Salsa する?

Salsaの力を信じてます。
ココロの核にしみ込んで、カラダの芯が躍動します。

アナーキー400%作家誕生 その1高野秀行「ワセダ三畳青春記」

2017-06-27 16:18:17 | 


一カ月で終わるはずの原因不明のアレルギーの嵐が、二カ月を過ぎた。。
良くなったり、悪くなったり。
どこにも出れない状況は、
ひたすら本を読む、、のが、唯一鏡と向き合わずに済む無風の時間に。

だが
口伝えの「コレは相当面白い!」という本を、
積読の山から選んでしまった瞬間から<アナーキーな世界>に潜入してしまった。

しかも「アジア新聞屋台村」→「アヘン王国潜入記」→「ワセダ三畳青春記」と
高野秀行氏の経歴を逆走していく読み方。

一冊目は「ほほう!」→二冊目でチョチョチョト(-"-;A ...アセアセ→三冊目「ワセダ三畳青春記」を読み終わると…
並大抵の本では満足いかない変態脳みそになっていた。

一応
辺境作家というジャンルの高野氏だが、ワタシにはアナーキー作家。
こんな人は世界中探しても、まずいない!

本が売れるまでに時間がかかったのは、
アナーキーでデンジャラスな事への世間さまのアレルギーが希薄になったから?
二十数年という年月をブレずに、
面白い!と思った事を徹底的に探究し、面白く書くことを人生の命題にした作家。

真っ当な人生とされるのは、
命と時間を削り、持病を背負い、毎日満員電車に揺られ、家族を守ること。

好き勝手やってても、
人は
いつか、どこかで、、守りに入らなければならない。
恙なく暮らすには、ギブ&テイクの法則は正に保険となる。


高野氏はギブ&テイクに交わることなく、独走するのみ。
よくぞこんなバカげてる本を書いてくれた!!!と心から思った。。

バカげてて、どこか切なく、
青春の迷路から抜け出していく自叙伝が「ワセダ三畳青春記」だった。


◇抱腹絶倒…ワセダ三畳青春記◇

高野氏が早稲田大学4年生。
就職活動もせず、早稲田大学探検部でボウフラのように漂っていた。

東京都下の実家では、
早稲田大学卒業→エリート街道に邁進→自慢の息子という親の希望に添えず。
居心地の悪さから<針の筵>状態。

そこへ空き部屋の情報が。
大学から徒歩5分。
二階の三畳一間で格安物件。

渡りに船の格安アパートに即日入居。
トイレ・台所・玄関は共用、風呂なし。

野々村荘は
単に息抜きの場所にするはずが、探検部のたまり場になり、
22歳から33歳までの11年間の安息場に。

住人はドラマかいな!と突っ込みたくなるキャラ。

守銭奴と云われ、異臭を放つご飯を食べ続ける財テクおじさん。
後に高野ウィルスに冒される早稲田大学の後輩たち。
蜜月という言葉がピッタリの探検部の盟友。
司法試験を50歳まで受け続けた御仁。

そんな住人をこよなく愛する未亡人の大家さん。

常に誰かが珍事を引き起こし、そこに大家さんが仲介に入る。

過激派アジトと間違われ、公安に見張られるも、
三味線ばかり弾く高野氏のボウフラ生活で嫌疑が晴れたり。

幻覚を見るというサボテンを買い、仲間を代表して高野氏が食べ意識を失う。
文字を読むことも出来なくなった目が、物凄い色彩感覚を持ってしまう。
この目なら凄い絵が描けるかも🎵と本気で画家になろうと思ったり。。

区の水泳競技会に参加するも、意気込みとは裏腹に大爆笑と珍事を起こしたり。

大家さんが探検部の女子を息子のお嫁さんに🎵と目論んだり。

野々村荘は、いつもナニカが蠢いてる

生きるための最低限のアルバイトと、ルノワールでの珈琲タイム。
会社に拘束されない自由と惰眠の日々。

ようやく25歳で大学卒業。
アジア圏に限らず、アフリカ、イスラム、中国語、英語と
外国語への適応力の高さで、海外と野々村荘を行ったり来たり。
が、
29歳、
アヘン作りをしてるゴールデントライアングルのワ州に行く。

