サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08331「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」★★★★☆☆☆☆☆☆

2008年11月01日 | 座布団シネマ:た行

1980年代に実在したテキサス出身の下院議員チャーリー・ウィルソンが、世界情勢を劇的に変えた実話を映画化したコメディディータッチのヒューマンドラマ。『卒業』のマイク・ニコルズがメガホンを取り、アフガニスタンに侵攻したソ連軍を撤退させてしまう破天荒な男の姿を描く。主人公をトム・ハンクスが演じるほか、ジュリア・ロバーツ、フィリップ・シーモア・ホフマンらアカデミー賞に輝く演技派が脇を固める。お気楽な主人公が世界を変えてしまう奇跡のドラマに注目。[もっと詳しく]

トム・ハンクスはいずれアメリカの大統領候補になるかもしれない。


現在の国家間緊張のひとつの縮図のようになっているアフガニスタンという国に関して、僕たちはこの四半世紀、テレビ映像を通じて、荒れ果てた大地、剥き出しの岩肌、戦車による蹂躙や空爆のため廃墟になった町々、怯えて暮らす難民のキャンプ地、ろくな医療設備もないまま放置される仮設病院などを繰り返し見てきた。
もともと多様な民族が入り混じるこの国にあって、民族間対立に乗じるようなかたちで、ソ連が侵入してきたのは1979年のことである。
それから10年、繰り返されるソ連の侵攻に対して、冷戦状況下におけるアメリカは表立っては介入せず、ということは、国連もまた非難声明を出すにとどまっていたといえる。

しかしながら、アフガニスタンの自由・独立を支援するということよりは、どちらかといえば<共産主義>憎しという単純な感情の中で、あるいはもっと地政学的な橋頭堡の確保や、中近東のオイル資源に与える影響や産軍複合体が狙う「危機の演出」ということもあるのだろうが、CIAを通じ、ソ連侵攻に対抗する勢力すなわちムジャーヒーディーン(ジハードを遂行するイスラム過激派の民兵)をバックアップすることになる。
このあたりのアメリカの動きのある一面を、チャーリー・ウィルソンという実在した下院議員の行動をもとにつくり上げられたのが、この映画ということになる。



ともあれ、対ソ連軍に対する武器の供給と民兵の武装訓練の援助などを得たムジャーヒーディーンは、おそらlくベトナム戦争に次ぐような長期の大国相手のゲリラ戦争を経て、1989年の10万人といわれるソ連軍の完全撤退へと、至ったのである。
アフガン戦争は、ソ連軍にも、壊滅的な疲弊と混乱を招いたことは確かである。
東欧共産圏諸国の民主化闘争が雪崩をうつような拡がりをみせ、ついにはソ連自体が解体し、ロシア共和国連邦としての再編という過程をくぐり、東西冷戦は「終焉」をつげることになった。

しかしながら、アフガニスタンの国土の崩壊は、ここでは終わらない。
アメリカ・ソ連・アフガニスタン・パキスタンの四国和平協定後、アフガニスタンの各部族間における紛争は続き(つまり内戦下の権力闘争)、1996年に首都カブールを制圧したタリバン勢力による支配が決定づけられるとともに、今度はアメリカとの緊張関係の中で新たな「ジハード」の局面を迎えるようになるのである。
このあたりで、もともとはムジャーヒーディーンの若き兵士のひとりでもあったオサマ・ビン・ラディンが、サウジアラビアの一族から受け継いだその豊富な資金源の背景もあり、歴史の表舞台を迎えることになるのだ。
NHKの「その時、歴史は変わった」の松平アナではないが、「さあ、みなさん、そしていよいよあの日を迎えることになるのです」ともいえる、2001年9月11日につながっていく。



