サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 09363「ミルコのひかり」★★★★★★★★☆☆

2009年04月12日 | 座布団シネマ:ま行

イタリア映画界で活躍する実在の盲目のサウンド・デザイナー、ミルコ・メンカッチの体験を基に作られた感動作。不慮の事故により目が見えなくなった少年が、“聴く”ことにより新しい世界を築いていくまでを描く。1500人もの中から主役に抜てきされたルカ・カプリオッティは、映画初主演にも関わらずこの難役を見事に演じ切った。己の進むべき道を開拓する主人公の反骨精神に勇気づけられる。[もっと詳しく]

僕たちもたぶん、暗闇で世界の小さな音に耳を傾けたほうがいい。

はじめてコンタクトレンズをつけたのは小学校高学年のときだったと記憶しているが、もう40数年前のことになる。
当時はまだ一般の眼鏡屋で扱っておらず、どちらかといえば、専門医の実験対象のような扱いであった。
ハードレンズがソフトレンズになり、また酸素透過性レンズでハードに戻り、使い捨てレンズも試してみたこともある。
現在は、近眼に老眼が重なり、本を読むときなどは、コンタクトの上から100円ショップで買った老眼鏡を掛けていたこともあった。
昨年から、双焦点型とでもいうのだろうか、遠近両用コンタクトを使用している。
さすがに、数十年もコンタクト生活をしていると、網膜や眼底に影響を与えないわけにはいかない。
もともといつ頃からか、夜盲症(鳥目)もはなはだしく、視野狭窄も進行しており、中途失明の原因のひとつとされる網膜色素変性症の心配なども無関係ではない。
朝、起きた時、瞼がなかなか開かずに(たぶん老化の影響)、一瞬恐怖することがある。
また、周囲が白濁状態で黒い翳がちらつく時などは、とても欝の気分になってしまう。
レーザー治療で、眼底をドーン、ドーンと圧迫したこともあった。
軽い網膜はく離の症状を呈した時だ。



ミルコは銃の暴発という<事故>で、視力を失くしている。
舞台となっているのは、1971年のトスカーナだが、10歳のミルコは当時のイタリアの法律的な規制のため、ジュノバにある全寮制の視覚障害者のためのカトリック学校に、強制的に転校させられることになる。
ちなみにこの制度が全廃されたのは1976年のことであり、この作品でデモ隊が糾弾している様子なども撮影されている。
晴眼者とは隔絶された空間の中で、厳しい戒律と機織などの職業訓練のみを強制させられることになる毎日、ミルコはまだうっすらと見える視界のなかで、反抗の精神も捥がれかかっている。
そんなある日、ミルコは一台のテープレコーダーを見つけた。
そのテープレコーダーにさまざまな音や声を吹き込むことによって、秘密の楽しみを見つけることになる。
最初は物語を紡ぐのが得意な寮母の娘とのささやかな遊びであったが、盲学校の仲間たちも巻き込んで、みんなで生き生きと音による劇を組み立てていくことになる・・・。



『ミルコのひかり』という作品の音響アレンジもしている、イタリアで著名なサウンドデザイナーである「音の魔術師」ミルコ・メンカッチの体験を基にして、ドキュメンタリー映画で評価されてきたクリスティアーノ・ホルトーネ監督がつくり上げた実話作品である。
この作品では、盲学校の生徒役には、1500人のオーディションの中から選出された子供たちが、参加している。
見える子と見えない子の比率は、半々らしいが、視覚障害者の動作・振る舞いを積極的に教えたのは、見えない子たちであったという。
とくに、当初より、ミルコと仲良しになるちょっとでぶっちょのシモーネという少年は、さまざまなモノを使って、擬音をつくるアイデアを豊かにスタッフに提供したらしい。



ラストのサウンドによる舞台の場面、父兄などの見学者には、目隠しが渡される。
そこで演じられるのは、視覚障害者が晴眼者の劇を精一杯、真似ているといったいつもの「聖書劇」ではなかった。
いつのまにか晴眼者が、忘れてしまったかもしれない、音による想像力への誘いの世界。
観客である僕たちも、幼い時にじっと耳を澄ませて、世界の恐怖や不思議や喧騒や囁きに、聞き入っていた頃を想い出す。
あるいは、雑音まみれで、チューニングもままならない古ぼけたラジオから流れてくる劇を、わくわくしながら聞き入っていた記憶が甦る。
また、家にあったオープンリールのテープレコーダーに、いろんな音を録音して、悦に入っていた日々を振り返る。



風のうなり。
雨雫のしたたり。
鳥の囀り。
蜂の羽音。
枯葉を踏む音。
その音はどこからくるのか、それらの音はなぜこんなに感情を揺さぶるのか。
僕たちは、五感を研ぎ澄ませて、音の由来を探ったことがあったのではなかったか。



音の強さ、音の高低、音の音色、音のリズム、音の方向・・・20HZから20000HZが通常、人間の可聴域だといわれている。
僕たちはさまざまな音声情報を、振動として外耳から鼓膜を経て、中耳の耳小骨で変圧し、内耳を経由して神経細胞を興奮させ、大脳の聴覚皮質に物理的には到達させている。
けれど、意識が音を音として感じたり、感動したり、快楽したり、恐怖したりするのは、もっともっと複雑で未明な部分が多いことも、たしかなことだ。
テレビでご活躍の茂木健一郎もそうなのだが、ラテン語で<質>を意味する「テトリア」という概念にあたるのかもしれない。



仏教的に言えば、眼・耳・鼻・舌・身の五器官で、色・声・香・味・触を認識することになるのだが、本当はもうひとつ心の働きを指す「意」があり、これが「意識」となるのである。すなわち、六識である。
『ミルコのひかり』という作品を見ながら、たぶん視覚障害者は、そのぶん他の器官の認識が鋭敏になり、サウンドが語りかけてくる豊潤な「テトリア」をまた、自らの武器にすることができるのではないか、と素直に思うことが出来る。
僕たちもまたときどきは、眼を瞑って、あるいは暗闇の中で、世界にそっと耳を傾けることを忘れてはいけない。



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2 コメント

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目を閉じてみる (abricot)
2009-07-27 10:19:43
トラックバックありがとうございます。

緑が減ってしまった現代では、木々の葉が風になびく音も簡単に聞けなくなってしまいました。 でも目を閉じてみると、どこからか、そよそよと、心地良い音が聞こえてきたりします。

>ときどきは、眼を瞑って、あるいは暗闇の中で、世界にそっと耳を傾けることを忘れてはいけない。

これって大事なことですね。

ミルコを演じたルカ君の演技力には脱帽でした。 彼のインタビューでの堂々たる態度に、大物の予感がしました。
abricotさん (kimion20002000)
2009-07-27 11:26:36
こんにちは。

ルカ君、なかなか堂々とした受け答えでしたね。
こういう少年は、あっという間に成長しますからね。
楽しみではあります。

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