高野氏自ら村に住み、ケシの種まきから収穫、アヘン作りまでやる!という
誰もしたくない経験をしに行く。

世界最大のアヘン生産地は水の少ない秘境。
しかも作っているのはビルマで一番怖いと云われるワ人。
なぜ、怖いかというと
彼らは元首狩り族。
アヘン作りをする以前は、首狩りに勤しんでいた種族だった。
誰も怖くて近づけない秘境に、幸運が重なり単身潜入してしまった…

世界でただ一人アヘン秘境の経験者となる。
帰国後、野々村荘で執筆、「アヘン王国潜入記」が出版。
「アヘン王国潜入記」の威力は、なぜか世界に徐々に広まる。
*<前編/デンジャラス300%作家!!!高野秀行 アヘン王国潜入記>にチョッコと書いたよ。



実はワタシも大学4年間のうち三年間は三畳間に住み続けた。
大家さんの広い敷地に建てられた女子アパート。
勤め人はおらず、学生のみ。

三畳と云う広さは、案外快適だった。
広い台所やトイレに行けば同じ屋根の下に住む6人の
誰か彼かと顔を合わせた。

それぞれ訛りがあり、田舎臭いイントネーション言葉とは裏腹に、
親元を離れた時から動物の繁殖期のような賑わいが始まった。
同じ敷地の大家さんはアレコレと目を光らせていたが、ピチピチの本能には勝てるはずもない。

日々、細胞が生まれ変わる女の子の脳みそは、
同年代の男子より種の捕食に注がれていた。
そして
人生の選択肢が沢山あると驕り、
どれを選ぶかは、いつも自分の方にある!と、、

野々村荘のような、一つにのめり込んで夢を叶える。。ことも無く、
幸せへのレールに乗ろうと頑張っていた。

いつまでも若いという自信、、
テキトウになんとかなるさーーーが無いと知ったのは、30代だった。

「ワセダ三畳青春記」は雑居アパートの住人たちの匂いと、
いつも誰かが介入する煩わしさと心地良さに彩られている。

そして
住人が野々村荘を離れる時は、多くの選択肢を捨てて一つに決めた時。
人生の分岐点を飛び越える切ない瞬間を思い出した本だった。

2005年第一回酒飲み書店員大賞は「ワセダ三畳青春記」が選ばれた。

次回その2は「アヘン王国潜入記」を書きます。。

**返信デス**

すけつねさん

次回は「アヘン王国潜入記」のビックリしたことを綴りますね。
ナニカを感じていただければ嬉しいです。


fool 管理人さんへ

高野さんの本でどの本が一番好きですか?


小豆ママさんへ

私も懲りずに本を仕入れしてます。
読むのが遅いので、溜まる一方ですよん。

朝は珈琲飲みながら、可愛い癒しブログのぞき見してます。

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前編/デンジャラス300%作家!!!高野秀行 アヘン王国潜入記

2017-06-16 10:01:49 | 


4月のある日、首に赤いミミズ腫れがポツン。。
気にしないでホッタラカシにしてたら、顔~耳と晴れ上がった。
そして
皮膚科で処方された軟膏と飲み薬で、なんとかなる、、はずだった。

今回の原因不明のアレルギーはゾンビのように手強かった。
両耳ピアスの穴も膨れ上がり、耳たちは必死に応戦すべき体液まで出してきた、、

ここで私は悟る。
これは抗うべからず…
じっと嵐が去るまで待つべし!

毎日のプチ筋トレも買い物もお出かけもナッシング。
修行僧のように家に居る。。と決めた。

じゃ何が出来るか?とコンパクトサイズの脳みそは考えると、、
ベットの横には
エセ知性を感じさせる本で作られたピサの斜塔が…
読んだ本やら、途中で投げ出した出した本やら、


一冊一冊カバーを外し、
『おおぉーーーこれかあ』と
しげしげと積読の本を探索。

その中にBookーoffにも行かず、
5年以上も我が家を転々と積読された三冊の本を見つけてしまった。

コレらは
左大臣が本を深く嗜む御仁から、口伝えで薦められた本たち。
珍しく
「物凄く面白いよ~~~読んでご覧🎵」とノタマッタ。

あれから5年チョイ。。。。。

無名?と思い込んでいた作家の本が発掘され、ワタシの手に。
『読めってことだな』と突然読み始めた。


◇受けない本「アヘン王国潜入記」は アヘンの闇を照らした世界唯一の本◇

誰も行かないところへ行き、
誰もやらないことをやり、それを面白く書く

これが作家 高野秀行氏のスタンス。

だが彼の本は日本では受けず、伝言ゲームのように口伝えで広まる程度。
ご本人が<自分の背骨>となると言わしめた「アヘン王国潜入記」は、
日本では鳴かず飛ばず。
だが英訳されると、本は売れないが、
海外の雑誌やメジャーな新聞で高く評価し始める。

