サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 07248「デジャヴ」★★★★★★★☆☆☆

2007年08月05日 | 座布団シネマ:た行
初めて体験する事象だが身に覚えがあるデジャヴ(=既視感)感覚をモチーフにしたサスペンスアクション。『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズなどを手掛けた、敏腕プロデューサーとして知られるジェリー・ブラッカイマーが製作を担当、盟友トニー・スコット監督とコンビを組み、デジャヴを過去からの警告と解釈した大胆なドラマを作り上げた。主演はオスカー俳優のデンゼル・ワシントン。先の読めないスリリングな展開や未曾有のスケールで放たれるアクションなど、一級のエンタテインメントを満喫できる。[もっと詳しく]

「タイム・ウィンドウ」という奇想を、さもありなんと提出する脚本の見事さに、脱帽した。

題材としては、珍しくはない。
この風景、このシチュエーション、この会話・・・どこか経験したことがあるような、記憶の底に蠢いているような、思い当たることがあるような、しかし、明瞭ではない。初めてではないということだけが、確信に繋がっている。
「デジャヴ」(既視感)。
この題材は、いろんなアプローチで表現されてきた。



ひとつは生まれ変わり(前世)をめぐる物語だ。転生する前の記憶が、現世に露出してくる。
あるいは、記憶喪失の物語だ。忘却の彼方の記憶が、甦ることを待っている。ここでも明確に言葉にすることは出来ない。記憶野はなんらかの理由で、毀損している。
近似として、3歳児未満の時に見た光景が、潜在意識に残っているケースもある。これなどは、睡眠治療の過程で、無意識の底に沈められてきたものが浮上することもある。
この潜在意識を、もうひとつ推し進めれば、夢の領域との混同という事態もありうる。
夢遊病的人格を想定してみれば、遊離した意識はたしかになにかを観察しており、それが、デジャヴにつながることは容易に想定できる。
もっとも多いのは、多重人格あるいは失調統合症などの心的状態にあって、記憶そのものの前提が、主体意識の変容にしたがって、曖昧になったり、多重化したりするケースである。つまり心身が分裂している。



オカルト的な解釈を好めば、交霊術のようになにかの意識が憑依したり、他の人格が乗り移ったりすれば、デジャヴは当たり前のこととなる。
網膜移植のために、前の網膜の持ち主の記憶が、二重化されるようなホラー映画もあった。
もっともっと、単純化して考えてみれば、「時間の移動」という古典的な方法が可能であれば、それぞれの時制においての体験が、既視感の連続のように見做す事だって出来るはずだ。そして、多くのタイムワープが、物語の題材となった。

そうしたさまざまな現象に関して、非科学的だとか、タイムパラドックスに反するとか、夢オチでしょ、とか揶揄することは簡単なのだが、実はデジャヴ(既視感)というのは、誰にでもあるものだし、本当のところ、うまく解説できることの方が少ないのが現実なのである。
だから、多くの表現者の、魅力的なテーマとして、現前するのである。



この「デジャヴ」という映画の、既視感という古びたテーマを、とてもスリリングにさもありなんという物語に変換していく遣り口に関して、僕は心底、感心した。これは、まずは、脚本の見事さによるものである。
プロダクション・ノートによれば、このシナリオの原型は、コンピュータ・チャットから生まれているらしい。
脚本家ラリー・ロッシオが、脚本家志望のビル・マーシリィとチャットを通じて、何年もかけてアイデアを練っていったという。
そして、完成した脚本に、目をつけたのが、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなど当代きってのヒットプロデューサーであるジュリー・ブラッカイマー。監督に指名されたのが、「トップ・ガン」「クリムゾン・タイド」などでコンビを組んだトニー・スコットである。リドリー・スコットの弟であるこの切れ味鋭い監督は、今世紀に入ってからも「スパイ・ゲーム」(01年)、「マイ・ボディガード」(04年)、「ドミノ」(05年)と、老いてなお、意気盛んである。
主人公のATF連邦執行機関の所属で、ニューオリンズのタンカー爆破事件の特別捜査に奔走するダグに、デンゼル・ワシントン。
期待は高まる。



「デジャヴ」という映画が秀逸なのは、「タイム・ウィンドウ」という奇想な装置が、さもありなんと、思わせるように登場させているところである。
現在は、大都市圏であれば数百万台の監視カメラがテロ対策という名目の元に設置され、ピンポイント爆撃ができる軍事衛星の偵察網が地球のあらゆる箇所を網羅しており、商用衛星の平和利用でも、あっという間にグーグルアースの衛星写真がだれでもが気軽にインターネットを通じて見られるようになり、あるいはロボットの遠隔操作でそこに視覚(カメラ)をつければ、身体の延長のように、視覚世界を拡大できるようになり、コンピュータ技術の進展によって、画像復元に3次元のマニュピレート技術が圧倒的に革新され・・・そういうテクノロジーが前提とされている。
科学チームが偶然開発してしまった「タイム・ウィンドウ」というマシーンが、現在のテクノロジーの延長線上にそれほど滑稽ではないようなものとして、設定されている。



1枚の紙をおりたたむように時空をつないでしまうワープ論であったり、歴史という大河に支流をつくれば、支流そのものが本流に変わるというある意味でのパラレル宇宙論であったり、目新しい議論ではないのだが、とてもありそうに思えるのだ。
「タイム・ウィンドウ」は4日6時間前の指定された局所の世界を、復元して、現在から「窓越しに」覗いているといった塩梅である。その復元には、多大なるエネルギーがかかり、ニューヨークの大停電も実はこの復元操作が原因であったなどと、もっともらしい嘘をつくっているのが嬉しい。

