俺は国都を囲む地形にも目を奪われた。
前世の京都と同じく盆地には違いないのだが、何か雰囲気が・・・。
途中の琵琶湖は琵琶湖のままであったが、ここには・・・。
違和感の正体に気付いた。
国都を囲む山並みの植生が違っていた。
琵琶湖を過ぎてからも、そうであったが、
おそらく人手はほとんど入っていないのだろう。
見知らぬ多くの大樹や高木の間を蔦が電線のように走っていて、
原生林のままとも言えた。
魔物が出没するので当然、前世のように山中に寺社が有るわけでなし。
安全に通行できるのは騎兵が見廻りしている街道のみ、と言えた。
その街道は行き交う人々で溢れていた。
国都に向かう人。出て来る人。
キャラバン。荷を背負った行商人。行楽客。
収穫物を荷車に乗せた農民の一行。
貴族と思わしき箱馬車の一行。
そして見廻りの騎兵の一隊。
忙しなく言葉が飛び交っていた。
その波に俺達二人もいた。
向かうのは東門。
途中から波の足が緩くなった。
片側に行列が出来ていた。
門衛が入る者を調べていた。
馴染みの者は貴族・平民関係なく、行列を横目に顔パスで入って行く。
俺達は新規の入門なので、下馬して行列の最後尾についた。
「毎日、同じ門を出入りしていれば門衛が顔を覚えてくれる。
冒険者になったら門衛と顔馴染みになるのも仕事のうちだ」とカール。
頷く俺にカールが続けた。
「ここまで乗ってきた馬は冒険者ギルドに売り払う。
二頭を預けると飼い葉代や、その他もろもろで結構な費用がかかる。
それよりは売り払って、必要になったら買う。その方が安上がりだ」
カールから色々な冒険者常識を聞くうちに順番が回って来た。
門衛が詰めているテントのテーブルには魔水晶が置かれていた。
魔素をふんだんに含む水晶で、
魔法ギルドが真偽を判断する機能に特化した術式を施したものだ。
いわゆる真偽の魔水晶。
俺達は胸元から認識票を取り出してテーブルに置いた。
平民と分かる銅板の認識票。
表には住まう地方の刻印、村の刻印。
裏には、それぞれ個人の名前と生年月日が刻印されていた。
カールが手短に説明した。
「俺は国都の冒険者ギルドに登録している。
今はこの子の村で事務職を請け負っている。
来月この子が幼年学校を受験するので、引率して来た」
一人が認識票を取り上げ、魔水晶の上に翳した。
術式により真偽の判断は発光する色によって示される。
認識票自体も魔法ギルドが特殊な術式を施した物なので、
魔水晶とは親和性が高く、偽物は簡単に見破れる。
発光が青なら本物。赤なら偽物。
当然、二つとも青。
門衛の一人に、「合格すればいいな」と見送られ、
深い堀に架けられた跳ね橋を渡った。
門を潜ると、戸倉村とは全く違う別世界が広がっていた。
満遍なく敷き詰められた石畳の上を談笑しながら行き交う人々。
彼等彼女等の衣服が多彩で、就く職業によるのかも知れないが、
色取り取りで眩しい。
村では見掛けなかったローブ姿の者も多い。
それに帽子、フード、そして化粧品の匂い。
遠くから聞こえてくる歌声、楽器の音色。歓声と拍手。
それらを打ち消すかのような時刻を告げる鐘の音。
偉容を誇るのは王宮とその関連施設だ。
高さもだがデザインが他の建物とは明らかに違っていた。
誰か一人の作意なのだろう。
金主の国王か、あるいは設計者か。
見とれていると、「ダン」と呼ばれた。
カールだ。
村を出るときは、「ダンタルニャン様」だったのが、
道中で魔物との遭遇戦を繰り広げているうちに、
「ダン」に変わっていった。
戦いの最中に様付けでは指示しにくい、と言ったとこから始まった。
別に不快ではない。
どちらかと言うと、呼び捨ての方が嬉しい。
村では村長の子供なので当然に思っていたが、
平民として村を出てからは様付けを不自然に感じていた。
平民の自覚が生まれた、と言うことなのだろう。
「あそこが冒険者ギルドだ」とカールが先を指し示した。
冒険者ギルドは門に近い表通りにあった。
煉瓦造りの三階建てで、歴史が感じられた。
夕方近いからか出入りする者が多い。
みんな軽重はあるが如何にも冒険者、と言った格好をしていた。
「冒険者は荒くれ者が多い上、忙しいから門の直ぐ近くにある。
早い話、鼻つまみ者は国都の奥には入るな、と言うことだな。
まあ、市場とか厩舎、色街も同じ扱いだ」
カールはギルドの前に馬を繋ぎ、俺を連れて中に入った。
中は騒然とした空気。
「この依頼書の明細をくれ」
「俺達はこれ」
「支払いは後日になります」
「今日中に精算してくれんか」と声が飛び交っていた。
カールは正面の受付カウンターに向かった。
受付嬢の前には魔水晶が置かれていた。
「御用でしょうか」
カールは魔水晶に認識票を翳した。
「ギルドの依頼で地方で仕事をしているカールだ。
馬の買い取りを頼む。二頭だ。ギルドの前に繋いでおいた」
受付嬢は発光の青を確認して、後ろを振り返った。