カルフォルニア麻薬管理協会の

 「本書はアヘン交易を理解する上で、有益な学習ツールになる」
 と、なり
 推薦図書に認定。。

タイの東大と云われるチェラロンコン大学大学院に招かれ、
「ケシの栽培方法とアヘンの吸い方」の特別講義をしたり。。

実は日本でも非公式に、
研究者や公安関係者に講義をしたり。。

その根っこは、
29歳の青年があらゆるツテを使い、
世界一デンジャラスなアヘンの地域に潜入し生活。
種まき・雑草取り・収集・アヘン中毒のフルコースを全て、自ら経験。

文字のない文明の中で、アヘン作りという農業をするワ人。
ワ人以外で閉ざされたその闇の世界を知る存在が、高野秀行氏ただ一人。

29歳から20年間、
世界にその闇を語れるオンリーワンの隙間産業だったと思われる。

その高野氏が去年末と今年三月にTVに出演。
元気溌剌オロナミンCのごとく、衰えず。
なぜか20年後にドイツ潜水艦Uボートのように浮上してきた。

口伝えが効いたようではなく、
長期無政府状態のソマリアへ5回も潜入した話し。
これもまた
「謎の独立国家ソマリランド」という厚さ4センチの本に仕上がっていた。

初めてTVで見る高野氏は、
南部ソマリアに政府軍と共に同行。
その帰途で過激派の銃弾を浴びる。

前を行く政府乗用車にロケットランチャーが撃ち込まれる。
過激派は客人である高野氏を狙っていた…と。
殺されるはずだった高野氏は、なぜか嬉しそうに語る。。

そう・・・
この方、どこか飛んじゃってるノンフィクション作家。
いや!どこかじゃない。
ぜんぶだと匂った。。

一回で書けると思ったら、目測を間違えた(''ω'')
急遽前編で、次回は後編。
時間が許せば、すぐ書く予定~~


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シーボルトの黒と白。。スパイ大作戦?!と鎖国と日本初の女医誕生~

2017-06-01 13:32:03 | 


帯表紙:長崎出島の風景
    シーボルトは四季折々に色どりを変える風景の美しさに魅せられた。
    日本中の植物を取集し阿蘭陀に持ち帰り、
    樹々の種類が単調なヨーロッパで繁殖させることに成功。
    日本のような豊かな美しさをヨーロッパに広めようと試みた。


初代将軍/徳川家康は、健康マニアなのは有名な話。。
しかも漢方に詳しく、家康専用の薬草園を所有。
自ら調合し服用していたほど。

彼の食事は質素そのものだが、
お酒は毎日一合程度を嗜む。

当時のお酒は灰を防腐剤に使い、アミノ酸が豊富で滋味なもの。
適度なお酒は<百薬の長>と捉えていた。

何もかも手に入れた家康の願いは一つ、健康長寿。。
だが、性格的に疑り深い狸おやじ。
自分の病の見立てを間違え、自ら調合した漢方薬を飲み続けた。
侍医の見立てを信用せず、忠告し続ける侍医を島流しに、、

家康75歳、人生の幕を予定より早く閉じてしまった。多分…
鎖国政策は、庶民文化を熟成させたが、
医学だけはヨーロッパからは大きな遅れをとってしまう。。

そして日本の歴史を大きく変えるオランダ医師シーボルトが長崎出島に来日。
シーボルトは若干27歳、、実はドイツ医学を熟知した凄腕医師。
その評判は徐々に広まり、
全国の医師や若い藩士がシーボルトの<鳴滝塾>の門を叩く。
彼らがドイツ医学を学び、ようやく全国に西洋医学の光が射し始めた。

家康の没後、207年…


1823年から1828年の僅か6年間の出来事だった。


◇シーボルトの黒と白。。◇

シーボルトが来日したのはオランダ商館付き医師という肩書。
薬は自ら調合し、薬草にも熟知。
当時の江戸では、白内障は不治の病だったが、
シーボルトは<ベラドンナ>とういう
瞳孔散大薬を使う手術方法を既に取得していた。

