天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

鷹60周年記念俳句大会

2024-06-30 06:18:17 | 俳句



きのう、新宿の京王プラザホテルで鷹60周年記念俳句大会が催された。

小生は
谷崎忌ビニール傘の粘り着く
箱庭に父が如露もて降らす雨
を出していた。どちらか並選に入るだろうと思い、谷崎忌を主宰が採った。それでいい。秀逸、特選はないとみていた。考えたわりに大したことはない。いつもそう思う。
1番から28番まですべての作者が入選し緩選だなあと思った。主宰は486人に対して354人の句を採ったから、0.728。通常の中央例会でその率はまず0.65であるから祭ゆえの大盤振舞と思った。今日の入選句が鷹誌にすべて載るのかすこし危ぶんでいる。緩選ゆえ。

句会より社交が目的であった。
受付で旧知の女流とばったり対面、彼女に「私困っているの」と言われたとき「ビンボーで何もしてやれない」と返そうとして、悩みは句ができないらしいと察知。それは明日は我が身の問題、どうにもならぬ。
そうそうに彼女から離れ数歩あるくと、「流星道場」をクビにしたばかりのAIがニコニコしているではないか。根に持っていそうもなくホッとした。句座をともにしなければいい女なのだ。



フランス料理は一品一品は美味いが出る間隔が長くて空腹感が募る。小生には不向き。


竹岡一郎の死を主宰の話で初めて知った。驚き呆然とした。
彼はなぜか小生を気にかけてくれ、第二句集を出し鷹がそれを取り上げたとき「天地さんに書いてほしい」と編集長に掛け合ったらしく小生が書いた。氷上でバック転をして人種差別に抗議したフランスの黒人スケーターを引き合いにして彼を語った。それをひどく喜んでお礼といって高価な清酒を贈ってくれた。それを「これはすげー」と酒好きの息子が飲んだ。息子も竹岡もこの世を去ってしまった。はかない。
息子の死を鷹で知った山中望、帆刈夕木からは丁寧な弔問を受けていた。また瀬戸りんと筑紫太郎は鷹誌にその句を取り上げて書いてくれた。前者は旧知、後者は初対面。この4人にはぜひ対面し礼をしたいと思い、叶った。

知らない顔二つには戸惑った。最初にこにこして小生を近づいて来た小倉幹弘を笹野泰弘と取り違えた。前者が「ジャッカル」、後者が「ひこばえネット」の新入会員。小倉が30代の若さを感じて戸惑った。あとで70年配の笹野が来たとき、混同していたことに気づく。笹野をしかと認識したあと小倉の名前が浮かばず、帰途の車中でやっと2人の名前と顔が定着した。

懇親会で同じテーブルに付いた中で当ブログの読者が3人もいた。すなわち、矢切無明、蓼科川奈、荒井東。中央例会へ出ていないのでブログが小生の社会への窓。ブログが役に立って話が弾んで幸運だった。こういう席ではいつも知らない人と同席することになる。
鷹在籍59年の高橋正弘もここにいて初対面の挨拶をすると「懐かしいです」とおっしゃる。龍ヶ崎句会で何度か小生と会っているとか。狐につままれた思い。
そこに、「動熱の如き怱忙雪婆」の砂金祐年の表敬を受け「ご飯粒残さぬ如し五月晴」の坂本空と合わせることができた。タイプは違うが2人とも仰ぎ見る長身にして美男子。句も良く、女ではないが惚れ惚れする。ともに「ジャッカル」の仲間。
表敬されて嬉しかったのは椎名果歩。彼女と宮本素子、大西朋は小生世代の後の鷹を担う実力派。椎名には会いたいと思っていたが先方から来てくれるとは。句柄のように垢ぬけた女性だった。もう少し話してもよかったな。




懇親会会場


顔を見て名前が浮かばず礼を失した女流がいた。
お太りになってわからず先様が名札を見せてくれて、ああっと思った。「流星道場」の力ある同人。「よもや私を忘れるなんて」と内心怒ったであろう。陳謝したいがもう遅い。女の怒りは怖いぞーー。
井上宰子の表敬を受け彼女はすぐわかった。数年前、小生が俳句甲子園の審査員をやっていて彼女は津久井高校の国語教諭にして俳句クラブの監督。選手を率いた鷹同人に闘いの場で遭遇した。旧知なのだ。

小生のお面影は変わってしまって、老いさらばいて先方がわからなかったということがなかった。ラッキー。
来賓でお招きした「沖」の能村研三氏と「銀花」の中原道夫氏を表敬訪問したが両人ともすぐわかってくれた。鷹へ入った当初、「沖」の若手たちと句座をともししていた。その2人で彼らと交流するのが湘子に知れて小生は何年も同人にならなかったのである。

いちばん不可思議だったのは、お招きした来賓69人の中に、小澤實の名がなかったこと。小澤さんは鷹にもっとも関わりのある方。讀賣新聞でお世話になっているので表敬しようと思ったが叶わなかった、残念。
高野ムツオ氏とは俳句甲子園の松山大会で審査員をともにしことがある。小生をフォローしてくれた批評が際立ち心地よい時間を作っていただいた。再会しようと思ったが有名人につきまとうさもしさを感じて控えた。

鷹主宰には時間があれば対面しようと思ったが遠見に来賓の接待で忙しそう。表敬を諦めた。お会いしても双方にそうしゃべることはないだろう。投句者は選句者にともかくいい句を出すことのみ。それが表敬である。投句で気張ればいいのである。
ともかく社交の一日であった。



鷹俳句会からのプレゼント(主宰の自註入り句集とくるみのクッキー)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 鷹7月号小川軽舟を読む  | トップ | 巨人の四番軽打せよ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

俳句」カテゴリの最新記事