サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 11524「シングルマン」★★★★★★★★☆☆

2011年04月28日 | 座布団シネマ:さ行

ファッションデザイナーとして成功を収めたトム・フォードが、かねてより熱望していた映画監督として初メガホンを取った人間ドラマ。「ベルリン物語」などの著者クリストファー・イシャーウッドの小説を基に、亡き愛する者のもとへ旅立とうとする中年男性の最期の一日を感動的に描く。主人公の大学教授を演じるのは『マンマ・ミーア!』のコリン・ファース。彼のかつての恋人を、『ブラインドネス』のジュリアン・ムーアが演じる。絶望の底で孤独に苦しむ主人公が見つける、何げない幸福が胸に迫る。[もっと詳しく] 

トム・フォードは隅から隅まで、自分が何をやろうとしているのか、完璧にわかっている。

もうすっかり、近所の商店街をうろうろする時にも、平気でジャージ姿で緊張感無く歩いているような僕のような人間には、ファッションやモードについて語る資格はないのだろうが、そんな僕でもトム・フォードは知っている。
グッチやイブ・サンローランの再生劇の立役者であり、ファッション界の受賞は数知れず、ある意味で若くしてモード業界の帝王になった感もある。
現在では、自分の名前を冠したブランドを立ち上げ、日本進出も果たしているが、もともと彼は俳優志望でもあった。
そして彼が初監督としてデビューしたのがこの『シングルマン』であるが、これが新人監督か、と正直びっくりしてしまった。
全編を通じて、緊張感に満ちた(ユーモアも交えて)映像の連続であり、ひとつひとつのシーンがとても計算されて創られている。
セリフも、構図も、色彩も、音楽も・・・自分が何をどのように演出し撮りたいのか、すべてがよくわかっている。
なによりも、ゲイ文学者として有名なクリストファー・イシャーウッドの原作をなぜ下敷きにしたのかということが、観客にストレートに伝わってくる。
クリストファー・イシャーウッド原作の『ベルリン物語』という作品から、舞台・映画の不朽の名作といわれる『キャバレー』が製作されたのは有名であるが、それ以外にもいくつかの古典名作の原作ともなっている。



1962年キューバ危機下のロスアンゼルス。
大学で文学の教鞭をとっているジョージ(コリン・ファース)は、この日を最後の一日にしようとしている。
8ヶ月前に16年同棲した最愛のジム(マシュー・グッド)を交通事故で亡くした。
それからの抜け殻のような自分に、おさらばする。
几帳面なジョージは周到に身辺整理をして、「ネクタイはウィンザーノットで」と書いた遺書を残し、最後の一日をいつものように教壇に向かう。
「変わらない日常」のように淡々と。
ただ、死を決意した最後の一日で、皮肉なことに少し世界は、彼に<彩>を与える。
オルダス・ハクスリーの「課題図書」に無反応な学生たちに思わず声を荒げてしまう。
いつも苛々させられる隣家の少女のスカートにのぞく足が、今日はなんだか眩しい。
昔のガールフレンドで今でも慰謝しあう関係のチャーリー(ジュリアン・ムーア)に、思わず心情を吐露してしまったりする。
スペインから来ている青年カルロス(ジョン・コルタジャレナ)に誘惑されてしまい途惑う。
そして教え子のケニー(ニコラス・オルト)と夜の海を裸体で泳ぎ、ついには家に誘うことになる。



ジョージの同棲相手であったジムは建築家であったが、ガラスの開口部を大きくとった家が素晴らしい。資料を見ると、フランク・ロイド・ライトの弟子にあたるジョイン・ロートナーという建築家が、1948年に実際に建てた家らしい。なるほど。
調度類も舞台美術も、とてもセンスがある。美術監督はジム・ジャームッシュ映画でお馴染みで、『コーヒー&シガレッツ』(03年)の美術監督でもあったダン・ビショップ。なるほど。
孤独で震える様な繊細な主人公の心の動きをとらえるような控えめな音楽は、やはり日本が誇る梅林茂が参加していた。なるほど。
ジョージやケニーの衣装は、トム・フォード自身がデザインしているが、それ以外はマドンナのスタイリストであり映画衣装も手掛けるアリアンヌ・フィリップス。なるほど。
最後の一日で、ジムの心を動かす美青年のニコラス・ホルトは『アバウト・ア・ボーイ』(02年)の演技がみずみずしかったが、「トム・フォード」ブランドの2010年春夏アドキャンペーンにも起用されているし、スペイン系の美青年はこれまた「トム・フォード」ブランドの顔となっている。なるほど。



『マッチ・ポイント』(05年)や『ウォッチメン』(09年)でも活躍したマシュー・グッドも素晴らしい肉体美だし、このところ奇怪なトンデモ物語ばかりの出演でどうしたのと心配していたジュリアン・ムーアも厚化粧の寂しいセレブをよく演じていた。
けれども、この作品は、なんといっても名優コリン・ファースの魅力に尽きる。
『ラブ・アクチュアリー』(03年)や『マンマ・ミーア』では軽妙な演技を見せていたが、この作品での立ち居振る舞い、目の動き、喪失感の演技には驚嘆するものがある。
さすがに英国の役者さんは、奥が深い。



トム・フォード自身ももちろん体の線の崩れも無い二枚目ではあるが、エンドロールでリチャード・バックリーに捧ぐとあるように『ヴォーグホームインターナショナル』という世界的権威の編集長をしていた彼と20年以上の恋人であるようだ。
原作のクリストファー・イシャーウッドも、30歳以上年下のゲイの恋人と長く過ごした。
僕は残念なことに、ゲイの世界に足を踏み入れてはいないが、そのスタイリッシュな美学を観念的には少しは理解できるような気がしている。
対なる幻想の強度に、同性も異性も関係ない。
けれども、同性は「類」の継続を拒否することにより、より自分たちの生死を「いま、このとき」の世界に対峙することになるはずだ。
そこでは欲望と不安は、いつも現在進行形で存在する。
ある意味でスタイリッシュな美学は、時間に馴致することを拒むところから出現するような気もする。
もっとも、ジャージ姿で商店街をうろうろしているようでは、そんな美学もへったくれも、こねくりまわしてみても、仕方の無いところにいいることに成り果てているのだが。

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2 コメント

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kimon20002000さまへ (樹衣子)
2011-04-30 19:12:58
>ファッションやモードについて語る資格はないのだろうが、そんな僕でもトム・フォードは知っている。

ジャージ姿で緊張感なくですか・・・ちょっとだけ、笑わせていただきました。。。
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樹衣子さん (kimion20002000)
2011-05-01 00:10:29
こんにちは。
梅田でしたっけ、彼の店は。
さすがに、その店にジャージ姿で行く勇気はありませんけどね(笑)
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