本丸より大久保忠隣が数人の武将を引き連れ、急ぎ足で現れた。
「豪姫様、軍議の席へお出まし下さい」
忠隣の父の忠世が、総大将として豪姫を推し、それで纏めたそうだ。
豪姫はすでに鎧を身に纏っていた。
忠世が手配してくれた物で、真新しい。
おそらく元服したての少年者用に仕立てた物であろう。
小柄で細身の豪姫の身体には丁度良い。
豪姫は、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「参りましょう」
忠隣に同行していた武将の一人が前に出て、豪姫に軽く頭を下げた。
その者は大柄で、仁王の如き顔をしていた。
「それがし、鎌倉の代官で松平広重と申します。
魔物の方々に聞きたい事がありますので、ここに残らせていただきます」
大久保長安から話しを聞き、興味を覚えたのであろう。
豪姫は軽く頷いた。
「好きになさい」
そして忠隣達の先導で本丸に向かった。
後に従うのは夫の秀家と前田慶次郎、それに真田親子。
他の者達は大勢で押しかける事を遠慮して客殿に留まった。
残った広重は顔を綻ばせ、頻りにみんなを見回していた。
豪姫等の姿が見えなくなると、彼は於福に視線を向けた。
「この顔を覚えているか」
突然の問いに於福は戸惑った。
「いきなり、・・・」
「そうか、星明かりだったから覚えてないか。
由比ヶ浜では大いに世話になったではないか」
於福の目が驚愕で大きく見開かれた。
「あっ、・・・あの時の」
立ち上がろうとする於福を広重が重厚な声で、「落ち着け」と制した。
於福は片膝立てた姿勢で相手を見据えた。
無腰でも相手を恐れてはいない。
緊張する場の空気に、縁側に寝転んでいた九郎が起き上がった。
振り返って状況を読み、広重を睨み付けた。
黒犬の黒太郎もが庭から跳び上がって来た。
そして九郎の傍に寄り添い、いつでも広重に飛び掛かれる態勢を取った。
剣呑な成り行きに居合わせた者達が腰を浮かせた。
於福は共に戦ってきた仲間なので、黙って見過ごせない。
大事になりそうなので於福は苦笑いした。
「ここで由比ヶ浜の続きは拙いわね」
「その通り、別の機会にでも」
「それでいいわ」
広重は敵意の無い事を示すかのように、その場に腰を下ろした。
「一つ二つ、確かめたいのだが、いいかな」
於福は座り直すも、油断はしない。
「答えられる事なら」
居合わせた者達は胸を撫で下ろしながらも、警戒を緩めない。
遠巻きにして見守る事にした。
「あれまでは海の底に封じられていたのか」
「その通りよ。
あの日、小さな地震が幾つか続き、それで結界に割れ目が入った。
せっかくの機会、逃すわけないでしょう。方術で内側から壊してやったわ」
「何をして封じられていたんだ」
「ワシ等を焼き殺した者達、命じた者達、それらを探し回って殺した。
いけない事だと思うかい」
悪びれない於福の言葉。至極当然に聞えた。
「いけなくは無い」
「大勢を殺し回って疲れたんだろうね、途中の待ち伏せに気付かなかった。
どこの誰か、たぶん幕府の方術師だろうが、たいした術者だった。
反撃する暇も与えてくれなかった。ワシ等は逃げるのに精一杯。
由比ヶ浜にまで追い詰められ、有無を言わせず結界に封じられてしまった。
おそらく、その者はワシ等に同情していたのだろうね。
止めを刺すのを躊躇い、結局は、そのまま海の底に沈められてしまった」
広重は頷きながら於福と九郎を見る。
「だろうとは思っていた」
「知っていたのかい」
「鎌倉中の色々な古文書を漁って、見当はつけていた」
「ほう、たいしたものだね。それで同情してくれるのかい」
「少しは。
それから、お前達二人の当時の名だが」
途端に於福が声を荒げた。
「余計な事を。
昔の、人であった頃の名は口にするな」
全身を怒りで震わせ、事と次第では血を流す覚悟と見えた。
その剣幕に歴戦の武将、広重も口を閉じた。
居合わせた者達の中に白拍子がいた。
彼女は無言で立ち上がると、二人の間に割って入った。
