4月22日(日)街道歩き2日目、今日も晴天に恵まれ快適な街道歩きが期待できます。
朝食を7時に採り、7時30分過ぎ前日打ち止めにした「五戸町歴史みらいパーク」に向け出発です。宿を出ると正面に満開の桜が見えるので立ち寄ってみる事にしました。
宿から5分もかからず到着しました。そこには「気比神社」があり、神社前の広場にある10本程度の桜が満開になっていました。
まだ時間が早いのか、お花見客もなく、静けさのなか二人で短いお花見を楽しみました。そして、ルーチンとなっている旅の安全をお願いしました。
「五戸町歴史みらいパーク」前の大通りを町役場方向に進み、大通りに面する鈴栄書店の向かいの階段を下り五戸橋を渡り五戸高校を目指して進みます。
途中、右手に「明治天皇田の草取天覧御聖蹟」と刻まれた記念碑を見付けました。明治天皇が東北巡幸の際、ここで田の草取りをご覧になったのでしょうか? さらに進むと道の両側に満開の桜が目に入って来ます。ピンクの濃い花と薄い花の中から球児の大きな声が聞こえてきます。
五戸高校の先に「根岸八幡宮」があり、こちらの桜も満開です。
脇参道を進むと立派な狛犬が出迎えてくれます。彫を見ると文久ニ戌年(1862年)7月15日、横浜で生麦事件が発生した年に奉納されたようです。
拝殿でお参りし振り返ると大きな狛犬が睨みを利かせています。
こちらは、昭和10年8月15日に奉納されています。
根岸八幡宮は、永正三年(1506年)に南部家城代 木村杢氏が武運長久、国土安全のため神社を建立、御祭神は誉田別命との事です。
前日立寄ったお寺で素晴らしい彫刻に出会いましたが、こちらの八幡宮も素晴らしい彫刻です。
暫く旧道を進むと国道4号線と合流します。
やはり国道、ダンプなどもスピードを出して走っています。歩道があれば良いのですが、所によって歩道がなく白線の内側を歩かなければいけないので熊出没以上に注意しなければいけません。
途中で五戸町から十和田市に入りました。歩き始めて2時間程、10時を過ぎたので左手の土手に植栽で「マルゼン」と書かれた大きな工場前の自販機で飲み物を購入し一休みします。
暫く進むと旧道への分岐、道を右手に入ると伝法寺宿となります。
光明寺さんを右手に見て進むと4号線にぶつかりその下を抜けます。
ここで本日の難関が待っています。
来た道を前進すれば、間違いなく次の藤島宿に向かいますが、旧道を歩こうと検討し事前に地図を作成しているので、ここは作成した地図に従い進んで行きます。
舗装は無くなり、雑木林を抜け、畑を抜け進みますが作成した地図通りの道がありません。尋ねる人もいません。さて困った!!
しかし、ここはこれまでの街道歩きの感を働かせ、前進あるのみです。20分程歩き舗装道に出ましたが、当初想定した所とは違っているようです。
自宅に戻り地図を調べると、交通標識にかかれたいる「十和田7km」から判断し、目標とした場所から1.5kmほど手前の伝法寺寺山地区、4号線を抜けた場所から800m位しか進んでいなかったようです。
30分程歩くと藤島宿に到着します。
ただ、五戸町市街地から旧奥州街道の標識が全く無くなってしまったので、地図から判断するしかありません。
藤島川を渡って暫く進むと、左手に「明治天皇駐蹕之跡碑」が建っている。明治9年と14年の巡幸の際にここで休憩されたようです。
しばらく歩くと、左手にまだ若い松並木が並ぶ御幸橋ポケットパーク、そして奥入瀬川にかかる御幸橋からは下流の土手沿いに桜並木が見えます。
御幸橋を渡り、直ぐに左に折れ、太子食品工業十和田工場と上北農産加工農協の間の細い道を進む道が旧街道のようです。
用水を渡り、土手を上がるとやや広い舗装道が北に延びています。
道なりに1km強進むと県道145号線にぶつかります。時刻は12時30分過ぎ、これまで食事を採る事が出来なかったので、近くにあるファミレスCOCO'Sで昼食としました。
ここから、宿泊施設の「スーパーホテル十和田」まで2km弱です。
ホテルに到着したのは15時前だったので、荷物だけ預かって頂き市内散策に出かける事にしました。
十和田市役所を目指し歩いて行くと、「日本の道百選」に選ばれた長さ1.1km、幅36mの官庁街通りには、156本の桜と165本の松の並木道が続き、桜は今まさに満開の状態です。この日は、「十和田市春まつり」の期間中で屋台も出展され、かなりの人出でした。また、十和田市役所の展望室も解放され上から見る桜も楽しめました。
両側の歩道には、「駒の里」十和田市にちなんだ馬のオブジェや十和田市現代美術館を中心とするさまざまな現代アート作品が、出迎えてくれました。
十分楽しんだ後、近くにある澄月寺に立寄りました。境内では「戊辰戦争戦死者招魂の碑」を見る事が出来ました。
まだ時間が有るので、新渡戸記念館に行って見ました。
この記念館には、十和田市の開拓に係る新渡戸家三代に関する史料や新渡戸稲造先生の遺品等が展示・保管されているようですが、記念館は閉じられていました。
敷地内には、明治天皇三本木行在所碑、新渡戸家三代の銅像、太素塚等があります。
そして花壇には、シラネアオイ、サンカヨウ、イカリソウなどが綺麗に咲いていました。
17時前、ホテルにチェックインし大浴場で疲れを癒しました。
本日の予定歩行距離17.1km、歩数計は30,217歩を示していました。
