カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

人間は考えるFになる

2009-03-06 18:38:24 | 本日の患者さん

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土屋  森さんの本に『臨機応変・変問自在というのがありますよね?』(中略)読むとね、非常に合理的に人間関係をコントロールしておられるように思うんですけれども、実生活でもつれたりしません?
 森  もつれるとか仲が悪いというのはあります。仲の悪い相手とは、お互いなるべく近づかないようにしている。どうしても連絡が必要ならメールを使えば良い。お互い合わないというのがわかっていれば、一緒に食事をする可能性もないですしね。修復しようとか絶対思わない。それはお互いのためにならないと思う。だから、そのまま離れていく。ある人と一時仲が良くなって、合わなくなって別れたりしても淋しいとは思わないです。失ったとも思わない。別れることや、仲が悪くなることは淋しいことだ、マイナスだ、と思うと大変ですね、ストレスになりますから。
土屋  そういえば中が悪いのに同じ家に住んでるなぁ‥‥これからメールでやりとりしよう(笑い)でも森さんのようにサッパリとはいかない。
 森  他人から嫌われるのも平気ですし、あの人は僕のことを悪く思ってるんじゃないかなと感じても、特に感想はない。それを正そうという気にはならない。そう思うなら離れてくれればいいやと思ってしまいます。かなり多くの人が、悪く思われると凄く困ると思っていますね。だから一所懸命、弁解して理解してもらおうと努力をする。それが本当の姿なんだろうとは思うけれど、自分はそういうことをする気にはなりません。
土屋  良く思われたくはないんですか?
 森  そういう気持ちはありません。まったくないです。それは非常にないです。
土屋  ふーん。ボクは悪く思われたくないんですね。だから、良く思われる努力をするんですけど、結果としては悪いことが露顕してしまう。
 森  ちょっとした努力で関係が回復するならば良いと思いますが、たいてい回復しない。
土屋  僕の場合、「ほっといてくれればいいや、あの人とは距離を置こう」と思っていても、向こうの方からズカズカと入り込んできて、殴って帰っていく(笑い)。

土屋賢二・森博嗣 『人間は考えるFになる』より 講談社文庫 

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徳さんはお二人の良き読者と言う訳ではない。

土屋さんは週刊文春のコラムを時々ニヤニヤしながら読む程度だ。その、愚か者を装った賢人ぶりに感心したり、あきれたり。なかなかこうは生きれないものだ。でも、哲学はこんな先生に教えて貰いたかった。

森さんは、賭博師小説家、森巣博と間違えて図書館で借りた『笑わない数学者』というのを読んだだけだ。頭のよさに脱帽した記憶がある。あまりに頭が良すぎて徳さんの読み物リストから外れた。

ただ、今回、二人の取り合わせが面白そうなのでつい手にした。
森さんの『すべてがFになる』を読んでいないので表題の〝F〟は読了後も意味不明のまま、、、。

抜粋部分は、ちょっと考えさせられた。
森さんは1957年生まれ。52歳か53歳。徳さんと10歳違いの中年おじさんだがまるで現代っ子の人間関係論ようだ。世代を先取りしてるかのようだ。
やるべき事はちゃんとやるからさ、後は好きにさせてくれよ。後はほっといてよ、と。

成熟した社会の個というものの理想像なのかも知れない。

しかしなあ~。と徳さんなどは思ってしまう。
森さんのような個を受け入れる社会ではあってほしいが、普通人間はもっとチマチマ、オドオド生きざるを得ない現在を生かされてると思ってる。