於福に頷き、広重と対峙した。
「私達は好きで魔物に生まれ変わった分けじゃないの。
こんな姿になって恥じているわ。
だから人であった頃の名で呼ばれたくない。
悪戯に口にしたら、誰であろうと殺すわよ」
優しい物言いだが、迫力があった。
部屋中が凍り付いた。
広重の背中を悪寒が走った。
助け船を出したのは黒猫ヤマト。
「鎌倉の代官と言ったな、孔雀達の仲間かい」
その問いに広重は縋った。
声の方を振り向いて、「その通り」と。
相手が黒猫と知って驚くが、立ち直るのは早い。
逃げるように、膝でヤマトの方へ躙り寄った。
ヤマトが冷やかした。
「相手が女で、魔物とくれば勝手が違うか」
広重は、「少々」と苦笑い。
一息入れてヤマトに問う。
「孔雀達はどうしようとしているのかな」
「長安から聞いてないのかい」
「聞いてはいるが、今一つ、ピンとこない」
「それは天魔についてだね」
広重は眉間に皺を寄せた。
「うむ、・・・」
「魔物ならここにもいる。一揆勢にもいる。そこのところはどうだい」
「長安も忠隣も魔物と戦ったと言っていたから、それは信じよう。
しかし、天から降りてきた魔物とは想像すらできん」
「無闇に信じる奴よりはマシだよ。
まあ、とにかくだ、そいつが人に憑依した。
その天魔を討つために孔雀達は野に伏せた」
「取り敢えずだが信じよう。その天魔とやらを倒せるのか」
「相手に命があろうが、無かろうが、動くものはその根源の力を絶つ。
それに、倒さねばこの乱は終わらない。
天魔が自ら城に攻め寄せてくれば、我等が押し止め、孔雀等が後方から攻める。
天魔が後方にあらば、孔雀等が押し止め、我等が城から打って出る」
広重が武将らしい表情を取り戻した。
「我等、人間は」
「一揆勢だけで手一杯だと思うから加勢は期待していない。
まあ、気にするな。於福や於雪は一騎当千。頼りになる。
それに、姿は見せぬが関東の狐狸達も天魔を探し回っている」
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忠隣の父の忠世が、総大将として豪姫を推し、それで纏めたそうだ。
豪姫はすでに鎧を身に纏っていた。
忠世が手配してくれた物で、真新しい。
おそらく元服したての少年者用に仕立てた物であろう。
小柄で細身の豪姫の身体には丁度良い。
豪姫は、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「参りましょう」
忠隣に同行していた武将の一人が前に出て、豪姫に軽く頭を下げた。
その者は大柄で、仁王の如き顔をしていた。
「それがし、鎌倉の代官で松平広重と申します。
魔物の方々に聞きたい事がありますので、ここに残らせていただきます」
大久保長安から話しを聞き、興味を覚えたのであろう。
豪姫は軽く頷いた。
「好きになさい」
そして忠隣達の先導で本丸に向かった。
後に従うのは夫の秀家と前田慶次郎、それに真田親子。
他の者達は大勢で押しかける事を遠慮して客殿に留まった。
残った広重は顔を綻ばせ、頻りにみんなを見回していた。
豪姫等の姿が見えなくなると、彼は於福に視線を向けた。
「この顔を覚えているか」
突然の問いに於福は戸惑った。
「いきなり、・・・」
「そうか、星明かりだったから覚えてないか。
由比ヶ浜では大いに世話になったではないか」
於福の目が驚愕で大きく見開かれた。
「あっ、・・・あの時の」
立ち上がろうとする於福を広重が重厚な声で、「落ち着け」と制した。
於福は片膝立てた姿勢で相手を見据えた。
無腰でも相手を恐れてはいない。
緊張する場の空気に、縁側に寝転んでいた九郎が起き上がった。
振り返って状況を読み、広重を睨み付けた。
黒犬の黒太郎もが庭から跳び上がって来た。
そして九郎の傍に寄り添い、いつでも広重に飛び掛かれる態勢を取った。
剣呑な成り行きに居合わせた者達が腰を浮かせた。
於福は共に戦ってきた仲間なので、黙って見過ごせない。
