ベティはまず先触れからの報告を聞いた。
「葬儀は王妃様の到着を待って行われます」
予定される参列者名が一つ一つ上げられた。
この地方の親しい者達ばかり、意外性のある名前はなかった。
問題はなさそうだ。
ベティは死因を調べた者達に視線を転じた。
「そちらはどうだったの」
「子爵様は快く遺体を引き渡して下さいました」
先代子爵の遺体は氷魔法使いにより冷凍保存されていた。
早速解凍して貰い、派遣されたスキル持ち達が綿密に調べた。
結果、毒殺と判明した。
だが、葬儀前にそれを公表すると混乱を招く。
そこで、彼の者達は子爵家へ申し入れをした。
葬儀が終わるまで真相を一時的に秘して欲しいと。
渋々ながら同意してくれたそうだ。
ベティは彼の者達の表情に違和感を抱いた。
何やら口を濁しているように見受けられた。
隠し事があるのやも。
だが、彼の者達の心情を慮っている場合ではない。
今は緊急事態なのだ。
そこでベティは正面突破を試みた。
「洗い浚い話しなさい、悪いようにはしないわ」
代表して薬師スキル持ちが言う。
「毒を解析したところ、非常に特殊な物でした。
蝶と蛇と蠍、その三つの毒をブレンドした物で、
完全に趣味に走った毒薬でした。
特徴は、無味無臭で無色、そして即効性、かつ長期保管が出来る。
しかし、ブレンドしなくても、似たような毒は他にも有るのです。
入手もし易い物が。
それでもわざわざブレンドした物を使用した。
・・・。
何故このような毒を用いたのか、そこが分からないのです」
薬師スキル持ちの言葉を、その手の知識豊富な専門家が引き継いだ。
近衛の諜報部に属して二十有余年。
「特殊な毒で有る、それは確かです。
まず、闇で売買される類の物ではない。
そして、錬達の薬師が趣味に走った逸品。
すると、これだけの物を誰が、何のために、と別の疑惑が生じます。
・・・。
私が知る限り、使用例が有りません。
ただ、・・・一度上司から聞かされました。
以前、極めて珍しい毒殺を担当した。
詳しくは言えんが、お前も当たる日が来るかも知れん。
その時は覚悟して置け。
上の上から圧力が掛かる。
まあ、逆らわん事だな。
下手に逆らえば一件の書類と共に焼却される恐れがある」
ベティはここまで聞いた上で推量した。
ブレンドの仕様に意味があるのだ。
製造元が誰なのか。
そしてそれが犯行の意味合いを暗示させる。
・・・。
捜査する側に向けられたサインだとすると。
カトリーヌに尋ねた。
「近衛に暗殺部隊があるのかしら」
カトリーヌもそこに思い至っていたのだろう。
顔色が悪い。
「公式には存在しません」
「公式には」
「その様な部門からの予算要求がないのです」
「そうよね、公式に暗殺を謳う訳がないものね。
だとすると・・・」
愚図愚図している暇はない。
非公式だと断定して話しを進めるしかない。
鑑定スキル持ちがおずおずと口を開いた。
「あのですね、この際ですから申し上げます。
スキルを偽装して王宮区画に出入りしている者達がいます。
もしかしてそれですか」
「知っているの」
「はい、許可された【偽装の指輪】をはめて、自由に出入りしています。
上司に伺ったところ、関わるな、と釘を刺されました」
取り調べの専門家がやれやれとばかりに言う。
「これは部内に流れる噂です。
出来れば聞き流して頂くと助かります。
実はですね、国王陛下直属の部隊があるそうです。
近衛か国軍にかは知りませんけど」
ベティは王妃の威厳を捨てて正直に驚いた。
「えええっ、・・・旦那様には聞いてないわよ」
亡き陛下からは何も。
縁戚であるポール細川子爵からも聞いていない。
陛下に仕える侍従長、侍従、秘書達は至って普通だった。
彼等の行動に陰を感じた事は欠片もなかった。
どこにその様な者達が・・・。
「あくまでも噂です、聞き流して下さい」
聞き流せない。
【偽装の指輪】、そして直属の部隊。
仮にだ、その直轄の部隊が毒殺を実行したとしたら・・・。
