なんという心地よい静かな秋の暮であろう。人間の世界はさわいでいる、戦っている。 しかし山はとこしにえに静かで、小川の流れは昔ながらの歌を今もなお繰り返している。 穀物は刈り取られ、果物はつみとられ、赤い木の葉のみ秋の暮をかざっている。 私は自分の生涯に、もう一度こうした心地よい秋がめぐって来たことを嬉しく思う。 澄みわたった青空に、純白に輝く雲が、ゆうゆうと動いている、あるいは象の如く、あるいは羊の如く、あるいは熊の如き形見せている。 ああ秋は美しい、秋の空は高い、あの美しい夕雲の彼方に私たちの永遠の住家があるだろうか、慕わしきは天の聖国よ、わが友よ。
野辺地天馬著「晩秋の感謝」より