カウンターの後ろには机が並べられ、職員達が事務仕事をしていた。
「馬二頭の買い取りをお願いします」
「おう」と一人が顔を上げた。
大柄で厳つい顔の男は受付嬢に頷き、
それからカールを見て表情を変えた。
「おっ、カールじゃないか、久しぶり、生きていたか」
「生きてるから馬を売りに来た。
それよりバリー、お前に事務仕事が出来るのか。字が書けるのか。
計算は苦手だったろう。ギルドは大丈夫なのか」
バリーは笑い返した。
「はっはっは、久しぶりなのに、酷い言われようだな。
ところで、その子は」
「この子が幼年学校を受験するんで引率して来た」
俺を引き合わせた。
バリーは入念に二頭を鑑定した。
「昔からの馴染みだろう。
そこも値段に入れてくれよ」とカールが後ろから軽口。
バリーは、「馬鹿言うな。ギルドを潰すつもりか」カールを睨み、
「それにしても良い馬だな」俺に笑顔を向けた。
「ありがとうございます。そう聞けば村のみんなも喜びます」
不意にきな臭い地響き。
荒々しい馬蹄。
五騎が門から風のように駆け込んで来た。
慌てふためき悲鳴を上げて左右に割れる人波。
国都での騎乗は通常、禁じられていた。
たとえ王族に連なる貴族でも例外ではない。
許されているのは上番中の国軍の騎兵隊か、近衛の騎士隊のみ。
五騎の背中の旗指物を見てカールが言う。
「美濃の国軍の軍旗だ。おそらく伝令だろう」
「そうなると木曾谷の大樹海の一件か」とバリー。
木曾谷の大樹海から現れた魔物の群が木曽の町を焼き払い、
大挙して美濃の領都に向かっている、と途中の宿場町で噂していた。
俺はカールに尋ねた。
「もしかして、例の魔物の大移動の一件なの」
「たぶん」
「美濃の国軍で止められるものなの」
「地方に配備している国軍にその義務はない。
それに国軍の任務はその地方の監視なので兵数も多くはないんだ。
おそらく千人規模だろう。
地方の治安維持は領軍にあって、これに寄親の伯爵軍、
寄子の貴族を寄せ集めた連合軍が加わる。
寄り合い所帯で贔屓目に見ても二万かな」
俺は心配になった。
美濃が抜かれたら魔物の行き先は近江か尾張の何れかになる。
「それで勝てるものなの」
「結果は指揮官次第だ。
兵力を逐次投入するか、全兵力で迎え撃つか、どちらかだ。
全兵力を投入すれば魔物の群を殲滅出来るかも知れない。
が、味方の被害も大きい。
半分くらいは戦死覚悟になる。
そこをどう判断するか」
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途中の琵琶湖は琵琶湖のままであったが、ここには・・・。
違和感の正体に気付いた。
国都を囲む山並みの植生が違っていた。
琵琶湖を過ぎてからも、そうであったが、
おそらく人手はほとんど入っていないのだろう。
見知らぬ多くの大樹や高木の間を蔦が電線のように走っていて、
原生林のままとも言えた。
魔物が出没するので当然、前世のように山中に寺社が有るわけでなし。
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その街道は行き交う人々で溢れていた。
国都に向かう人。出て来る人。
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馴染みの者は貴族・平民関係なく、行列を横目に顔パスで入って行く。
俺達は新規の入門なので、下馬して行列の最後尾についた。
「毎日、同じ門を出入りしていれば門衛が顔を覚えてくれる。
冒険者になったら門衛と顔馴染みになるのも仕事のうちだ」とカール。
頷く俺にカールが続けた。
「ここまで乗ってきた馬は冒険者ギルドに売り払う。
二頭を預けると飼い葉代や、その他もろもろで結構な費用がかかる。
それよりは売り払って、必要になったら買う。その方が安上がりだ」
カールから色々な冒険者常識を聞くうちに順番が回って来た。
門衛が詰めているテントのテーブルには魔水晶が置かれていた。
魔素をふんだんに含む水晶で、
魔法ギルドが真偽を判断する機能に特化した術式を施したものだ。
いわゆる真偽の魔水晶。
俺達は胸元から認識票を取り出してテーブルに置いた。
平民と分かる銅板の認識票。
表には住まう地方の刻印、村の刻印。
裏には、それぞれ個人の名前と生年月日が刻印されていた。
カールが手短に説明した。
「俺は国都の冒険者ギルドに登録している。
今はこの子の村で事務職を請け負っている。
来月この子が幼年学校を受験するので、引率して来た」
一人が認識票を取り上げ、魔水晶の上に翳した。
術式により真偽の判断は発光する色によって示される。
認識票自体も魔法ギルドが特殊な術式を施した物なので、
魔水晶とは親和性が高く、偽物は簡単に見破れる。
発光が青なら本物。赤なら偽物。
当然、二つとも青。
