セピア色の映画手帳 改め キネマ歌日乗

映画の短い感想に歌を添えて  令和3年より

「女殺し油地獄」(おんなころしあぶらのじごく)1957年版

2014-12-16 00:29:42 | 邦画
 「女殺し油地獄」(1957年・日本)
   監督 堀川弘通
   原作 近松門左衛門
   脚本 橋本忍
   撮影 中井朝一
   照明 猪原一郎
   音楽 宅孝二
   出演 二代目 中村扇雀(現 坂田藤十郎)
       二代目 中村雁治郎
       新珠三千代
       三好栄子
       香川京子
       山茶花究

 油屋「河内屋」の放蕩息子与兵衛。
 先代の遺言を守り、店の為、番頭と再婚した母と義父になった元番頭、二人
の引け目をいい事に、放蕩、悪態の限りをつくし、やがて親戚にまで類を及ぼ
すようになる。
 贔屓の芸者にイイ所を見せようとして、謀印(偽印)を使って高利貸から多額
の借銭をした事から、与兵衛は窮地に陥ってしまう。
 謀印がバレれば罪は死罪だった・・・。

 映画は大概、主役に肩入れしながら見るものですが、この作品で、それをや
ると失敗る気がします。
 何せ、この与兵衛、箸にも棒にもかからないドラ息子で、肩入れする隙なん
ぞ何処にもありゃしません。
 豊嶋屋お吉は「あんたは本当のワルやない、ええ所だって有るんやから」と
言ってくれますが、
 根性無しの「小ワル」は解りますけど、他は「何処に?」って普通は思います。
 だから、与兵衛になって映画を見ると最後まで「しょうもなく、腹立たしい奴」
なんで、「これの何処が面白いんだ」になってしまうんじゃないでしょうか。
 この作品の見所は、そこじゃない二つの点を観るべきものだと思います。
 一つは親が子を思う「情」(お吉の親切心から出る思いやりの「情」も含めて)。
 最後の手段「勘当」で親子の「縁」を絶ち切っても、切るに切れない母子の「情」、
或いは先代から受けた「恩」と「情」。
 その例えようのない「深さ」が、この物語の味だと思います。
 そして、もう一つは歯車がほんのちょっと狂っただけで止めどなく転がり落ちて
いってしまう、この世の「怖さ」。
 同じ近松の「近松物語」(溝口監督作品)でも見られる、ほんの些細な誤解、行
き違いが更なる誤解を生み、あっと言う間に抜き差しならぬ状況に陥っていく「怖
さ」。
 与兵衛は、お吉が言うように「人殺し」なんて大それた事が出来るような人間じ
ゃないし、度胸もない。
 只の我儘、しょうもない甘ったれにすぎないのだけど、そんな小心者も、何か
の弾みで歯車がちょっと狂えば、終わってしまうまで「目が覚め」なくなる「怖さ」。
 この、人知の及ばぬ人間世界の「怖さ」、「不思議さ」も近松は描いているのじゃ
ないでしょうか。

 こういう古典作品を映像化して、その機微を納得させるには演出と共に俳優達
の力量が問われます。
 その点、実に申し分ない。
 母親役の三好栄子、身持ち固く、しっかり者で大人の内儀お吉を演じた新珠三
千代がとてもいい。
 でも、義父・河内屋徳兵衛を演じた中村雁治郎の演技が更に素晴らしく、ともす
れば、その理不尽さに醒めてしまいそうな物語に血肉を与えています。
 この三人が居なかったら、僕は途中で白けてしまったかもしれません。
 山茶花究も隠しきれないヤキモチを漂わせた豊嶋屋七左衛門を的確に演じて
います。
 そして、もう一人。(笑)
 何の共感も覚えさせないワルだけど、その目の澄み具合で根っからのワルじゃ
ない所をしっかり感じさせた中村扇雀も憎たらしいけど好演だったと思います。
 
 余り評判にならない作品ですけど、観て損はない作品だと僕は思いました。

※新珠三千代さん。
 僕がはっきり、この人を覚えたのはTV「細うで繁盛記」。
 富士真奈美さんが瓶底眼鏡を指で押し上げ、
 「加代、み~んなおみゃあが悪いずら」が強烈な印象で残ってる。(笑)
 だから、僕の新珠さんのイメージは、ずっと50年近く、あの時のままでした。
 (内藤洋子さんの「氷点」は見た記憶だけ~あの母親役は久我美子さんだった
 と、つい最近まで思い込んでいました(これは多分「木下恵介アワー」の作品と
 混同(笑))
 この作品では、元禄島田のカツラにお内儀だから引眉に鉄漿付け、現代の美的
 感覚で見れば「お化け」みたいなんだけど、その大人の女の落ち着きぶりと振る
 舞いで、見ている内に美しくさえ感じてしまいました。
 「細うで繁盛記」のイメージが良い意味で壊れました、上手いし芸域の広さも「洲
 崎パラダイス 赤信号」で確認。
 今更ですが、本当の女優さんの一人だと思いました。
 
 
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3 コメント

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こんにちは☆ (miri)
2015-12-15 11:32:57
この前言っていた作品を見ましたが、何というか原作やこの映画とは似ても似つかぬ・・・
それはそれは酷い作品でした・笑。

五社監督を好きな私でも「何じゃこりゃ?」的な・笑。
あ、ただ、撮影カメラというか、その監督独特の美しい世界観は良かったんですけど
それはご遺作だから完成された世界に近いくらい良かったんですけど、

何が良くなかったか、って、それが主人公がお吉で、与兵衛の赤ん坊時代の子守だった設定で、
(小菊は大きな油問屋元締めの一人娘です・・・藤谷美和子・笑)

お吉の方から与兵衛を誘惑して、男女関係になって、それがもとで殺されるんです。
変な話でしょう!!! 何でそんな事にしたのか? ちなみに樋口可南子と堤真一です。 

こちらの映画をいつか見たいと思います☆
長々とすみませんでした。。。


.
返信する
Unknown (miri)
2015-12-15 11:36:57
もしかして私、書いてはいけない事を書いたのかも?
五社作品はDVDになっていませんが、
鉦鼓亭さんへのネタばれになっていますね・・・本当にごめんなさい!
返信する
いらっしゃいませ! (鉦鼓亭)
2015-12-15 12:40:40
miriさん、こんにちは
コメントありがとうございます!

大丈夫ですよ、子守は知らなかったけど、密通は知ってました。
余程言おうかと思ったのですが、納得できるよう改変したのなら、それはそれで有りかなと考えました。
この話、不条理劇の側面もあって、与兵衛がお吉を殺すのに大した動機は無いんですよね。
追い詰められて分別が付かない状態とは言え、殆ど「はずみ」で殺してしまう。
だから、もっとハッキリした動機を付けたくなるのは解る気がするのだけど、それをやると不条理劇の味が薄くなる気がします。
(あの二人に関係を持たすのは誰もが駆られる誘惑だと思う)

原作、ご存知だったんですね、ホッとしました。
僕が観た作品、役者陣が皆素晴らしくて、それで観れた所もあります、でも、何でこれが浄瑠璃、歌舞伎の「当たり狂言」なのかはよく解りませんでした。

「宋家の三姉妹」、今日か明日にup出来ると思います。

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