大事になりそうなので於福は苦笑いした。
「ここで由比ヶ浜の続きは拙いわね」
「その通り、別の機会にでも」
「それでいいわ」
広重は敵意の無い事を示すかのように、その場に腰を下ろした。
「一つ二つ、確かめたいのだが、いいかな」
於福は座り直すも、油断はしない。
「答えられる事なら」
居合わせた者達は胸を撫で下ろしながらも、警戒を緩めない。
遠巻きにして見守る事にした。
「あれまでは海の底に封じられていたのか」
「その通りよ。
あの日、小さな地震が幾つか続き、それで結界に割れ目が入った。
せっかくの機会、逃すわけないでしょう。方術で内側から壊してやったわ」
「何をして封じられていたんだ」
「ワシ等を焼き殺した者達、命じた者達、それらを探し回って殺した。
いけない事だと思うかい」
悪びれない於福の言葉。至極当然に聞えた。
「いけなくは無い」
「大勢を殺し回って疲れたんだろうね、途中の待ち伏せに気付かなかった。
どこの誰か、たぶん幕府の方術師だろうが、たいした術者だった。
反撃する暇も与えてくれなかった。ワシ等は逃げるのに精一杯。
由比ヶ浜にまで追い詰められ、有無を言わせず結界に封じられてしまった。
おそらく、その者はワシ等に同情していたのだろうね。
止めを刺すのを躊躇い、結局は、そのまま海の底に沈められてしまった」
広重は頷きながら於福と九郎を見る。
「だろうとは思っていた」
「知っていたのかい」
「鎌倉中の色々な古文書を漁って、見当はつけていた」
「ほう、たいしたものだね。それで同情してくれるのかい」
「少しは。
それから、お前達二人の当時の名だが」
途端に於福が声を荒げた。
「余計な事を。
昔の、人であった頃の名は口にするな」
全身を怒りで震わせ、事と次第では血を流す覚悟と見えた。
その剣幕に歴戦の武将、広重も口を閉じた。
居合わせた者達の中に白拍子がいた。
彼女は無言で立ち上がると、二人の間に割って入った。
於福に頷き、広重と対峙した。
「私達は好きで魔物に生まれ変わった分けじゃないの。
こんな姿になって恥じているわ。
だから人であった頃の名で呼ばれたくない。
悪戯に口にしたら、誰であろうと殺すわよ」
優しい物言いだが、迫力があった。
部屋中が凍り付いた。
広重の背中を悪寒が走った。
助け船を出したのは黒猫ヤマト。
「鎌倉の代官と言ったな、孔雀達の仲間かい」
その問いに広重は縋った。
声の方を振り向いて、「その通り」と。
相手が黒猫と知って驚くが、立ち直るのは早い。
逃げるように、膝でヤマトの方へ躙り寄った。
ヤマトが冷やかした。
「相手が女で、魔物とくれば勝手が違うか」
広重は、「少々」と苦笑い。
一息入れてヤマトに問う。
「孔雀達はどうしようとしているのかな」
「長安から聞いてないのかい」
「聞いてはいるが、今一つ、ピンとこない」
「それは天魔についてだね」
広重は眉間に皺を寄せた。
「うむ、・・・」
「魔物ならここにもいる。一揆勢にもいる。そこのところはどうだい」
「長安も忠隣も魔物と戦ったと言っていたから、それは信じよう。
しかし、天から降りてきた魔物とは想像すらできん」
「無闇に信じる奴よりはマシだよ。
まあ、とにかくだ、そいつが人に憑依した。
その天魔を討つために孔雀達は野に伏せた」
「取り敢えずだが信じよう。その天魔とやらを倒せるのか」
「相手に命があろうが、無かろうが、動くものはその根源の力を絶つ。
それに、倒さねばこの乱は終わらない。
天魔が自ら城に攻め寄せてくれば、我等が押し止め、孔雀等が後方から攻める。
天魔が後方にあらば、孔雀等が押し止め、我等が城から打って出る」
広重が武将らしい表情を取り戻した。
「我等、人間は」
「一揆勢だけで手一杯だと思うから加勢は期待していない。
まあ、気にするな。於福や於雪は一騎当千。頼りになる。
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