goo blog サービス終了のお知らせ 

★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇リヒテルによるチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/ラフマニノフ:24の前奏曲から6曲

2022-10-27 10:02:32 | 協奏曲(ピアノ)


チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
       6つの前奏曲(24の前奏曲から第12番,第13番,第3番,第5番,
              第6番,第8番)

ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル

<チャイコフスキー>

指揮:ヘルベルト・カラヤン
管弦楽:ウィーン交響楽団

<ラフマニノフ>

指揮:スタニスラフ・ヴィスロツキ
管弦楽:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

録音:1962年9月、ウィーン、ムジークフェラインザール<チャイコフスキー>
   1959年4月、ワルシャワ・フィリハーモニー<ラフマニノフ>

LP:ドイツグラモフォン MGX 9983~4(2枚組)

 このLPレコードの第1枚目は、1962年にウィーンで録音されたものである。スヴャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)のピアノ、カラヤン指揮ウィーン交響楽団によるチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番であるが、リヒテルもカラヤンも当時演奏者として最も油の乗った頃のもので、実に聴き応えのある演奏内容となっている。リヒテルの力強いタッチにより、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番の輪郭が一際引き立ち、そのダイナミックなピアノ演奏は、聴くものを圧倒せずには置かない。一方、カラヤンの指揮は実につぼを押さえた一部の隙もない演奏内容で、リヒテルのピアノ演奏を引き立てる。録音時期の1962年は、リヒテルが旧ソ連以外へ演奏旅行を開始した1960年直後のことであり、当時全世界の目がリヒテルの演奏に集まっていた。一方、カラヤンは当時、ミラノ・スカラ座、ベルリン・フィルそれにウィーン国立歌劇場の音楽監督という要職にあり、飛ぶ鳥を落とす指揮者として君臨していた。全盛期の巨匠2人による最高水準のチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番を聴くことができるのが、このLPレコードの特筆すべきことであり、歴史的にも貴重な録音となっている。一方、このLPレコードの第2枚目に収められているのは、スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ、スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団よるラフマニノフピアノ協奏曲第2番である。録音時期は、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番よりも3年ほど前の1959年4月である。この協奏曲でのリヒテルのピアノ独奏は、チャイコフスキーの曲とは大きく様変わりし、繰り返し湧き起る情念の発露が、悲しくも美しいピアノの旋律に乗り、ひしひしとリスナーの心の奥底へと響き渡るようである。それらは、決して上辺だけの表現ではなく、心の奥底から響き渡る豊かなうねりを伴っている。同時に、確固たる構成力に基づくメリハリの利いた演奏内容は、他の追随を全く許さず、リヒテルでなければ到底不可能な世界を繰り広げる。スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団も、陰影に富んだ深みのある演奏でリヒテルのピアノ演奏の効果を一層高いものへと押し上げている。このLPレコードは、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番の録音の決定盤と言っても過言なかろう。最後のラフマニノフ:6つの前奏曲の演奏も、ピアノ協奏曲第2番と同様スケールの大きい、しかも情感の籠ったものに仕上がっている。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇バレンボイム・ピアノ&指揮のモーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」/第27番

2022-10-13 09:41:00 | 協奏曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」K.537
        ピアノ協奏曲第27番K.595

ピアノ&指揮:ダニエル・バレンボイム

管弦楽:イギリス室内管弦楽団

録音:1974年5月23~24日(第26番)/1967年1月3日~4日(第27番)

