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つい最近、出勤途中でモルモン教徒の人たちと出会いました。
4人の西洋人の男性でしたが、自転車に乗り、いずれも20歳前後の人たちで、帽子をかぶり、半袖Tシャツを着て、ネクタイをつけていて、爽やかな感じを充分に人に与える雰囲気を擁していました。
そして、非常に気さくな人たちで、「通勤の途中ですか?」と、あちらから声をかけてきてくれまして、人なつっこい人たちでした。
4人の青年たちのどれもが、イケメンで女性を虜にするに充分なカッコよさがありました。
現世にあきれをきたして遁世したいがために、呪術的な宗教にあこがれてそういう宗教に入ったがために、マニアックで、オタクっぽい感じがして、見るからにいやだなあと思わせるような宗教人とは全然違いますね(苦笑)。
この人たちを見て、懐かしくなり、この本を買って読むことにしました。
それが、この『素顔のモルモン教』です。
この宗教を知ったのは、10年以上も前に東京新宿の新大久保という駅の周辺で歩いていた時に、2人の西洋人の青年たちから「キリスト教について話しませんか?」と言われて、私は、大学で政治学を専攻的に学んできたことから、これまでの世界史を見るにつけ、政治でもキリスト教が世界を動かしてきた事実はわかっていたので、どういうものか興味のあった私は、「いいですよ」と言ってその2人の青年たちと喫茶店で話すことにしました。
その時、「あれっ!」と思ったのは、2人ともイチゴジュースを頼んだことですね。
普通、西洋人ならば、コーヒーを頼むのが普通なのになぜ?と不思議でした。
それで、その時に、いろいろ話を聴いていくうちに、この人たちがとにかくこの宗教こそが自分たちの誇りなのだ、という感情をひしひしと感じることができました。
その時、この宗教に入ろうという気にはなれなかった私は、それから私の電話番号を教えて、これからも話そうということになりました。
その時の別れの際に、その宗教がテキストにしている『モルモン書』を無料でいただきました。
それから、その人たちが私の家に来て、伝道をしに来てくれました。
そして、たまにその宗教の教会のある新大久保駅近くの「ウェンディーズ」で会って話をすることもありました。
その時に、その教会では、タバコ、酒、茶、コーヒー、カフェインを摂ることを禁忌にしていることを知りまして、あの時2人の青年たちが、コーヒーでなくイチゴジュースを飲んでいたのかがわかりました。
しかし、タバコは私も嫌いですから吸うなと言われなくとも吸わないですが、茶や酒を飲むなと言われたら、どうしても守る自信はありません(笑)。
日本文化の中では、お酒は欠かせませんし、お茶は毎年寒い季節になると風邪をひきかける私は、すぐさま飲むことによって風邪をひかずに済んでいるノです。
お茶に含まれるカテキンが風邪の菌を殺してくれるのです。
ですから、いくら宗教で禁止されているからと言ってやめるわけにはいきません。
この宗教に入れるか自信はほとんどありませんでした。
その後、その「ウェンディーズ」で会って話す約束をして、その当日急遽会えなくなってしまった私は、その教会に直接電話して、相手の日本人の信者さんに、いけない旨を伝えたら、「わかりました!その旨伝えておきます。お電話ありがとうございます!」と非常に元気よく挨拶してくれたので好印象が残りました。
宗教に入って生きがいをもっている人は、こういう人の心を大事にするその宗教の信者さんたちの魅力にぞっこんになる1つの理由なんだな、ということがわかりました。
そういう魅力にとりつかれて、歌手の斉藤由貴さんやケントデリカットさんもモルモン教の人だということです。
斉藤由貴さん
斉藤由貴さんは、モルモン教の旦那と結婚して子供もいるようです。
しかし、いくら人の心を重んじる人たちばかりとはいえ、酒、茶、コーヒー、カフェインを摂ることをやめれるか、と言われたらそれは私には無理です(苦笑)。
それに、キリスト教の歴史をみればわかるように、はじめはキリスト教は1つであった。
しかし、利害、確執、解釈の違いで幾千もの団体に分派してしまったキリスト教のうちの1つであるこのモルモン教だけが、他のキリスト教団体と違って断然に優れているという確信が持てなかった私は話を聞くだけで、どうしてもこの教団に入る気にはなれなかったですね。
何回か、西洋人の伝道師さんたちが私の家に来て講義をした後、「次の日曜日にバプテスマがあります。来てもらえますか?」と言われましたが、私はちょっと待ってくださいとしか言えませんでした。
バプテスマとは、その教会に入信する際に、全身を白い服に替えて、全身を水につかって洗礼を受けることです。