全世界を驚愕させた9.11事件を受けて、ブッシュはアルカイーダを率いるとされるオサマ・ビン・ラディン一派の掃討に乗り出すことになる。その「報復」は、早くも1ヵ月後の10月7日、米英軍によるアフガンへの空爆となって現れた。
「無限の正義作戦」あるいは「不朽の自由作戦」と愚かにも名づけられたこの対テロ撲滅を大義とした軍事作戦に、国連も巻き込み、もちろん日本も命じられるままの後方支援に狩り出され、アメリカの威信をかけたベトナム戦争後最大の、一大軍事作戦が開始されるのである。
もちろん、ここから歯止めが利かなくなったアメリカの暴走は始まり、「悪の枢軸」ときめつけた不毛のイラク戦争から長引く軍事統治へと続き、追い詰められより過激化するタリバン勢力は、パキスタンの政治の混乱となって現れ、最近でもシリアへの空爆や、イラクやパキスタンから再びアフガンのジハードに呼応してきたタリバン勢力の鎮圧のためのアフガン空爆、イラク統治のアメリカ駐留軍のアフガニスタンへの戦力再配置という流れに続いているのである。
もちろん、長引く戦乱に、疲弊し犠牲になるのは、いつも戦場となる国土であり、一般の民衆である。



僕たちは、アフガニスタンがかつて緑生い茂る豊穣の大地であったことを知っている。
シルクロードの東西の文明の交流地であった歴史。
中央アジアのパン籠とよばれた豊かな西部地区にあったヘラート。歴史的な建造物でも名高い古都カンダハル。そして、多くの隊商の列で賑わった首都カブール。
僕たちは青年時代、たとえば井上靖の「西域物語」を読みながら、オリエンタルな幻想の理想郷のような、アフガンの豊饒な大地を瞼に浮かべながら、そこを旅することに憧れを持ったりしたのだ。
西はイラン、南と東はパキスタン、北はタジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、東端は中華人民共和国に接するアフガニスタン。
かつてアレキサンダー大王に征服され、そしてチンギスハンに統治され、ソ連やアメリカに爆撃を繰り返されたアフガニスタン。
現在でも、何百万にものぼる難民が飢餓に苦しみ、戦禍の後遺症に涙を流している。
アフガンの歴史的遺物である巨大仏像がタリバンによって破壊されたとき、お茶の間の良識人たちは、眉を顰めて、偶像破壊にいそしむタリバンの野蛮性を心のどこかで憎んだかもしれない。
けれど、「正義のアメリカ、悪のタリバン」といった、あるいはその逆でもいいのだが、そんな単純な図式には収まらない。
イラン映画界を代表する監督であるモフセン・マフバルマクは、もちろん感動作「カンダハール」(01年)の監督でもあるのだが、仏像破壊に触れて、こうコメントしている。

「ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人びとに対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ」




「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」という作品について、話を戻そう。
テキサス州下院議員のチャーリー・ウィルソン(トム・ハンクス)は、たいした政治的実績もないのだが、自分の事務所の秘書を結構なナイスバディな美女たちで揃えるように、享楽的で世辞がたけて、結構うまく政治の世界でも世渡りをしているようだ。
地元で6番目の富豪とされるジョアン(ジュリア・ロバーツ)は、反共産主義のパーティーを積極的に仕掛けながら、チャーリーにも、軍備費増強を働きかける。
チャーリーは下院議員でそんな影響力はないが、たまたまのように10人にも満たない国防歳出小委員会のメンバーであり、周囲の議員にこまめに貸しをつくっていたチャーリーは、ソ連軍との戦いの中で近代装備をした最新鋭ヘリの空爆、掃射にたいして無力であったアフガニスタン民兵に対して、500万$しかなかった予算を倍増させることを請け負うのである。
そこにCIA内部ではほされていたはみ出し捜査官ガスト(フィリップ・シーモア・ホフマン)が智恵袋としてつき、イスラエルやパキスタンとも地下で接触する中で、次から次へと支援予算を倍増し、ついには10億$まで、ムジャーヒーディーンに対する機密支援費を獲得するようになるのだが・・・・という、実話をもとにしたある意味でのヒーロー物語である。



監督は、マイク・ニコルズ。僕たちにはデヴュー作「バージニアウルフなんかこわくない」(66年)、そして次作のダスティンホフマンの代表作でもあり、サイモン&ガーファンクルの名曲の数々で話題を攫った「卒業」(67年)で、御馴染みだ。
マイク・ニコルズは1931年生まれだから、その初期作品は30代半ばの監督作品だ。瑞々しい感性で、アメリカのニューシネマの一角を担ったといってもいい。
その後は、それほど感動した作品は僕にとってはない。男女4人のラブコメディを風刺的に描いた「クローサー」(04年)が、記憶に残っているぐらいだ。
だから、この「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」は70歳代後半の作品となる。
なぜ、この監督は、いま、今回のような現代史にかかわる作品を撮ったりしたのだろうか?

