セピア色の映画手帳 改め キネマ歌日乗

映画の短い感想に歌を添えて  令和3年より

「ノッティングヒルの恋人」(記事後半部ネタバレあり)

2012-04-25 16:41:21 | 外国映画
 「ノッティングヒルの恋人(「Notting Hill」1999年・米)
   監督 ロジャー・ミッシェル
   脚本 リチャード・カーティス
   音楽 トレヴァー・ジョーンズ
   出演 ジュリア・ロバーツ
       ヒュー・グラント
       リス・エヴァンス

 まず最初に誤解のないように言います。
 僕、この映画大好きです、忘れられない映画になりました。


 お伽話が子供専用とは限りません。
 疲れた時、凹んでる時、別に、そんな時に限らず普通の時だって、束の間
に過ぎずとも癒してくれたり夢を見させてくれる「お伽噺」は大人にだって必
要だと思います。
 この映画は、そんな「大人のお伽話」
 前回、‘70年代を代表するラブコメを書いたので、今回は‘90年代を代表
するラブコメ(ロマコメ)です。
 と言っても、白状しますが僕は映画に関しては1985年から2010年にタ
イム・スリップして来た人間なので、とても大口は叩けなくて、この皆が観てる
「映画ファンの常識」でもある作品を観たのは、つい2,3日前。
 もう、書き尽くされてるだろうし、リアルタイムの批評・感想も知る術がない
ので、これから書く事は全て常識なんだと思います。
 書けば書くほど笑われてしまうんで、何を書けばいいのか・・・。

 ハリウッドの大スター、世界の恋人アナ・スコット(J・ロバーツ)と平凡な書店
の店主ウィリアム(H・グラント)の恋物語。
 
 宣伝文句にもある「ローマの休日」の別バージョン。
 リスペクトなのかパロディなのか、E・アルバートそっくりさんも居ます(「ロー
マの休日」と違って全然重要な役じゃないけど)。
 観て最初に思ったのは、この脚本家、監督、「ローマの休日」の記者会見シ
ーンの別バージョンを作りたかったんだろうな、ですね。
 別に、それは悪くないと思います。
 この映画の締めくくりである記者会見からエピローグに至るシーンの数々
は本当に素晴らしいと思いました。
 そして、誰もが感じるはずのエルビス・コステロの歌う「She」が実に嵌りす
ぎるくらい嵌ってる。
 「大人のお伽話」に見事なエンディングを与えました。
 もし、この曲じゃなかったら、ここまで皆の心に残る作品になったか疑問で
す。
 それと、エピローグで二人が車から降りるシーンでスロー・モーションを使っ
てる所も、向こう側とこちら側の対比になっていて効果的だったと思います。
 J・ロバーツは華が有って、超売れっ子の大スター、アナ・スコットにピッタリ
なんですが、この作品に関して言えば、ちょっとシドコロのない役、そこに突っ
立って二コッっと笑って、後は「顔芸」宜しくって感じ。
 彼女よりも、「ターミネーター」のマイケル・ビーンと阪神時代の江本を足して
2で割ったような(ファンの皆様、ゴメンナサイ)H・グラントが、この映画を支え
ています。
 こういう役を演らせたら追随を許さないそうですね、確かにはまり役でした。
 違う感想も多々有るだろうけど、話に夢があって、ロマンチックで、音楽がよ
くて。
 こういうのに弱いんです、僕は。
 見事に陥落しました。

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 ここから先は「ノッティングヒルの恋人」命、と感じてる方は読まないで下さい。

