この本を読むと、人間の心理というのは環境によって変わってくるということ、そして、そのことを踏まえたうえで、これから親になろうという人や既に親である人もこういった心理学について学び、そして子のしつけや自分に対する教育を施していかないとダメである、ということを認識した次第です。
この著者の小此木啓吾氏は、かねてより「モラトリアム人間」という独自の造語を作り、その定義する内容が多くの人に説得的に映り、センセーションを巻き起こしたようですし、今の現代人にとってそれの認識すべき重要性があると思わせたのでしょう。
昨今では、政治学者である白井聡氏の「永続敗戦レジーム」という言葉がセンセーションを巻き起こし、この人の本が多くの人を捉えているようですね。 モラトリアム人間は、国家や社会や会社というものに対して渾身的に自分の人生をかける人が少ない、ということですね。
5から10年くらいの人生設計しか考えていないのですね。
結婚と就職以上の具体的な展望も考えていないのですね。
自と公、生と死、こういったことに具体的な答えを求めようともしない。
既存社会に順応しながら内的には抵抗観を抱き、結局は国家、社会には斜めの関係を続け、自己中心的な人間になるということですね。
学生運動、ストライキ、駆け落ちといった激しい自己主張がないということですね。
こういう人間は、モラトリアム人間という言葉を初めて上梓した『モラトリアム人間の時代』が書かれた78年以前には少数派であり、そういう人間がどんどん増えてったのをまのあたりにしたゆえに、急遽そのことを書かずにいられなくなったのでしょうね。
これはやはり、経済的な豊かさゆえにそうなるのはやはり必然でしょうね。
環境変化によって、こういったモラトリアム人間の人間は増加していくのですね。
しかし、その増加がいいことであるとか、悪いことであるとかいった価値判断は、小此木氏はこの本でも他の本でもしていないのですね。
やはり科学は、できるだけ相対的にもの事を眺めて、そのうえでいくべき道を探すべし、ということでしょうか?
しかし、こういった本を読んで、どのような道がいいのかを思った人は、自分が望ましいという道のために、日々行動していかないとだめですね。
もしも、モラトリアム人間の増加していなかった以前の社会が望ましいとするならば、その以前の社会の悪しき点もやはり列挙しないといけないでしょうし、また逆にモラトリアム人間が多い社会の良き点もあるはずですから、その点も同時に列挙しないといけないでしょう。
小此木氏は、やはり相対主義を勧めているのでしょうか。
望ましい主義でしょうか。
やはりかなりのカリスマ的な人間の出現を待たねば、モラトリアム人間の増加しているしている社会においては、逆戻りすることはできないとみるのが常道なのでしょうか。
そんな気がしますね。
しかし問題点を浮き彫りにして、その点を読んだ人が認識し、それを良き方向へもっていくように行動するのが望ましいとするならば、やはりモラトリアム人間の欠点を認識する必要がありと、小此木氏は考えたからこそ、こういった本を多数上梓したのでしょう。
人間は、成長するにつれて、新しい自分の生き方、価値観、社会的役割を身に着け、自己変身せねばならないものです。
その過程で親が、挨拶、しかり、忍耐といったものを教えないといけないのはもちろん、そういった行動を自分であらわさないことには、子は健やかな精神を身に着けることもできないでしょう。
こういった事をするとやはりうるさがれるのは必至ですが、その反面、社会に出て行くに際し、重要な「制限」を認識することができるのですね。 自分という個人を尊重し、社会や人民との調和を教える必要があるのは当然ですね。
やはり親自身が苦労をしないといけないのですね。 それを身をもって体現しなくてはいけない。
しかし、父親が大学教授や医者、芸術家といった一般サラリーマンとは違う、1日中家にいて稼げる稼業についている場合そういう健全な精神を子供が身に着けるのは大変なことなのですね。
「親が楽して生きている。なら自分も楽して生きていきたい!」というような世界観を子供が持ってしまうのは必然ですね。
私が中学校の頃、男子生徒で親が大学教授の人がいて、いつもかったるそうな顔をしていました(笑)
その男子生徒は、まじめに生きることがバカバカらしくなり、何をやっても途中で放り投げるのが常でした。
親からの遺伝で、やはり偏差値は高く、70近い偏差値の高校にいったにもかかわらず、どうしてもそういう世界観から脱することができずに、高校1年で退学してしまったようです。
この子に限らず、親が大学教授ゆえに、「親が楽して生きているのに何で自分は頑張って生きなくてはならないの!」という世界観から抜けれずに、退学してしまうパターンはおおいですね。
SOHOやネットビジネス、ネットワークビジネスなど、出勤せずとも稼げる職業がこれから多くなるでしょうから、そういう職に就く人は、子がそうならないように、家で仕事をするのは家でなく、ファミレスや喫茶店でするようにしましょう。
そして、普通のサラリーマンと同じ時間に家を出るようにしないとだめですね。 そうでなくては、「親が楽しているのに…」という世界観を子供が抱いてしまうからですね。
しかし、大学教授やそういった職業についている人からすれば、「私は決して楽などしていない。自分にはすることが山ほどあるから仕方なく家でしているんだ!」という反論が出そうですが、その通りですね(笑)
しかし、家で滞在していることで、子供はそういう誤解をしてしまうのですから、サラリーマンが家を出る時間には自分も家を出て、子供が登校した後に家に帰ってくるのがいいでしょう(笑)
やはり、そういった科学的な分析、この本では心理についての分析をしているのですから、そういった事を学んでいく必要性は大いにあるのではないでしょうか?
心理学は、精神分析学者や精神科医だけが読めばいいのではないことは明らかでしょう?
また、現代のモラトリアム人間に対する警鐘として、以下のことが書いてありました。
モラトリアム人間の時代以前は、困苦欠乏に耐え、思い通りにならない多くの現実に対する敬意の念を多くの人が持っていたのは事実でしょうね。
戦争時代には「欲しがりません勝つまでは」だったのが、現代では「もっと欲しがってくれ」というように変化しています。
過保護に育てられた人は、傷つきやすく依存攻撃反応をするのが通常になってしまっています。
機械化によってあまりに短絡的にもの事が進むゆえに、その構造についての考察がなく、しかも自己の行動の結果に関する判断や予測の能力の欠如が目立つ、ということですね。
これは、個人の資質によって変わてくるのですが、それは現代の機械化の趨勢によって進んでしまっているのでしょうか?
またテレビ、エアコン、航空機、自動車など人工的な環境に当たり前になっていると、生きる上で、従い、戦い、打ち勝つべき自然というものについて生活感覚を失ってしまっていると看過しているのです。
これは現代人の誰もが心すべきことでしょう。 そういった自然的な感覚を失ってしまっていては、人の痛みも解からないで終わってしまうでしょう。 そういう環境に溢れた都心よりも、そういったものが少ない田舎の人たちの方が人情に溢れているのは明明白白ですね。
そういった面で、自分を客観的に観るためにもやはり心理学の本を読み、日々行動すべきことは行動していかないとダメでしょう。
そのことを認識していきたい人はこの本を是非とも手に取って読んでいただきたいですね。
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