もともと軽妙で少しほろ苦い青春物語を瑞々しく描くことに定評のある監督であり、こんな政治の舞台裏を描くような監督ではないような印象がある。
むしろ、この作品は、主演でありかつ製作者でもあるトム・ハンクスの存在が、大きいようにも感じられる。
今回の大統領選でのオバマ陣営には、もちろん彼を演出する稀代のプロデューサーがついているのだが、彼の発言としてなにかの記事で、「将来の大統領候補として、芸能界から候補を挙げるのであれば、現在もっともその位置に近いのが、トム・ハンクスである」とのコメントを読んだことがあるからだ。
なるほど、と思う。
トム・ハンクスの役者としての経歴は文句のつけようがないが、歴史始まっていらいの黒人大統領オバマの後釜としては、素人が考えても、ひとつの選択肢としては女性大統領、もうひとつが国民的知名度が抜群でありながら好感度が高そうな俳優からの転進ということは、十分、考えられうるからだ。
そして、その可能性が4年後、もしくは8年後だとすれば、かつてオバマのプロデュースが周到にチームによって用意され演出してきたように、もう舵をきられていたとしても早すぎることはもちろんない。



「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」という映画自体に関しては、凡庸な出来であると、僕は思う。
ジュリア・ロバーツはますます嫌らしいセレブ役に年期が入ってきたなとか、フィリップ・シーモア・ホフマンはどんな役をやらせても、いまこの人の持ち味に敵う人はいないだろうなとか、たった10人足らずの小委員会が「埋蔵金」をこんなにフリーハンドで自由に出来てしまうのかとか、日本の政治家がたむろする議員会館のオフィスも、ちょっとはこんなキュートでてきぱきとした女性秘書で華やいだ雰囲気にしたほうがいいのにとか、やっぱり議員というのは並行する多くの案件をチャーリー・ウィルソンのように当意即妙にユーモアをまじえて処理するスピードが必要なんだが、最近テレビで顔を売ることしか考えない日本の馬鹿議員たちはとか、エイミー・アダムス扮する要領のいいあんなお嬢さん秘書が僕にも欲しいなとか(笑)、つまらない感想はあるのだが、それ以上ではない。



たぶん、9.11以降のアメリカの魔法にかかったかのような愛国心の高揚と軍事戦略の終わりを知らない徒労感のようなものが、ハリウッドのなかの比較的リベラルな層によって、そのスタートにあたった冷戦下のアフガンへのソ連への対抗援助の原点を見直そうということがあったのかもしれない。
そして、映画の終盤でも触れられているように、自分たちの軍事援助が実は、新しい怪物を産み落としてしまったこと、ソ連軍撤退の和平協定の後、結局はアフガン自立化に向けての平和援助には一切考慮されず、そのことが、後のイランやパキスタンなどの問題に繋がっていくことに関する自責の念のようなものが、背景にあるのかもしれない。
チャーリー・ウィルソンが、反共産主義としてのアフガン援助を、一下院議員としてよく果敢に行動し成し遂げたと、政府機関から表彰されるシーンがある。
トム・ハンクス演じるチャーリー・ウィルソンは堂々と胸を張って拍手に応えるというよりは、はにかみながら微妙な表情で壇上に立っている。
ここでは、9.11に向かうであろう不吉な予感のようなものが、彼の胸中を掠め取っていたのかもしれないことを、暗示したかったのだろう。



僕は、少し「ランボー3 怒りのアフガン」を思い出してしまう。
この映画で、主演のシルベスタ・スタローンはゴールデン・ラズベリー賞の最低主演男優賞をとってしまうのだが、従来のベトナム帰りの心の傷を負った追い詰められるランボーではなく、確信をもって戦場であるアフガンに単身乗り込むランボーは、10億$の支援ではなく、かつての上官の救出のために肉体を賭け、アフガンのムジャーヒーディーンと共闘したのである。
この作品のエンドテロップには「すべてのアフガン戦士たちに捧げる」とのテロップが出ていた。
作品は1988年。まさに、ソ連軍が完全撤退するときに、完成したのである。
享楽的なチャーリー・ウィルソンにも、孤独なランボーにも、その時点での正義は存在するし、正義をまっとうするそれぞれの必然的なアクションは存在する。
けれども、それがどういうように世界の構造を変えていくのか、彼らはもちろんのこと、誰だってすべてを見通すことはできない。














