五右衛門は仕事の手順を説明していた。
今夜は大仕事なので、念には念を入れなければならない。
事前の打ち合わせを疎かにすると、これまでの経験から碌な事が無かった。
今夜の相手は京でも一・二を競う質屋。
短時間で効率的に済ませて、京の外へ逃げる算段でいた。
目の端に、緩慢に起き上がるヤマトの様子が映った。
なんだか、いつもと雰囲気が違う。
何かを訴えるかのように軽く睨むではないか。
そして、外を見るように促がした。
次の瞬間には、ヤマトは素早く身を翻した。
隙間から部屋の外へ抜け出した。
五右衛門はヤマトの動作を理解した。
仲間達に気付かれぬように、外の気配に注意を払う。
微妙な違和感を感じた。
清浄な竹林の空気に濁りが混じったようなのだ。
ヤマトは廊下から土間、床下を抜けて家の外へ。
何の躊躇いも無く、屋根に跳び上がった。
遠目に捕り手達の姿を見つけた。
彼等は剣呑な空気を漂わせながら、慎重に接近して来るではないか。
何故ここが露見したのか。
呼び集めた者達に尾行がついてないかどうか、五右衛門は事前に物陰に潜み、
慎重に見張っていた。
彼の目を逃れる者がいるとは思えない。
となると、尾行ではなくなる。それは、裏切り者の存在しか考えられない。
「金色の涙」は圧縮保存したままだった猫又を解凍展開した。
一瞬で猫又がヤマトを支配した。
本来のヤマトに異存はない。
今ではすっかり「金色の涙」の判断を信頼していた。
猫又は屋根に四足で踏ん張るように立ち、空に向かって高々に吼えた。
遠い記憶にある「戦いの歌」だ。
山猫が戦いを挑む時、「俺はこれから戦うよ」と甲高い声で歌うように吼える。
それは狼の遠吠えを連想させる。
竹林の空気が一変した。
捕り手達は場違いな咆哮に足を竦ませた。
「不逞浪人狩り」に来たのであって、狼狩りではない。
そこここで禁じられた私語が飛び交う。
屋内にいた者達も驚いて顔を見合わせた。
悪事に慣れていても、身近に獣の咆哮を聞かされては、ビビってしまうらしい。
五右衛門はヤマトの咆哮とは別に、微かだが人の声を聞き取った。
四方から聞こえてくる。どうやら包囲されているらしい。
これをヤマトは伝えたかったのだろう。
事前に尾行の有無を確かめた五右衛門は、裏切り者の存在を確信した。
助っ人として呼んだ五人の内の誰かだろう。
が、今はそんな詮索してる暇はない。
己の命に代えても仲間達を脱出させなければならない。
五右衛門は皆を見回した。
「すまん。どうやら囲まれたようだ」
猫又の咆哮が竹林から京北の山々に響き渡った。
鞍馬での鬼騒動の戦塵はまだ燻ぶっていた。
狐や狸達の戦いぶりを物陰から見ていた山猫達は、何か物足りなげに感じていた。
そこに猫又の歌。聞き逃す筈がない。
静まりかけていた血が昂ぶる。
一匹が呼応するかのように、雄叫びを上げた。別の一匹が駆け出した。
釣られたかのように山々の山猫達が動き出した。
忍犬二匹が咆哮を聞いて背筋を伸ばした。
じっとその方向を睨みつけながら低く唸る。
威嚇の中に怯えも混じっていた。
喜蔵が傍にいなければ、そそくさと逃げたかもしれない。
喜蔵は二匹の様子から、咆哮の正体がヤマトと気付いた。
となると、今日の相手は石川五右衛門だ。
「不逞浪人狩り」というのは名目で、所司代の中からの漏洩を恐れたのだろう。
用心深い与力ではないか。
ただ一つ心配が。五右衛門相手にしては人手が少ないのだ。
何か手当てをしているのだろうか。
喜蔵は与力の傍に寄った。
「お見事ですな。五右衛門を窮地に追い込むとは」
その言葉に与力の表情が緩む。
「気付いたか」
「はい」
「狼のように吼えているのが黒猫だろう」
「そうです」
「お主には黒猫の押さえを頼む。五右衛門は我等で捕らえる」
「この人数で大丈夫ですか。相手は五右衛門です」
「わざと北を手薄にしてある」
五右衛門が先頭に立ち、家から飛び出した。
脇目も振らずに捕り手達を斬り捨てた。
瞬時に包囲網の弱い所を見抜いた。
手薄な北側へ仲間達を導く。
竹林を抜け、林に入る。
捕り手達の姿が消えるが、代わりに別の者達が姿を現した。
十四・五人。柿茶色の装束に身を包んでいた。
雑賀の忍びが埋伏していたのだ。
前方を塞がれてしまった。
背後からは捕り手達が追って来る気配。
愚図ついていると再び包囲されてしまう。
五右衛門の決断より、相手側の方が先に動いた。
先頭の者が口を開いた。
「五右衛門のみに用がある。他の者達は立ち去れ」
五右衛門の背後にいた一人が呼応するかのように、右へ逃れた。
助っ人で呼んだ者だ。
他の助っ人達もそれに続いた。
残ったのは五右衛門配下の三人のみ。
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今夜は大仕事なので、念には念を入れなければならない。
