取り調べは与力が主導していた。
犯罪の舞台となった離れは魔物達が貸し切っている状態なので、
彼等役人は遠慮し、宿の母屋を仮の奉行所として使用していた。
白拍子は彼等の邪魔にならぬよう気を遣いながら立ち会っていた。
主犯は関所の役人達、六人。
露天風呂で痛め付けられた五人と組頭であった。
役人の地位を隠れ蓑に、密かに悪事を働いていた。
宿の者達は六人の脅しに屈し、嫌々ながら手伝っていた。
なにしろ断った者が見せしめに嬲り殺しに遭ったのだ。
それも二人。屈するのも無理はない。
自然、いつしか悪事に染まっていた。
宿の者達は捕まると泣き喚くばかりで取り調べにならなかった。
それが一晩明けると憑き物が落ちたのか、知っている事を語り始めた。
まるで汚い物を吐き出すかのように、口から出る言葉に妙な勢いがあった。
関所の役人達が獲物に選んだのは、夕方近くに八王子へ向かう者達。
金が有りそうだと見るや、言葉巧みに湯治場に送り込んだ。
また佳い女と見るや、これまた湯治場に送り込んだ。
湯治場では関所からの紹介と知ると必ず離れに泊まらせた。
先客がいれば、「お役人の縁者だから」と部屋替えを頼んだ。
そして夜になると六人のうちの手の空いている者達が来た。
金の有る者からは金を奪って殺し、死体は近くの谷に捨てた。
女は犯して殺し、同じように谷に捨てた。
死体は獣たちが食い荒らしてくれたので発見される事はなかった。
酷い話しだ。役人のやる所業ではない。
組頭は捕まってから一切喋らず口を噤んでいた。
そこで与力は組頭を武士として扱わず、全裸にして猿轡を嵌め、拷問に掛けた。
必要な事は宿の者達から聞き出していたので、後は組頭から裏付けを取るだけ。
手荒い拷問であった。
まず身体の前で両手を縛り、力尽くで石畳の上に正座させた。
そして割れ竹で背中を叩く。
バシーッ、バシーッと、ゆっくり激しく、幾度も幾度も。
倒れぬように足軽二人が左右から支えた。
何度目かで皮膚が切れ、血が流れる。
傷口が増え、幾筋もの血が流れるが、叩きは止まらない。
組頭は何事か訴えようとするが、猿轡で口が利けない。
それに誰も目を合せようとはしない。気付いても気付かぬ振り。
気絶すると水を浴びせ、強引に正気に戻した。
そして再び叩き。
その間一切誰も何も尋ねない。
裏付けを取るのは二の次としか思えない。
一人が、「武士の風上にも置けぬ奴」と怒鳴っていた。
その言葉に賛同しているのか、死んでも構わぬという気配が、
取り調べている者達の間に漂っていた。
与力ですらそんな重い空気には抗えないようだ。
調書片手に後ろに退き、黙って成り行きを見ていた。
白拍子は全身が強張っている自分に気付いた。
割れ竹が振り下ろされる度に、自分が叩いているかのように腕に力が入るのだ。
握りしめた両手を解いた。
手のひらに爪の食い込んだ跡が残っていた。
そっと溜息をつく。
黙って外に出た。
そよ吹く風が彼女の頬を優しく撫でた。
心地好い秋風だ。
大きく口を開けて深呼吸した。
離れが騒がしい。
狐狸達の唸り声、吠える声。
彼等には迷惑をかけたので湯治場にある酒を大量に差し入れた。
その酒を飲んで騒いでいるのだろう。
彼女は離れを訪れた。
出迎えたのは天狗の娘・若菜。訝しげな顔で問う。
「どうしたの」
その背後では狐狸達が座敷を駆け回っていた。
「取り調べに立ち会っていたけど、何だか気分が悪いわ」
若菜が背伸びして、手の平を白拍子の額に当てた。
「熱はないみたいね」
「疲れただけよ。ここで少し休ませてもらうわ」
「座敷は煩いわよ」
「そうみたいね。黒猫も騒いでいるの」
「ヤマトは露天風呂だけど」
白拍子は脇の露天風呂に足を踏み入れた。
黒猫どころか誰もいない。
後をついてきた若菜が前に出て、露天風呂の底を指さす。
黒猫は底に横たわりジッとしていた。
若菜の顔色からすると、死んでいるわけではなさそうだ。
