その頃、佐助の姿は馬の上にあった。
右に、連れの一騎が並んでいた。
共に旅仕度の若侍姿。
伏見の狐・ぴょん吉が上手に人に化けていた。
馬の操り方も上手い。労るように乗っていた。
一人と一匹は、ヤマトの言う「天魔」を探す為、岩槻に向かっていた。
途中、川越に来たところで、ぴょん吉が馬を止めた。
不審げに左右を見回した。
佐助が馬を寄せた。
「どうした」
「妙な気配がする」
「天魔か」
「天魔は会った事がないから分からない。でも、この気配、・・・気になる」
様子を見る為にと、向かいの森蔭に潜んだ。
暫くすると戦仕度の一団が現れた。
騎乗の武士が三騎。付き従うのは槍を持った足軽十数人。
どうやら見回りらしい。
一団は無駄口一つも叩かない。
不気味な程に歩調を合わせ、四方に目を配りながら、
佐助とぴょん吉の前を通り過ぎてゆく。
普通の者なら見過ごすだろうが、佐助は違った。
連中は多少の差異こそあれど、まるで「良くできた人形」だ。
ぴょん吉を見ると、彼も同じ疑問を抱いたらしい。黙って頷いて返してきた。
一団の背中が遠くなるのを待ってから、ぴょん吉が囁いた。
「連中が気になる」
「白拍子の話しでは代官を襲った魔物は川越に住んでいたな」
「ああ、その事もある」
「どうする」
「私が川越を調べてみよう。佐助は最初の予定通りに岩槻を頼む」
「一匹で大丈夫か」
ぴょん吉は配下の狐達を湯治場に置いてきた。
それは、「東国の地理に不案内だからな」と言う理由からだ。
おそらく本音は別のところ。
経験の浅い配下達を天魔と遭遇させたくないのだろう。
ぴょん吉は真摯な目で見詰めた。
「危ないとみたら逃げるさ。まだ命は惜しい。
こちらを調べたら岩槻で合流する。
俺の方で探すから何の心配もいらないよ」
佐助は後ろ髪を引かれながらも岩槻へ向かう。
途中、行き合う土地の農夫達に道を尋ねたので迷う事はなかった。
何本かの川も教えられた浅瀬を渡った。
急に血の臭いが濃くなった。
出会った農夫に確かめると、「ここは岩槻だよ」。
去り際に、「戦を避けて行くんだよ」と心配してくれた。
土地は豊かそうだが、空気が荒れていた。
戦塵が一帯に立ち込めていた。
どこから誰が見ているか分からないので旅の者らしく振る舞う。
進むに従い血の臭いが益々濃くなる。
陣らしき気配を感じると遠回りして避けた。
幸い誰に見咎められる事もなかった。
小高い山を見つけた。
手入れが行き届いているようで、人一人が上れる道が整備されていた。
これより先は騎乗したままでは無理。
再び元の所へ戻れるか分からないので、馬を乗り捨てた。
誰か良き人に拾われる事を願っていたが、驚いた事に馬が後をついてきた。
佐助の背中を鼻先で押す。
山の頂の木に登り、辺りを見回した。
城はすぐに見つけられた。
小ぶりだが堅固そうな城構えだ。
遠いので城壁の上の兵士が豆粒ほどにしか見えない。
そしてそこからは何の気配も届かない。
城の外堀の手前には盾らしき物が多数散乱していた。
どうやら攻め手側が破れたらしい。
その攻め手の布陣だが、城兵の出撃を警戒しているのか、
城を遠巻きにしていた。
なんだか怖々としている気配が感じ取れた。
日も暮れそうなので、寝場所を探しに山から下りた。
街道から外れた所に小川があった。
狭いが河原もあった。
馬を休ませるには丁度良い所だ。
そこで下りて、馬を放った。
最初は置き捨てを警戒した馬だが、佐助が草地に横になると安心したのか、
喜んで浅瀬に入った。
その河原の外れに掘っ立て小屋を見つけた。
丈の高い草藪に埋もれそうになっていた。
いつ倒れるかしれないので、用心して中に入った。
かつては物置として使われていたらしい。
それらしき箱とか、破れた板や折れた棒だかが転がっていた。
中は荒れていても身体を休められるだけの場所は残っていた。
床を軽く蹴る。腐れてはいない。
そこを選んで腰を落とした。
懐から小さな包みを取り出した。
大きなお握りが一個入っていた。
若菜が、「落とすなよ」と持たせてくれたものだ。
固くなっているが竹の水筒で喉を潤しながら、少しずつ飲み込む。
塩味が良い具合に利いている。
窓の外には夕焼け。
一気に疲れが出た。早いが仮眠する事にした。
虫の音で目を覚ました。辺りは暗くなっていた。
星明かりが窓から差し込んでいた。
外に出ると、気付いた馬が起き上がろうとした。
馬を宥める為に駆け寄り、片手で制した。
正面から見詰め、「きっと戻るから」と話しかけた。
幾度か語りかけると、理解したのか馬は安心したように再び横になった。
佐助は河原から城へ向かった。
夜道でも苦労はしない。修行で夜目が利くのだ。
どこで巡回の兵に遭遇してもいいように道の端の陰を選びながら、
足音を立てず慎重かつ早く駆けた。
どういう分けか巡回の兵に出会わない。
それは町筋に出ても同じ。
一人として巡回していない。
陣から人の気配はするが声も聞えない。
陣中を明るくして閉じ籠もっているらしい。
まるでお通夜のように沈んでいるではないか。
