夫を薬物中毒で亡くし一人息子の養育権も奪われてしまった母親が、息子を取り戻そうと奮闘する人間ドラマ。息子と暮らせる日が来ると信じて人生をやり直そうとするヒロインを『2046』のマギー・チャンが熱演し、第57回カンヌ国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞した。監督は、彼女の元夫で『夏時間の庭』のオリヴィエ・アサイヤス。共演には『ホテル・ルワンダ』のニック・ノルティ、『屋敷女』のベアトリス・ダル、『ランジェ公爵夫人』のジャンヌ・バリバールらが顔をそろえる。[もっと詳しく]
マギー・チャンは紛れもなく国際的女優だなと思わせられる。
マギー・チャンは1964年生まれだから、40代半ばというところか。
『クリーン』という作品では、イギリス、パリ、カナダ、サンフランシスコなどを舞台にして、撮影が進んでいる。
中国語、英語、フランス語が入り組んでいる。
語学に器用な女優は多いが、中国系ではマギー・チャンがその第一人者ということになるかもしれない。
彼女自身も少女時代はイギリスで育った。
ミス香港で2位になったのは18歳の時、その後はアイドルとなり、ジャッキーチェンなどに見出され、『ポリス・ストーリー』シリーズの常連となった。
90年代からはパリで暮らすことが多くなり、『クリーン』の監督であるオリヴィエ・アサイヤス監督とは一時期パートナーであった。
現在は7歳年下のドイツ人建築家と付き合っているらしい。
出演映画は数多いが、ウォン・カーウァイ監督の『楽園の瑕』(94年)、『花様年華』(00年)や、ピーター・チャン監督の『ラブ・ソング』(02年)、メイベル・チャン監督の『宋家の三姉妹』(97年)、チャン・イーモウ監督の『HERO』(02年)に特に鮮烈な印象がある。
現代ものでも歴史ものでもコメディでも悲恋ドラマでも、マギー・チャンはその役になりきっているが、今回のヘロイン中毒の音楽関係のシングルマザーという設定は、なかなかに興味深かった。
マギー・チャン演じるエミリーは往年のロックスターであるリーとパートナーであり、リーのマネジメントをしているがなかなかヒットを生み出すことが出来ず、メジャーとインディーズの中で活躍の場も見出すのが困難になっている。
業界特有のものか、二人のカップルの惰性か、年齢を加えることと創作活動の苦しみからか、二人は麻薬に逃避する。
友人たちもリーを駄目にしたのは、エミリーだと非難する。
ホテルの一室で、エミリーとリーは言い争いをし、飛び出したエミリーが戻ってみると、リーは麻薬の過剰摂取で急死していた。
二人には子供のジェイがいるが、バンクーバーにいるリーの両親に預けられている。
半年の拘置生活を終えたエミリーは、生活を立て直し、ジェイに会えるようになろうとするのだが・・・。
エミリーは一時期はエンタテイメント・ビジネスの渦中にいて、音楽関係の番組も持っていたようだ。
それなりの野心と見栄と放縦な仲間との関係と・・・つまり名声と嫉妬といった業界特有の坩堝のような世界から抜け出すことが出来ず、焦る思いからヘロインをなかなか断ち切ることができない。
いつも苛立っていて攻撃的で仲間にも不信感が先にたち、一見するととても嫌な女に見える。
周囲は、エミリーがリーを結果的に殺すことになったのだと、口に言わなくても責めている。
ジェイもエミリーを敵対視するおばあちゃんから、父親はエミリーに殺されたようなものだと言い聞かされている。
そのことに反論したい気持ちはあるが、そんなことよりどうやって自分の生活を立て直せばいいのか、エミリーは暗中模索である。
エミリーは嫌な女だが、なんとなくこのエミリーの焦燥のようなものがわかる気もする。
特に音楽という世界を職業的にも体験して、ある種のライフスタイル革命(のようなもの)を通過したものたちの多くは「若気の過ち」のような顔をして市民社会に戻っていくのだが、どうにも戻りたくないもの、あるいは戻ることに対する不器用さが勝つものは多くいるだろうからだ。
テレビの「親父バンド選手権」のような健康優良児的なノスタルジア喚起娯楽番組でさえ、出演者にとって恥ずかしながらの世界はどちらにあるかといえば、髪の毛を伸ばしたり逆立てたり、染めたりしていたロックンロールな時代にではなく、爪を隠して生きてきた現在にあるという人がまじで結構な比率で存在する。
まして中国系移民の娘であるエミリーがせっかくつかんだ「成功体験」を失いたくない気持ちは痛いようにわかるのだ。
マギー・チャン演じるエミリーは、ニック・ノルティ扮する義父の気遣いで、ジェイとの一時を与えられ、一生懸命にコミュニケーションを取ろうとするが、「ママがパパを殺した」と吹き込まれてもいるジェイを前にして、その不信を取り去ることは簡単ではない。
たぶん子供はなんだってわかっている。
エミリーは子供を一人前と見做し、自分の弱さも含めて、正直に語ろうとする。
ジェイの氷のような警戒心はだんだん溶けてくるようになる。
お話だとわかっていても、この不器用そうな母親に、頑張ってと声をかけたくもなってくる。
この作品で、マギー・チャンは第57回カンヌ映画祭で最優秀女優賞を獲得している。
冒頭のカナダでのシーンであるが、荒涼とした工場地帯の煙が、荒れているエミリーとリーの姿を映し出しているようで感心した。
資料を見ると、撮影監督はション・ペン監督作品『イントゥ・ザ・ワイルド』(07年)で荒野を独特の抒情で描いたエリック・ゴーティエであることが判明し、なるほどと思った。
音楽にはブライアン・イーノの乾いた曲が効果的に使われている。
それにしても、日本には世界に誇りたくなるような美しいあるいは絵になるような女優さんが何人かいるのに、言葉の壁だろうか、国際派女優などいないに等しい。
小雪などが『ラスト・サムライ』などで抜擢されはしたが、それも舞台が日本であったからに過ぎない。
中山美穂も『サヨナライツカ』のカムバックもいいが、ろくでもない某作家兼自称ミュージシャンを突き飛ばして(笑)、ヨーロッパ映画ででも活躍してほしいものなのだが。
kimion20002000の関連レヴュー
『イントゥ・ザ・ワイルド』
TBありがとうございました。
マギー・チャンとニック・ノルティ。
この二人のすばらしい演技に魅了されました。
日本の女性は、海外でもてるようです。
海外に通じる女優さん。たくさん出てきて欲しいですね。
そうそう、工藤夕貴さんがいましたね。
工藤夕貴さんは、父親のことでいろいろ騒がれたりつらいことがあったでしょうが、アメリカにチャレンジしたのは立派なことだと思いますね。
誰かが道を開いてくれればなあ、と思います。
子供の理解力は馬鹿になりませんし、先日の「エスター」では子供の直感(の力)がドラマの綾になっていましたね。僕なんかやはり凡庸な大人で、息子や学童を嫌な連中と思ってしまいましたものねえ。
>マギー・チャン
良い女優ですね。
日本の工藤夕貴も演技力では負けないと思いますが、少し花がないかな。
>ブライアン・イーノ
傑作「アナザー・グリーン・ワールド」をアナログレコードで持っていますが、フォノ対応のアンプが壊れてしまったので、CDでまた買いたいような気もしています。
戦前は、日本でも海を渡ってスターになった何人かがいましたね。
戦後はエッセイイストとしては岸恵子みたいな人はいますけど、どうなんでしょう、菊池凛子あたりが候補なのかしら(笑)