それは何の為に・・・。
誰の指示で・・・。
カトリーヌの顔色が変わった。
何やら青白い。
強張った表情でベティを振り返った。
「ベティ様、亡き国王陛下は毎朝散歩なさってましたよね」
「ええ、そうよ、それが」
「散歩コースは安全の為、毎日違いましたが、
一つだけルーティンがありました。
庭園で鯉に餌をやってらっしゃいました。
その際に付き従うのは護衛騎士ではなく、庭師の長のみ。
護衛騎士や近習は、心が休まらないから、と遠ざけられておりました」
そうだった。
雨の日も雪の日も、嵐の日も。
「鯉の様子を見る、そう仰っていましたね」
「はい、私どももそう聞いています。
問題はその庭師です。
初代様の頃に庭師の職が設けられた、とも聞いています。
初代様と共に戦場へ赴いて亡くなった者達の縁者だそうです」
「庭師を代々務めるお家柄にしたのね」
「はい、初代様が彼等に居住する家屋敷を与え、
国中から珍しい草木を集めて庭園としろ、そう命じられたそうです」
ああ、そうか。
初代様は国軍にも近衛にも諜報部を設けた。
それを信用せぬ訳ではないが、個人でも諜報網を構築した。
それが草木収集を言い訳にした庭師の集団。
彼等は草木を集める過程で国内各地の状況も把握した。
そこにベティは感心している場合ではなかった。
問題が一つ。
国王陛下が亡くなって朝のルーティンも無くなった。
今日これまでの間、彼等はどうしていたのだろう。
考察した。
彼等は初代様のお雇いだから、無碍な扱いはされない。
家屋敷や職務のみか、それなりの予算も組まれていると思えた。
かと言って、彼等には報告する相手がいない。
同時に、指示を下す者もいない。
この新しい国王を望めない状況下、どう動く。
評定衆へ接触するか。
それとも評定衆の特定の一人に。
いやいや、それはない。
あそこに席を置くのは政に慣れた者達。
下手すれば使い潰される。
一筋縄ではいかぬ。
となれば、管領か。
ベティは管領のこれまでの言動を思い返した。
☆
「葬儀は王妃様の到着を待って行われます」
予定される参列者名が一つ一つ上げられた。
この地方の親しい者達ばかり、意外性のある名前はなかった。
問題はなさそうだ。
ベティは死因を調べた者達に視線を転じた。
「そちらはどうだったの」
「子爵様は快く遺体を引き渡して下さいました」
先代子爵の遺体は氷魔法使いにより冷凍保存されていた。
早速解凍して貰い、派遣されたスキル持ち達が綿密に調べた。
結果、毒殺と判明した。
だが、葬儀前にそれを公表すると混乱を招く。
そこで、彼の者達は子爵家へ申し入れをした。
葬儀が終わるまで真相を一時的に秘して欲しいと。
渋々ながら同意してくれたそうだ。
ベティは彼の者達の表情に違和感を抱いた。
何やら口を濁しているように見受けられた。
隠し事があるのやも。
だが、彼の者達の心情を慮っている場合ではない。
今は緊急事態なのだ。
そこでベティは正面突破を試みた。
「洗い浚い話しなさい、悪いようにはしないわ」
代表して薬師スキル持ちが言う。
「毒を解析したところ、非常に特殊な物でした。
蝶と蛇と蠍、その三つの毒をブレンドした物で、
完全に趣味に走った毒薬でした。
特徴は、無味無臭で無色、そして即効性、かつ長期保管が出来る。
しかし、ブレンドしなくても、似たような毒は他にも有るのです。
入手もし易い物が。
それでもわざわざブレンドした物を使用した。
・・・。
何故このような毒を用いたのか、そこが分からないのです」
薬師スキル持ちの言葉を、その手の知識豊富な専門家が引き継いだ。
近衛の諜報部に属して二十有余年。
「特殊な毒で有る、それは確かです。
まず、闇で売買される類の物ではない。
そして、錬達の薬師が趣味に走った逸品。
すると、これだけの物を誰が、何のために、と別の疑惑が生じます。
・・・。
私が知る限り、使用例が有りません。
ただ、・・・一度上司から聞かされました。
以前、極めて珍しい毒殺を担当した。