ドイツの最先端医学を習得したシーボルトは、まさに日本にとって救世主。。
出島の自宅には、全国の塾生から送られた珍しい植物が植えられ、
それを育てるお庭番の15歳の少年熊吉が雇われる。

熊吉は独学で
シーボルトがオランダに輸送する全ての植物を育てる。
日本植物の詳細が分かるように、押し花の標本にして保存。
膨大な押し花の標本は、後世に残る一冊の植物図鑑を生み出した。



↓15歳のお庭番熊吉の目を通して語られるシーボルトと妻のお滝。
最初はオランダ語への憧れと習得したい!という強い気持ちだけ、、
次第に憧れからシーボルトへの尊敬へと心が変わっていく。

が、、
シーボルトの真意は熊吉の尊敬とは真逆だった。
国命に従い、着々と進められる使命。
その使命は、
やがて<鳴滝塾>やシーボルトに関わった人々を地獄に突き落とす。

美しい物語から、一転。
シーボルトは妻お滝と娘イネを残し、永久追放のままオランダに帰国。

当時の日本は、ヨーロッパの国々にとって地形すら分からない国。
鎖国のお蔭で、日本は襲撃を受けることもなく平和。
シーボルトの国命は、日本の平和を大きく揺るがすものだった。

シーボルトの功績の一つに大きく関った少年熊吉の目線は、
戸惑う日本人そのもの。。
日本人の<信用する><相手に委ねる>という感覚が
ヨーロッパ人にはない、、と分かってくる。

朝井まかて氏の
シーボルトをお庭番から語らせた視点は、
もしかしたら一番身近で、、且つ一番客観的なのかもしれない。

自然を愛する熊吉と自然を支配するシーボルト。。。
この物語りは、ここにクライマックスがあった。


◇日本初の女医誕生~~◇

シーボルトの娘イネは、母お滝の元を離れ医者を目指す。
医者は男性しかおらず、教えを請いたくても相手にもされなかった。

産科医ならば、、ということでシーボルトの愛弟子/二宮敬作のもとで医学を学ぶ。
そして石井宗謙のもとで産科医として修業。

当時のイネはハーフという特殊な状況。
顔立ちも髪の色も、目立ち過ぎるほど。

イネを非道な試練が襲うが、、、
日本初の女医として歩みだす。

↓イネとその娘高子の数奇な運命が描かれている。。
 事実とは思えぬ事実…


↓4人の女医の実話の本
  楠本いね
  荻野吟子
  吉岡弥生(東京女子医科大学の創設者)
  小川正子(ハンセン病患者に生涯をささげた)

 子供が読める本だ。。そうです



ワタシが最初にシーボルトの娘イネさんを知ったのは
浅丘ルリ子さんが演じる<楠本いね>

↓違和感満載の女医だった。
日本髪なのに赤茶色、、目の色も茶色だし、、
変なドラマだと思った記憶がある。


↓ねじめさんも書いてますよ~~

シーボルトのお抱え絵師は二人。
オランダ人絵師と川原慶賀。

江戸東京博物館でのシーボルト展に展示された多数の植物画。
正確で緻密に描くことを要求したシーボルト。
オランダ人絵師と川原慶賀の植物画はずい分と違った。


シーボルトの小説は読めば読むほど、分からなくなる…
ホントですよ。。。。。。


小豆ママさんへ
  「阿蘭陀西鶴」が卒論のヒントやお役立てたらうれしいなぁ~( *´艸`)

たかさんへ
   書きながら、今回は大丈夫かな…と思うことも。
   それでも書いてしまう性のワタシです。。
   ありがとう(*´ω`)

エセルさんへ
   映画「シェルブールの雨傘」は
   女のエゴと男の弱さにかけては群を抜いて好きです。
   あんなに綺麗な色彩の映画はないですね。
   ありがとう( `ー´)ノ
   

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小股の切れ上がった江戸女vs貞淑でおぼこい上方女 朝井まかて「ぬけまいる」「阿蘭陀西鶴」

