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透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

読書『チョコラ!―アフリカの路上に生きる子どもたち』

2009-05-10 11:31:36 | 読書
チョコラ!―アフリカの路上に生きる子どもたち (岩波ブックレット NO. 756)

岩波書店

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 5月8日は、『チョコラ!―アフリカの路上に生きる子どもたち」の発売日だった。透析の帰りに、さっそく本屋に寄って求めた。翌から渋谷で封切りになる映画『チョコラ!』の小林茂監督の手による本である。コラムには、アフリカの子どもたちにかかわる様々の立場の人の文章が載っている。

 僕が映画『チョコラ!』の存在を知ったのは、全国腎臓病協議会の機関誌に載っていた監督自らの紹介の文章を目にした時であった。小林監督は、脳梗塞を克服して、ドキュメンタリー映画『わたしの季節』の監督と撮影を担当した。滋賀県にある「第二びわこ学園』で暮らす重い障害のある人の日常と心象を描いた作品で、たくさんの賞を受賞した。その後、監督は、腎不全を患ってしまった。映画を作りたい強い意志の下、主治医とは透析導入に備えて、腕の動脈と静脈をつなぐシャント手術をすることを条件に、命をかけたアフリカへの長期取材の旅だった。映画『チョコラ!』の制作のための旅であった。帰国後、透析導入、そして透析をしながらの編集で『チョコラ!』は完成した。透析患者としての初の監督の誕生かもしれない。
 
 チョコラとは、スワヒリ語で「拾う」を意味している。生きていくために、路上で屑拾いをするストリートチルドレンに対して、現地の人が侮蔑的に呼んでいる名称だ。

 アフリカというと、どんなイメージが湧いてくるのだろうか。貧困、戦争、紛争、エイズなどの病気?どうもマイナスのイメージがほとんどである。たとえば、透析について時々考えること。それは、日本が透析医療の先進国であること、だから、日本人であることで、医療と社会に生かされている。これは、幸福な状態なのだろう。でも、もし、発展途上国に生まれていたら、おそらく生き続けることはできない。そんなことを時々思っているのだ。アフリカに生まれたら、透析医療を受けることのできる患者は、ごく少数ではないのかと考えてしまう。

 でも、人間、どこで暮らそうと、生きるためにはしたたかに生きている。ケニアの路上で、屑を拾って生活している子どもたちもそうである。何故、ストリートで暮らしているかは、様々な理由がある。家族のある子どももいる。若い親の世代が、エイズでたくさん死んでいるという事情もある。でも、ストリートで暮らすには、仲間を作って協力して生きていかざるを得ない。才能があっても、学校に行くことができず、学校へ通うことを夢見ている子どもたち。シンナー、煙草を吸う子どもたちもいる。ケニアの未来を彼らが切り開く希望はあるのだろうか?

 監督の子どもたちとの距離感の変化を、本書から読み取るとき、監督のこれまでの生き方も反映されている。子ども時代の記憶がよみがえってくる。《監督の「ぼくたちはいきているのだ」(岩波ジュニア新書)を今読んでいるが、監督の少年時代も、子どもたちへの思いに強く反映している》。

 エイズを病む母親たちへの取材もしている。その前向きな生き方にも驚かされる。

 ストリートチルドレンを含む子どもたちの支援活動に携わるモヨ・チルドレン・センター代表の松下照美さんのことも紹介されている。

モヨ・チルドレン・センターを支える会

 監督は、取材中に血尿や痛みに襲われている。それをも乗り越えて制作された映画を是非観に行きたい。


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