LP:東芝EMI EAC‐85058

 このLPレコードでピアノ演奏と指揮を兼務(いわゆる弾き振り)しているダニエル・バレンボイムは、もともとピアニストの出身なのであるが、1966年から指揮者デビューを果たし、現在では指揮者をメインに演奏活動を行っている。このLPレコードは、バレンボイムがまだピアニストを中心に演奏活動をしていた頃の録音であり、このコンビによるモーツァルトのピアノ協奏曲全曲録音の中の1枚で、バレンボイムがピアノと指揮の両方を行っている。2曲とも演奏内容は、いかにもバレンボイムらしく、馥郁とした優美な香りに満ちたピアノ演奏であると同時に、がっしりとした構成力と力強さとを兼ね備えた、正に歴史に残る名演奏といっても過言でないであろう。特にモーツァルトの第26番「戴冠式」と第27番のピアノ協奏曲は、シリーズの最後を飾る2曲のであることもあり、実に聴き応えある録音に仕上がっている。第26番「戴冠式」は、1788年2月に書かれた。レオポルト2世のフランクフルトにおける戴冠式の折に、モーツァルトが同地まで出かけて演奏会を催し、その際にこのピアの協奏曲を演奏したことにより「戴冠式」と呼ばれるようになった。一方、第27番は、モーツァルトの死の年である1791年1月5日に書かれた。この頃モーツァルトは貧困のどん底にあったわけだが、この曲はそんなことを少しも感じさせない、至高の極みに立った、モーツァルトの最後の境地を映し出す名曲となっている。このLPレコードのライナーノートで石井 宏氏は「第20番以降の8曲は、人類の遺産と呼べるほど優れた作品群である」と書いているが、このことを文字通り裏付けるような名演奏をこのLPレコードで聴くことができる。ダニエル・バレンボイム(1942年生れ)は、アルゼンチン出身のピアニスト・指揮者(現在の国籍はイスラエル)。1950年まだ7歳のときにブエノスアイレスでピアニストとしてデビュー。21歳でベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を公開演奏している。ピアニストとしての名声を確固たるものとした後、1966年からイギリス室内管弦楽団とモーツァルトの交響曲録音を開始し指揮者デビューを果たす。1975年から1989年までパリ管弦楽団音楽監督に就任。1991年よりゲオルク・ショルティからシカゴ交響楽団音楽監督の座を受け継ぐ。さらにミラノ・スカラ座音楽監督を経て、1992年からベルリン国立歌劇場の音楽総監督を務めている。ミラノ・スカラ座音楽監督、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を歴任。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇ギレリスとヨッフム指揮ベルリン・フィルのブラームス:ピアノ協奏曲第1番

2022-05-30 09:37:46 | 協奏曲(ピアノ)


ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

ピアノ:エミール・ギレリス

指揮:オイゲン・ヨッフム

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1972年6月12日―13日、ベルリン、イエスキリスト協会

