Salsa する?

Salsaの力を信じてます。
ココロの核にしみ込んで、カラダの芯が躍動します。

両国に江戸ブーム到来!江戸東京博物館/戦争と平和・・・浮世絵を見る裏技教えます/カナダ人の木版画家 プチ上級編

2016-11-28 23:52:25 | 


5月から書き始めた江戸ブログ。
多くの絵師の本物の浮世絵を見たに、
駒込/東洋文庫ミュージアムから両国の江戸東京博物館へ。。


◇両国 江戸東京博物館のワンダフルワールド◇

この博物館はただの博物館ではなかった。
江戸の町に張り巡らされた巨大な木製水道管や
町の様子や江戸城、、
長屋の井戸・ゴミ箱・共同トイレや
湯屋の湯船への低く狭い<ざくろ口>も再現。
頭の中で描いたものとは、ずい分違っていた。

PCを駆使した説明もあり、これぞ至れり尽くせり博物館!

会場の中央に設置された寄席には、午前午後と江戸落語を聞かせる。
半日なんぞ、瞬く間に経つほど面白い!
そして外国人観光客が多い…
なぜか中国の方はいない。。

ミニチュアの江戸の町と行きかう人々。
商人・職人・奥方・町娘・武士などの表情が豊か。
↓四方に設置された双眼鏡で、表情と出で立ちを見ることが出来る。


江戸の人口の半分は武士。
旗本は<旗本退屈男>とヤジられるほど、ホントに仕事がなかった。


↓細かい刺繍と絹の光沢が、武家の女性だとすぐ分かる。


↓越後屋の看板 後の三越
着物の訪問販売を店で定価販売にした革命児!


↓浮世絵を売る版元の本屋の風情

↓浮世絵だとこうなる

↓肥溜めを担ぐgumrie、40キロぐらい

火事の現場で美男子が持つ纏は、肥溜めより軽いがバランスが取れず、、
魚屋の天秤棒は50キロほど、フラフラになりやしたwww

これらは本物と同じ大きさと重さ。
お米食いだった割に、江戸の人は力持ちだ…

265年の江戸文化は熟成し、特に浮世絵は目覚ましい進化をした。
それは江戸時代が終わり、明治になると更にその版画技術は世界一。
ほとんどの浮世絵は海外へ流失したと云われる。


◇カナダ人版画家デービット・ブル 浮世絵に魅せられた男◇

カナダ人なのに日本の版画職人に弟子入りし木版画家として30年。。
百人一首やオリジナルの版画をネット販売。

若い頃のデービット氏は、
全く日本の文化には興味がなかったし知らなかった。

ある日天地がひっくり返るような衝撃を受ける。
それが浮世絵。。。。

カナダの町の画廊。
壁に小さな絵が直に張り付けてあり、
額縁もガラスもなく、ペタリと、、
その画には横から仄かな光が当てられ、まるで浮き出てるかのように怪しい…
幻想的で美しい色と紙に凹凸が?!
これは刷り師が、
和紙と原版を刷り合わせる時に出来る力技の極意。

驚くことに
画廊の主は、浮世絵をほぼ江戸時代と同じような愛で方をしていた。

江戸の人々は、買った浮世絵を洗濯ばさみに挟み、
行燈の仄かな光や、
障子の越しの陽の光で愛でていた。
これが一番立体的に絵を魅せる方法だと知っていたからだろう。

今は残念ながら、
美術館・博物館・イベントでは、退色やシミを防ぐためガラスで覆われ、
江戸の人々と同じようには愛でることは出来ない。
デービット氏の言葉に、
浮世絵は日本の生活様式だから生み出せた賜物だと知った。

デービット氏はふらりと入った画廊で浮世絵の趣の深さに魅せられ、
版画家として日本に根を下ろすことになる。


◇戦争と平和 明治から昭和へ◇


江戸東京博物館は
あ~~良かった!面白かった🎵で終わらなかった。
江戸が終わると明治へ。
徐々に不穏な展示物が多くなり、出兵時の<祝 出兵〇〇>襷や写真が。
鼓動が早くなる、、、、