 この映画大好きなんですけど、大好きだからなのか幾つか「こうして欲しかっ
た」と思う所があります。
・これは誰もが言う事ですけど、アナとウィリアムのファースト・キスのシーンが
唐突。
 まあこれは一種の「ロミオとジュリエット」と思えばいいんですけど。
 三枝の「一目会ったその日から恋の花咲くこともある」(歳バレ)って事もある
し。
 でも、もうっちょっと工夫が必要。
・この作品は、ラストシーンの為に作ったような印象があります、それは構わな
いのですが、何かこの話、頭から書いていったんじゃなくてケツから書いてった
んじゃないかとさえ思えるんです、邪推ですけど。
 だから、上記のような雑な所が目に付く、もっと脚本を吟味して欲しかった。
・例えば、アナの最後の台詞、
 「Indefinitely. 」(DVDの訳は「永遠に」ですが、「無期限(に)」だから「このまま、
ずっと」だと思う)
 この映画のキメ台詞なんだから、それに相応しい伏線を張っとくべきだと思う。
 ちゃんと相応しい場所があるんですよ。
 1年前、初めて一夜を共にした朝、アナが横になってるウィリアムスに朝食を
持ってきてベットに腰掛ける。
 アナ    「もう少し居てもいい?」
 ウィリアム「stay forever.」(DVD訳「このまま永遠に」)
 ここを、もう少し情感豊かに描いておけば、ラストに繋がる。
 アナ    「もう少し居てもいい?」
 ウィリアム「Indefinitely. 」
 アナ、ウィリアムを見詰める、そして二人見詰め合う、
 アナ    「Thank`s」
 そのまま二人キス。
 キスが熱くなりだした所にベル。
 「stay forever」か「Indefinitely」、どちらかに統一する必要がありますが、僕は
「Indefinitely」の方がいいと思います。
・ラストのラスト、ウィリアムが座り、お腹の大きくなったアナが膝枕で寝てるベ
ンチ、てっきり途中に出て来た、地区住民達のプライベート・ガーデンのベンチ
だと思ってました。
 でも、違うんですよね、ベンチの背の部分が違うし文字も書いてない。
 プライベート・ガーデンのベンチは寄贈されたものらしく、庭を愛した妻へ添
い遂げた夫からの文章「~ジュリアへ、いつも隣に座っていたジョセフより」が
書いてある。
 明らかな暗示ですよね。
 別のベンチで自分達の物語を作るという意味なのかもしれないけど、同じベ
ンチに「幸せを絵に描いたような二人」が居る、にした方が納まりがいいと思う
んだけどなァ。
 二人がハリウッドではなくてノッティングヒルに暮らしてる証明にもなるし。
 それと、欧米の習慣は解らないけど文章は座る側の反対側、背裏に書いて
あったほうがいい。
 最後、公園の風景をカメラが動きながら写していくんですよね、カメラが動い
て行った先にベンチが後ろ向きに映し出される。さり気なく背裏に書いてある
文字が見え、更にカメラが前に移動して、そこに二人が居る、という方が「お伽
話」っぽくなる。
・ベンチばかりで済いませんが、
 このプライベート・ガーデンの運命的なベンチのシーン。
 何で、カメラをクレーンにのせて引っ張り上げたんだろう。
 ナチュラルだったカメラワークが、あそこだけ物凄く人工的で観てる人間に
突然カメラを感じさせてしまう、二人の物語じゃなくてカメラを。
 二人の気持ちが舞い上がっちゃったとか、神様に届いたって事なのかなあ。
 通常、こういうカメラの使い方って、自分達の小さな世界と、それを取り巻く
大きな世界の対比とか、或いは自分達が「ワン・オブ・ゼム」に過ぎないという
場合に良く使われるんだけど、ちょっと意味が解らない。
 くどいようですけど背裏に運命的な文字が書いてあれば、ベンチに座ってる
アナを後ろから映し、離れようとするウィリアムに声を掛ける、
 「そばに座って」
 向きを変えベンチへ歩き出すウィリアム。
 それを、上じゃなく後ろへ引いていくカメラ、でいいんじゃないかと思うんです
よね。
 
 何を書けばいいのかなんて言いながら、随分、長々と書いてしまいました。
 こんだけ、何だかんだと書いておきながら、好きで好きで堪らない映画なん
ですよ、それだけは信じて下さいね!!

