス室内管弦楽団
録音:1967年1月1日~2日(第23番)
1971年11月25日(第24番)
LP:東芝EMI EAC‐85032
ダニエル・バレンボイム(1942年生まれ)が、それまでのピアニストとしての活動に加え、新たに指揮者としての活動をスタートさせた頃の録音が、今回のLPレコードである。これ以後バレンボイムは、徐々に指揮者としての活動に重点を移すことになっていく。我々の世代は、バレンボイムというと、ピアニストの姿を思い浮かべるが、2009年のニューイヤーコンサートではウィーン・フィルを指揮したように、若い世代にとってはバレンボイムは、ピアニストというより、指揮者であるのだろう。2016年2月には指揮者としての来日公演が行われ、シュターツカペレ・ベルリンを指揮してブルックナー交響曲全曲演奏会が話題を集めた。最初の妻が名チェリストであったジャクリーヌ・デュ・プレ(1945年―1987年)であったり、自身のユダヤ人としての発言や行動が注目を集めるなど、話題にこと欠かない人でもある。ピアノ協奏曲第23番は、第24番とともに、1786年に3回開かれたモーツァルトの演奏会のために作曲された作品。いつもはしばしば行われる即興演奏の技法を、モーツァルトはこの曲ではあえて指定しなかったことは、この作品が極度に集中して作曲されたことを示している。この曲は、1783年~1785年の冬のシーズンに作曲に着手したようだ。第1楽章アレグロイ長調 4分の4拍子 協奏風ソナタ形式、第2楽章アダージョ 嬰ヘ短調 8分の6拍子の三部形式、第3楽章アレグロ・アッサイ イ長調 2分の2拍子 ロンド形式、以上の3つの楽章からなる。一方、ピアノ協奏曲第24番は、モーツァルトのピアノ協奏曲の中で、短調の作品は、この曲と第20番だけである。1786年3月24日に完成を見た。初演は同年4月7日、ウィーンのブルグ劇場で開かれたモーツァルト自身の音楽会で行われた。この曲は、いつものモーツァルト特有の明るい曲調ではなく、暗い中に情熱が込められた作品である。第1楽章アレグロ ハ短調 3/4拍子 ソナタ形式、第2楽章ラルゲット 変ホ長調 2/2拍子 ロンド形式、第3楽章アレグレット ハ短調 2/2拍子 主題と8つの変奏からなる変奏曲、以上の3つの楽章からなる。このLPレコードでのバレンボイムの演奏は、ピアニストと指揮者兼任のバランスの良さを存分に発揮している。第23番の演奏は、あたかも羽毛布団に包まれているような、温かく柔らかいサロン風な演奏が絶品だ。第24番の演奏は、“モーツアルトの短調”にあまり拘ることもなく、流麗な演奏を聴かせており、あたかも秋の青空を眺めているように小気味よい。(LPC)
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲
モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲K.365
ピアノ:ロベール・カザドシュ
ギャビー・カザドシュ(モーツァルト)
指揮:ユージン・オーマンディ
管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団
LP:CBS・ソニー 13AC 1070
録音:ラヴェル:1960年12月14日
モーツァルト:1960年12月15日
フランスの名ピアニストであったロベール・カザドシュ(1899年―1972年)が、妻のギャビーと共に録音したのがこのLPレコード。カザドシュの才能は若いときから花開いたようで、3歳で人々の前でピアノを弾き、10歳でパリ音楽院に入学し、一等賞を得て1913年に卒業している。第2次世界大戦後は、アメリカにも拠点を広げ、フランスとアメリカで演奏活動を行った。第2次世界大戦中は米国に亡命したが、戦後は1950年に帰国した。また、1952年までアメリカ音楽院の院長を務めた。カサドシュは、ギャビー夫人と息子ジャンとの共演により、このLPレコードにあるモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲のほかに、3台のピアノのための協奏曲も録音している。また、作曲家としても作品を残しており、7曲の交響曲、3曲のピアノ協奏曲、それに多数の室内楽曲などがある。ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲は、ラヴェルの創作活動の最晩年に完成した作品。この曲の委託者は、オーストリア出身のピアニストであったパウル・ヴィトゲンシュタイン(1887年―1961年)である。彼は、第1次世界大戦で右手を失い、左手だけでピアノ演奏活動を行ったことで当時、広く人々に知られていた。この曲は、単一楽章で書かれており、切れ目なく演奏されるが、実際には、レント、アレグロ、レントという3部構成となっている。このLPレコードでのロベール・カザドシュのラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲の演奏は、不安げでありながら、ほの暗い情熱的な面を持ち、しかもラヴェルが「ジャズの要素も取り込んだ」という曲想を、カザドシュは誠に的確に表現しており、今でもこの曲の代表的録音と言っても過言でないほど。