原初のエロスに震える自分。ダイアン・アーバスは「アリスの国」に招き寄せる。
あろうことか、待ちに待ったこの作品のDVD化であるのに、近所の品揃えの信じられないほど悪いあるレンタルDVDショップでは、たった1巻だけ、新刊の隅の方に、こっそり放り込まれていたのである。
しかも、その棚の片隅の一群は、洋画のソフトポルノともいうべき作品群が収納されている場所であったのだ。
もちろん、背タイトルだけしか、表示されていないのだが、印字されているのは「毛皮のエロス」。
タイトルだけをみれば、まぁ、店員を責めてもしょうがないかもしれないとも思う。
たまたま、おやっという感じで抜き取り、唖然とした次第である。
それにしても。
ニコール・キッドマンの「記憶の棘」以来の、新作である。
ニコール・キッドマンといえば、ハリウッド女優におけるギャラランキングではこのところいつもトップを競っている。一作、1700万ドルとも言われている。
この作品には、副題もつけられ「ダイアン・アーバス 幻想のポ-トレイト」とある。
ダイアン・アーバスといえば、現代アメリカで、ある意味ではもっとも有名な女流写真家である。
しかし、と僕はカウンターでレンタルの手続きをしながら、もしかしたらレンタル屋のあんちゃんの粋な計らいなのかもしれないと、思うようにしようと、心を落ち着けた。
だって、あの、背徳めいた世界を、正面から凝視した作品で、やはり、一大センセ-ションを巻き起こしたダイアン・アーバスをモデルにしたこの作品を、いったい、どこのコーナーに収納すべきなのだ?
サスペンス、ヒューマン、恋愛、ミステリー・・・?
どれもしっくり来ない。文芸、伝記というコーナーがあっても、どうも、おさまりが悪いのだ。
「毛皮のエロス」!!
その一角には、「倒錯」「欲情」「禁断」「耽美」「官能」「異常」「背徳」「覗き」「スキャンダル」・・・といった、これみよがしな単語が賑やかに露出している。
そうか、それらは、まさしくダイアン・アーバスが、入り込んだ迷路ではないか。
退屈な日常の表皮を剥ぎ取って、一見すると目を背けたくなるような、異形なるもの、おどろおどろしいもの、奇怪なるもの、フリークス的なるもの、に隠されている本質、純粋さ、美、存在感といった世界を追求した彼女に、もしかしたらもっともふさわしい収納空間なのかもしれないと、勝手に思い決めることにした。
両親が高級デパートのオーナーという裕福な家に育ったダイアン・アーバス(ニコール・キッドマン)は、14歳で夫となるファッション・カメラマンであるアラン・アーバス(タイ・バーレル)に見初められ、18歳で結婚、子どもをもうけた。有名ファッション誌の表紙を飾る有名写真家の夫の助手兼スタイリストを勤めながら、貞淑な妻であり、愛情深い母親であり、といった日常に追われている。
ある日、隣に引っ越してきた男の異様な飾り物に目を奪われる。窓から見下ろすと、目を除き、顔を布でくるんだ風貌の男と、目を合わすことになる。好奇心を押さえられないダイアンは、隣人を訪ねることになるのだが・・・。
隣人は教養豊かな多毛症の男、ライオネル(ロバート・ダウニー・Jr)。そして、この男の周りには、彼を崇拝する異形なる者たち(フリークス)が、集合してくる。
大男、小男、性倒錯者、シャム双生児、不具者、ヌーディスト・・・。
見世物小屋から抜け出したような奇怪なものたち。
ダイアンは、彼らとの交流に、胸をときめかす。夫や子どもを放り出してまで、その罪悪感に苦しみながらも、カメラを手に持ち、夜毎の彼らとの徘徊を、やめることが出来ない。
この作品は、冒頭に、ダイアン・アーバスの伝記ではない、とことわられている。
ダイアン・アーバスという今世紀最大の天才女流ポートレートカメラマンのいくつかのエピソードや作品にインスパイアされたかたちで、貞淑な妻から、カメラマンとして独自の才能を開花させる過程におこった物語を仮構している。
脚本家も述べているが、まるで「不思議の国のアリス」のように、滑稽で怪奇で美しい世界に、魂を吸い取られていくダイアン・アーバスを、イメージして作られた虚構である。
前作「記憶の棘」では、目の動きだけで、夫の生まれ変わりのようにあらわれた少年への、懐疑や郷愁や興味に揺れる心理を演じ切り、観客を呆気にとったニコールだが、本作でも、まことに禁断の世界に入り込んでいくダイアンの揺れる心を、セリフを最小限に抑え、目の動き、そして今回はとくに、手の動きで、深い演技をしている。
ライオネルに出会う前までは、首まで詰めた襟の白っぽいワンピース姿で、清楚な妻を見事に演じているが、カメラを手に隣室を訪れるダイアンは、だんだん、原色の胸の開いたドレスを着るようになっていく。このあたりの変貌が興味深い。
夫はホームパーティの席上でも、仕事と同じように、写真機を持って歩いて、パチパチと撮り続ける。ダイアンは異なる。夫に内緒で、久しく使っていなかった自分の写真機を持ち歩いても、最初に撮ったのは、隣人の部屋へと続く、螺旋階段であり、不思議なドアであり、大きく開けられた鍵穴であり、つまりは、自分がこれから入っていく世界、アリスが夢の世界に入っていく、まさにその道程の奇妙な形そのものを、夢中になって、あるいはおそるおそる撮りためている。