詳しくは言えんが、お前も当たる日が来るかも知れん。
その時は覚悟して置け。
上の上から圧力が掛かる。
まあ、逆らわん事だな。
下手に逆らえば一件の書類と共に焼却される恐れがある」
ベティはここまで聞いた上で推量した。
ブレンドの仕様に意味があるのだ。
製造元が誰なのか。
そしてそれが犯行の意味合いを暗示させる。
・・・。
捜査する側に向けられたサインだとすると。
カトリーヌに尋ねた。
「近衛に暗殺部隊があるのかしら」
カトリーヌもそこに思い至っていたのだろう。
顔色が悪い。
「公式には存在しません」
「公式には」
「その様な部門からの予算要求がないのです」
「そうよね、公式に暗殺を謳う訳がないものね。
だとすると・・・」
愚図愚図している暇はない。
非公式だと断定して話しを進めるしかない。
鑑定スキル持ちがおずおずと口を開いた。
「あのですね、この際ですから申し上げます。
スキルを偽装して王宮区画に出入りしている者達がいます。
もしかしてそれですか」
「知っているの」
「はい、許可された【偽装の指輪】をはめて、自由に出入りしています。
上司に伺ったところ、関わるな、と釘を刺されました」
取り調べの専門家がやれやれとばかりに言う。
「これは部内に流れる噂です。
出来れば聞き流して頂くと助かります。
実はですね、国王陛下直属の部隊があるそうです。
近衛か国軍にかは知りませんけど」
ベティは王妃の威厳を捨てて正直に驚いた。
「えええっ、・・・旦那様には聞いてないわよ」
亡き陛下からは何も。
縁戚であるポール細川子爵からも聞いていない。
陛下に仕える侍従長、侍従、秘書達は至って普通だった。
彼等の行動に陰を感じた事は欠片もなかった。
どこにその様な者達が・・・。
「あくまでも噂です、聞き流して下さい」
聞き流せない。
【偽装の指輪】、そして直属の部隊。
仮にだ、その直轄の部隊が毒殺を実行したとしたら・・・。
それは何の為に・・・。
誰の指示で・・・。
カトリーヌの顔色が変わった。
何やら青白い。
強張った表情でベティを振り返った。
「ベティ様、亡き国王陛下は毎朝散歩なさってましたよね」
「ええ、そうよ、それが」
「散歩コースは安全の為、毎日違いましたが、
一つだけルーティンがありました。
庭園で鯉に餌をやってらっしゃいました。
その際に付き従うのは護衛騎士ではなく、庭師の長のみ。
護衛騎士や近習は、心が休まらないから、と遠ざけられておりました」
そうだった。
雨の日も雪の日も、嵐の日も。
「鯉の様子を見る、そう仰っていましたね」
「はい、私どももそう聞いています。
問題はその庭師です。
初代様の頃に庭師の職が設けられた、とも聞いています。
初代様と共に戦場へ赴いて亡くなった者達の縁者だそうです」
「庭師を代々務めるお家柄にしたのね」
「はい、初代様が彼等に居住する家屋敷を与え、
国中から珍しい草木を集めて庭園としろ、そう命じられたそうです」
ああ、そうか。
初代様は国軍にも近衛にも諜報部を設けた。
それを信用せぬ訳ではないが、個人でも諜報網を構築した。
それが草木収集を言い訳にした庭師の集団。
彼等は草木を集める過程で国内各地の状況も把握した。
そこにベティは感心している場合ではなかった。
問題が一つ。
国王陛下が亡くなって朝のルーティンも無くなった。
今日これまでの間、彼等はどうしていたのだろう。
考察した。
彼等は初代様のお雇いだから、無碍な扱いはされない。
家屋敷や職務のみか、それなりの予算も組まれていると思えた。
かと言って、彼等には報告する相手がいない。
同時に、指示を下す者もいない。
この新しい国王を望めない状況下、どう動く。
評定衆へ接触するか。
それとも評定衆の特定の一人に。
いやいや、それはない。
あそこに席を置くのは政に慣れた者達。
下手すれば使い潰される。
一筋縄ではいかぬ。
となれば、管領か。
ベティは管領のこれまでの言動を思い返した。
☆