朝食を7時に採り、7時30分過ぎ前日打ち止めにした「五戸町歴史みらいパーク」に向け出発です。宿を出ると正面に満開の桜が見えるので立ち寄ってみる事にしました。
宿から5分もかからず到着しました。そこには「気比神社」があり、神社前の広場にある10本程度の桜が満開になっていました。
まだ時間が早いのか、お花見客もなく、静けさのなか二人で短いお花見を楽しみました。そして、ルーチンとなっている旅の安全をお願いしました。
「五戸町歴史みらいパーク」前の大通りを町役場方向に進み、大通りに面する鈴栄書店の向かいの階段を下り五戸橋を渡り五戸高校を目指して進みます。
途中、右手に「明治天皇田の草取天覧御聖蹟」と刻まれた記念碑を見付けました。明治天皇が東北巡幸の際、ここで田の草取りをご覧になったのでしょうか? さらに進むと道の両側に満開の桜が目に入って来ます。ピンクの濃い花と薄い花の中から球児の大きな声が聞こえてきます。
五戸高校の先に「根岸八幡宮」があり、こちらの桜も満開です。
脇参道を進むと立派な狛犬が出迎えてくれます。彫を見ると文久ニ戌年(1862年)7月15日、横浜で生麦事件が発生した年に奉納されたようです。
拝殿でお参りし振り返ると大きな狛犬が睨みを利かせています。
こちらは、昭和10年8月15日に奉納されています。
根岸八幡宮は、永正三年(1506年)に南部家城代 木村杢氏が武運長久、国土安全のため神社を建立、御祭神は誉田別命との事です。
前日立寄ったお寺で素晴らしい彫刻に出会いましたが、こちらの八幡宮も素晴らしい彫刻です。
暫く旧道を進むと国道4号線と合流します。
やはり国道、ダンプなどもスピードを出して走っています。歩道があれば良いのですが、所によって歩道がなく白線の内側を歩かなければいけないので熊出没以上に注意しなければいけません。
途中で五戸町から十和田市に入りました。歩き始めて2時間程、10時を過ぎたので左手の土手に植栽で「マルゼン」と書かれた大きな工場前の自販機で飲み物を購入し一休みします。
暫く進むと旧道への分岐、道を右手に入ると伝法寺宿となります。
光明寺さんを右手に見て進むと4号線にぶつかりその下を抜けます。
ここで本日の難関が待っています。
来た道を前進すれば、間違いなく次の藤島宿に向かいますが、旧道を歩こうと検討し事前に地図を作成しているので、ここは作成した地図に従い進んで行きます。
舗装は無くなり、雑木林を抜け、畑を抜け進みますが作成した地図通りの道がありません。尋ねる人もいません。さて困った!!
しかし、ここはこれまでの街道歩きの感を働かせ、前進あるのみです。20分程歩き舗装道に出ましたが、当初想定した所とは違っているようです。
自宅に戻り地図を調べると、交通標識にかかれたいる「十和田7km」から判断し、目標とした場所から1.5kmほど手前の伝法寺寺山地区、4号線を抜けた場所から800m位しか進んでいなかったようです。
30分程歩くと藤島宿に到着します。
ただ、五戸町市街地から旧奥州街道の標識が全く無くなってしまったので、地図から判断するしかありません。
藤島川を渡って暫く進むと、左手に「明治天皇駐蹕之跡碑」が建っている。明治9年と14年の巡幸の際にここで休憩されたようです。
しばらく歩くと、左手にまだ若い松並木が並ぶ御幸橋ポケットパーク、そして奥入瀬川にかかる御幸橋からは下流の土手沿いに桜並木が見えます。
御幸橋を渡り、直ぐに左に折れ、太子食品工業十和田工場と上北農産加工農協の間の細い道を進む道が旧街道のようです。
用水を渡り、土手を上がるとやや広い舗装道が北に延びています。
道なりに1km強進むと県道145号線にぶつかります。時刻は12時30分過ぎ、これまで食事を採る事が出来なかったので、近くにあるファミレスCOCO'Sで昼食としました。
ここから、宿泊施設の「スーパーホテル十和田」まで2km弱です。
ホテルに到着したのは15時前だったので、荷物だけ預かって頂き市内散策に出かける事にしました。
十和田市役所を目指し歩いて行くと、「日本の道百選」に選ばれた長さ1.1km、幅36mの官庁街通りには、156本の桜と165本の松の並木道が続き、桜は今まさに満開の状態です。この日は、「十和田市春まつり」の期間中で屋台も出展され、かなりの人出でした。また、十和田市役所の展望室も解放され上から見る桜も楽しめました。
両側の歩道には、「駒の里」十和田市にちなんだ馬のオブジェや十和田市現代美術館を中心とするさまざまな現代アート作品が、出迎えてくれました。
十分楽しんだ後、近くにある澄月寺に立寄りました。境内では「戊辰戦争戦死者招魂の碑」を見る事が出来ました。
まだ時間が有るので、新渡戸記念館に行って見ました。
この記念館には、十和田市の開拓に係る新渡戸家三代に関する史料や新渡戸稲造先生の遺品等が展示・保管されているようですが、記念館は閉じられていました。
敷地内には、明治天皇三本木行在所碑、新渡戸家三代の銅像、太素塚等があります。
そして花壇には、シラネアオイ、サンカヨウ、イカリソウなどが綺麗に咲いていました。
17時前、ホテルにチェックインし大浴場で疲れを癒しました。
本日の予定歩行距離17.1km、歩数計は30,217歩を示していました。
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