事前の打ち合わせを疎かにすると、これまでの経験から碌な事が無かった。
今夜の相手は京でも一・二を競う質屋。
短時間で効率的に済ませて、京の外へ逃げる算段でいた。
目の端に、緩慢に起き上がるヤマトの様子が映った。
なんだか、いつもと雰囲気が違う。
何かを訴えるかのように軽く睨むではないか。
そして、外を見るように促がした。
次の瞬間には、ヤマトは素早く身を翻した。
隙間から部屋の外へ抜け出した。
五右衛門はヤマトの動作を理解した。
仲間達に気付かれぬように、外の気配に注意を払う。
微妙な違和感を感じた。
清浄な竹林の空気に濁りが混じったようなのだ。
ヤマトは廊下から土間、床下を抜けて家の外へ。
何の躊躇いも無く、屋根に跳び上がった。
遠目に捕り手達の姿を見つけた。
彼等は剣呑な空気を漂わせながら、慎重に接近して来るではないか。
何故ここが露見したのか。
呼び集めた者達に尾行がついてないかどうか、五右衛門は事前に物陰に潜み、
慎重に見張っていた。
彼の目を逃れる者がいるとは思えない。
となると、尾行ではなくなる。それは、裏切り者の存在しか考えられない。
「金色の涙」は圧縮保存したままだった猫又を解凍展開した。
一瞬で猫又がヤマトを支配した。
本来のヤマトに異存はない。
今ではすっかり「金色の涙」の判断を信頼していた。
猫又は屋根に四足で踏ん張るように立ち、空に向かって高々に吼えた。
遠い記憶にある「戦いの歌」だ。
山猫が戦いを挑む時、「俺はこれから戦うよ」と甲高い声で歌うように吼える。
それは狼の遠吠えを連想させる。
竹林の空気が一変した。
捕り手達は場違いな咆哮に足を竦ませた。
「不逞浪人狩り」に来たのであって、狼狩りではない。
そこここで禁じられた私語が飛び交う。
屋内にいた者達も驚いて顔を見合わせた。
悪事に慣れていても、身近に獣の咆哮を聞かされては、ビビってしまうらしい。
五右衛門はヤマトの咆哮とは別に、微かだが人の声を聞き取った。
四方から聞こえてくる。どうやら包囲されているらしい。
これをヤマトは伝えたかったのだろう。
事前に尾行の有無を確かめた五右衛門は、裏切り者の存在を確信した。
助っ人として呼んだ五人の内の誰かだろう。
が、今はそんな詮索してる暇はない。
己の命に代えても仲間達を脱出させなければならない。
五右衛門は皆を見回した。
「すまん。どうやら囲まれたようだ」
猫又の咆哮が竹林から京北の山々に響き渡った。
鞍馬での鬼騒動の戦塵はまだ燻ぶっていた。
狐や狸達の戦いぶりを物陰から見ていた山猫達は、何か物足りなげに感じていた。
そこに猫又の歌。聞き逃す筈がない。
静まりかけていた血が昂ぶる。
一匹が呼応するかのように、雄叫びを上げた。別の一匹が駆け出した。
釣られたかのように山々の山猫達が動き出した。
忍犬二匹が咆哮を聞いて背筋を伸ばした。
じっとその方向を睨みつけながら低く唸る。
威嚇の中に怯えも混じっていた。
喜蔵が傍にいなければ、そそくさと逃げたかもしれない。
喜蔵は二匹の様子から、咆哮の正体がヤマトと気付いた。
となると、今日の相手は石川五右衛門だ。
「不逞浪人狩り」というのは名目で、所司代の中からの漏洩を恐れたのだろう。
用心深い与力ではないか。
ただ一つ心配が。五右衛門相手にしては人手が少ないのだ。
何か手当てをしているのだろうか。
喜蔵は与力の傍に寄った。
「お見事ですな。五右衛門を窮地に追い込むとは」
その言葉に与力の表情が緩む。
「気付いたか」
「はい」
「狼のように吼えているのが黒猫だろう」
「そうです」
「お主には黒猫の押さえを頼む。五右衛門は我等で捕らえる」
「この人数で大丈夫ですか。相手は五右衛門です」
「わざと北を手薄にしてある」
五右衛門が先頭に立ち、家から飛び出した。
脇目も振らずに捕り手達を斬り捨てた。
瞬時に包囲網の弱い所を見抜いた。
手薄な北側へ仲間達を導く。
竹林を抜け、林に入る。
捕り手達の姿が消えるが、代わりに別の者達が姿を現した。
十四・五人。柿茶色の装束に身を包んでいた。
雑賀の忍びが埋伏していたのだ。
前方を塞がれてしまった。
背後からは捕り手達が追って来る気配。
愚図ついていると再び包囲されてしまう。
五右衛門の決断より、相手側の方が先に動いた。
先頭の者が口を開いた。
「五右衛門のみに用がある。他の者達は立ち去れ」
五右衛門の背後にいた一人が呼応するかのように、右へ逃れた。
助っ人で呼んだ者だ。
他の助っ人達もそれに続いた。
残ったのは五右衛門配下の三人のみ。
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