大久保忠隣の陣は異様な熱気に包まれていた。
人馬が出陣の準備をしているではないか。
具足を身に着ける者、馬の鞍を運んでいる者。
ただ、何れもが物音を立てぬように細心の注意を払っていた。
井伊直政は陣の奥深くに案内された。
岩槻城や城下町が見渡せる高台だ。
大久保と高力清長の二人が待っていた。
大久保が城下町を指差した。
炎に包まれた一帯だ。
「見えるな」
「はい、それが」
「風の向きも丁度良い。明日やるはずだった焼き討ちをこれから行なおうと思う」
城は火災場所の風下にあった。
「つまり、城を城下町ごと焼き払うという事ですな」
明日の焼き討ちは火矢で行なうつもりでいた。
まず、柴を積んだ荷車を何台も門前に運ばせ、それに火を放ち、
魔物達の出入りを封じる。
それから、相手が消せないくらいに大量の火矢を城内に放つ。
こうして魔物を城ごと焼き払う心積もりであった。
「そういう事だ」
大久保は火災を大きくして、火矢と同時に火の粉をも、
城内に飛ばそうと考えているらしい。
だが、城下町を焼き払うには領主の高力の許しが必要だ。
そこで事前に高力を呼び、膝詰め談判をしたのだろう。
今の高力は否と答えられる状況ではない。
否応無しに首を縦に振るしかなかった筈だ。
大勢の町人達が近隣の町村に避難し、騒ぎの収まるのを待っていた。
自分達の家が徳川家に焼き払われるとは思っていないだろう。
井伊は大久保の顔を正視した。
「その為に、城下に火を放ったのですか」
その言葉に大久保は呆れた顔をした。
「なんという事を、・・・」
「違うのですか」
大久保は井伊の視線を受け止めた。
「違う。これは天佑だ」
何の証拠もないのに問い詰めるわけにはいかない。
不承不承ながらも受け入れる事にした。
「信じましょう」
言葉とは裏腹、疑いは払拭しきれない。
大久保は慌てた。
誤解を解こうと早口になった。
「待て待て、俺は何も指示していない。
見回りの甲賀衆の話だが、あの辺りで正体不明の者共に襲われたそうだ」
「魔物・・・」
「いや、同業の忍者らしい」
「捕まえたのですか」
「残念なことに逃げられたそうだ」
「そうですか。すると、その者等の仕業か、暖を取るための失火」
「おそらく、そのあたりだろう」
近隣の大名の抱える忍者だろう。
徳川の粗探しをして、大阪方に報せるつもりではないだろうか。
強引なところはあるが放火を指示してまで危ない橋を渡る男ではないらしい。
今度こそ大久保を信じることにした。
「分かりました。それで私は何をやればよろしいので」
「お主には裏門の指揮を任せたい」
井伊にとってはこれ幸いだ。
彼の麾下の赤備え隊が武州松山城の反乱軍に足止めを喰らっていた。
その反乱軍には魔物達も加わっている気配があるとか。
井伊隊のみで救援に赴くつもりでいたが、正直なところ荷が重い。
ここで城下町ごと城の魔物達を焼き払えば、
一挙に五万の大軍を武州松山城に振り向けられる。
大将の大久保も手柄に浮かれて同意する筈だ。
小太郎は内心、自分の大人げなさに呆れていた。
正直に「風魔小太郎」と名乗ったものの、なにせ相手は元服したとはいえ少年、
気まずい思いで一杯だった。
加えて、先の素っ気ない答えで話の接ぎ穂を失った。
大棟に腰掛け、ただジッと城下町の火災を眺めていた。
そうしている間に、目の端に映る篝火の数が微かに増えてきた。
徳川の陣営で何らかの動きがあるようだ。
やがて、包囲している各陣の間を小さな松明が行き来を始めた。
伝令が飛び交っているのだろう。
音は聞えないが、大勢が動く気配が感じ取れた。
火災と結びつければ考えられる事はただ一つ。
火災に乗じての夜討ちで、城下町ごと焼き払う。
あまりに強引だが、城に籠もっているのは魔物。それしかないだろう。
城が風下の今が好機かも知れない。
ぴょん吉が城を見ながら、「何か胸騒ぎがする」と呟いた。
小太郎は応じた。
「魔物達か、それとも天魔」
「どちらかは分からん。でも、たぶん、・・・魔物達だろう。
城内から妖しい気配が漏れてくる」
「そうか。徳川方の動きも怪しい。夜討ちに出るかもしれん」
「両者が動くか、お主の点けた火で・・・。それでは行くか」
「行こう」
ぴょん吉が立ち上がって小太郎を見た。
そして小太郎に、佐助の方を目で促した。
たぶん、「優しい言葉でも掛けろ」と言いたいのだろう。
気の利く伏見の狐だ。
