金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(呂布)321

2014-03-16 08:24:37 | Weblog
 予想だにしなかった。
田澪が襲われるとは。
呂布は声が他の部屋に聞こえぬように、声を潜めて聞いた。
「それで田澪殿は」
「負傷されましたが、命に別状はありません」と断言し、表情を改め、
「田澪様からの伝言です。
・・・。
巻き込んで済まぬことをした。
これ以上迷惑はかけられない。
ついては明日、町の城門が開き次第、急いで長安を発ってもらいたい」と続けた。
 呂布は伝言を無視し、男を見据えた。
「誰が襲って来た。相手は誰だ」
 男は呂布の視線をしかと受け止めた。
「暗かったので・・・」と言葉を濁した。
 おそらく心当たりがあるのだろう。
それでも口外しない。
田澪に口止めされているとしか思えない。
 もしかしたら田獲家あたり。
取り立ての一件か。
以前、田澪から、「田獲家の女房は、かつて刺客を放ったことがある」と聞いた。
それで、
「刺客が雇われたら、狙われるのは自分ではないか」と呂布は心待ちにしていた。
今回の取り立ての一件で恨まれるのは、当然、呂布以外には考えられない。
大勢が見守る中で田獲本人に恥をかかせたのは呂布なのだから。
なのに田澪が襲われた。
「次に狙われるのは俺か。
それで長安を発てというのか」
 男はウンともスンとも言わない。
 呂布は聞き方を変えた。
「どうやって襲われた」
 男は一呼吸置いて口を開いた。
二、三日前から田睦家の出入りを窺う者がいた。
その立ち振る舞いは腕の立つ武人。
のみならず剣呑な空気も放っていたので、田澪は呂布には内緒にしながらも、
最悪の状況に備え、配下の者達を密かに田睦家の周辺に置いた。
彼女は、「田獲家の女房が刺客を雇い、呂布を狙わせているのだろう」と考え、
其奴が呂布を襲撃したら、配下の者達に呂布の加勢をさせるつもりでいた。
ところが、それまで田澪には目もくれなかった其奴が、
今日の帰路突然、仲間五人を引き連れて田澪の一行の前を塞いだ。
そして町中で、行き交う人々の目があるのを承知で公然と襲った。
 自分が襲撃される事を想定していなかった田澪の供揃えは軽装の騎兵二騎のみ。
人数からして太刀打ち出来る分けがない。
しかも不意討ち。
それでも二騎は怯まなかった。
力が尽きるまで戦った。
主人の馬車の前に身を晒し、敵の槍を、太刀を、我が身に受けて戦った。
田澪も老齢ながらも手待ちの短剣で、馬車の上で応戦した。
太腿に敵の槍を受けても気丈に、馭者を守りながら戦い続けた。
「主従供に討ち死にか」と思った時、瀕死の馭者が最後の力を振り絞った。
満身創痍、血が噴き出ているにも関わらず中腰となり、
人間の戦いに恐れ竦んでいた二頭の馬に鞭をくれた。
「走れ、走れ」と。
それに馬が応えた。敵中を強行突破。
辛うじて虎口を脱する事が出来た。
「すると供の三人は討ち死にしたのだな」と呂布。
 男が痛ましそうな顔で頷く。
「我らは、この屋敷周辺にいたので、気付くのが遅れた」
 呂布は男の表情を読む。
「お主等、仲間の敵を討つつもりか」
「当然。
隠居しておられるとはいえ、主人には違いない。
その主人が襲われ、供の三人が討ち死にした。
これを放っておかれるか。
黙って引っ込んでいては、我らの面子が立たない」
「大勢が見守る中で三人も討ち死にした。
長安を治める官吏等が黙ってはいないだろう」
 男が公然と胸を張る。
「それはそれ、我らは我ら」
「俺に邪魔されたくないので、俺に長安を出て行けか」
「町中で騒ぎになったので、明日には呂布殿の耳に届く。
それで、これ以上巻き添えにはしたくないので、長安を出て行って欲しい。
それが田澪様や当代の主人の考え。間違ってはいないでしょう」
 家宰の啄昭の話しでは、田澪の嫁ぎ先は豪族仲間の程家だそうだ。
長安ではかなりの古株で、領地も家来数も相当のものとか。
当代の主人は長子の程福。
相当の堅物らしい。
「俺では迷惑か」
「これは田獲家が当家に売った喧嘩です。
呂布殿は当家とは無縁の者、違いますか
その力を借りたとあっては家の恥。そういう事です」
 口が滑ったとはいえ、「田獲家が売った喧嘩」と。
それ相応の確証があるに違いない。
口が滑ったことに当の本人は気付いていない。
「そもそもの原因は田睦家にある。代人で出向いたのは俺だ」と呂布。
 男はしっかりした目で呂布を見返した。
「それは田澪様が襲われる前までの話し。今は違います」
 このまま話しを続けても埒は明かないだろう。
呂布は苦手な頭を絞った。
要するに、
「呂布がいつまで経っても屋敷から出てこないから、代わりに田澪を襲った」
という事なんだろう。
だからといって呂布を諦めた分けでないのは確か。
「呂布が怒って出向いて来る」と考え、待ち構えているか。
あるいは、呂布が長安から逃げ出すのを待ち伏せているか。
おそらく、この屋敷は密かに見張られている。
 呂布は男に答えた。
「分かった。朝一番で出て行こう」
 男は疑いながら、懐から小さな包み取り出した。
「これは田澪様からの気持ちです」
 受け取ると、かなりの重み、
中を見なくても、「旅の路銀」と分かった。
田澪なりの心積もりなのだろう。
「ありがたく受け取る。田澪様によろしくな」
 それでも男の顔から疑いの色は消えない。


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