それは項羽とともに緑色に点滅する霧状の光体が浮遊する世界を抜け、
途中から行方知れずとなっていた愛馬の騅であった。
精霊達のうちでも力を有している者なら、その姿が識別出来るに違いない。
目映いばかりの白銀の光を発っしていて、形状は霧状そのままだが、
明らかに翼と分かるものを背中に生やしていた。
月明かりも星明かりもない暗い世界なら、
霧状であっても輝きの輪郭から天馬として認識できるのだが、
生憎、この現実世界は太陽の強烈な光に支配されていた。
陽光が白銀の光体の中を、抵抗を受けることなく通過するので、
一般人には宙から駆け下りて来る天馬の姿など全く見えないだろう。
騅は探していた項羽の気配を感じ取った。
下の大地から伝わって来る独特の気配。
微かだが紛れもなく項羽そのもの。
見失ったものの、時間や方位の定かでない世界を漂っていたので、
時間の経過そのものが分からなかった。
どのくらい経過したのか。
そして、ここはどこなのか。
とにかく、探し求めていた項羽を見つけ、喜び勇んだ。
どこに紛れようと、彼の独特の気配だけは隠せない。
幸いにも着地地点には馬が待っていた。
皇居の内側にある放牧場だ。
そこでは十数頭の儀式用の馬達が飼われていた。
実際、「待っていた」というよりは、「定め」なのではなかろうか。
騅が選ぶというより、吸い寄せられるように一頭の中に侵入した。
芝の上で寛いでいた老馬だ。
どちらにとっても否も応もなし。
その馬の名は、「グローリアン・パワー」。
長距離に強い血統のサラブレッドであることから、
競馬で稼いで貰おうと海外より購入されたのだが、
全く戦績が芳しくなく、ついには余生をここで送ることになったのだ。
誰に教えられた分けでもないのに、騅の本能がグロリアン・パワーの記憶を、
まるで食い尽くすかのように上書きしてゆく。
それに従い馬体の様子も変化を始めた。
白銀の光体が血液を媒体に、全身の隅々にまで、その影響を及ぼす。
肌の血色が良くなり、毛並みに明らかな艶が出た。
筋肉の質量ともに若返りするのだが、放牧場で働いている者達には分からない。
彼等の関心は皇居の外の騒ぎにあった。
銃声はするわ、爆発炎上はするわで、馬の世話どころではなかった。
騅は乗っ取った馬体を立ち上がらせた。
不具合は感じない。
試しに柵沿いを駆けてみた。
これまた良い調子。
先を急ぐので助走を開始した。
何人かが様子が違うのに気付くのだが、手遅れ。
離陸する飛行機のように、そのまま一気に柵を飛び越えた。
綺麗なフォームで長い距離を余裕を持って飛んだ。
続けて、その先の丈の高い生け垣も楽々と飛び越えた。
毬子には警察ヘリの爆発墜落炎上を悼む余裕はなかった。
バンパイアの注意が逸れ、安堵したわけではないが、
張り手された左胸に痛みを感じ始めたからだ。
次第に激痛に変わってゆく。
骨の二、三本は折れているかも知れない。
ヒイラギが、「息吹」と言う。
祖父が教えてくれた呼吸法であった。
口を半開きにし、ゆっくりと体内の空気を全て吐き出し、
口を閉じ、鼻から新鮮な空気を吸う。
その際の心の置き方は、
「丹田の古い気を吐き出し、替わりに新鮮な気を取り入れる」のだそうだ。
何も武器がない今、藁にでも縋りたい気持ちなので、素直に従う。
ヒイラギが力を貸してくれているのか、短時間で丹田の辺りが熱くなり、
左胸の痛みが軽くなった。
それでも痛みが軽くなっただけで、骨折までは治っていないだろう。
と、下腹部に急な疼痛が走った。
まさか、・・・。
一週間も早いではないか。
月一度のお客様以外には考えられない。
途端にヒイラギの怒声、「お前は緊張感がないのか」と。
返す言葉がない。
でも、これだけは、・・・。
視線の片隅に伯父の姿を捉えた。
ガードレールを越えようとしていた。
何としても毬子を連れ戻すつもりらしい。
毬子はそちらを振り向き、伯父の近くにいた私服警官を指さす。
「あなた、伯父サンを引き留めて」
その段になって私服警官も事態に気付いた。
慌てて伯父の側に走り寄り、後ろから羽交い締めした。
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途中から行方知れずとなっていた愛馬の騅であった。