小太郎は佐助に、「佐助、行くぞ」と声をかけ、先頭に立った。
後も見ずに、素早く屋根から降り始める。
それを、ぴょん吉が事も無げに追い越して行く。
遠慮を知らない伏見の狐だ。
と、佐助までに追い抜かれた。
無言だが、足運びは至って軽やか。
ぴょん吉は陰から陰を選びながら、大手門に向かう。
それを二人が追う。
包囲しているの徳川方の陣で人馬の声が漏れ始めた。
どうやら動きだしそうだ。
ぴょん吉が行き成り商家の屋根に跳び上がった。
そして陰に潜む。
二人も黙ってそれに倣い、ぴょん吉の傍に身を潜めた。
間を置いて、前方に見える大手門が内側から大きく押し開かれた。
同時に城内から妖しげな気配が、奔流となって押し寄せて来た。
その暴力的な固まりに二人と一匹は思わず身を竦めた。
ぴょん吉が、「思った通りだ。出撃するぞ」と二人に囁いた。
ガチャガチャと具足が擦れ合う物音。
ドタドタと駆ける足音。
大勢の兵が大手門から駆け出て来た。
魔物達らしく無頓着だ。出撃を隠そうとはしない。
整然と隊列を組み、一方向に向かった。
佐助が、「あの方向は」と誰にともなく尋ねた。
ぴょん吉は答えを遠慮したのか、それとも知らないのか、口を開かない。
そこで小太郎が、「徳川の本陣がある」と答えた。
大手門から出撃する隊列が蛇のように伸びて行く。
優に千人を越えたのではなかろうか。
最後尾を騎馬百余騎が余裕を持って進む。
ぴょん吉が、「気のせいかもしれんが、城内を空にしたのか」と首を捻った。
小太郎もそんな気がしていた。
「まさかとは思うが・・・」
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ついに巨人が日本一を勝ち取りました。
今年の原監督は当たり年のようです。
春には世界一、秋には本番で日本一。
こんなにツキマクって来年から大丈夫ですか。
運の尽きにならなければいいけど。
そしてヤンキースの松井秀喜。
古傷と故障に泣いた年でしたが、最後は大爆発しました。
念願の優勝とMVPに輝きました。
チームの勝利に貢献する男。いいですね。
人馬が出陣の準備をしているではないか。
具足を身に着ける者、馬の鞍を運んでいる者。
ただ、何れもが物音を立てぬように細心の注意を払っていた。
井伊直政は陣の奥深くに案内された。
岩槻城や城下町が見渡せる高台だ。
大久保と高力清長の二人が待っていた。
大久保が城下町を指差した。
炎に包まれた一帯だ。
「見えるな」
「はい、それが」
「風の向きも丁度良い。明日やるはずだった焼き討ちをこれから行なおうと思う」
城は火災場所の風下にあった。
「つまり、城を城下町ごと焼き払うという事ですな」
明日の焼き討ちは火矢で行なうつもりでいた。
まず、柴を積んだ荷車を何台も門前に運ばせ、それに火を放ち、
魔物達の出入りを封じる。
それから、相手が消せないくらいに大量の火矢を城内に放つ。
こうして魔物を城ごと焼き払う心積もりであった。
「そういう事だ」
大久保は火災を大きくして、火矢と同時に火の粉をも、
城内に飛ばそうと考えているらしい。
だが、城下町を焼き払うには領主の高力の許しが必要だ。
そこで事前に高力を呼び、膝詰め談判をしたのだろう。
今の高力は否と答えられる状況ではない。
否応無しに首を縦に振るしかなかった筈だ。
大勢の町人達が近隣の町村に避難し、騒ぎの収まるのを待っていた。
自分達の家が徳川家に焼き払われるとは思っていないだろう。
井伊は大久保の顔を正視した。
「その為に、城下に火を放ったのですか」
その言葉に大久保は呆れた顔をした。
「なんという事を、・・・」
「違うのですか」
大久保は井伊の視線を受け止めた。
「違う。これは天佑だ」
何の証拠もないのに問い詰めるわけにはいかない。
不承不承ながらも受け入れる事にした。
「信じましょう」
言葉とは裏腹、疑いは払拭しきれない。
大久保は慌てた。
誤解を解こうと早口になった。
「待て待て、俺は何も指示していない。
見回りの甲賀衆の話だが、あの辺りで正体不明の者共に襲われたそうだ」
「魔物・・・」
「いや、同業の忍者らしい」
「捕まえたのですか」
「残念なことに逃げられたそうだ」
「そうですか。すると、その者等の仕業か、暖を取るための失火」
「おそらく、そのあたりだろう」
近隣の大名の抱える忍者だろう。
徳川の粗探しをして、大阪方に報せるつもりではないだろうか。
