天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

子どもに水の季節到来

2024-05-04 05:21:43 | 身辺雑記

府中の森公園


27日(土)から何日たったか、まだゴールデンウィーク真っただ中。
子守りが後半の山場となった。昨日は府中の森公園をメインに仕組んだ。ほかの場所で小刻みに時間を使い、ここへ来たのが11:10ころ。
自転車から降りるとむこうの池がにぎわっていた。池から子供の声と水の光が届き、いつもより明るい。
結はそれに気づくと駆け出していた。止めてほかの遊具へ気を向けようとしたがダメ。保護者は水に入る時刻を15分遅らせようと考えた。水遊びを午前最後の種目にしたかった。
気温が30℃には達していない、そう暑くない、体が冷える、そう長く水に入れておきたくない、などと考えたが、結はおかまいなしに行ってしまった。
まだここで水遊びができると考えておらず着替えがない。池の端で衣類を脱がせ靴も脱がせ、長袖シャツとズボンを確保。パンツとランニングシャツのみにして結を川へ入れた。
結はえらく楽しそうだ。






ヒトは水に弱い。泳げない率はほかの四つ足動物に比べて著しく高い。四つ足で泳げないのなどいないのではないか。彼らは練習しなくても本能で水に浮かぶ。ヒトが泳げないのはたぶん直立を会得したのが原因だろう。
水中に寝れば浮くのだがヒトは立とうとして沈む。水平線とからだを平行にすることをヒトは学習しないと浮けないし泳げない。学習しても慌てるとそれを忘れて溺れる。なさけない種族である。
よって水深40㎝でも溺れて死ぬことがある。結から目を離せない。






ネット句会で5月の兼題で「水遊び」が出ている。見た瞬間、難題だと思った。
だいたい子どもの遊びを考えるが子ども俳句はうんざりする。孫俳句よりはましだがカワイイという範疇を句が脱することができない。
結の今していることがまさに「水遊び」。兼題を考えたが子どもが前面に出過ぎる。
新緑や声も飛び散るじやぶじやぶ池
としてみると「水遊び」という兼題が消えるし、どこかで誰か書いていそうな句である。
終に水かぶり水踏み遊びかな
としてみたが水の繰り返しがさっぱりしない。写真の横にないと効力のない文言のような気がする。取合せを考えるしかないが思いつかない。
どんな句が出るか見ものだがそう期待していない。

結を30分して水から上げる。冷えた体をほかの遊びで温める。


武蔵国分寺公園の鯉幟

コメント
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