その伝道師の1人であるカナダ人の青年が、カナダに帰るということで、私に対する伝道は最後になってしまった某日、これまでのお礼を込めて、近くのレストランに招待してご馳走をしました。
しかし、その後、いくらその宗教の教本を読もうとも、「この宗教に入ろう!」という気になれなかった私は、そのカナダ人の伝道師の代わりに私の伝道の係になった人から何度か電話をいただきましたが、「すみません。用事があるので…」というような言い方をして断り続けたら、電話がかかってこなくなりました。
申し訳ないとは思いながら、そうするしかなかったです。
この人の本を読みたい、という気になるのは、その著者の話をちょっと聞いているだけでなります。
また、このアーティストのCDを聴きたいとかいう気になるのは、ラジオ等でちょっとだけその音楽を聴いているだけでなるのです。
そういう経験から、この宗教に入りたい、という気になるかどうかは、その伝道師たちの話の端々だけでなるはずです。
しかし、実際にはそうはならなかった。
今も、このモルモン教に入ってないことを後悔はしていません。
いただいた「モルモン書」もいまだ読破せずに、棚においてあります。
自分は入りませんでしたが、宗教に入っている人たちの、人の心を大事にする態度には瞠目すべきものがありますし、そういう人たちとこれからも人生を歩んでいきたいと思います。
モルモンではないですが他のキリスト教に入っている私の友人と、そのキリスト教の人たちの宅に招かれ、初めてなのにも関わらず、夕食をご馳走していただき、話をしてくれた時には感激しました。
会ったこともない人にここまで丁寧にしてくれるとは…と思わざるを得なかったですね。
宗教にぞっこんになってしまう人は、やはりまずその宗教団体内の人たちの人となりに惚れるのではないか?
そんな気がしてならないのです。
しかし、その宗教団体内の人たちの人となりがいいからと言って、それがそのままその宗教を称賛するということはやはり戒めなくてはならないでしょう。
そのことは、私が入った創価学会(とはいっても私は10年近くこの宗教の会合にはいってません.笑)やモルモン教の内部事情を調べていくうちに明らかになりました。
今回は、モルモン教を中心にそのことを書いていこうと思います。 この『素顔のモルモン教』は、非常に読みやすい文で書かれています。
ですから非常にわかりやすくもあるのです。
モルモン教は、アメリカのジョセフスミスという人が創始したキリスト教です。
ジョセフスミス
1820年に父なる神とキリストが青年ジョセフの前に現れ、1823年にはモロナイという天使がジョセフの前に訪れ、古代アメリカに関する記録の埋蔵場所を示しましたというのです。
1827年にジョセフが、その古代アメリカに関する記録の埋蔵場所にあった金版を翻訳し、それが元で『モルモン経』ができたのです。
そして1830年にペテロ、ヤコブ、ヨハネがメルセデク神権をジョセフに与えた、というのです。
そして、その年の8月、ニューヨークのファイヤットにモルモン教会を設立し、82年に2つ目の教会である「エノク共同体」を設立するのです。
ジョセフの生きた時代は、迷信や魔術も同居した時代だったのです。
予言、降霊術、水晶占い、ダウリングが流行っていたのです。
ジョセフは魔術で地中の財宝がどこにあるか探すというビジネスをしており、それが原因で詐欺で捕まったこともあるそうです。 空想と現実を混同する夢想家であったようです。
モロナイ云々は作り話か見た夢を語っていたという説もあるくらいです。
統一協会の創始者である文鮮明も、同じようなことを語っていましたね。
文鮮明
自分のもとにキリストが現れ啓示を示した、それがもとで今のキリスト教会である統一協会を設立した、というのです。
しかし、ジョセフはモルモン教を設立する前に、メスジスト教会に通っていたようで、全くの無の状態からキリスト教会を設立したのではないようです。
ですから、天使やキリストが来た云々は信憑性が薄いですね。
腕を麻痺した夫人がジョセフのもとを訪れ、キリストの名によって癒されるように命じたらたまたま腕が動いたようで、それがきっかけでその夫人はモルモンに入ったようですが、盲人や足が萎えた人が、同じようにジョセフを訪れ、それをお願いしても、そのままであったようです。
まあ宗教なんてこんなものなのでしょうか?(笑)
また「エノク共同体」においては、信者にはもてる財産はすべて奉納させ、必要なものは再び分配したようです。
罪を犯して悔い改めないなら追放して、財産は教会のものにしたようです。
なんかオウム真理教みたいですね(笑)。
その後、ミズーリ州インディペンデンスこそシオンの国が建設されるべきということで、この地に進出しますが、地域住民と摩擦が大きくなっていったようです。
そうでしょう。
いきなりやってきて、これまでと違う風俗習慣を始めるのですから当然の帰結です。