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12 コメント

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TBありがとうございました。 (sakurai)
2008-11-07 08:09:24
「カンダハール」を見た時のキャッチフレーズ、「世界から忘れ去られた国・・」という文句を思い出しました。
オバマはイラクからは撤退し、アフガニスタン情勢に力を入れるというような感じですが、いまはアフガンというのが、アメリカのヒロイズムを酔わせる格好の的になって行くのではと思います。
そんなことを思わせる象徴的な映画だったような気もします。
映画自体は役者におんぶにだっこのような。
「大いなる陰謀」も御覧になったようですので、次は「君のためなら千回でも」で決まりではないかと。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2008-11-07 08:37:28
こんにちは。
「君のためなら・・」とあわせて3本でひとつレヴューを書こうとおもっていたんですけどね。
ついつい、長くなってしまいました。
アメリカサイドという視点でなければ、「アフガン零年」と「カンダハール」が感動した映画ですね。
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こんにちは★ (mig)
2008-11-07 12:38:41
TBありがとうございました。
キャストがいいのに、この出来はもったいないなぁ
と感じてしまった1本でした、

結局アカデミー賞とも無縁でしたよね。
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migさん (kimion20002000)
2008-11-07 15:31:38
こんにちは。
なんとなく、制作の狙いはわかるんですけどね。
アカデミー賞は、無理でしょう(笑)
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2人の俳優 (モッサン)
2008-11-11 01:46:02
今晩は。

この作品は、劇場公開時に見ました。
フィリップ・シーモア・ホフマンとエイミー・アダムスの存在感が光っていたように思います。
今後の活躍が期待できる二人ですね^^。

トム・ハンクスはリンカーンの遠孫に当たると聞いたことがありますが、今回の選挙で敗北した共和党は、ひょっとしたら彼にラブコールを送っているかもしれませんね(笑)。

TBを送ろうとしたところ、誤って『パンズ・ラビリンス』の方を送ってしまいました。差し障りがありましたら、どうぞ削除下さい。
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モッサンさん (kimion20002000)
2008-11-11 02:59:49
こんにちは。
リンカーンの遠縁ですか。
それは知りませんでした。
ますます、可能性はあるんですね。
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こんにちわ。 (michi)
2008-11-14 14:00:06
TBありがとうございました。
私からのTBが不調で申し訳ございませんでした。

私もランボーを思い出しました!
アルカイダの出現は、ホント、時代の皮肉ですよね。。。

ウィルソン氏が訴えた最後の一押し、アフガン自立化が考慮されていれば
現状はどうにか変わっていたのかもしれませんね。
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ミチさん (kimion20002000)
2008-11-14 14:07:01
こんにちは。
まあ、アメリカの議員のかなりの人が、この当時のアフガニスタンの地政学的ポジションもまともにわかっていなかったと思いますね。
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Unknown (moriyuh)
2008-12-02 00:34:19
こんばんは、再びお邪魔しております。
こちらもTBお返し遅くなりすみません。

>自分たちの軍事援助が実は、新しい怪物を産み落としてしまったこと、ソ連軍撤退の和平協定の後、結局はアフガン自立化に向けての平和援助には一切考慮されず、そのことが、後のイランやパキスタンなどの問題に繋がっていくことに関する自責の念のようなものが、背景にあるのかもしれない

歴史は繰り返し、いつの時代も「人の欲」というか?「業」は変らないのだと思えます。

ある意味、進化してないのは「人」なのでしょうね。

本日見たある作品を観て、それをあらためて感じたのです…近々レビューをあげますので、しばらくお待ちくださいませ。

ずーっと滞っているのでひとつひとつあげるのが大変です。

これからもお付き合いのほど。



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moriyuhさん (kimion20002000)
2008-12-02 04:50:25
こんにちは。

なにが正義であり、なにが悪であり、なにが陰謀であり、なにが必然であるのかは、結局、歴史の後からしかわからないこともありますね。
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