「沈黙で失敗する者はない。」
このいささか風変りな言葉は、さまざまな社会的地位にあって、成功を収め人に抜きんでた私の親友の一人が、いつも口にしていた文句であった。
実際、きわめて多くの面倒で不愉快な人生のいざこざも、しばしばこのやり方で、たやすく切りぬけることができる。
これに反して、多くの人が愛好する、いわゆる「自分の意見発表」は、たいてい、ただ双方の意見のくいちがいを一層きわだたせるだけで、ときには事態を収拾のつかないものにしてしまうことがある。
「よく考えておきましょう」という言葉も、ひどく激しやすい人や、気心や決心が変りやすい人に対しては、しばしば奇跡的な効果がある。
文通の場合にも、返事したくないことには答えず、また催促されてもこの決心を変えないことが、多くの不快な議論をうち切る確かな方法である。
ところが、大部分の人が、三度目にはその決心をひるがえしてしまう。
しかし、改めさせることのできる、また改めさせねばならない明白な不正に対しては、沈黙してはならない。
不正を心ひそかに憎みながら黙っているのも、まちがいである。
眠られぬ夜のために ヒルティ著より