何を好きこのんで温泉の中に潜っているのだろう。
「どうしたの」
「温泉に潜るのが好きみたいなの。猫の気持ちが理解できないわ」
彼女は笑い、「黒猫との付き合いは長いの」と尋ねる。
「まだ一年にもならないわ」
「へえー、それにしては仲が良いのね。どこで知り合ったの」
若菜が、「鞍馬よ」と答え、その経緯を語り始めた。
どこからともなく現れた鬼達が、京洛の二つの寺を襲ったのが事の始まりだ。
白拍子は興味を抱いた。そんな冒険があるなんて面白い出会いだ。
自分は怨霊として鞍馬の山中にいたのだが、まったく気付かなかった。
「何百年も無為に時間を過ごしていた」と内心で深く反省した。
いきなり黒猫が露天風呂から飛び出して来た。
二人の近くでブルルンと身震いした。
濡れた全身の体毛を激しく左右に振り、水飛沫を見境なく周囲に撒き散らす。
若菜の動きは素早かった。
それより早く白拍子の陰に隠れたのだ。
白拍子一人が水飛沫を浴びた。
片袖で顔を拭く。
その背中で若菜がクスクスと笑う。
「ごめん、咄嗟だったのよ」
白拍子もつられて笑う。
黒猫がキョトンとした顔で白拍子を見上げた。
新免無二斎は馬上から前方を見た。
関所が木戸を大きく開けていた。
無二斎に並んでいるのは吉岡藤次。
旅の最初の頃は覚束ない騎乗であったが、今は堂に入っている。
肩に「鬼斬り」を担いでいても余裕がある。
二人が一行の先頭だ。
続けて真田幸村とその家臣達。
真ん中に宇喜多秀家と豪姫。そして背中を見守るように前田慶次郎。
その後に、途中で立ち寄った真田家から、領主の昌幸が自ら道案内と称し、
家臣十人を引き連れ加わっていた。
最後尾は猿飛と宇喜多家の忍者達。侍姿で騎乗していた。
関所の方から二匹の子犬が駆けて来た。
二匹とも狐顔。物見に出ていた伏見の狐、ちん平とまん作だ。
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犯罪の舞台となった離れは魔物達が貸し切っている状態なので、
彼等役人は遠慮し、宿の母屋を仮の奉行所として使用していた。
白拍子は彼等の邪魔にならぬよう気を遣いながら立ち会っていた。
主犯は関所の役人達、六人。
露天風呂で痛め付けられた五人と組頭であった。
役人の地位を隠れ蓑に、密かに悪事を働いていた。
宿の者達は六人の脅しに屈し、嫌々ながら手伝っていた。
なにしろ断った者が見せしめに嬲り殺しに遭ったのだ。
それも二人。屈するのも無理はない。
自然、いつしか悪事に染まっていた。
宿の者達は捕まると泣き喚くばかりで取り調べにならなかった。
それが一晩明けると憑き物が落ちたのか、知っている事を語り始めた。
まるで汚い物を吐き出すかのように、口から出る言葉に妙な勢いがあった。
関所の役人達が獲物に選んだのは、夕方近くに八王子へ向かう者達。
金が有りそうだと見るや、言葉巧みに湯治場に送り込んだ。
また佳い女と見るや、これまた湯治場に送り込んだ。
湯治場では関所からの紹介と知ると必ず離れに泊まらせた。
先客がいれば、「お役人の縁者だから」と部屋替えを頼んだ。
そして夜になると六人のうちの手の空いている者達が来た。
金の有る者からは金を奪って殺し、死体は近くの谷に捨てた。
女は犯して殺し、同じように谷に捨てた。
死体は獣たちが食い荒らしてくれたので発見される事はなかった。
酷い話しだ。役人のやる所業ではない。
組頭は捕まってから一切喋らず口を噤んでいた。
そこで与力は組頭を武士として扱わず、全裸にして猿轡を嵌め、拷問に掛けた。
必要な事は宿の者達から聞き出していたので、後は組頭から裏付けを取るだけ。
手荒い拷問であった。
まず身体の前で両手を縛り、力尽くで石畳の上に正座させた。
そして割れ竹で背中を叩く。
バシーッ、バシーッと、ゆっくり激しく、幾度も幾度も。
倒れぬように足軽二人が左右から支えた。