※これはJ・ロバーツの悪口では絶対ありません。
 やっぱり、A・ヘプバーンという人は稀有な人でしたね。
 あのアン王女の気品と威厳を出せる人は、もう、この世には現れない気が
します。





 
 
 
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「グッバイガール」

2012-04-20 22:33:32 | 外国映画
 「グッバイガール」(「The Goodbye Girl」1977年・米)
   監督 ハーバート・ロス
   脚本 ニール・サイモン
   音楽 デイヴ・グルージン
   出演 リチャード・ドレイファス
      マーシャ・メイソン
      クィン・カミングス

 1970年代を代表するラブコメの一つだと思います。
 R・ドレイファスもマーシャ・メイソンも、今の所、この作品が頂点だったので
はないでしょうか。
 それ位、二人の演技は良かったと思います。
 速射砲の撃ち合いみたいな台詞の応酬は見事ですし、「リチャード3世」の
舞台初日の後、控え室で見せるドレイファスの表情は絶品でした。
 脚本はアメリカを代表する劇作家N・サイモン。
 都会の片隅で起こる個性的な男女の物語を書かせたら、世界を見回してみ
ても東の正横綱を張れる人。
 オシャレなセンスと、スクリュー・ボウルコメディのような台詞のやり取り、そ
こで揺れ動く男と女の心模様。
 この作品では、僕の好きなN・サイモンの一面が遺憾なく発揮されています。

 捨てられグセの付いた子持ちの女ポーラ(M・メイソン)
 いつものように終わった3人の生活。
 そんな雨の夜、ポーラのアパートに見知らぬ男エリオット(R・ドレイファス)が
突然訪ねて来ます。
 「俺が、今ではこの部屋の借主だ契約書もある、中へ入れろ」
 スッタモンダの末、仕方なく部屋へ入れるポーラ。
 始まるマシンガン・トークの応酬。
 ポーラは、とても美人とは言えない、そろそろ年齢的限界に近づいたバック・
ダンサー。
 エリオットは髭面で少しむさ苦しいけど、ようやくオフオフ・ブロードウェイで主
役を掴んだ売れない役者。
 そんな二人が反発し合いながらも、次第に惹かれ合っていく・・・。
 もう、それはそれはお決まりのラブコメ・パターンなのですが、N・サイモンの
脚本を元に緩急自在に物語を語っていくH・ロスの腕は一流です。
 安心して物語に身をゆだね、二人の成り行きを見守っている自分がいるん
です。
 H・ロスも、この頃が一番脂が乗ってたのではないでしょうか。
 「ボギー!俺も男だ」、「愛はひとり」、「愛と喝采の日々」、いずれ劣らぬ秀
作を発表し続けていました。

 いがみ合う男と女だけでは、すぐに話が膠着してニッチモサッチモいかなく
なります、ロード・ムーヴィなら話自体を転がして、その都度、誰かを介入させ
ればいいのですが、この映画のようにアパートの一室が主な舞台だと、膠着
した話を次へ動かす切っ掛けに誰かが必要となります。
 「恋愛小説家」(1997年・米)では、この役割をグレック・キニアと犬が担っ
ていましたが、この作品では、ポーラの娘ルーシーを演じるクィン・カミングス
が担います。
 オシャマで、ちょっとシニカル、それでいて母親思い、これも、よくあるパター
ンの女の子ではありますが、とにかく上手い。
 芸達者なドレイファスやメイソンに負けていない、本当に向こうの子役は大し
たものです。
 上質なラブコメを観てみたいと思ってらっしゃる方がいらしたら、この作品な
どはいかがでしょうか。

 「グッバイガール」とは、まるで「使い捨ての女」みたく、直ぐに「グッバイ」が
付いてくる不運な女という意味もありますが、わざわざ「ガール」としたのはヒ
ロインの恋愛に対する発育不全、少女みたく臆病なクセに直ぐに燃え上がる、
地に足の着いてない愛情、自分の夢ばかり追い求める、そんな少女性にオサ
ラバという意味も込められてるのだと思います(相変わらず、人の金を当てに
して模様替えに熱中してますけど)。

 名作といっていいほどの秀作です。

 

 

 
 
 
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「飛べ!フェニックス」

2012-04-11 22:54:49 | 外国映画
 「飛べ!フェニックス」(「The Flight of the Phoenix」1965年・米)
   監督 ロバート・アルドリッチ
   出演 ジェームス・スチュアート
       リチャード・アッテンボロー
       ハーディ・クリューガー
       アーネスト・ボーグナイン
       ピーター・フィンチ
       ロナルド・フレイザー
       ジョージ・ケネディ