2017-05-19 15:50:15 | 


木曜の夜、「秘密のケンミンSHOW」を観る。
全国津々浦々、変わった食べ物や、珍妙な風習、そしてけったいな県民性。

中でも、ダントツが大阪。
<おかん><おとん>の上下関係と敬われ方。
なんたって、
話の流れの巧さと自虐の可笑しさは、無敵の王者。

家族の中で<おかん>の地位は不動のトップ。
子供やペットに、付け足し圏外の<おとん>。


そんな<おとん>たちは、神戸の女性を崇め、東京の女性のツンデレに憧れる。

大阪の強いおかんと影の薄いおとんの構図が脈々と受け継がれた。。と思っていた。
が、、
歴史は全く違ってた。

笑っちゃうくらい、なんだこりゃ?!だった。


◇小股の切れ上がった江戸オンナ◇

江戸のオンナをサラッとまとめると、

男勝りで、曲がったことがキライ。
小さい頃から、働くことは当たり前。
恋にかけては、雌豹のごとく。

お上の奨励で、何度結婚しても良し!というお墨付き。
自分の心に正直に生き、
所帯を持てば<かかあ天下>という言葉が定着した。


表紙のように酒を嗜み、花札に興じる。
江戸は男女問わず上戸で、
ひとり酒もワイワイと呑む酒も日常の風景。

江戸の女たちは外食や屋台の立ち食いも、世間様から咎められることもなかった。


↓こんなのも残ってる
<おかみさん>と<うちの宿六>の関係が分かる浮世絵。
飛び道具?おならをかましてみた。。


江戸の風情や気質は浮世絵を見て憧れた。
もっと知りたくて、江戸小説を読み始めた。
時代背景や生活の細部は、物書きのプロがつぶさに調べ物語に絶妙に配置。
四角四面のムツカシイ本より、風景や時代の流れが見てきたかのように分かる。

江戸小説「ぬけまいる」は江戸女の鉄火肌と伊勢詣りの仕組みと
一生に一度の旅が齎す力を描き切っていた。

◇朝井まかて「ぬけまいる」◇

江戸の女たちの物語りは、
読み手の想像力に委ねた上質な結末で終わった。

28歳、大年増直前の生粋の江戸女三人の物語り。
浪人の娘から武家に嫁ぎ武芸に長けた女。
商家の娘が婿を取り、商才で大成功するが若い間男に裏切られた女。
居酒屋を手伝い、嫁に行かず夢を捨てきれない女。

子供も旦那も家も放り、突然幼馴染三人で<お伊勢詣り>に向かう。
いわゆる<抜け参り>。

*抜け参りとは*
丁稚奉公の子供も分別ある大人も仕事を放りだして、
柄杓一つ持って<お伊勢詣り>に行くこと。
柄杓を持ってれば<お伊勢詣り>だと分かるため、
沿道の人々が施しや世話をしてくれる。
旅の路銀はアルバイトで稼ぎ、徒歩で往復二カ月以上をかけて行く。
伊勢のお札を持って帰れば、怒られもせずそのまま元の生活に戻れた。

女三人が荷物持ちの下男も連れず、通行手形も持たずの超無謀な旅。

箱根の関所はこの通行手形がないと通れない。
もし手形を持たず越えようとした場合は、磔(はりつけ)。
良くて、さらし首。。という惨い刑だった。

三十路前だが漲る若さがあり、
分別はあるが怖いもの知らずの無鉄砲、
色んな人に出合い、騙され、諭され、意外な自分に巡り合う。
<抜け参り>は自分たちが見えていなかった絆や夢に気づかせてくれた。
朝井まかて氏の「ぬけまいる」は江戸女の清々しい小説だった。

江戸時代、こんな無謀な者たちが沢山いた。
乞食のような有様でも、お詣りに行った旅は勲章のように晴れがましかった。

生き抜くうえで、
晴れがましい気持ちを抱くことは宝物を持ってることと同じだと思う。
これほど幸せなことはない…

本を読み終え、ナニカ寂しい。
・・・
晴れがましいモノを手にしてる、、?とおのれの腹に力を込めた。。



◇朝井まかて「阿蘭陀西鶴」◇

大阪が生んだ俳諧師であり、
後にベストセラー作家になる井原西鶴と娘おあいの物語り。

二十代から俳諧で名を馳せるも、四十を機に浮世草子を書き始める。

「好色一代男」や「世間胸算用」など
大阪の版元では絶対売れないとされた<好色もの>や
<金儲けのための私利私欲>を題材にしたものを書き続けた。

大阪の版元の予想は大きく外れ、ベストセラーに。
その勢いは江戸にまで及んだ。

西鶴は二十五歳の妻を亡くし、長男と次男を養子に。
九歳の長女おあいと生涯を共に生きてゆく。

ここまで書くと、
江戸の浮世絵師 葛飾北斎と娘お栄のようだが、
全く違った。

おあいは目が見えなかったが、九歳までに家事全ては母親に仕込まれていた。
ただ一つ出来なかったのは、父親西鶴を好きになれなかったこと。

どんなに親が子を慈しむ心でいても、
子供はちょっとした親の言動が許せなかったりする。

読んでいると、思春期の自分の事を描かれてるような気持ちに。
大阪弁で書かれているため、読み慣れるまでは大変だが、、
親子の深く赤々とした情愛が沁み渡る締め括りだった。