モルモン教徒による暴行、放火、殺人、略奪が横行したようです。
それが原因で、この地を追い出されてもモルモンのシオン軍200名による奪還計画をしていたようです。
しかし、私には不思議なのですが、モルモンの人たちは、「自分たちは神からの選民なのであり、神の法に従っているからこそ、この世の法律や秩序に従う必要はない!」という考えを誰しもが思っていたようですね。
その他、イリノイ州にも伝道にいき、そこで、モルモンの人間なら殺人や窃盗をしても釈放できる、という人身保護条例を作ったりとあらゆる悪事を働いてきたようです。
これで逮捕をまぬかれてジョセフは、イリノイ州はもちろん、合衆国も彼の見方であり、自らの僕であるという幻想を抱くようになったのです。
ユタ州では、人口の70%がモルモン教徒であるからして、司法、立法、行政をモルモンに掌握されているので、連邦政府にとって非常に重要な砦になっているようです。
これを見ると、創価学会公明党も同じような事情になっているのがわかりますね?
その宗教が支持する政党に票を入れてくれと頼めば、ほとんどの信者は入れてくれる。
だから、その宗教団体をバックに形成されている政党と懐柔をするとその政党にとっては都合のいいことが起こるのです。
ですから自民党は公明党と懐柔をしているではないですか?(笑)
そこを見破らないといけませんね。
ですから、人口の70%がモルモン教徒であるユタ州は、連邦政府にとって非常に都合のいい州なのです。
連邦政府のすることがすべて悪いとは思いませんが、そのことを頭に入れておかななくてはいけません。
連邦政府の都合のいいように利用されるだけで終わってしまう、ということです。
このモルモン教の内情を探っていくと、やはり批判せざるを得ない場面というのは多々出てきます。
モルモンの創始者であるジョセフスミスは、自分と意見の合わない人は、どんな優秀な人でも、絶対的な指導体制確立のために、追放するか、抹殺、暴力でだますという処置をとっていたようです。
また、ユタ州にあるモルモンの大学であるブリガムヤング大学においても、幹部と意見の合わない教授は、解任されるということです。
これもまた組織の弊害を象徴していますね。
創価学会の長である池田大作も、自分と意見の合わない人は組織から追放してきました。
そのことは、『カルト創価の終焉』で詳しく書いてあります。
また、極真空手の大山倍達総裁が亡くなって、総裁の遺言で2代目に指名された松井章圭氏も、館長になってから、自分と意見の合わない人はたとえ自分の元師匠であろうが元先輩であろうが、容赦なく除名にしてきました。
松井章圭
ジョセフスミスにしろ、池田大作にしろ、松井章圭にしろ、こういった人たちのやり方に不満をもって、それらの組織から脱退して別の組織を作っていった例は限りありません。
こういう事を鑑みると、賢人独裁というのは不可能なのかな、という気がします。
組織論について書かれている本を読んだのですが、20人以上の会議ではうまくいかないということを知りました。 20人くらいがちょうどいいのであって、それ以上となるとうまく機能しない、というのです。
それでもうまく機能するためには、相当なカリスマ性を秘めた人が長になっていかないとだめなのかなあという気がします。
そういう長は、人との心の触れ合いを大切にし、何歳になろうが常に勉強し続けるという謙虚な姿勢を持ち、最大多数の意見を代弁するような意見の持ち主でないといけないようです。
その3つを兼ね備えたのがほかならぬ大山倍達総裁にほかなりません。
大山倍達総裁
このかたと比べるとあまりにも松井章圭氏は、大勢の人が属する組織の長としてレベルが低いなという気がしてなりません。
同時にジョセフスミスも池田大作も!(笑)
組織のレベルのひくい長による政治によって組織のレベルが落ちる。
または、それ故に有能な人材が去ってしまうという弊害のほかに、無意味、不本意な規律ができてしまうということもあげれると思います。
先に、モルモンにはいったらコーヒー、タバコ、茶、カフェイン、酒を摂ったらいけないという規律があるのですが、これはそんな科学的な裏付けがあるわけではないようです。
当時高価だった紅茶、タバコ、コーヒーをたしなんで、お金をモルモン教徒の人が浪費してしまうのを危惧した、という説の方が有力である、ということです。
その証拠に、ジョセフはワインやコーヒーを楽しんでいたという記録もあり、ジョセフの部下であったブリガムヤングはワインでビジネスをしていたという記録もあるようです。
某キリスト教団体に属していた人で、自分の子供が交通事故にあって急遽輸血が必要になってしまいましたが、その人の属するキリスト教団体が輸血を禁忌としていたため、輸血を拒否し、あえなくその子供が亡くなってしまったという忌まわしい事件がありました。
何故、輸血をその団体は禁止していたか?