一方、モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲K.365は、モーツァルトがザルツブルグ時代に書いた最後の作品で、モーツァルト唯一の2台のピアノのための協奏曲となった。当時、モーツァルトは、母を亡くし、悲しみに沈んでいたが、この曲はそのようなことをまったく感じさせない、幸福感に溢れた作風となっている。これは、モーツァルトがパリ滞在中に受けた影響であろうと言われている。ここでのロベール・カザドシュとギャビー・カザドシュの2人によるモーツァルト:2台のピアノのための協奏曲の演奏内容は、雰囲気がラヴェルの時とはがらりと変わり、ロベール・カザドシュが妻のギャビーとのデュオ演奏をすることによって、明るく華やかに、しかも楽しそうに演奏を行うことによって、微笑ましいことこの上ないものに仕上がった。(LPC)
バッハ:ピアノ協奏曲第1番 BWV1052 (ライヴ録音:1947年10月2日)
ピアノ:ディヌ・リパッティ
指揮:エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム
管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ブラームス:「愛の歌」op.52~四手のピアノと歌のためのワルツ~
ソプラノ:ジャンヌ・ドゥ・ポリニャック
メゾ・ソプラノ:イレーヌ・ケドロフ
テノール:ユーグ・クエノー
バス:ドダ・コンラート
ピアノ連弾:ディヌ・リパッティ/ナディア・ブーランジェ
発売:1978年5月
LP:日本コロムビア OZ‐7549‐BS
ディヌ・リパッティが遺したピアノ協奏曲のレコードは、まず、1950年8月23日、ルツェルン音楽祭において、カラヤン指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第21番を演奏したものがある。ディヌ・リパッティが遺したピアノ協奏曲のもう一つの録音は、1950年2月22日のジュネーブ、ヴィクトリアホールにおけるアンセルメ指揮スイスロマンド管弦楽団と共演したシューマンのピアノ協奏曲。こちらの方は、リパッティ没後20年を記念して、英デッカから発売となった。その後、もうディヌ・リパッティが遺したピアノ協奏曲の録音はあるまい、と思われていた時に、ひょっこりと発売されたのが、この、1947年10月2日にエドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と共演したバッハ:ピアノ協奏曲第1番 BWV1052の演奏会のライヴ録音盤である。1947年9月にリパッティは、イギリスを訪問して、演奏会のほかに、グリーグ:ピアノ協奏曲とショパンのワルツをレコーディングした。その帰途にオランダに立ち寄り、アムステルダムのコンセルトヘボウの大ホールで演奏会を開催した時の録音が、このLPレコードのバッハ:ピアノ協奏曲第1番 BWV1052というわけである。原盤はアセテートの78回転盤。このため、音質はぎりぎり鑑賞に耐えうる、といった感じであり、現在の録音レベルとは比較はできない。しかし、そのことさえ我慢すれば、この録音は1947年という、リパッティの最盛期の演奏会の模様が収められている、リパッティを知る上で誠に貴重な録音なのである。演奏内容は、リパッティの特徴である、輪郭のはっきりとした、透明感あふれる名演を聴き取ることができる。特に第2楽章のつぶやくような、しみじみとした情感あふれる演奏を聴くと、リパッティはつくづく不世出のピアニストだったのだという感慨にとらわれる。第1楽章と第3楽章は、一部の隙もない、軽快なテンポに加え、リパッティ一流のロマン感覚をたっぷりと注ぎ込んで、バッハの世界を思う存分描き切っている。一方、このレコードのB面には、20歳のリパッティが恩師のナディア・ブーランジェ(1887年―1979年)と一緒にピアノ連弾で伴奏をした録音。ブーランジェは、フランスの作曲家・指揮者・ピアニスト・教育者で、特に音楽教師として数々の名演奏家を育てたことで知られる。ブラームス:「愛の歌」op.52は、愛らしい18曲からなる、混声四重唱と連弾のためのワルツ集。ここでの演奏内容は、先生と教え子達が仲睦まじく演奏する、心温まる雰囲気が伝わってくる。(LPC)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番/第19番
指揮&ピアノ:ダニエル・バレンボイム
管弦楽:イギリス室内管弦楽団
録音:1968年10月1日~2日、アビー・ロード・スタジオ(第21番)
1972年4月23日、1973年3月24日、アビー・ロード・スタジオ(第19番)
LP:東芝EMI EAC‐85007