出口に近くなる頃、大スクリーンが・・・
第二次世界大戦の東京大空襲が日付・時間の経過と共に、
火の海の状況が刻々と伝えている。

そして、、
火の海が塊になり家屋と人を飲み込む映像。
悲鳴というより断末魔、、
短い映像だが、実際に撮られたものだと思われる。

明治維新から77年後の大惨事だった。

265年間の江戸時代の天下泰平と77年間の数々の戦争の対比。
江戸東京博物館にやられました。。。。。。。


**江戸東京博物館**

一般 600円

大学生・専門学校生 480円

高校生・中学生(都外)・65歳以上 300円

中学生(都内在学or在住)・小学生・未就学児童 無料

◇身分証明書をお持ち下さいネ(-ω-)/

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えっマジ!?犬もお伊勢参り 怪力留め女と旅籠 あっぱれな新幹線/中級編

2016-11-13 23:35:00 | 



両国 江戸東京博物館にて展示

江戸時代中期の旅ブームの火付け役の浮世絵。
今回の表紙は浮世絵の工程を描いたもの。
わざと女の職人だけで描かれてる珍しい浮世絵デス。

旅ブームは歌川広重から始まり、
葛飾北斎や十辺舎一九などの美しい色彩の浮世絵が出回り、
更に庶民の夢に拍車をかけた。

なんとも微笑ましい実話が浮世絵に残っていた。。
それが、、<犬のお伊勢参り>

◇犬のお伊勢参り~~🎵◇

東海道五十三次の四日市で鳥居の前のお参り犬シロ(仮名)
↓前回のプチ中級編の帯表紙の拡大判


四国・阿波徳島の庄屋の飼い犬が、
ご主人の夢の中で「お伊勢参りしたい」と訴えたと。。
シロの首に三百文(9千円ほど)を入れた布を巻き、
伊勢参りへ行かせた。

犬が一匹、伊勢参りの行列に入ると…
たちまち見知らぬ人々に可愛がられ、無事お札を付けて帰ってきた。

お伊勢参りのシロの姿はあまりにも珍しく、感激した人々。
思わず、シロの首の袋に一文二文とお金を入れてしまう。
最後は、お金が重くて歩けないシロ…
嘘みたいな話だが、、
親切な見知らぬ旅人が、シロの代わりにお金を庄屋に届けた。

その金額は三千文以上(9万円)に。
浮世絵に描かれるほどの逸話になったと云う。


◇宿場町 留め女に狙われたら最後だよ~◇


東海道は海に沿って伸びている街道。
それはそれは風光明媚な眺めだった。

江戸から伊勢まで順調に行って二週間。
大抵の場合は川留めや天候不順で一か月はかかった。


これが旅籠の留め女に捕まった旅人。
留め女の怪力に凄い形相の旅人WWW
↓前々回の初級編の帯表紙の拡大版


宿の決まっていない客を強引に宿へ引き込む。
怪力の女が二人、ないし三人。
旅人の両腕を二人の女がガッチリ掴む。
とどめに三人目の女が、腰をタックル。
旅人の荷物を宿に投げ込み、あとは旅人を押し込んで完了…

ここまで力づくでやられると、旅人は諦めてそこに泊まる。

団体客の場合は、一番体力のない人が留め女のターゲットに。
ここまでやられても、誰も怒ったりはせず、、
「しょうがない・・・ここに泊まるかぁ~」となる。


大抵は飯盛り女のいる本旅籠。
これは男性客へサービスをする女性がいる。
サービスの度合いもかなり風俗嬢ぽっい。

飯盛り女がいないのが平旅籠。
吞む・打つ・買うが出来ない宿。
女性が安心して泊まれるのが特徴。
一泊180~200文(5千~6千円)