そのキリスト教団体が創始されたころは、血液型というものの概念がなく、血液型が違う人間の血液を輸血したら死んでしまう、ということが知られていなかったので、そこをうまく聖書の利用して輸血してはならない、という決まりにした、というのが有力です。
もちろん、真偽のほどはわかりませんが。 それと同じようなものだと思います。
人の言葉でなく、神の言葉である、ということにすれば誰もがその決まりを守るでしょう。
そして、モルモンが創設された当初は、黒人は神に呪われた人種である、として一切モルモンの上位会員になれなかったのですが、1978年この決まりが覆されました。
こういう不可思議な決まりができるのも解せませんが、それを長の気まぐれですぐに変わる、というのも解せませんね。
こういうところも宗教に否定的にならざるを得ないところです。
また初期のモルモンの指導者は1人を除いてすべてフリーメイソンであったということもやはり忌避したくなる事実ではないですか?
フリーメイソンから影響を受けていたので、モルモンでは死者のバプテスマ、エンダウメント、アーロン神権といった儀式もフリーメイソンそっくりだそうです。
また西欧社会では禁止されている一夫多妻制もモルモンでは維持されているのです。
また、信者からの収益っでモルモンは、不動産、株、大学、保険会社、病院、ホテル、新聞、ラジオ、テレビといったものまで買収し、大きな利益を得ているということです。
普通のモルモンの人たちはつつましい生活を送りながら、指導者たちは確実に裕福になっていったということです。
モルモンは1つにまとまっているのかと思いきやさにあらず、ジョセフスミスの息子を長にたてて「復元末日教徒イエスキリスト教会」という宗教団体もあるときいて驚きました。
こういった内実について一般のモルモン教徒はしっているのでしょうか? このように本にアクセスすればだれでも事実を知ることができるのになぜか知ろうとしない、何故か?
モルモン教は、「イエスキリスト末日教会」という名でもあるのです。
その教会のホームページにアクセスすると、ジョセフスミスの爽やかな雰囲気漂う英雄のような肖像画をたくさん見ることができます。
しかもその内容をつぶさに読んでいくと、モルモンについて良いことしか書いてないのです。
これではモルモンに良い感情が芽生えて当然だと思います。
信者はそれがモルモンのすべてであると思っているのです。 宗教に入る人の特徴は、人との心の交流をとても大事にしているということがあげれると思います。
それについては称賛したいと思います。
しかし文字を読むのが苦手という人がほとんどです。
そこで思いだされるのが、ウィリアムジェイムズという哲学者の言葉です。
彼が曰く、
「この世は2つのタイプの人間がいて、1つは、この世界を多元的に捉える人。
この人は、リンゴもいいし、蜜柑もいいし、バナナもまずくはないし、パイナップルも結構だ。
その間に序列をつけるわけではないし関係をつけるのでもない。
いろんなものが並列状態にある、というふうに捉える立場の人。
もう1つは、この世界は最後は1つの絶対的な価値に収斂していって、その体系の中に諸々のモノがちりばめられている、というふうに捉える立場の人。 この2パターンに分かれる。
後者の方が圧倒的に多い。」
ということです。
これは真実と思います。
後者の人にとって、本1冊読むだけで気持ちが悪くなり非常に骨の折れる作業だということです。
宗教にぞっこんになる人は、人との心の交流を大事にしている。
これは間違いありません。
しかし、物事を深く探求していく好奇心がないために、あるいは本を進んで読む力がないために、その宗教で言われていることしか勉強しようとしない。
聖書等を読んで、その宗教について勉強するだけで精いっぱいなのですね。
ですからモルモン教についての黒い歴史について読むべきといっても読もうとしないでしょう。
モルモンの伝道の内容について勉強するだけで精いっぱいですから。
しかしそれだけでは真実を確かめるには足りないのは明白でしょう。
モルモンについてよいことしか書かれていない機関紙だけを読んでいても、その内実について知ることはできません。
