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印篭は登場しません/『水戸黄門漫遊記 (よみがえる講談の世界』

2009-12-22 00:16:18 | 読書
水戸黄門漫遊記 (よみがえる講談の世界)

国書刊行会

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 明治期の講談の速記本のシリーズの最後は、順不同で、今日もテレビで最終回が放送されていた水戸黄門に関するものであった。
 水戸黄門が映像化されてから、各世代によっては、第一印象に登る俳優名はそれぞれ違うのであろう。大河内傳次郎を挙げる人は、かなりの年配の方かな。
 僕の場合は、月形龍之介の水戸黄門である。

 さて、こうした水戸黄門が諸国を漫遊する話は、幕末から明治にかけて、講談師が語った話が起源となっているらしい。
 明治期の講談を読むことは、色々な面で興味深いものである。

 本書は、明治35年9月、岡本偉業舘刊行の『水戸黄門漫遊記 旭堂小南陵講演 山田都一郎速記』である。
 講談で取り上げる水戸黄門も、登場人物の名前と、偽りの職業が、東京と大阪では違う。本書では、水戸中納言光国卿、佐々木助三郎、渥見角之丞の主従三名が、それぞれ天神林の光右衛門、助八、角兵衛となり、百姓となっている。
 東京では、儒者酔狂、弥太郎、左膳などの主従となったりしている。

 本書では、隠居後、正体がばれないかどうかを調べるために、近隣の安宿に泊まってみる予行演習の様子や、漫遊後の、熊に救われる話などが、面白く語られる。狭い農道を歩いている時に、向こうからやってくる百姓に肥桶の肥しをかけられる黄門さまが、後で、その百姓を呼び出し金子を与える話も有った。この話の落ちは、もし、肥しをかける相手が将軍様だったら、いくらもらえるかと百姓衆が語ったというもの。もちろん、当時の道徳観から、正義のために悪人を懲らしめる話も当然登場する。漫遊先が、東北方面というのも、伊達藩絡みのせいだという解説があった。

 この黄門様には、テレビでお馴染みの印篭が登場しない。黄門さまの正体が分かるのは、その刀などの持ち物や、風貌に負っている。すでに、諸国漫遊の話が、大名に伝わっている設定になっている。

 なお、印篭が登場するようになったのは、テレビ版の東野英二郎の黄門さまからだそうだ。

 本書付録は、後に南陵を襲名した三代目旭堂小南陵の講演CDであり、長い話の中から、抜粋された五席を聴くことができる。

 しかし、現代の講談の今後の運命は如何に。


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