食事も布団もないのが木賃宿。
食事の基本は炊事。。
布団はレンタル料を払う。

主に商売人や行商などが節約のために使う宿で、
炊事の時に使う薪が宿代になる。

但し、どの宿も相部屋が決まり。
盗まれたりなどがあるため、貴重品は身体につけて寝る。

長閑でのんびりした旅だが、健康で足腰が強くないと行けない。
若く、健康なうちに行っておこう!というのがお伊勢参りだった。

だが現代はココが大きく違った。。。。


◇あっぱれな新幹線!要介護5でも行ける◇

先日、朝日新聞で<コータリンは要介護5>のコラムに驚いた。


TVでよくお見掛けしてた神足裕司氏。
2011年くも膜下出血で倒れ、その後療養生活。
要介護5という重い障害を負うことに。

神足氏がどうしても京都に行きたい!と希望。
最初は誰もが無謀と思った。
が、、
新幹線が叶えてくれた。

新幹線の11号車には車椅子が固定出来る座席や、
広い空間のトイレ・多目的室がある。

長く座っていられない人や授乳する人のためのベットがある。
二人掛けの椅子がベットになっているが、追加料金は無し。
事前予約さえすれば、要介護でも新幹線に乗って旅に行けるのだ。

神足氏は家族の助けを借りて、念願の京都に。
宿泊はバリアフリールームで、しかも格安パックで実現。

このコラムを読むまでは、全く知らなかった情報。
ふと頭をよぎったのが、要介護3の母の事。
今まで諦めていた事が、可能になると知った記事だった。


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旅は江戸庶民のあこがれ~ 無銭旅行に 抜け参り プチ中級編

2016-11-01 08:29:11 | 

◇庶民の一生の夢。。◇

江戸中期に始まった<旅ブーム>

丁稚さんも女中さんも、みんな旅をしてみたい!と願った。

なんでか?

貸本屋や版元の本屋で見る浮世絵。。

その見たこともない美しい海や風景・町並みに、魅了されたからだった。

中でも歌川広重の「東海道五十三次」は、

見知らぬ土地を写実的に描き、庶民の心を突き動かした。

広重は、もともと幕府直属の役人として東海道を熟知する者。

が、、その後、なぜか武士から浮世絵師に転身。

旅への熱望を掻き立てる大きなキッカケは、実は広重の浮世絵の仕業だった。

 

↓版元の本屋に群がる女たち

だが江戸時代の旅は、99%徒歩。。

私達のように5泊6日と決め、スケジュールを立てるのは不可能…

旅人の行く手には、豊かな自然と川があり、

足留めを食らうこともしばしば。

川での足留めは、1~2か月間に及ぶことも。。

宿場での足留めが続くと路銀(旅費)が底を尽きてしまう。

路銀が尽きたらどうするの?

そのまま引き返す。。コレはあり得ない

なんと、、その宿場で働く。

江戸落語の噺でも、 路銀のない浮世絵師や彫り物師が、

宿の襖に絵を描いたり、

小さな彫り物を作って路銀として置いていった。

それが宿の評判になり、大繁盛した。。なんて話も。

 

金がなければ、その土地で働けばいい。。

路銀が貯まれば、旅へとgo!

仕事を辞め、長旅に出るには死への覚悟が伴う。

この時代はペニシリンなんぞなかったわけで、、

盲腸や小さな怪我、風邪をこじらせても死に繋がる。

死というものが身近であったからこそ、

生きてるうちに知らない土地を見たり、知らない世界を楽しみたい。。

次々と出る浮世絵に、庶民の旅への夢はより強くなった。

だが

お金持ちだけが<お伊勢参り>に行ったわけではない、、

見習い奉公のような、まともな給金の出ない者まで旅に出るように。

そんな無茶ぶりが出来たのは、

お金持ちもそうでない者も<お伊勢参り>は一生の夢で、

行って帰って来れることが人生の誇りになったからだろう。

 

↓みんなでお金を積み立て

揃いの着物で 華やかにお伊勢参りのグループも

三味線を弾き、唄を歌いながら歩く優雅な旅も。

**駒込/東洋文庫ミュージアム

「本の中の江戸美術展」にて展示の浮世絵

↓一般的な旅姿

この姿をしてると<お伊勢参り>と一目で分かる。

笠をかぶり 杖を持ち ゴザを担いで

柄杓を差す

 

