サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10487「マイレージ、マイライフ」★★★★★★★☆☆☆

2010年09月20日 | 座布団シネマ:ま行

『JUNO/ジュノ』でその才能を高く評価されたジェイソン・ライトマン監督がジョージ・クルーニーを主演に迎えて描く人間ドラマ。『サムサッカー』の原作者でもあるウォルター・キルンの同名小説を基にリストラ担当として全国を駆け巡る男の、一見身軽そうだが実はそうでもない人生を軽快なテンポで見せる。ジョージ・クルーニーのペーソスにあふれた演技も見逃せないが、モザイクのようにさまざまな現代のキーワードが散りばめられた登場人物の生き方に共感を覚える。[もっと詳しく]

のんべんだらりとしている僕だが、年間200日出張している時もあった。

ジョージ・クルーニー扮する主人公ライアン・ビンガムは、年間322日を出張している。
都市から都市へ、大半をアメリカン航空のプラチナ・カードを利用し、実に35万マイルのマイレージを利用しており、彼の夢はまだ全米で7人しか達成したことのない1000万マイルに到達し、「コンシェルジュ・キー」を手にすることだった。
彼の職業は、敏腕のリストラ宣告人。訴訟を恐れる企業を代弁しての「クビ」の宣告人であり、不況時は稼ぎ時だ。
ビンガムは、時々「モチベーション・スピーチ」の講演をするが、得意のテーマは「バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない」。
その言葉どおり、彼は関係に深入りすることを回避し、独身で家もない暮らしで、ワンランク上のサービスを快適に受けることに、満足している。



主人公のようなマイレージサービスなどは当時はなかったように思うが、僕は30歳手前のことだったが、2年ほど1年に百回近く飛行機に乗る生活をしたことがある。
国内の飛行場は、すべての都道府県のほとんどのマイナー空港まで結果として制覇することになった。
出張という意味では結構、一日に飛行機を乗り継いだことも多かったし、週末に自分の愉しみを加えて温泉廻りすることを含めれば、200日近く出掛けていたことになる。
もちろん、主人公のような「スマート」で「有能」なビジネスマンというわけではなく、調達したカバンにはスーツが二着とジーパンとラフ着、旅の途中で買い込んだ酒やつまみ、読みかけのミステリー二、三冊に書類の束やらなんやらで旅行ケースをパンパンに膨らませ、いつも途中で荷物を軽くするために、宅急便で一部を送り返したりしていた。
まあ、主人公の対極のような姿だった。
それでも顔を知られたいくつかのホテルでは、馴染み客のもてなしを受けたりして、ちょっと悦に入ったりしたこともあった(笑)。



ともあれビンガムは颯爽としている。
マイレージの分だけ、地上を離れて、仕事は「リストラ宣告人」という気が重い仕事だが、ベテランらしいメリハリの利いた言葉遣いとテクニックにより、「空の戦士」であることに誇りと自己満足を得ている。
そんなビンガムのクールなスタイルを狂わせることになる出会いが・・・。
ひとりは同じような「空の戦士」であるキャリア・ウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)との大人の恋愛。
ちょっとした火遊びの筈であったが、似た者同士のようなところもある二人は、急速に惹かれあっていく。





もうひとりは会社の新人社員であるナタリー(アナ・ケンドリック)。
彼女は大学で心理学を学び首席で卒業した才女だが、リストラ宣告の仕事に「出張」ではなく「ネット解雇」の手法を提案し、経営者の心をつかむことになる。
もちろん、「マイレージ命」のビンガムには、予想もしなかった脅威である。
そんな時、家族と疎遠になっていたビンガムだが、妹ジュリーが婚約をしたということで、彼女と夫との写真ボードを入れて各地で写真を撮ってくれ、という奇妙な依頼を受ける。
仕方なく、出張鞄に妹と婚約者の写真ボードを入れようとするが、いつものように軽便に決まらず、大きさがはみ出してしまう。
ビンガムはナタリーのOJTを命じられて、一緒に飛行機で各地を飛び回ることになるのだが・・・。