強引なところはあるが放火を指示してまで危ない橋を渡る男ではないらしい。
今度こそ大久保を信じることにした。
「分かりました。それで私は何をやればよろしいので」
「お主には裏門の指揮を任せたい」
井伊にとってはこれ幸いだ。
彼の麾下の赤備え隊が武州松山城の反乱軍に足止めを喰らっていた。
その反乱軍には魔物達も加わっている気配があるとか。
井伊隊のみで救援に赴くつもりでいたが、正直なところ荷が重い。
ここで城下町ごと城の魔物達を焼き払えば、
一挙に五万の大軍を武州松山城に振り向けられる。
大将の大久保も手柄に浮かれて同意する筈だ。
小太郎は内心、自分の大人げなさに呆れていた。
正直に「風魔小太郎」と名乗ったものの、なにせ相手は元服したとはいえ少年、
気まずい思いで一杯だった。
加えて、先の素っ気ない答えで話の接ぎ穂を失った。
大棟に腰掛け、ただジッと城下町の火災を眺めていた。
そうしている間に、目の端に映る篝火の数が微かに増えてきた。
徳川の陣営で何らかの動きがあるようだ。
やがて、包囲している各陣の間を小さな松明が行き来を始めた。
伝令が飛び交っているのだろう。
音は聞えないが、大勢が動く気配が感じ取れた。
火災と結びつければ考えられる事はただ一つ。
火災に乗じての夜討ちで、城下町ごと焼き払う。
あまりに強引だが、城に籠もっているのは魔物。それしかないだろう。
城が風下の今が好機かも知れない。
ぴょん吉が城を見ながら、「何か胸騒ぎがする」と呟いた。
小太郎は応じた。
「魔物達か、それとも天魔」
「どちらかは分からん。でも、たぶん、・・・魔物達だろう。
城内から妖しい気配が漏れてくる」
「そうか。徳川方の動きも怪しい。夜討ちに出るかもしれん」
「両者が動くか、お主の点けた火で・・・。それでは行くか」
「行こう」
ぴょん吉が立ち上がって小太郎を見た。
そして小太郎に、佐助の方を目で促した。
たぶん、「優しい言葉でも掛けろ」と言いたいのだろう。
気の利く伏見の狐だ。
小太郎は佐助に、「佐助、行くぞ」と声をかけ、先頭に立った。
後も見ずに、素早く屋根から降り始める。
それを、ぴょん吉が事も無げに追い越して行く。
遠慮を知らない伏見の狐だ。
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無言だが、足運びは至って軽やか。
ぴょん吉は陰から陰を選びながら、大手門に向かう。
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包囲しているの徳川方の陣で人馬の声が漏れ始めた。
どうやら動きだしそうだ。
ぴょん吉が行き成り商家の屋根に跳び上がった。
そして陰に潜む。
二人も黙ってそれに倣い、ぴょん吉の傍に身を潜めた。
間を置いて、前方に見える大手門が内側から大きく押し開かれた。
同時に城内から妖しげな気配が、奔流となって押し寄せて来た。
その暴力的な固まりに二人と一匹は思わず身を竦めた。
ぴょん吉が、「思った通りだ。出撃するぞ」と二人に囁いた。
ガチャガチャと具足が擦れ合う物音。
ドタドタと駆ける足音。
大勢の兵が大手門から駆け出て来た。
魔物達らしく無頓着だ。出撃を隠そうとはしない。
整然と隊列を組み、一方向に向かった。
佐助が、「あの方向は」と誰にともなく尋ねた。
ぴょん吉は答えを遠慮したのか、それとも知らないのか、口を開かない。
そこで小太郎が、「徳川の本陣がある」と答えた。
大手門から出撃する隊列が蛇のように伸びて行く。
優に千人を越えたのではなかろうか。
最後尾を騎馬百余騎が余裕を持って進む。
ぴょん吉が、「気のせいかもしれんが、城内を空にしたのか」と首を捻った。
小太郎もそんな気がしていた。
「まさかとは思うが・・・」
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今年の原監督は当たり年のようです。
春には世界一、秋には本番で日本一。
こんなにツキマクって来年から大丈夫ですか。
運の尽きにならなければいいけど。
そしてヤンキースの松井秀喜。
古傷と故障に泣いた年でしたが、最後は大爆発しました。
念願の優勝とMVPに輝きました。
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