金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)167

2009-09-30 21:45:22 | Weblog
 取り調べは与力が主導していた。
犯罪の舞台となった離れは魔物達が貸し切っている状態なので、
彼等役人は遠慮し、宿の母屋を仮の奉行所として使用していた。
白拍子は彼等の邪魔にならぬよう気を遣いながら立ち会っていた。
 主犯は関所の役人達、六人。
露天風呂で痛め付けられた五人と組頭であった。
役人の地位を隠れ蓑に、密かに悪事を働いていた。
 宿の者達は六人の脅しに屈し、嫌々ながら手伝っていた。
なにしろ断った者が見せしめに嬲り殺しに遭ったのだ。
それも二人。屈するのも無理はない。
自然、いつしか悪事に染まっていた。
 宿の者達は捕まると泣き喚くばかりで取り調べにならなかった。
それが一晩明けると憑き物が落ちたのか、知っている事を語り始めた。
まるで汚い物を吐き出すかのように、口から出る言葉に妙な勢いがあった。
 関所の役人達が獲物に選んだのは、夕方近くに八王子へ向かう者達。
金が有りそうだと見るや、言葉巧みに湯治場に送り込んだ。
また佳い女と見るや、これまた湯治場に送り込んだ。
 湯治場では関所からの紹介と知ると必ず離れに泊まらせた。
先客がいれば、「お役人の縁者だから」と部屋替えを頼んだ。
 そして夜になると六人のうちの手の空いている者達が来た。
金の有る者からは金を奪って殺し、死体は近くの谷に捨てた。
女は犯して殺し、同じように谷に捨てた。
死体は獣たちが食い荒らしてくれたので発見される事はなかった。
酷い話しだ。役人のやる所業ではない。
 組頭は捕まってから一切喋らず口を噤んでいた。
そこで与力は組頭を武士として扱わず、全裸にして猿轡を嵌め、拷問に掛けた。
必要な事は宿の者達から聞き出していたので、後は組頭から裏付けを取るだけ。
 手荒い拷問であった。
まず身体の前で両手を縛り、力尽くで石畳の上に正座させた。
そして割れ竹で背中を叩く。
バシーッ、バシーッと、ゆっくり激しく、幾度も幾度も。
 倒れぬように足軽二人が左右から支えた。
何度目かで皮膚が切れ、血が流れる。
傷口が増え、幾筋もの血が流れるが、叩きは止まらない。
 組頭は何事か訴えようとするが、猿轡で口が利けない。
それに誰も目を合せようとはしない。気付いても気付かぬ振り。
 気絶すると水を浴びせ、強引に正気に戻した。
そして再び叩き。
その間一切誰も何も尋ねない。
裏付けを取るのは二の次としか思えない。
 一人が、「武士の風上にも置けぬ奴」と怒鳴っていた。
その言葉に賛同しているのか、死んでも構わぬという気配が、
取り調べている者達の間に漂っていた。
 与力ですらそんな重い空気には抗えないようだ。
調書片手に後ろに退き、黙って成り行きを見ていた。
 白拍子は全身が強張っている自分に気付いた。
割れ竹が振り下ろされる度に、自分が叩いているかのように腕に力が入るのだ。
握りしめた両手を解いた。
手のひらに爪の食い込んだ跡が残っていた。
そっと溜息をつく。
 黙って外に出た。
そよ吹く風が彼女の頬を優しく撫でた。
心地好い秋風だ。
大きく口を開けて深呼吸した。
 離れが騒がしい。
狐狸達の唸り声、吠える声。
彼等には迷惑をかけたので湯治場にある酒を大量に差し入れた。
その酒を飲んで騒いでいるのだろう。
 彼女は離れを訪れた。
出迎えたのは天狗の娘・若菜。訝しげな顔で問う。
「どうしたの」
 その背後では狐狸達が座敷を駆け回っていた。
「取り調べに立ち会っていたけど、何だか気分が悪いわ」
 若菜が背伸びして、手の平を白拍子の額に当てた。
「熱はないみたいね」
「疲れただけよ。ここで少し休ませてもらうわ」
「座敷は煩いわよ」
「そうみたいね。黒猫も騒いでいるの」
「ヤマトは露天風呂だけど」
 白拍子は脇の露天風呂に足を踏み入れた。
黒猫どころか誰もいない。
後をついてきた若菜が前に出て、露天風呂の底を指さす。
 黒猫は底に横たわりジッとしていた。
若菜の顔色からすると、死んでいるわけではなさそうだ。
何を好きこのんで温泉の中に潜っているのだろう。
「どうしたの」
「温泉に潜るのが好きみたいなの。猫の気持ちが理解できないわ」
 彼女は笑い、「黒猫との付き合いは長いの」と尋ねる。
「まだ一年にもならないわ」
「へえー、それにしては仲が良いのね。どこで知り合ったの」
 若菜が、「鞍馬よ」と答え、その経緯を語り始めた。
どこからともなく現れた鬼達が、京洛の二つの寺を襲ったのが事の始まりだ。
 白拍子は興味を抱いた。そんな冒険があるなんて面白い出会いだ。
自分は怨霊として鞍馬の山中にいたのだが、まったく気付かなかった。
「何百年も無為に時間を過ごしていた」と内心で深く反省した。
 いきなり黒猫が露天風呂から飛び出して来た。
二人の近くでブルルンと身震いした。
濡れた全身の体毛を激しく左右に振り、水飛沫を見境なく周囲に撒き散らす。
 若菜の動きは素早かった。
それより早く白拍子の陰に隠れたのだ。
 白拍子一人が水飛沫を浴びた。
片袖で顔を拭く。
 その背中で若菜がクスクスと笑う。
「ごめん、咄嗟だったのよ」
 白拍子もつられて笑う。
 黒猫がキョトンとした顔で白拍子を見上げた。

 新免無二斎は馬上から前方を見た。
関所が木戸を大きく開けていた。
 無二斎に並んでいるのは吉岡藤次。
旅の最初の頃は覚束ない騎乗であったが、今は堂に入っている。
肩に「鬼斬り」を担いでいても余裕がある。
 二人が一行の先頭だ。
続けて真田幸村とその家臣達。
真ん中に宇喜多秀家と豪姫。そして背中を見守るように前田慶次郎。
その後に、途中で立ち寄った真田家から、領主の昌幸が自ら道案内と称し、
家臣十人を引き連れ加わっていた。
最後尾は猿飛と宇喜多家の忍者達。侍姿で騎乗していた。
 関所の方から二匹の子犬が駆けて来た。
二匹とも狐顔。物見に出ていた伏見の狐、ちん平とまん作だ。




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