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MGX7065

 ブラームスのピアノ協奏曲第1番を初めて聴いた時、私は第1楽章のおどろおどろしい出だしに、緊張感で思わず見まがえたことを思い出す。それほどこのピアノ協奏曲は、通常のピアノ協奏曲と異なり、何か交響曲を聴いているようにも思えてくる。最初にこの曲を聴いた聴衆も、大分驚いたらしく、不評だったという(拍手は2、3人?しかなかったと、このLPレコードのライナーノートで浅里公三氏は書いている)。しかし、その後、徐々にこの曲の真価が認められ、今ではピアノ協奏曲の代表的な一つに数えられる程の名曲と評価されるまでに至っている。私の方も、その後この曲を何回も聴くうちに、徐々に耳に慣れてきて、その雄大で男性的な構想に引かれ、今では私の愛聴曲の一つになっている。このLPレコードでのギレリス(1916年―1985年)の演奏は、こけおどし的なピアノ演奏を狙うというよりも、この曲の持つロマン的な香りを強く前面に打ち出しており、これが逆に功を奏して、名演を聴かせてくれるのだ。しかし、要所要所はギレリス本来の、鋼鉄にも似たピアニズムが如何なく発揮され、この曲の名演奏録音の一つに挙げられるほどの出来栄えになっている。この成功は、オイゲン・ヨッフム(1902年―1987年)指揮ベルリン・フィルの名伴奏による所も大きい。ヨッフムもいたずらにオケを鳴らすことはせず、優雅に、しかし、スケールの大きな伴奏を聴かせ、聴くものを釘付けにする。エミール・ギレリスは、旧ソ連(ウクライナ、オデッサ)出身の20世紀を代表する世界的ピアニストの一人であった。オデッサ音楽院で学び、1933年(17歳)「全ソ連ピアノコンクール」優勝。1935年にオデッサ音楽院を卒業し、モスクワに転居、以後1937年までゲンリフ・ネイガウスに師事。1938年(22歳)「イザイ国際コンクール」優勝。その後、ヨーロッパでの演奏旅行を開始し、さらにアメリカでのデビューを果たす。1946年「スターリン賞」、1961年と1966年「レーニン勲章」、1962年「レーニン賞」をそれぞれ受賞している。往年には、その“鋼鉄のタッチ”と称される完璧なテクニックに加えて、格調高い演奏内容が高い評価を受けた。指揮のオイゲン・ヨッフムは、ドイツ、バイエルン州出身。ミュンヘン音楽大学で作曲を学ぶが、途中で専攻を指揮へと変更した。ハンブルク国立歌劇場音楽総監督、バイエルン放送交響楽団首席指揮者、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者、バンベルク交響楽団首席指揮者などを歴任した大指揮者であった。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇ブレンデル&マリナーのモーツァルト:ピアノ協奏曲第25番/ジェッシー・ノーマンのモーツァルト:レシタティーヴォとアリア

2022-02-28 11:05:35 | 協奏曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番          
      :レシタティーヴォ「どおしてあなたを忘れましょう」と
       アリア「恐れずに、いとしいあなた」(歌劇「イドメネオ」から)K.505

ピアノ:アルフレッド・ブレンデル

ソプラノ:ジェッシー・ノーマン

指揮:ネヴィル・マリナー

管弦楽:アカデミー室内管弦楽団

録音:1978年1月27日、仏ストラスブール(ライヴ録音)

発売:1979年

LP:日本フォノグラフ(PHILIPS) X‐7931(9500 538)

 1978年1月27日と28日の両日、モーツァルトの生誕222年を記念するコンサートがフランスのストラスブールで、国際音楽家互助財団(FIEM)の主催で行われた。これは、このときのライヴ録音をLPレコード化したものである。FIEMは、ヴァイオリニストのユーディ・メニューイン(1916年―1999年)を会長とし、若手演奏家の育成、音楽の国際交流、さらに伝統芸術の保護などを掲げた、ユネスコ傘下の財団であった。当時、資金源獲得のためFIEMは、しばしばコンサートを開催していたが、今回は、ピアノのアルフレッド・ブレンデル(1931年生まれ)、ソプラノのジェッシー・ノーマン(1945年―2019年)、指揮のネヴィル・マリナー(1924年―1916年)が馳せ参じて開催されたもの。その出来栄えはというと、このLPレコードの解説の大木正純氏が「歴史に残る名ライヴ盤」と記している通り、その演奏内容が最上の仕上がりを見せており、ライヴ盤独特の緊張感がひしひしと伝わってくる。しかもLPレコードなので、温かみのある音色で臨場感が存分に味わえるのである。このLPレコードでピアノの独奏をしているアルフレッド・ブレンデルは、チェコスロヴァキアの北モラヴィア生まれ。1943年にグラーツに移り、グラーツ音楽院で学ぶ。その後ウィーンへ行き、ウィーン音楽院でも学ぶ。国際的なコンクールの受賞歴はないものの、1960年代以降は、その中庸を行く知的で正統的な演奏で、次第に国際的な名声を得るようになる。ベートーヴェン、シューベルトをはじめとするドイツ・オーストリア系の作曲家の作品を得意としていた。一方では新ウィーン楽派の作品やジャズにも取り組むこともあった。ブレンデルは2008年に現役を引退したが、このLPレコードが録音された当時はまだ47歳の若さで、将来のホープとして大いに嘱望されていた時の演奏である。演奏内容は、繊細さに満ち溢れ、感性豊かな、万人を納得させるにあまりある秀演となっている。一方、ソプラノのジェシー・ノーマンは、アメリカを代表するオペラ歌手。1969年に「ミュンヘンARD国際音楽コンクール」の覇者となり、ベルリン国立歌劇場にてリヒャルト・ワーグナーの「タンホイザー」のエリザベート役により、オペラ歌手としてデビューを果たした。2006年「グラミー賞」、2015年「ウルフ賞」芸術部門を受賞。このLPレコードでのジェシー・ノーマンは、奥深く劇的な要素を多分に含んだ、見事な歌唱力を披露している。この時、ジェシー・ノーマン33歳、絶頂期の歌声がライヴ録音で聴ける貴重な記録だ。(LPC)