門衛の一人に、「合格すればいいな」と見送られ、
深い堀に架けられた跳ね橋を渡った。
門を潜ると、戸倉村とは全く違う別世界が広がっていた。
満遍なく敷き詰められた石畳の上を談笑しながら行き交う人々。
彼等彼女等の衣服が多彩で、就く職業によるのかも知れないが、
色取り取りで眩しい。
村では見掛けなかったローブ姿の者も多い。
それに帽子、フード、そして化粧品の匂い。
遠くから聞こえてくる歌声、楽器の音色。歓声と拍手。
それらを打ち消すかのような時刻を告げる鐘の音。
偉容を誇るのは王宮とその関連施設だ。
高さもだがデザインが他の建物とは明らかに違っていた。
誰か一人の作意なのだろう。
金主の国王か、あるいは設計者か。
見とれていると、「ダン」と呼ばれた。
カールだ。
村を出るときは、「ダンタルニャン様」だったのが、
道中で魔物との遭遇戦を繰り広げているうちに、
「ダン」に変わっていった。
戦いの最中に様付けでは指示しにくい、と言ったとこから始まった。
別に不快ではない。
どちらかと言うと、呼び捨ての方が嬉しい。
村では村長の子供なので当然に思っていたが、
平民として村を出てからは様付けを不自然に感じていた。
平民の自覚が生まれた、と言うことなのだろう。
「あそこが冒険者ギルドだ」とカールが先を指し示した。
冒険者ギルドは門に近い表通りにあった。
煉瓦造りの三階建てで、歴史が感じられた。
夕方近いからか出入りする者が多い。
みんな軽重はあるが如何にも冒険者、と言った格好をしていた。
「冒険者は荒くれ者が多い上、忙しいから門の直ぐ近くにある。
早い話、鼻つまみ者は国都の奥には入るな、と言うことだな。
まあ、市場とか厩舎、色街も同じ扱いだ」
カールはギルドの前に馬を繋ぎ、俺を連れて中に入った。
中は騒然とした空気。
「この依頼書の明細をくれ」
「俺達はこれ」
「支払いは後日になります」
「今日中に精算してくれんか」と声が飛び交っていた。
カールは正面の受付カウンターに向かった。
受付嬢の前には魔水晶が置かれていた。
「御用でしょうか」
カールは魔水晶に認識票を翳した。
「ギルドの依頼で地方で仕事をしているカールだ。
馬の買い取りを頼む。二頭だ。ギルドの前に繋いでおいた」
受付嬢は発光の青を確認して、後ろを振り返った。
カウンターの後ろには机が並べられ、職員達が事務仕事をしていた。
「馬二頭の買い取りをお願いします」
「おう」と一人が顔を上げた。
大柄で厳つい顔の男は受付嬢に頷き、
それからカールを見て表情を変えた。
「おっ、カールじゃないか、久しぶり、生きていたか」
「生きてるから馬を売りに来た。
それよりバリー、お前に事務仕事が出来るのか。字が書けるのか。
計算は苦手だったろう。ギルドは大丈夫なのか」
バリーは笑い返した。
「はっはっは、久しぶりなのに、酷い言われようだな。
ところで、その子は」
「この子が幼年学校を受験するんで引率して来た」
俺を引き合わせた。
バリーは入念に二頭を鑑定した。
「昔からの馴染みだろう。
そこも値段に入れてくれよ」とカールが後ろから軽口。
バリーは、「馬鹿言うな。ギルドを潰すつもりか」カールを睨み、
「それにしても良い馬だな」俺に笑顔を向けた。
「ありがとうございます。そう聞けば村のみんなも喜びます」
不意にきな臭い地響き。
荒々しい馬蹄。
五騎が門から風のように駆け込んで来た。
慌てふためき悲鳴を上げて左右に割れる人波。
国都での騎乗は通常、禁じられていた。
たとえ王族に連なる貴族でも例外ではない。
許されているのは上番中の国軍の騎兵隊か、近衛の騎士隊のみ。
五騎の背中の旗指物を見てカールが言う。
「美濃の国軍の軍旗だ。おそらく伝令だろう」
「そうなると木曾谷の大樹海の一件か」とバリー。
木曾谷の大樹海から現れた魔物の群が木曽の町を焼き払い、
大挙して美濃の領都に向かっている、と途中の宿場町で噂していた。
俺はカールに尋ねた。
「もしかして、例の魔物の大移動の一件なの」
「たぶん」
「美濃の国軍で止められるものなの」
「地方に配備している国軍にその義務はない。
それに国軍の任務はその地方の監視なので兵数も多くはないんだ。
おそらく千人規模だろう。
地方の治安維持は領軍にあって、これに寄親の伯爵軍、
寄子の貴族を寄せ集めた連合軍が加わる。
寄り合い所帯で贔屓目に見ても二万かな」
俺は心配になった。
美濃が抜かれたら魔物の行き先は近江か尾張の何れかになる。
「それで勝てるものなの」
「結果は指揮官次第だ。
兵力を逐次投入するか、全兵力で迎え撃つか、どちらかだ。
全兵力を投入すれば魔物の群を殲滅出来るかも知れない。
が、味方の被害も大きい。
半分くらいは戦死覚悟になる。
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