トッペイのみんなちがってみんないい

透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

インドネシアから介護士が

2008-07-25 15:22:19 | 福祉
 我が国の介護制度に、問題点が噴出している。療養病床の減少などの問題のほかに、介護制度を支える介護労働者の人手不足が懸念されている。14日に発表された「介護労働安定センター」の「平成19年度介護労働実態調査」でも、離職率21.6%という結果が出ている。離職者のうち、事業所に勤務した年数「1年未満の者」は、39.0%、「1年以上3年未満の者」は35.7%で、離職者の74.7%が3年未満で退職している。離職理由で最も多いのが「仕事のわりに賃金が安い」であった。
 介護福祉士の資格をとっても、他の労働者に比べて低い賃金と、昇給率の伸びの低さは、今後の介護現場での人材不足、人手不足の招来を危惧せざるを得ない理由となっている。

 本来は、国内で問題解決を図る必要があるべきなのだが、アジア諸国に対して解決策を模索する動きも強まっている。

 二つの方向が存在する。一つは、退職後に物価の安いアジア諸国に移住することだ。退職金と年金によって海外で生活しようとするものだ。また、フィリピンでは日本の高齢者が現地で介護を受けているケースもある。フィリピン人の女性ヘルパーが彼らの介護を行っている。経済的に日本よりも安上がりに介護が受けられるということなのだろう。言葉も文化も違う外国で暮らすことに適応できているかは、良く分からない。夫婦で移住した場合も、連れ合いが死亡後の問題も今後の課題となるだろう。現地スタッフに、日本人の男性高齢者の評判が悪い場合があったのは興味深かった。怒ってばかりいるというのだ。

 もう一つの方向は、人件費の安いアジア諸国から、看護師、介護福祉士の人材を受け入れることだ。NHK教育テレビの「福祉ネットワーク」では、以前からこの問題を扱っていた。前回は、フィリピンでの動きを取り上げていたが、フィリピンでの遅れから、インドネシアからの受け入れが先行することになった。7月24日8時からの番組でこの問題点を探っていた。

 2008年8月に、日本とインドネシアの間で「EPA」(経済連携協定)が締結された。貿易と人の移動の自由化により、経済的活性を促す目的を持っている。この協定によりインドネシア介護士を2年間で600人を受け入れることになった。
 EPAが国会で承認されてから手続きが正式に開始したのは5月で、準備不足からインドネシアでは応募枠300人の所、来月6日、7日に来日するインドネシア人は110人ほどとなった。

 インドネシアでの応募条件は、看護学校卒業者、または、大学の看護学部の卒業生であった。来日後、日本語研修を6ヶ月間受ける。その後、介護施設で働きながら、3年間の研修を受ける。そして、最終的に日本語で介護福祉士の国家試験を受験し、合格者のみ専門職として日本で働くことになる。この試験は、日本人の介護職従事者でも合格率は50%ほどで、インドネシア人にとってはかなりの難関となろう。(この件に関して、準介護福祉士という資格を創設しようとする声も国内に存在している)。

 インドネシアには、もともと介護福祉士という資格は存在しない。高齢者は家族が看るのが当然と考えている国民性だからだ。現在、20歳前後の学生が日本語や、日本から取り寄せた介護の教科書を使いながら試行錯誤しながら勉強を続けている。テレビで紹介されていた来日希望の青年の場合、弟の警察官が家族の生活を支えている。弟の月給は8000円ほど。彼と、彼の大家族は日本での17万5千円ほどの月収に期待している。

 日本の施設の受け入れも思うように進んでいない。受け入れを積極的に希望していたある施設では、日本語研修に1人当たり60万円かかるうえに、介護福祉士試験合格までは、介護施設の正式な職員数にカウントできないことが判明し、受け入れを断念した。

 厚生労働省では、今回の受け入れをあくまでも人事交流の一環として理解している。受け入れを希望する施設の思惑は、人手不足の解消である。インドネシア政府は、今後のさらなる増員を希望している。

 今後は、フィリピンからの受け入れも始まる。日本人の介護労働者に与える影響も少なくないであろう。排除の理論ではなく、ともに生きるためにどうしたら良いのかは今後の課題である。

 それと同時に、日本人介護労働者の労働環境の改善と、介護福祉士の資格を持ちながら、現場を離れている人たちの活用も国内の課題である。

 

 
 


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