◇クラシック音楽LP◇若き日のアシュケナージのモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」/第8番/ロンド

2022-02-07 10:28:47 | 協奏曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」
       ピアノ協奏曲第8番
       ロンドイ長調K.386

ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ

指揮:イシュトヴァン・ケルテス

管弦楽:ロンドン交響楽団

発売:1980年

LP:キングレコード SOL 9051

 このLPレコードは、2007年にNHK交響楽団の桂冠指揮者に就任した、日本でもお馴染みの指揮者のアシュケナージ(1937年生まれ)が、まだピアニストとして活躍していた頃の録音である。っモーツァルトの協奏曲の2曲、それにロンドの全てにわたって、爽やかな技巧が冴えるアシュケナージのピアノ演奏を堪能することができる。アシュケナージのピアノは、精緻で透明感を持った、しかも伸び伸びとした演奏が持ち味で、このLPレコードのモーツァルトの演奏には打って付けだ。アシュケナージはピアニストとして、1955年「ショパン国際ピアノコンクール」2位、1956年「エリザベート王妃国際音楽コンクール」優勝、1962年「チャイコフスキー国際コンクール」優勝という輝かしい経歴の持ち主。1970年頃からは指揮活動も開始し、これまでロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、NHK交響楽団の音楽監督、首席指揮者などを歴任してきたということから指揮者としも一流であることが分る。ピアニストとして一流、指揮者としても一流という例はアシュケナージ以外、バレンボイムを除いてほとんど見当たらない。なお、このLPレコードでロンドン交響楽団を指揮しているハンガリー出身のイシュトヴァン・ケルテス(1929年―1973年)は、イスラエルの海岸で遊泳中に不慮の死を遂げた名指揮者(43歳没)。今残された録音を聴いても、当時如何に将来を嘱望されていた指揮者であったかを窺い知ることができる。ピアノ協奏曲第9番は、マンハイム=パリ旅行の前、1777年に作曲された。この曲は「ジュノム協奏曲」と呼ばれるのは、たまたまザルツブルクにやってきた当時フランスの名ピアニストであったジュノム嬢のために書かれたため。彼女は、モーツァルトの前で当時パリで新しく流行っているピアノ曲を弾き、モーツァルトはこれらの新鮮な感覚を吸収し、「ジュノム協奏曲」を書いたと言われている。つまり、モーツァルトはパリに行く前にフランススタイルの個性的なピアノ協奏曲を書きあげていたのである。ピアノ協奏曲第8番は、第9番の1年前に書かれた作品。この曲は、モーツァルトの父レオポルドの弟子のアントニア・フォン・リュッツォウ伯爵夫人のために作曲された。この1年前の1775年にモーツァルトは、ヴァイオリン協奏曲の第3番、第4番、第5番を書いたが、ピアノ協奏曲第8番は、これらのヴァイオリン協奏曲の持つギャラントな雰囲気を継承した雰囲気を漂わせている。(LPC)