サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10511「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」★★★★★★★★☆☆

2010年12月22日 | 座布団シネマ:た行

『エグザイル/絆』などで世界中から注目を集めるジョニー・トー監督が、娘一家を犯罪組織に殺された元殺し屋の男の復讐(ふくしゅう)を描くハードボイルド・アクション。主演は、フランスの国民的大スター、ジョニー・アリディ、共演にはアンソニー・ウォン、ラム・シュー、サイモン・ヤムらジョニー・トー作品の常連俳優がそろう。スタイリッシュな映像美と斬新なガン・アクション、そして血脈よりも固いきずなで結ばれた男たちの熱い生きざまが胸に迫る。[もっと詳しく]

「男泣き映画」に浸るのは、また至高の快楽でもある。

この長ったらしいタイトルは如何かと思うが、略して「冷弾(ツメダン)」というらしい(笑)。
「男気映画」「男泣き映画」などとも呼ばれるジョニー・トー監督には、熱烈なファンが多い。かくいう僕もそのひとりだ。
『男たちの挽歌』シリーズで香港ノワールの第一人者とされたジョン・ウー監督がハリウッドに渡ってしまった後、香港映画界の孤高を一身に守っているのが、ジョニー・トー監督だ。
『冷弾』でも脚本を担当した盟友のワイ・カーファイらと「銀河映像/Milky way Image」を設立して以降は、特に「香港映画」いや香港という独特の文化・風土に根付いたなにものかを、見極めるのだという覚悟のようなものを感じる。



ジョニー・トーはこの十年をとってみても、『ターンレフト・ターンライト』(03年)のような不思議感覚の恋愛物語を提出したり、『マッスルモンク』(03年)のようなカンフー娯楽を作ってみたり、『スリ(文雀)』(08年)のような香港の新旧が交差する都市の光景をノスタルジックに描いたスタイリッシュな作品など守備範囲は広くて、それぞれ味わいがあるのだが、熱烈ファンを惹きつけてやまないのは、なんといってもハードボイルド・エンターテイメントの一連の作品だ。
なかでも『ザ・ミッション/非情の掟』(99年)、『エグザイル/絆』(06年)そしてこの『冷弾』はノワール・アクション3部作とされる。



この三部作には、今回の助っ人三人組である、アンソニー・ウォン、ラム・ガートン、ラム・シュやボスを演じるサイモン・ヤムや雇われ殺し屋のひとりチョン・シウファは常連だ。
描かれるのは、命に代えても惜しくはないといった男の友情であったり、プロフェッショナル性に支えられたチームワークの秀逸さであったり、ボスの非道さと追い詰められていく犯罪者たちの近親に対する愛情であったりするのだが、そのあたりの描き方が独特のユーモアとペーソスをまじえて、心憎い演出なのだ。
リアリズム映画というように見られるが少し違う。
登場人物たちの動きの独特の間の取り方が、トー演出の真骨頂だ。
シナリオはほとんど用意されないという。即興演出が持ち味だ。
しかしそのために何度も何度もリハーサルをする。そこで、役者たちが独特の動きをもう半ば身についたもののように、披露するのだ。
それはどこか歌舞伎の「決め」のように見えるときもあるし、無声映画時代の滑稽味を帯びた動きの反復を連想したりもする。
そして食事やなにかしら頬張っているシーンは欠かせない。
ひとりで食事をするシーンはほとんどない。いつも仲間は一心同体だ。



『冷弾』はそんな独特の香港ノワールのダンディズムに惚れこんだ『TAXI』全シリーズのプロデュースをしているミシェル&ロラン・ペダンが、ノワールの本場フランス映画の香りを混入することを意図した作品だ。
香港以外の舞台はマカオとなるが、そこに『サガンー悲しみよこんにちはー』のシルヴィー・テステューを夫・子どもを惨殺され自らも重症を負った母親役に、そして復讐を誓うその初老の父コステロ役にミュージシャンとしても性格俳優としても国民的人気のジョニー・アリディを、キャスティングしたのである。
復讐に燃えるコステロは、しかしマカオには土地勘がなく、偶然殺人現場を目撃してしまったことからその3人組に助っ人を依頼する。
報酬は、「友情」という名の彼が所有するレストランと屋敷。
コステロはシェフではあるが20年前はやはり闇家業をしており、銃の使い方も堂に入ったものだ。