◇無銭旅行に 抜け参り そして職場復帰!?◇

いわゆる<無銭旅行>と<抜け参り>は、

路銀も持たずに、お伊勢参りの行列に加わること。

大胆にも仕事中の丁稚さんも女中さんも、この方法で行った。

もちろん主や親方には言わずに。。。

 

旅の列にくっついて行くと、

それを見た街道沿いの人が、笠やゴザをくれたりして旅姿に変身。

そして念願のお伊勢参りの数か月後に、元の職場に戻ってくる。

主や親方は<お伊勢参り>に行った者を怒ったりはせず、

元気で帰ってきたら

また以前のように働いてもらう。

 

だが女性の場合は、身籠って帰ってくることもあり、

それはそれで<授かりもの>だからとみんなで育てた。

 

天下泰平とは、

こんなに心が豊かなものなのかと驚かされるエピソードだ。

 

仕事と時間に追われる私達の生活。

すべてスケジュール通りに動かないと、成り立たない現実は厳しい。

寿命は40歳そこそこと短い江戸時代は、

生きてることが<めっけもん>

時間を自分のために使うことが、良しとされた優しい時代だった。

 

☆駒込/東洋文庫ミュージアムにて☆

浮世絵の一次史料

いわゆる<原本>のみ展示。

細部まで見れるようにPCを駆使した工夫もなかなか◎

二度と見れない貴重資料の宝庫。。

入館料一般900円

65歳以上800円

大学生700円

中高生600円

小学生290円

「本の中の江戸美術」を12月25日まで開催中デス

 

次回は旅の面白話し中級編ですぞ🎵

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レッツゴーお伊勢参り♪ 江戸の旅はデンジャラス!?そんなの関係ねぇ~江戸初級編

2016-10-19 12:44:53 | 


日本人は旅が好きな人種だと思う。
GW・お盆・SW・お正月と国内や国外へ民族大移動。
高速道路をイライラしながら目的地まで行く。

なのに、、
日本人は旅が好きだ。
なぜなら日本の四季の風情の良さを知ってるからだろう。
深層心理の中に、
「あそこへ行けば、心が満たされるに違いない!」
そんな風に思わせる風景や歴史が日本にはある。

世界には独立して200年とか、
緯度の関係で何処まで行っても同じ風景しかない国が多い。

島国で同じ民族だけで暮らした日本には、
美しい自然や豊かさに溢れる文化が全国に散らばっている。

日本人が初めて旅を楽しむようになったのは、江戸中期。
五街道と云われる道が整備された八代将軍吉宗の頃。

江戸時代の旅の大ブームが起きた。
日本人の6人に1人が詣でた<お伊勢参り>



◇デンジャラスな旅。。◇


近場で江戸から行けるのは大山詣。
そして艶めかしい裸体の弁天様が祭られてる江の島。
この二か所は
箱根の手前で関所がないため、
手形がなくても遠足気分で手軽に行けた。

だが
長期の旅に出る際には、身分証明書の<手形><往来切手>が必要。
<手形>は町奉行で。
<往来切手>は大家・寺・名主が発行。

そこには一筆書き添えてある。
「もし途中で死んだら、そこで葬ってください
宗派はナニナニで、切支丹(キリシタン)ではありません」


近場と云えども、すべての道のりは徒歩。
人力タクシーの駕籠かきもいたが、
強盗まがいの雲助や追剥・スリがいたりするため、、
着物や杖に小銭を分散させた旅スタイル。

万が一、襲われたら小銭を投げて逃げる!のが旅の鉄則。
詣でるための旅には、多少の危険は覚悟しなきゃならない。

整備されたとはいえ、、
追剥どころか、熊や狼が出そうな感じ…


そして足を休める宿場町も実はデンジャラスゾーン。

鉄則1
寝る時も、貴重品は肌身離さず持つ

湯屋は頭に貴重品を乗せ、紐で括って湯船に浸かる

鉄則2
他人の訛りを笑わない

鉄則3
躓いたり、転ばないように注意する

鉄則4
喧嘩をしないこと

そして江戸時代の旅は
<人を見たら盗人と思え!>という言葉が出来たほどデンジャラスだった。

そして宿場に着くと、
旅人には新たなプチ試練が待っていた。


この続きは 近々に。。。。講談師みたいデショ🎵

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たかが豆腐 されど豆腐~ 悪評高き参勤交代の功績とドラマ