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右に、連れの一騎が並んでいた。
共に旅仕度の若侍姿。
伏見の狐・ぴょん吉が上手に人に化けていた。
馬の操り方も上手い。労るように乗っていた。
一人と一匹は、ヤマトの言う「天魔」を探す為、岩槻に向かっていた。
途中、川越に来たところで、ぴょん吉が馬を止めた。
不審げに左右を見回した。
佐助が馬を寄せた。
「どうした」
「妙な気配がする」
「天魔か」
「天魔は会った事がないから分からない。でも、この気配、・・・気になる」
様子を見る為にと、向かいの森蔭に潜んだ。
暫くすると戦仕度の一団が現れた。
騎乗の武士が三騎。付き従うのは槍を持った足軽十数人。
どうやら見回りらしい。
一団は無駄口一つも叩かない。
不気味な程に歩調を合わせ、四方に目を配りながら、
佐助とぴょん吉の前を通り過ぎてゆく。
普通の者なら見過ごすだろうが、佐助は違った。
連中は多少の差異こそあれど、まるで「良くできた人形」だ。
ぴょん吉を見ると、彼も同じ疑問を抱いたらしい。黙って頷いて返してきた。
一団の背中が遠くなるのを待ってから、ぴょん吉が囁いた。
「連中が気になる」
「白拍子の話しでは代官を襲った魔物は川越に住んでいたな」
「ああ、その事もある」
「どうする」
「私が川越を調べてみよう。佐助は最初の予定通りに岩槻を頼む」
「一匹で大丈夫か」
ぴょん吉は配下の狐達を湯治場に置いてきた。
それは、「東国の地理に不案内だからな」と言う理由からだ。
おそらく本音は別のところ。
経験の浅い配下達を天魔と遭遇させたくないのだろう。
ぴょん吉は真摯な目で見詰めた。
「危ないとみたら逃げるさ。まだ命は惜しい。
こちらを調べたら岩槻で合流する。
俺の方で探すから何の心配もいらないよ」
佐助は後ろ髪を引かれながらも岩槻へ向かう。
途中、行き合う土地の農夫達に道を尋ねたので迷う事はなかった。
何本かの川も教えられた浅瀬を渡った。
急に血の臭いが濃くなった。
出会った農夫に確かめると、「ここは岩槻だよ」。
去り際に、「戦を避けて行くんだよ」と心配してくれた。
土地は豊かそうだが、空気が荒れていた。
戦塵が一帯に立ち込めていた。
どこから誰が見ているか分からないので旅の者らしく振る舞う。
進むに従い血の臭いが益々濃くなる。
陣らしき気配を感じると遠回りして避けた。
幸い誰に見咎められる事もなかった。
小高い山を見つけた。
手入れが行き届いているようで、人一人が上れる道が整備されていた。
これより先は騎乗したままでは無理。
再び元の所へ戻れるか分からないので、馬を乗り捨てた。
誰か良き人に拾われる事を願っていたが、驚いた事に馬が後をついてきた。
佐助の背中を鼻先で押す。
山の頂の木に登り、辺りを見回した。
城はすぐに見つけられた。
小ぶりだが堅固そうな城構えだ。
遠いので城壁の上の兵士が豆粒ほどにしか見えない。
そしてそこからは何の気配も届かない。
城の外堀の手前には盾らしき物が多数散乱していた。
どうやら攻め手側が破れたらしい。
その攻め手の布陣だが、城兵の出撃を警戒しているのか、
城を遠巻きにしていた。
なんだか怖々としている気配が感じ取れた。
日も暮れそうなので、寝場所を探しに山から下りた。
街道から外れた所に小川があった。
狭いが河原もあった。
馬を休ませるには丁度良い所だ。
そこで下りて、馬を放った。
最初は置き捨てを警戒した馬だが、佐助が草地に横になると安心したのか、
喜んで浅瀬に入った。
その河原の外れに掘っ立て小屋を見つけた。
丈の高い草藪に埋もれそうになっていた。
いつ倒れるかしれないので、用心して中に入った。
かつては物置として使われていたらしい。
それらしき箱とか、破れた板や折れた棒だかが転がっていた。
中は荒れていても身体を休められるだけの場所は残っていた。
床を軽く蹴る。腐れてはいない。
そこを選んで腰を落とした。
懐から小さな包みを取り出した。
大きなお握りが一個入っていた。
若菜が、「落とすなよ」と持たせてくれたものだ。
固くなっているが竹の水筒で喉を潤しながら、少しずつ飲み込む。
塩味が良い具合に利いている。
窓の外には夕焼け。
一気に疲れが出た。早いが仮眠する事にした。
虫の音で目を覚ました。辺りは暗くなっていた。
星明かりが窓から差し込んでいた。
外に出ると、気付いた馬が起き上がろうとした。
馬を宥める為に駆け寄り、片手で制した。
正面から見詰め、「きっと戻るから」と話しかけた。
幾度か語りかけると、理解したのか馬は安心したように再び横になった。
佐助は河原から城へ向かった。
夜道でも苦労はしない。修行で夜目が利くのだ。
どこで巡回の兵に遭遇してもいいように道の端の陰を選びながら、
足音を立てず慎重かつ早く駆けた。
どういう分けか巡回の兵に出会わない。
それは町筋に出ても同じ。
一人として巡回していない。
陣から人の気配はするが声も聞えない。
陣中を明るくして閉じ籠もっているらしい。
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