「阿蘭陀西鶴」を読んでいて上方の江戸に対する意識が面白かった。
大阪のどの版元でも断られた小説。
打つ手のなくなった西鶴は、
「しょうがない。。」と観念し、江戸の版元に出版を依頼。
これが大当たりするわけだが、江戸は相当格下に見られていた。
正に元禄時代。
江戸は庶民から生まれた独自の文化や食が、花開いた時期だった、、


上方は商人の町。

かなり封建的で江戸とは真逆の価値観。

おなごは器量よしで何も知らない従順な娘がもてはやされた。

家族での外食は体裁が悪いとされ、お茶とご飯だけでも家で食べた。

京は特別で、京に付随する大阪が一番というプライド。


江戸時代の上方と江戸はこんなにも真逆だった。
そして江戸時代が終わりを告げ、天皇が江戸に入ると「東京」に。
京の東と名付けられた。。。。

そして大阪はなぜか<おかん>の天下になった。


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予期せぬドラマ「カルテット」 挫折と成熟。。

2017-05-09 11:09:06 | ドキュメンタリー・その他


◇予期せぬドラマ「カルテット」◇


四月、諸事情により、ほぼ在宅。
つけっぱなしのTVから
ある作家がドラマ「カルテット」は見逃さず観てました。。とノタマッタ。

プロが見逃さないドラマ、、って?!と直ぐ検索。
なるほど…見ないわけだ。と合点した。
キャストが好きじゃなかったヤツじゃん。。


一月~三月まで放映され、何気に豪華キャスト+旬の俳優のヤツ。
の、、はずが、
この予期せぬドラマは、性悪女のようにワタシの予想を超えた。
観る側の心をオセロのように白から黒、黒から白。
そして
ぜーーーんぶ白にした…


なんとなく話す言葉の行間に隠された秘密の匂い、

沈黙の中に蠢く感情、、


展開が面白いとか、良く出来てるとかの、、は沢山ある。
だが
ドラマを観て、清々しい完敗を感じたのは初めてだった。。


なのにだ、、
「逃げ恥」のように、話題の中心にも出てこなかった。
その結果
「カルテット」が、意外にも低視聴率だった…と知った。

4人が背負った隠したい挫折や諦めを
見事に180度見方を変えた秀逸なドラマ、、なのに。


◇挫折と成熟。。◇

挫折、、
世の中、ゴマンとある挫折。

誰だって挫折なんて味わいたくない。


が、
上機嫌な言葉で人を愉しませることが出来る人や、

四季の移ろいを愛で、一日一日を咀嚼してる人は、

深く優しかったりする。

実は
その根っこにあるのは、深い挫折、、

現実に負け、心がボキッと折れ、 暗闇から自力で這い上がってきた人。

話しをすれば魅力的で、不思議とまた会いたくなる。


挫折がもたらすものは。。成熟への入り口


  疲れた体に押し込むエサが 美味しい夕餉に

  曖昧にしてた現実が 向き合う力に

  嘘でごまかし続けた塊が 本心に添うように力をくれる



「カルテット」は、
挫折という荷物を捨て、
にっちもさっちも行かない現実に向き合い、夢に向かう覚悟で終わった。

もうちょっと頑張ってみよう…

夢が中途半端で終ったとしても、それは全然悪いことじゃない。。


**呟いてみた**

睡魔と親友のワタシ。
連日朝まで何度も「カルテット」を見続けた。

そんなワタシを見て、家人の左大臣もつられて見始めた。
だが最後まで見ない内に、
「そんなに面白い?オレ もういいや」だった。


脚本家/坂元裕二氏のオリジナル脚本。
あの「東京ラブストーリー」など、数々のヒットメーカー。
「カルテット」の会話の中に散りばめられた沢山の名文句があった。

そんな中で

『泣きながらご飯食べたことある人は 生きていけます』

予期せぬ成熟した言葉に、息が止まった瞬間だった。


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