監督は『サンキュー・スモーキング』(06年)で煙草業界のロビイストを描き、アカデミー脚本賞を獲った『JUNO/ジュノ』(07年)ではティーンエージャーの妊娠を描いた、才気溢れるカナダ出身の監督である。
映画一家に育っているが、まだ33歳だ。
本作は、破瓜症の神経質な青年を描いた『サム・サッカー』の原作者であるウォルター・カーンの原作を脚本化しているが、リストラ、転職、ネット社会、シングルライフ、ポイント依存症などといったアクチュアルなテーマを扱いながら、ジョージ・クルーニーのなんともいえない味のある演技で、コメディともシリアスとも単純に形容できない、読み解こうと思えばさまざまな布石と暗喩を散りばめながら、どこかで深刻すぎない現代社会のちょっとビターなスケッチのように手際よくまとめられている。
この若い監督に、こうした手馴れた演出ができることに感心させられるが、よっぽどいいスタッフが揃っていたのだろう。
このようなある意味で地味なヒューマン・ドラマが、アカデミー賞五部門にノミネートされたのも、大作主義中心の昨今のアカデミー賞では珍しいことだ。
音楽も導入部は、有名なウディ・ガスリーの「わが祖国」をアレンシしており、エンディング・ソングは50代のリストラに遭った男性がつくった「アップ・イン・ジ・エア」という曲が採用されていて、なかなか心に響く。



ビンガムのスケジュールノートは、効率的に合理的に機能的に埋められているはずだ。
そこでは「仕事」そのものというよりは、マイレージの総量が、主人公の生きている証になっている。
けれども、人生のスケジュールは、詰め込みすぎても、それは予定の消化であり、あらたな感動をもたらすものではない。
「リストラ宣告人」というある意味で、テクニックを弄して「切る」仕事を主人公にとって、多くの人と触れ合うが、それは人生の共有ではない。
どこにも本当の自分の居場所はない。「マイレージ」は結果として免罪符を与えているだけかもしれない。



時々、ビジネス情報誌などで「賢いスマートなポイント活用術」や「プレステージを保証するカード特集」などの特集記事を見ながら、フーンとその詳細な取材に感心したりしてしまうが、だからといってそんなものをほとんど活用したりしたこともない。
「予定は未定」。踏み出した先に、なにがあるかはわからない。
あるいは、どこかで安心の核のようなものがあるから、そこから少し非日常することはワクワク感を与えてくれるのかもしれない。
僕のスケジュールボードは、ここ数年空白だらけだが、たとえそれがびっしりともしかしたら埋まってしまうような忙しさがまた訪れたとしても、僕はもうマイレージなどそれほど貯まらないような人生を、選択している様な気がする。




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6 コメント

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お知らせ (風子)
2010-09-22 15:16:47
わたくしのブログの「マイレージ、マイライフ」の記事にTBしていただきましたが、こちらの記事が、キャデラック・レコードでしたので、削除させていただきました。m(_ _)m
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風子さん (kimion20002000)
2010-09-23 21:16:12
TB原稿、異なるものを送付してしまったみたいで、大変申し訳ありませんでした。
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Unknown (sakurai)
2010-09-24 08:45:13
>「マイレージ」は結果として免罪符を与えているだけかもしれない。

ここに同感です。
マイレージを受け取って、これが自分の目指すもの?と疑問を抱かせたのが真の答えなんでしょうね。
予告で、冷徹な・・というあたりをクローズアップしてたんですが、そんなことなかったですよね。
この監督さんはこれらかも楽しみです。
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sauraiさん (kimion20002000)
2010-09-24 11:21:16
こんにちは。
若手監督さんですけれども、しっかりしていますねぇ。
娯楽映画に、ちょっとビターな考えどころが詰まっているような気がしました。
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-04-30 12:21:52
「マイレージ、マイライフ」という頭韻をした邦題も内容にあっているし、なかなか洒落て良いですね。
リストラ宣告人という職業の紹介編としても面白かったです。

現在映画を観ていて自分の心境に照らし合わせることが多いのですが、本作では黒人女性の自殺に共鳴していましたね。
いや、自殺する気なんて毛頭ありませんけど。母が大事にしてきてくれた自分の命を粗末にしたらそれこそ母に叱られてしまいますから。
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オカピーさん (kimion20002000)
2011-05-01 00:07:47
こんにちは。
オカピーさんの体験が、これから映画評や映画を見る心持ちに、もしかしたら影響を与えるかもしれませんね。
そのことはしかし必然のことであるかもしれません。
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