金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(江戸の攻防)236

2010-05-30 10:12:04 | Weblog
 本丸より大久保忠隣が数人の武将を引き連れ、急ぎ足で現れた。
「豪姫様、軍議の席へお出まし下さい」
 忠隣の父の忠世が、総大将として豪姫を推し、それで纏めたそうだ。
 豪姫はすでに鎧を身に纏っていた。
忠世が手配してくれた物で、真新しい。
おそらく元服したての少年者用に仕立てた物であろう。
小柄で細身の豪姫の身体には丁度良い。
 豪姫は、待ってましたとばかりに立ち上がった。
「参りましょう」
 忠隣に同行していた武将の一人が前に出て、豪姫に軽く頭を下げた。
その者は大柄で、仁王の如き顔をしていた。
「それがし、鎌倉の代官で松平広重と申します。
魔物の方々に聞きたい事がありますので、ここに残らせていただきます」
 大久保長安から話しを聞き、興味を覚えたのであろう。
豪姫は軽く頷いた。
「好きになさい」
 そして忠隣達の先導で本丸に向かった。
後に従うのは夫の秀家と前田慶次郎、それに真田親子。
他の者達は大勢で押しかける事を遠慮して客殿に留まった。
 残った広重は顔を綻ばせ、頻りにみんなを見回していた。
豪姫等の姿が見えなくなると、彼は於福に視線を向けた。
「この顔を覚えているか」
 突然の問いに於福は戸惑った。
「いきなり、・・・」
「そうか、星明かりだったから覚えてないか。
由比ヶ浜では大いに世話になったではないか」
 於福の目が驚愕で大きく見開かれた。
「あっ、・・・あの時の」
 立ち上がろうとする於福を広重が重厚な声で、「落ち着け」と制した。
 於福は片膝立てた姿勢で相手を見据えた。
無腰でも相手を恐れてはいない。
 緊張する場の空気に、縁側に寝転んでいた九郎が起き上がった。
振り返って状況を読み、広重を睨み付けた。
 黒犬の黒太郎もが庭から跳び上がって来た。
そして九郎の傍に寄り添い、いつでも広重に飛び掛かれる態勢を取った。
 剣呑な成り行きに居合わせた者達が腰を浮かせた。
於福は共に戦ってきた仲間なので、黙って見過ごせない。
 大事になりそうなので於福は苦笑いした。
「ここで由比ヶ浜の続きは拙いわね」
「その通り、別の機会にでも」
「それでいいわ」
 広重は敵意の無い事を示すかのように、その場に腰を下ろした。
「一つ二つ、確かめたいのだが、いいかな」
 於福は座り直すも、油断はしない。
「答えられる事なら」
 居合わせた者達は胸を撫で下ろしながらも、警戒を緩めない。
遠巻きにして見守る事にした。
「あれまでは海の底に封じられていたのか」
「その通りよ。
あの日、小さな地震が幾つか続き、それで結界に割れ目が入った。
せっかくの機会、逃すわけないでしょう。方術で内側から壊してやったわ」
「何をして封じられていたんだ」
「ワシ等を焼き殺した者達、命じた者達、それらを探し回って殺した。
いけない事だと思うかい」
 悪びれない於福の言葉。至極当然に聞えた。
「いけなくは無い」
「大勢を殺し回って疲れたんだろうね、途中の待ち伏せに気付かなかった。
どこの誰か、たぶん幕府の方術師だろうが、たいした術者だった。
反撃する暇も与えてくれなかった。ワシ等は逃げるのに精一杯。
由比ヶ浜にまで追い詰められ、有無を言わせず結界に封じられてしまった。
おそらく、その者はワシ等に同情していたのだろうね。
止めを刺すのを躊躇い、結局は、そのまま海の底に沈められてしまった」
 広重は頷きながら於福と九郎を見る。
「だろうとは思っていた」
「知っていたのかい」
「鎌倉中の色々な古文書を漁って、見当はつけていた」
「ほう、たいしたものだね。それで同情してくれるのかい」
「少しは。
それから、お前達二人の当時の名だが」
 途端に於福が声を荒げた。
「余計な事を。
昔の、人であった頃の名は口にするな」
 全身を怒りで震わせ、事と次第では血を流す覚悟と見えた。
その剣幕に歴戦の武将、広重も口を閉じた。
 居合わせた者達の中に白拍子がいた。
彼女は無言で立ち上がると、二人の間に割って入った。
於福に頷き、広重と対峙した。
「私達は好きで魔物に生まれ変わった分けじゃないの。
こんな姿になって恥じているわ。
だから人であった頃の名で呼ばれたくない。
悪戯に口にしたら、誰であろうと殺すわよ」
 優しい物言いだが、迫力があった。
部屋中が凍り付いた。
広重の背中を悪寒が走った。
 助け船を出したのは黒猫ヤマト。
「鎌倉の代官と言ったな、孔雀達の仲間かい」
 その問いに広重は縋った。
声の方を振り向いて、「その通り」と。
相手が黒猫と知って驚くが、立ち直るのは早い。
逃げるように、膝でヤマトの方へ躙り寄った。
 ヤマトが冷やかした。
「相手が女で、魔物とくれば勝手が違うか」
 広重は、「少々」と苦笑い。
一息入れてヤマトに問う。
「孔雀達はどうしようとしているのかな」
「長安から聞いてないのかい」
「聞いてはいるが、今一つ、ピンとこない」
「それは天魔についてだね」
 広重は眉間に皺を寄せた。
「うむ、・・・」
「魔物ならここにもいる。一揆勢にもいる。そこのところはどうだい」
「長安も忠隣も魔物と戦ったと言っていたから、それは信じよう。
しかし、天から降りてきた魔物とは想像すらできん」
「無闇に信じる奴よりはマシだよ。
まあ、とにかくだ、そいつが人に憑依した。
その天魔を討つために孔雀達は野に伏せた」
「取り敢えずだが信じよう。その天魔とやらを倒せるのか」
「相手に命があろうが、無かろうが、動くものはその根源の力を絶つ。
それに、倒さねばこの乱は終わらない。
天魔が自ら城に攻め寄せてくれば、我等が押し止め、孔雀等が後方から攻める。
天魔が後方にあらば、孔雀等が押し止め、我等が城から打って出る」
 広重が武将らしい表情を取り戻した。
「我等、人間は」
「一揆勢だけで手一杯だと思うから加勢は期待していない。
まあ、気にするな。於福や於雪は一騎当千。頼りになる。
それに、姿は見せぬが関東の狐狸達も天魔を探し回っている」




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