何度目かで皮膚が切れ、血が流れる。
傷口が増え、幾筋もの血が流れるが、叩きは止まらない。
組頭は何事か訴えようとするが、猿轡で口が利けない。
それに誰も目を合せようとはしない。気付いても気付かぬ振り。
気絶すると水を浴びせ、強引に正気に戻した。
そして再び叩き。
その間一切誰も何も尋ねない。
裏付けを取るのは二の次としか思えない。
一人が、「武士の風上にも置けぬ奴」と怒鳴っていた。
その言葉に賛同しているのか、死んでも構わぬという気配が、
取り調べている者達の間に漂っていた。
与力ですらそんな重い空気には抗えないようだ。
調書片手に後ろに退き、黙って成り行きを見ていた。
白拍子は全身が強張っている自分に気付いた。
割れ竹が振り下ろされる度に、自分が叩いているかのように腕に力が入るのだ。
握りしめた両手を解いた。
手のひらに爪の食い込んだ跡が残っていた。
そっと溜息をつく。
黙って外に出た。
そよ吹く風が彼女の頬を優しく撫でた。
心地好い秋風だ。
大きく口を開けて深呼吸した。
離れが騒がしい。
狐狸達の唸り声、吠える声。
彼等には迷惑をかけたので湯治場にある酒を大量に差し入れた。
その酒を飲んで騒いでいるのだろう。
彼女は離れを訪れた。
出迎えたのは天狗の娘・若菜。訝しげな顔で問う。
「どうしたの」
その背後では狐狸達が座敷を駆け回っていた。
「取り調べに立ち会っていたけど、何だか気分が悪いわ」
若菜が背伸びして、手の平を白拍子の額に当てた。
「熱はないみたいね」
「疲れただけよ。ここで少し休ませてもらうわ」
「座敷は煩いわよ」
「そうみたいね。黒猫も騒いでいるの」
「ヤマトは露天風呂だけど」
白拍子は脇の露天風呂に足を踏み入れた。
黒猫どころか誰もいない。
後をついてきた若菜が前に出て、露天風呂の底を指さす。
黒猫は底に横たわりジッとしていた。
若菜の顔色からすると、死んでいるわけではなさそうだ。
何を好きこのんで温泉の中に潜っているのだろう。
「どうしたの」
「温泉に潜るのが好きみたいなの。猫の気持ちが理解できないわ」
彼女は笑い、「黒猫との付き合いは長いの」と尋ねる。
「まだ一年にもならないわ」
「へえー、それにしては仲が良いのね。どこで知り合ったの」
若菜が、「鞍馬よ」と答え、その経緯を語り始めた。
どこからともなく現れた鬼達が、京洛の二つの寺を襲ったのが事の始まりだ。
白拍子は興味を抱いた。そんな冒険があるなんて面白い出会いだ。
自分は怨霊として鞍馬の山中にいたのだが、まったく気付かなかった。
「何百年も無為に時間を過ごしていた」と内心で深く反省した。
いきなり黒猫が露天風呂から飛び出して来た。
二人の近くでブルルンと身震いした。
濡れた全身の体毛を激しく左右に振り、水飛沫を見境なく周囲に撒き散らす。
若菜の動きは素早かった。
それより早く白拍子の陰に隠れたのだ。
白拍子一人が水飛沫を浴びた。
片袖で顔を拭く。
その背中で若菜がクスクスと笑う。
「ごめん、咄嗟だったのよ」
白拍子もつられて笑う。
黒猫がキョトンとした顔で白拍子を見上げた。
新免無二斎は馬上から前方を見た。
関所が木戸を大きく開けていた。
無二斎に並んでいるのは吉岡藤次。
旅の最初の頃は覚束ない騎乗であったが、今は堂に入っている。
肩に「鬼斬り」を担いでいても余裕がある。
二人が一行の先頭だ。
続けて真田幸村とその家臣達。
真ん中に宇喜多秀家と豪姫。そして背中を見守るように前田慶次郎。
その後に、途中で立ち寄った真田家から、領主の昌幸が自ら道案内と称し、
家臣十人を引き連れ加わっていた。
最後尾は猿飛と宇喜多家の忍者達。侍姿で騎乗していた。
関所の方から二匹の子犬が駆けて来た。
二匹とも狐顔。物見に出ていた伏見の狐、ちん平とまん作だ。
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