 この映画、まず邦題がいいですね。
 「飛べ!~」の!が、実に、この映画の印象を表してると思います。
 近年のリメイク作「フライト・オブ・フェニックス」(何でtheを抜かしたんだ
ろう)のタイトルでは、この映画のイキみが全然伝わらない。
 飛べ!の!には、酷い便秘の人がトイレで大汗垂らしてイキんでるっ
て感じが込められてるんです。
 だから、この作品のタイトルには絶対「!」が外せない。(笑)

 石油会社の双発輸送機が12人の乗客を乗せたままサハラ砂漠のド
真ん中へ不時着する。
 壊れた飛行機に生き残ったのは機長、副長と10人の乗客達。
 哀れタイトルバックも終わらない内に2人死亡。
 食料はナツメヤシ、水は10日分、コースを大きく外れた為に救援の見
込みは殆んどゼロ。
 ちょっと、女の居ない「マタンゴ」設定、その中で大人の男達がプライド
を賭けてイガミ合い、イガミ合いながらも脱出の方法を模索する。
 「どうすんべ、どうすんべ」で1時間、偶然、乗り合わせた航空デザイナ
ーの存在で話が変わって1時間。
 よくもまあ、これだけの設定で2時間半近く、高いテンションを保ち続け
たものです。
 監督R・アルドリッジのパワーと、それに応えられる役者達のパワー、こ
れが双発のエンジンとなって上手く噛み合い、名作の域にまで飛び上が
りました、観ていて、全然、飽きません。
 普段と打って変わって意固地で偏屈な機長をJ・スチュアート、「シベー
ルの日曜日」から、これまた激変、血も涙も何処かへ置いてきた冷徹な
デザイナーがH・クリューガー、この2人を軸にR・アッテンボロー、P・フィ
ンチ、R・フレイザー、G・ケネディ、E・ボーグナイン他、皆が好演してい
ます。
 下手な奴が本当にいない。
 こんな濃い連中の顔が砂漠の熱にやられて、どんどん火傷して干から
びる、とてもメイクとは思えない。
 きっと、これを撮ってるスタッフ達の顔も、こうなってるんじゃないかと思
えるほど。
 凄いです。

 面白いなと思うのはR・フレイザーが演じた軍曹の使い方。
 ハリウッドの定石に反してるんだけど、この人を定石通りに処置したら、
この映画、ここまで印象深くならなかったんじゃないかと思えるんです。
 何か、もっと軽い印象になったのではと。
 どうでしょうか?
 脚本的には、軍曹の上司である大尉の扱いも興味深いです。
 この人が居ると余りモメない、モメないと話にならないから、何処かへ
行かせちゃう。
 多分、この人が遠征しなければ、3日は早く事が終わってた気がしま
すね。(笑)
 あと、G・ケネディ。
 J・スチュアートに意外な役を演らせた監督だから、G・ケネディも狙い
通りなんだろうけど、暴れないG・ケネディというのは、何か勿体ない。
 優しい「お猿」の保護者というのも良いんだけれど、G・ケネディが顔を
真っ赤にして怒鳴る所を個人的には見たかった・・・。

 ええと、ここからは話が逸れて愚痴愚痴になります。
 E・ボーグナイン、G・ケネディ、J・パランス、R・ウィドマーク、L・マービ
ン。
 もう、こういう人達は洋の東西を問わず絶滅種になってしまった・・・。
 俺の隣に来るな!っていう面付きなんだけど、子供っぽい笑顔も出来
て(勿論、面付き以上の冷酷な笑いも出来る)、それが、実に愛敬があ
って優しい感じで。
 顔見てるだけでお酒が飲める、味のある役者さん達。
 いつも思ってる事なんですけど、この映画を見ていて、それをまた、痛
切に感じてしまいました。
 随分、話がそれましたが、昔読んだ逸話を紹介して今日は終わりにし
ます。
 飯田蝶子さんが松竹の面接に行った時の話です。
 蒲田撮影所所長 野村芳亭に切った啖呵。
 所長「お前はアカン、女優なんかになれる顔やない」
 蝶子「いい男といい女ばかりじゃ面白い映画なんて出来ません、私み
たいなのが脇に居てこそ話も深くなるし面白くなるんです!!」


※「マタンゴ」の土屋嘉男といい、この作品の軍曹といい、極限状態で見
 るものが洋の東西共通というのが何とも・・・。(笑)
 
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