そして、ライオネルをはじめとする異形な者たちに、ぶしつけにカメラを向けることはない。そうした、スナップショットを拒否しているところがある。
まず、自分の目で、手で、肌の感触で、その者たちを理解しようとする。目を逸らさずに、自分を対峙し、そして、深いところにある関係を取り結ぼうとする。
異形の者たちの存在そのものに惹かれる自分を、もう隠す必要はない。
私はあなたたちを見る。さあ、あなたたちも私を見て。
それは、好奇心か、欲望か、あるいは、震えるような愛おしさか。
たぶん、優越感や同情や蔑視ではないことだけは、確かである。
ポートレート写真に変革をもたらしたとされるダイアン・アーバスの写真集を1冊でも手にとって見るといい。
多くは異形の者たちだが、被写体(の人間)は、真正面からカメラを向いている。覗き込んでいるようだ。カメラを通じて、ダイアンの視線を感じ取り、そして、自分をレンズにきわめて意識的にさらしている。
カメラは三脚に固定されている。そして、シャッターが押される。動きはない。静謐に、撮るものと撮られるものとの、黙契のような、あるいはこの撮影空間にそれぞれが存在することの共犯幻想を確認するかのような。
ダイアンは、ライオネルに告白する。
幼い頃、顔に大きな火傷がある少年に興味を持ち、家まで追いかけていった、と。寝室の窓の外側に立って、落ちそうな気配に酔った、と。
ダイアンには、もともとどこかで精神的外傷(トラウマ)があり、それが、異形の者たちがもっているトラウマと、感応しあっているのではないか、と思わされるところがある。
1923年生まれのダイアン・アーバスは、1971年に自殺する。
彼女がカメラマンであったのは、たった10年ほどにしか過ぎない。
しかし、たぶんいまでも、その奇妙な世界に、心を奪われる人たちは多いはずだし、僕もその一人だ。
美醜の概念は決して平板ではなく、もっともっと奥深い秘密に彩られている。
「美女と野獣」や「エレファント・マン」や「オペラ座の怪人」や、そうした名作の世界に、なぜ、観客は惹かれるのだろうか。
ダイアン・アーバスは、自分がもぐりこんだ「アリスの世界」に僕たちを招待する。
僕たちは、幼い頃の、恐怖や甘美の感情が、闇の中から立ち上ってくるのを体験する。
ドキドキドキドキ。自分の鼓動が聴こえて来る。唾が口に溜まってくる。もう少し、見ていよう。もう少し、この不思議な感情に、身を任せたい・・・。
それは、たしかに、原初のエロスかもしれない。
トラックバックありがとうです。(*^-^*
>ダイアンには、もともとどこかで精神的外傷(トラウマ)があり、それが、異形の者たちがもっているトラウマと、感応しあっているのではないか、と思わされるところがある。
ダイアンと異形者がお互いのトラウマを具体的に語り合う事はしなかったと思うけど、
直感的に心で呼応し合ったと言うか、フィーリングが合ったのでしょうね。
もちろん写真も見たことがありません。
でも、その人となりをネット検索したりして想像すると、ニコールはなんて上手く演じたのだろう、と思います。
奇人を演じさせたらピカ一のロバートも良かったです。
TBさせて頂きました。
この製作には、ダイアン・アーバスの伝記を書いた女史も参加していますね。
物語はフィクションですが、なんらかの必然の経路があったんでしょうね。
ロバートはチャップリンを思い出しましたけどね。
この役者さんも、しばらくは、麻薬中毒で、大変だったそうですね。
ニコールもダウニーJr.も大好きなのにまるっきり楽しめない作品でした。:゜(。ノω\。)゜・。
どーも主人公に何の興味も抱けなかったのが・・・
もう少し分かり易く作っても良かったんじゃないかなぁ~なんて思いました(^^ゞ
ではでは~、これからもよろしくお願いします♪
ちょっと、前衛映画っぽいところもありますからね。アメリカでの興行成績は、どうなんでしょうかね。
ダイアン・アーバスで検索したら色々な記事があり
その中にこんなのがありました。
http://13847400.at.webry.info/200705/article_1.html
なので、屋外のシーンはどうやら本人ではなさそうですよ?
なるほど、パパラッチ対策ね。
そういう危険がなければ、ニコールはヌードになるのに、躊躇しない役者さんだと思います。
ニコールもロバート・ダウニーも好きなんですが、
この作品はシュール過ぎたのか、私には合わなかったです(´Д`。)グスン
ニコールの美しさは堪能できますね~この人はどんな時代のどんな衣装も着こなして素敵です。
kimionさんとは年齢が近い感じ(笑)です。
また宜しくお願いします。
そうですか。ご同輩ですか。
変な、おじさんですけど、お見知りおきを(笑)