しかし、コステロの娘を殺した三人組のボスは助っ人三人組の雇い主でもあるファン(サイモン・ヤム)でもあり、しかもコステロは昔に銃弾が脳に残っており、自分の復讐というミッションも助っ人の顔も記憶が途絶えることになる。
ここで助っ人三人組は、困惑することになる。
「記憶を失くした男に復讐する意味はあるのか」
「町を牛耳るボスを敵に回せば、多勢に無勢だ」
しかし観客はわかっている。
「約束したことは守る、乗りかかった船からは逃げない」
まるでヤクザ映画の高倉健を見るような思いだ。
異なるのは、それが単独の義侠心ではなく、チームとして阿吽の呼吸で了解されることだ。



ジョニー・トー監督は、いつもサービス精神もあるのだろうが、観客の記憶に残る名場面を創ってくれる。それが堪らない。
『冷弾』でいえば、娘家族の惨殺現場の記録写真に、片っ端からコステロが「Vengeance(復讐)」と書き込んでテーブルの周囲に放り投げるシーン。あとで観客は単なる怒りだけではなく、記憶損傷に対処するためだと判り、胸に響く。
銃の改造をしているイトコから銃を受け取り、コステロと助っ人三人は、試し撃ちとお互いの技量を披露しあうように一台の自転車に順番に銃を放ち、その衝撃で無人のボロ自転車はいつまでもよろけながらも走り続ける。男たちは子どもに還ったようだ。
あるいは夜の森林の中での銃撃戦。月が雲間に隠れたりまた顔を出したり。月の明かりだけが頼りの近場の火花。
そして雨の激しい雑踏の中で傘をさして蠢く群集を上から撮ったシーン。『シェルブールの雨傘』へのちょっとしたオマージュかもしれないが、『スリ(文雀)』でもそんなシーンがあった。
最後は、お決まりのような死ぬとわかっているのに、ボスの配下との銃撃戦。今回は、どちらも等身大の長方体に圧縮されたゴミの塊を盾にして、接近するのである。これも忘れ難いシーンとなるだろう。



コルト、S&W、ベレッタ、ワルサー、ブローニング・・・銃器オタクも満足させる銃器のあれこれ。
そして助っ人の分まで含めた復讐を果たしたコステロが、海辺に7人+一人の子どもを育てているビッグママ(ミシェル・イエ)の食事を子どもたちと愉しそうに笑みを交わして食卓についている。
もう記憶もほとんどないかもしれない。
けれど、この海辺の家族に注いでいた助っ人三人組の愛情を、コステロは無意識に継承している。
今度は約束を守るのは俺の番だ、とでもいうように・・・。

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6 コメント

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Unknown (ふじき78)
2010-12-23 13:25:07
読み直して改めて面白い映画だったなあ、という事を思い出しました。
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ふじき78さん (kimion20002000)
2010-12-23 14:32:30
こんにちは。
とてもシンプルな映画ですよね。
不要な説明はなにもない。
そしてスピードと銃撃戦の迫力と滅びの美学みたいなものもあって、面白さが凝縮されていますね。
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TBいただいてましたのに (sakurai)
2010-12-25 20:43:27
反応おそくなってすいません。
野暮用と、体調悪かったもので。

この映画は見事でしたね。
本当の格好いいことってのをよーく分かってる!そんな気分にさせてもらいました。
3部作と言わず、もっとこういうタッチが観たいです。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2010-12-26 02:41:30
こんにちは。
年末です、体調、お大事にね。
中国大作映画が多くなっている中で、トー監督は香港にこだわっているところがいいですね。
フランスで撮影なんてしなくて安心しました(笑)
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-07-03 20:38:55
ブルース・リーが活躍して頃の香港カンフー映画を観るとマカロニ・ウェスタンの影響大なのですが、トーさんもマカロニ・ウェスタンがお好きなのがよく解ります。
友情を重んじる辺りにフレンチ・ノワールの味わいもあって、アメリカに進出したジョン・ウーさんよりもマニア的には面白いですね。
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オカピーさん (kimion20002000)
2011-07-04 02:36:00
こんにちは。
そうですね。マカロニウエスタンには、特有のアクの強さとお決まりの「決め」の様式があって、なかなか楽しいものです。
トーさんは、それに香港に対する独特の愛情と矜持のようなものがあるんじゃないでしょうか。
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