そして、その映像は、ゲーム機の三次元映像の操作のように、自由に侵入し、回り込み、接近し、後退し、つまり自由な視点を得ることが出来る。壁も通り抜けられるので、考えられないアングルの設定が自由となる。
このソリューションは「白雪姫」と名づけられている。このあたりの暗喩も面白い。
なにより、大画面で、この映画のヒロインであるクレア・クチヴァ(ポーラ・パットン)の自宅に侵入し、自在な監視(覗き)をおこなっている操作者自体が、その美しい肢体に、そしてなによりいま、覗いている空間は実は4日6時間前の「現在」であり、本当は彼女はすでに殺されているという不思議な体験に、我を忘れてしまうというところにもリアリティがある。
これは、ヴァーチャルではない。画面の向こうには、生きた現実があるのだ。そして、実は、こちらとあちらの世界はつながっているのだ。とても魅力的な設定だ。



シナリオそのものは、実に周到に、布石が張り巡らされており、トニー・スコット監督の独特の画面切り替えの多さと相俟って、緊張感に満ちたサスペンスミステリーのような映画に仕上がっている。
政治をめぐるサスペンスではない。
テロリストのオースタッド(ジム・カヴィーゼル)は名作「パッション」でのイエス・キリスト役が印象深いが、狂気の愛国の裏返しとしてのテロということなのだろうが、もうひとつ動機が僕たちにははっきりしない。
ATF(アルコール・タバコ・火気局)という組織も僕たちにはあまり馴染みがないものだ。
けれど、そうした敵・味方というサスペンスの謎解きよりも、「デジャヴ(既視感)」そのものをめぐる仮説の立て方そのものが、無類におもしろいのだ。



 



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25 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
TBありがとうございます ()
2007-08-05 12:35:16
タイムウインドウという設定がとてもおもしろいと思いました。
伏線が張り巡らされており、なるほどと感心させられる場面が多くあり、この映画を楽しむことができました。
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花さん (kimion20002000)
2007-08-05 14:53:22
こんにちは。
とってもよくできた、ミステリーサスペンスを読み終わった気分に似ていますね。
今の時間と、過去の時間を、両方重ねて、カーチェイスする場面など、面白かったですね。
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TBありがとうございます (ろっく)
2007-08-06 19:21:49
 過去を追いかけるカーチェイスがなかなかでした。過去の出来事相手に追いかけが成立する設定が、時間ものとしては目新しかったです。
 これからもよろしくお願いします。
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ろっくさん (kimion20002000)
2007-08-06 19:56:48
こんにちは。
僕もあのシーンは、自分まで、車(時制)酔いがしてきましたよ。ちょっと、見たことないですね。テレビゲームやってるみたい(笑)
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なかなか (メル)
2007-08-11 07:14:21
良く考えられた脚本でしたよね~♪^^
それにカーチェイスのところとか、すごく斬新な
アイディアで感心しちゃいました。

こういった時空ねじれもの?^^の映画としては
一番納得できて良いなぁ、と思ったのは「オーロラの彼方へ」、それと衝撃的で、ほんとにすごい!と思ったのは「バタフライ・エフェクト」。この二つの方が
わたし的には好きですが、この映画も好きなタイプの映画でした。

TBさせていただきましたm(_ _)m
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メルさん (kimion20002000)
2007-08-11 15:14:02
こんにちは。
おっしゃる2作もよかったですね。
時空の迷路ものって、僕は、好きですね。
トンデモ作品も多いけど(笑)
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こんばんは! (猫姫少佐現品限り)
2007-08-12 01:51:54
まだ記事書いてないケド、
これ、おもしろかった!!
しかし、アクション映画?ですか??
あたしはあえて、、、
ラブストーリーに分類します!
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こんばんわ (睦月)
2007-08-12 02:28:29
TB&コメントありがとうございます。

kimion20002000も記事の中で触れておられますが、
多くの映画人たちが、過去に何度も取り上げてきた
題材であるタイムワープやデジャブというものを、
他作品とは確実に差別化できる形
で描いていたところがこの映画の魅力的だと
思いました。

大味な点が目立つハリウッド・・ブラッカイマー作品
としては、珍しく緻密な脚本だったなあと思います。
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偶然の産物 (ひらりん)
2007-08-12 03:28:20
トラ・コメどうもです。
タイムマシーンって、偶然出来ちゃうモノなんですね。
科学の進歩・・って、たまたま・・から進んでいくんでしょうね。
それにしても、あのマシーン・・・
近頃の映像革命??のスピードからすると、
結構早く、現実化しそう・・・な気がしてならないひらりんです。
いやいや、嬉しい事だと思ってのことですが。
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コメント多謝 (kimion20002000)
2007-08-12 05:21:21
>猫姫さん

そうですね。珍しく、D・ワシントンのキスシーンもありましたしね。

>睦月さん

ブラッカイマーね。パールハーバーのときは、こいつだけは許せん!と思ったんですけどねぇ(笑)

>ひらりんさん

そう、ITの進歩は早いですからねぇ。4日と6時間という数値も、現在での処理能力のせいですから、倍倍で、もっと、過去につながることになりますね。しかも、大停電もおこさずに(笑)
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