創価学会も同様で、その創価学会についてよいことし書かれていない機関紙しか読んでいなければ、真実はわかりようがありませんが、その機関紙に書かれている「創価を批判する輩は、嫉妬の輩だ!すべてデマだ!」という言葉だけをうのみにしているのです。
創価学会の人たちは、好奇心がまるでありませんから、では実際に創価学会を批判している人の本を読んだり、話を聴いたりという具体的な行動をしようともしないのです。
モルモンの人も同様に、モルモンについて批判している人の本を読んだりするのは非常に骨の折れる作業であり、それゆえにモルモンについての黒歴史を知ることがいつまでたっても知ることができないでいる。
それゆえに、その宗教に対して無批判になってしまっているのです。
これでは、その宗教の長たちの思うツボです。
宗教になることによって、どういう歴史が積み重ねられてきたか?
それはこの本を読めば明白です。
そうならないようにするためには、やはり宗教というものにしてはいけないのです!
イエスキリストの教えに感銘を受けたのなら、イエスキリストの言葉を書いた本を読めばいいのです。
日蓮という僧侶の教えに感銘を受けたのなら、日蓮が書いた本を読めばいいのです。
そういった本に感銘を受けて、人に勧めたくなったらその本を人に勧めるだけでいいのです。
それを宗教団体にして,機関紙を発行したり、献金を募ったり、という過程でその宗教の長の懐が肥やされ、自分の身からお金が搾取されたり、ひいては信者が悪事を働くということになってしまうのです。
その弊害は、モルモンや創価学会に限らずいろんな宗教であります。
「私の宗教ではそんなことはありえない!」と反論される人がいるかもしれませんが、「ではその根拠は?」と問うと、その論拠は非常に浅いのです。
文字も数字も何もないのです。
私は創価学会に入りましたが、その内容に感銘を受けたことがないので、会合等にいかなくなって7年になります。
しかし、創価学会に入るように人に勧められたのは、私が人の心を重んじる人の像が映ったので、その資質があり、創価に入るべきと判断されたのでしょう。
その通り、私は人の心を重んじる人です。
小学校、中学、高校、大学、職業、その他いろいろな団体でかかわった人たちといろんな交流を続けています。
最近、創価学会のある人が入院されて、そのことをいたみ祈る創価学会員の姿をみました。 それに感銘を受けてまた創価学会に…という気持ちが芽生えてきました。
でもそこはこらえて、宗教団体には関わらないと決めて、毅然とした態度で気持ちを放しました。
宗教に入る人は、心を重んじる良い人が多いのは確かです。
だからその宗教団体を辞めろなどとは言いません。
その宗教団体で知り合った人たちとは、いつまでも交流を続けていくのはいいことであると思います。
しかしその宗教団体の機関誌を定期購読したり、 そこにお金を寄進したりすることはやめなくてはいけません。
その宗教の長を中心に悪事に使われてきたのは明白だからです。
それはこの本を読めば、モルモンについては明白です。
確かにウィリアムジェイムズの言うように、いろんな本を読む人は少数派です。
でもそこであきらめてしまっては敗北主義でしかありません。
少しでもモルモンに疑問を感じている人がいるならばこの本を読んで目を覚ましてもらいたいものです。
何度も読んで規範となし、毅然とした行動をとることをお勧めします。
本は、読んだ人をよき行動にむかわせるのが目的に存在しているのだからです。
決して現状維持を目的にしているのではないからです。
周りのモルモンの良い人たちと交流して、また機関紙を定期購読を続けたり、教会にお金を寄進したり、ということがないようにしたらいいでしょう。
私は、創価学会の「聖教新聞」の購読を解除しましたし、年一度の寄進もやめました。
そういう毅然とした態度がいいと思います。
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素顔のモルモン教―アメリカ西部の宗教 その成立と展開
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