精霊達のうちでも力を有している者なら、その姿が識別出来るに違いない。
目映いばかりの白銀の光を発っしていて、形状は霧状そのままだが、
明らかに翼と分かるものを背中に生やしていた。
月明かりも星明かりもない暗い世界なら、
霧状であっても輝きの輪郭から天馬として認識できるのだが、
生憎、この現実世界は太陽の強烈な光に支配されていた。
陽光が白銀の光体の中を、抵抗を受けることなく通過するので、
一般人には宙から駆け下りて来る天馬の姿など全く見えないだろう。
騅は探していた項羽の気配を感じ取った。
下の大地から伝わって来る独特の気配。
微かだが紛れもなく項羽そのもの。
見失ったものの、時間や方位の定かでない世界を漂っていたので、
時間の経過そのものが分からなかった。
どのくらい経過したのか。
そして、ここはどこなのか。
とにかく、探し求めていた項羽を見つけ、喜び勇んだ。
どこに紛れようと、彼の独特の気配だけは隠せない。
幸いにも着地地点には馬が待っていた。
皇居の内側にある放牧場だ。
そこでは十数頭の儀式用の馬達が飼われていた。
実際、「待っていた」というよりは、「定め」なのではなかろうか。
騅が選ぶというより、吸い寄せられるように一頭の中に侵入した。
芝の上で寛いでいた老馬だ。
どちらにとっても否も応もなし。
その馬の名は、「グローリアン・パワー」。
長距離に強い血統のサラブレッドであることから、
競馬で稼いで貰おうと海外より購入されたのだが、
全く戦績が芳しくなく、ついには余生をここで送ることになったのだ。
誰に教えられた分けでもないのに、騅の本能がグロリアン・パワーの記憶を、
まるで食い尽くすかのように上書きしてゆく。
それに従い馬体の様子も変化を始めた。
白銀の光体が血液を媒体に、全身の隅々にまで、その影響を及ぼす。
肌の血色が良くなり、毛並みに明らかな艶が出た。
筋肉の質量ともに若返りするのだが、放牧場で働いている者達には分からない。
彼等の関心は皇居の外の騒ぎにあった。
銃声はするわ、爆発炎上はするわで、馬の世話どころではなかった。
騅は乗っ取った馬体を立ち上がらせた。
不具合は感じない。
試しに柵沿いを駆けてみた。
これまた良い調子。
先を急ぐので助走を開始した。
何人かが様子が違うのに気付くのだが、手遅れ。
離陸する飛行機のように、そのまま一気に柵を飛び越えた。
綺麗なフォームで長い距離を余裕を持って飛んだ。
続けて、その先の丈の高い生け垣も楽々と飛び越えた。
毬子には警察ヘリの爆発墜落炎上を悼む余裕はなかった。
バンパイアの注意が逸れ、安堵したわけではないが、
張り手された左胸に痛みを感じ始めたからだ。
次第に激痛に変わってゆく。
骨の二、三本は折れているかも知れない。
ヒイラギが、「息吹」と言う。
祖父が教えてくれた呼吸法であった。
口を半開きにし、ゆっくりと体内の空気を全て吐き出し、
口を閉じ、鼻から新鮮な空気を吸う。
その際の心の置き方は、
「丹田の古い気を吐き出し、替わりに新鮮な気を取り入れる」のだそうだ。
何も武器がない今、藁にでも縋りたい気持ちなので、素直に従う。
ヒイラギが力を貸してくれているのか、短時間で丹田の辺りが熱くなり、
左胸の痛みが軽くなった。
それでも痛みが軽くなっただけで、骨折までは治っていないだろう。
と、下腹部に急な疼痛が走った。
まさか、・・・。
一週間も早いではないか。
月一度のお客様以外には考えられない。
途端にヒイラギの怒声、「お前は緊張感がないのか」と。
返す言葉がない。
でも、これだけは、・・・。
視線の片隅に伯父の姿を捉えた。
ガードレールを越えようとしていた。
何としても毬子を連れ戻すつもりらしい。
毬子はそちらを振り向き、伯父の近くにいた私服警官を指さす。
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慌てて伯父の側に走り寄り、後ろから羽交い締めした。
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