くまわん雑記

時々問い合わせがありますが、「くまわん」というのは、ある地方の方言です。意味はヒミツです。知る人ぞ知るということで。

「政治とカネ」問題への素朴な疑問

2007年09月02日 | Weblog
与党側からばかりこの問題が出てくるが、これは一体どういうことなのだろうか。野党はカネに清廉なのに対して、与党は汚いということなのか。

かつて秘書給与問題で野党からも逮捕者まで出たはずだか、最近の野党は民主党をはじめ皆クリーンということなのであろうか。

かりにそうでないとしよう。実は野党議員もたたけばホコリが出てくるのだが、取材する側、糾弾する側が、野党議員に対してはあえてそれをせず、与党だけをターゲットにしているとしたら、「報道の自由」の名の下で明らかな世論誘導が行われているということではないのか。

世論誘導が効を奏して政権交代という事態にでもなったとしよう。次のターゲットはその時の与党であろうことは想像に難くない。つまり、民主党も明日は我が身ということだ。

かりに与野党問わず「政治とカネ」の問題が存在するとすれば、そうした問題の根源を何に求めるべきなのか。政治家は私服を肥やすということなのか。それとも、秘書給与問題からも明らかになったはずだが、政治家が政治活動に必要なスタッフを抱えるだけの歳費を受け取れていないとすれば、何らかの不正をせざるをえない状況に政治家を追い込む現在の歳費制度に問題があるのではないのか。

TVのコメンテーターのなかには、二言めには「米国では」という者もいるが、米国の政治家が資産家ぞろいであるという現実を視聴者に語ったうえで、「米国では」と言ってほしいものだ。あちらの政界には鳩山、河野、麻生級の資産家がゴロゴロいるのだ。数憶レベルの資産では、貧しい部類にはるのが現実だ。ケネディーしかり、2004年の民主党の大統領候補ケリーなど、数十億ではなく、数百億のレベルの資産家だ。

根底に政治家への不信(しかもそれも必ずしも尤もな理由に起因したものではなく、漠然と政治家という権力をもつ者への妬みからも出たものでもあろうが)というものがあることは否定せぬし、その点において政治家は大いに反省すべきはしなくてはならぬが、どうも「カネ」という問題は人を感情論に駆り立ててしまうものらしい。今の「政治とカネ」の問題は、要は世論の感情に訴えることができる問題だからこそ、ここまで注目を集め、次から次へと続いているのではないだろうか。但し、感情のままにやみくもに進んだ先に、何が待っているのだろうか。民主政治そのものの機能不全という事態でないことだけは祈るが。いや、いっそのこと今のような民主主義なら・・・。いやいや、これ以上は言うまい。
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