このLPレコードは、指揮&ピアノ:ダニエル・バレンボイム、管弦楽:イギリス室内管弦楽団によるモーツァルト:ピアノ協奏曲全集の中の第21番/第19番を収めた一枚だ。バレンボイム(1942年生まれ)は、アルゼンチン出身のピアニスト・指揮者で、現在の国籍はイスラエル。ピアニストとしての名声を確固たるものとした後、1966年からイギリス室内管弦楽団とモーツァルトの交響曲録音を開始し、指揮者デビューを果たす。パリ管弦楽団音楽監督、シカゴ交響楽団音楽監督、ミラノ・スカラ座音楽監督を歴任。1992年からはベルリン国立歌劇場音楽総監督を務めている。モーツァルトは、1785年に第21番を含む3曲のピアノ協奏曲を作曲している。その前の年の1784年に6曲、後の年の1786年に3曲のピアノ協奏曲を書いており、この頃、集中的にピアノ協奏曲に取り組んだことが分かる。第20番のピアノ協奏曲が短調で書かれたのに対し、第21番はハ長調の明るく輝かしい趣を持った曲に仕上がっている。初演は、1785年3月12日にウィーンでモーツァルト自身のピアノ独奏で行われ、好評を得たことが姉ナンネルへの手紙に書かれている。モーツァルトのピアノ協奏曲は、この時期以降飛躍的に進展を見せ、ピアノとオーケストラが対等の立場に立ち、そのオーケストラは管楽器を活用することで、色彩感が色濃く付けられ、緩徐楽章の美しさが際立つようになっていく。その典型的な一つがピアノ協奏曲第21番。その第2楽章はスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」に使われた。ここでのバレンボイムのピアノ演奏は、曲に真正面から取り組み、その悠揚迫らざる演奏態度は、当代一のモーツァルト弾きであることを強く印象付ける。ゆっくりとしたテンポをとり、一音一音をかみしめるようにして弾き進む。華やかさに加え、堂々とした構えのある演奏内容となっている。この演奏を聴くと、第21番のピアノ協奏曲のすべてが語り尽くされたかのような印象すら受け、他のピアニストの演奏が、何かむなしいもの聴こえるほどの名演を聴かせる。一方、このLPレコードのB面に収められたピアノ協奏曲第19番は、1784年に書いた6曲のピアノ協奏曲の中の一曲。第20番以降の充実した内容のピアノ協奏曲に比べて、少々物足りない気もする曲だが、それ以前のピアノ協奏曲と比べると、大きな成長を見せている。ここでのバレンボイムは、第21番とはがらりと様相を変え、軽快そのものの演奏に徹しており、理屈抜きにモーツァルトを楽しむことができる演奏内容に仕上がっている。(LPC)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
ピアノ協奏曲第21番
ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス(マリア・ジョアン・ピレシュ)
指揮:テオドール・グシュルバウアー
管弦楽:リスボン・グルベンギアン管弦楽団
発売:1979年
LP:RVC EX‐2320
これは、モーツァルトの2曲のピアノ協奏曲の名曲を、若き日のピリスのピアノ独奏、グシュルバウアー指揮リスボン・グルベンギアン管弦楽団の伴奏で収録したLPレコード。ここには、モーツァルトをこよなく愛する音楽家たちの美しい出会いが鮮明にとらえられている。今はもう、このような心温まる演奏に接する機会は少なくなってしまった。ピリス(1944年生まれ)の透き通るような輝かしいピアノの音色、モーツァルトの音楽がこんこんと湧きだしてくるようなグシュルバウアー(1939年生まれ)の指揮、いずれをとっても、今聴くと懐かしき良き時代を思い起こさせてくれるのだ。そして、このことはLPレコードでなければ決して再現できないことを再認識させてくれる録音でもある。モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」は、1788年2月24日に完成した。この曲でのピリスの演奏は、まるで心がモーツァルトに乗り移ったかのように、純粋で、明朗で、清楚で、透明な美しさに満ち溢れた演奏を繰り広げる。音楽が自然な佇まいを見せ、少しの躊躇も淀みもない。それでいてその背後には、確固とした主体性が隠されているので、実にメリハリのある音楽がそこには生まれる。伴奏のグシュルバウアー指揮リスボン・グルベンギアン管弦楽団も、ピリスに負けずに、美しいモーツァルトの世界をつくりあげている。グシュルバウアーは決して華やかな指揮者ではないが、玄人好みといおうか、心の底からモーツァルトを愛好するリスナーにとっては、神様的な存在の指揮者であった。決して表面的な演奏に終わることがない。このLPレコードおいてこのことが実感できる。ピリスもそのことが分かっているかのように、グシュルバウアーを信頼し、伸び伸びと自分の世界を思う存分に弾き切っていることが手に取るように分かる。その意味で、この二人は、またとないコンビだったのだと思う。一方、ピアノ協奏曲第21番は、1785年3月9日にウィーンで書き上げられた。モーツァルトは、この後、歌劇「フィガロの結婚」に着手する。生活は相変わらず苦しかったようで、自ら演奏して生活費を稼ぎ出すために書かれた一つが、この曲だったという。初演は、1785年3月12日にモーツァルト自身のピアノで行われ、結果は好評を得たようだ。ここでのピリスとグシュルバウアーの演奏は、「戴冠式」のときと同じことが言えるが、「戴冠式」のときより、より心が内面に向かったような、しみじみとした情感に包まれた素晴らしい演奏に仕上がっているように感じた。いずれも、この2曲のベストを狙える名録音と言えよう。(LPC)