2016-09-28 23:15:16 | 


江戸中期になると、江戸の町はとうとう食文化も熟成し始めた。
地方からの出稼ぎの人や武士で人口もパンパン、、
独り者が多いため、自然と外食産業が盛んに。
たとえ夜中でも一歩外に出れば 空腹を満たせる
[夜鳴き蕎麦][天ぷら][江戸前寿司]が辻で営業。

「うちまで持って来てくんねぇ〜」と声掛けすれば
長屋の戸口まで店主が『旦那ーあいよ!』と持って来る。
江戸ライフは超便利で超気楽の極み♪





そんな豊かな食文化で、一番重宝されたのが<豆腐>だった。。

◆たかが豆腐 されど豆腐〜◆

将軍さまも、武家も商人も、職人も全ての人が食べた豆腐。

江戸時代は肉を食らう事を認めていなかったため、
毎日売りに来る豆腐は、大事なたんぱく源だったのは言うまでもない。
冷奴や湯豆腐は簡単で美味しいため欠かせない食べ物になっていた。

江戸庶民もこの頃になると、白米を食べていた。
動物性たんぱく質を摂らない上に、栄養のない白米をたらふく食べた。
その結果、ビタミン欠乏症で脚気を患う。
将軍たちの突然死(心不全)も白米が招いたと言われ、
末梢神経障害で歩けなくなる人も多く、
箱の車椅子を使い移動する光景も珍しいものではなかった。
この現象は[江戸患い]と言われ、
地方へ戻り、玄米を食べると治った。

こういう理由から
将軍達は薬と称し肉を食べるようになる。
鶴は一番のご馳走でよく食べられたが、
後に牛の味噌漬けを食べるようになった。
因みに変わり種は15代徳川慶喜。
豚肉を好み「豚将軍」とまで云われたそうな、、


帯表紙の絵は
手桶を下げて豆腐屋に買いに来る若いおかみさんたち。
手桶の大きさと出来上がってる大きい豆腐にご注目!
一丁の豆腐の大きさが手桶の大きさが同じデス。

今の豆腐の四丁分。
一丁は四十文(600円)
四分の一(150円)から切り売りしてくれる。

江戸で一番流行った料理本は豆腐のレシピ本。
そしてこの豆腐は地方へもアッと言う間に普及。
天変地異の伝達は飛脚が担っていたが、
江戸の文化のほとんどは、
参勤交代のお蔭で伝わった。



◆悪評高き参覲交代の功績とドラマ◆

1年置きの参覲交代は大名にとって命懸け。
石川県の加賀藩は外様大名なのに、裕福で豪華。
お供は2000人
2週間の旅費は4億円!

大名はコツコツ貯めた財産を参覲交代で使い果たす、、
不条理ではあったが、
このお蔭で265年も戦争がなく、豊かな世界に誇る文化を生んだ。

そして大名の子息は人質として江戸詰めになり、江戸で育ち成人する。
その後は大名として故郷に戻り、
実際に見た江戸の豊かな文化と便利さを伝え広めた。

その反面、悲劇のドラマもあった。
江戸後期になると、どの藩も財政難に陥る。
倹約は凄まじく、
越後長岡藩主・牧野忠孝は木綿を着用、豆腐半丁をおかずに5年間…
財政も立て直した矢先に二十歳で死去、、無念の死。。

当時の武家は一汁一菜、おかずは豆腐の日々。
江戸の職人は一汁三菜。
どう見ても江戸っ子の方が遥かに豊かに暮らしていた。

この食生活のアンバランスさの影響は身長に表れた。
肉を食べた奈良時代の人は江戸時代の人より背が高かった。。


何気に食べてる豆腐。
江戸時代に生まれ、こんなにもドラマがあった。

たかが豆腐 されど豆腐。。。。ですなぁ…


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