明日元気になれ。―part2

毎日いろいろあるけれど、とりあえずご飯と酒がおいしけりゃ、
明日もなんとかなるんじゃないか?

充実の一人居酒屋タイム

2010-08-31 23:11:08 | 
7時半起床。
それから10時半までに家事と庭の手入れと身支度を済ませ、
19時まで仕事。(実働7時間)
それから1時間かけてご飯を作り、2時間かけて食事とお酒を楽しむ。
その後、片づけとお弁当の用意を済ませ、
2時間ほど音楽を聴いたり文章を書いたり、趣味に親しむ。
0時半、夫が帰宅し、少し話をして、お風呂に入って、2時半に就寝。

こんな素晴らしく充実した日々を過ごしている。

私は子供の頃から30歳くらいまでほとんどテレビを見たことがなかったので、
その反動か、この数年は本当によくテレビを見た。
頭を使わず、完全に受身でいられるのが心地良かったのだ。
でも、最近になって、適当にテレビを見るのがしんどくなってきた。
自分の感受性が完全に涸れてきたことに恐怖感を覚えてきたのだ。
能動的に感受性を鍛え、常にものを考えていないと、
あっと言う間にアウトプットのできない人間になる。
一応クリエイティブな仕事をしているので、これは本当に怖い。

テレビっ子(?)卒業である。
本当に見たいドラマとお笑いだけを見よう。
(結局、ちょっとは見るんかい!)

夜ご飯はこんな感じで、例の「おじいさん料理」満載の食卓だ。



これは昨日。
鯖の味噌煮、オクラのおかか和え、焼き茄子、かぼちゃの煮物。

鯖の味噌煮が、我ながら絶品!!
夫は今朝食べたのだが、遠くから「旨い!」と叫んでいた。

オクラも前は夫は嫌がっていたのだが、最近は「おいしい」と食べるようになった。
旬のものっていうのは、やっぱり美味しいのだ。
それも、こんなふうに手をかけずに素材そのものを味わうのがいい。

お酒は、東北泉の美郷錦純米と、白隠正宗の山廃純米。
それを贅沢に、江戸硝子、骨董の磁器、作家物の陶器、3種の器で飲み比べを楽しむ。
この東北泉は失敗したなぁ。料理に合わせるのが難しい。
白隠正宗はちょっと濃い目の料理に合わせるとバツグンだ。
鯖は陶器がいいが、かぼちゃは磁器がいい。
これが器の神秘。
酒を替えずに器を替えてマリアージュを楽しむというびりけんの教えを実践。
全く、贅沢な遊びである。



今日はこれ。
またもや地味な食卓・・・
目鯛のさっぱり煮、小松菜と豚肉のピリ辛中華風炒め、いんげんの胡麻よごし、里芋のバターおかか炒め。
ビールで楽しんだ後、今日の日本酒は「紀土 純米酒」。

目鯛は昆布であっさりと煮つけた。
小松菜は豆板醤を軽く利かせて。これが紀土とよく合った。
いんげんと里芋は、明日のお弁当用に。

夫は里芋があまり好きでない。
里芋の含め煮を得意としている私だが、それすら見向きもしない。
なんとか食べてほしいとネットでいろいろレシピを調べ、
バター醤油で味付けして、かつおぶしでからめてみた。
じゃがいもでもよくやるのだが、この組み合わせって意外に旨くて病み付きになる。
夫もじゃがいもバージョンは食べるので、里芋でも気に入ってくれたらいいのだけど。

ご飯の後は、ブログを書きながら、エズラをロックで飲む。
音楽はオーティス・ラッシュから、ジミー・ロジャースに代わった。
やっぱりちょっと古いシカゴブルースが一番好きかも

とりあえず、酒・BLUES・文章と、自分の人生に欠かせない3大要素が詰まった時間。
なんと幸せなことか。

しかし、誰かご飯食べに来てくれんかなぁ。

BLUESは自分を丸裸にする音楽

2010-08-31 22:30:21 | 
近頃、夫がギターばかり弾いている。
彼と出会って5年と4ヶ月。
この期間でたぶん一番ギターを弾いている姿を集中的に見ている。

まるで初めてギターを手にした15歳の少年に戻ったかのように、
楽しそうに、イキイキとギターを弾く。
「最近、ギター弾くのが楽しくて仕方ないねん」と言って。

夫のギターの音は、優しい。疲れない。

B.Bキング、アルバート・キング、オーティス・ラッシュ、アルバート・コリンズ、
エルモア・ジェイムス、ジミー・ロジャース、バディ・ガイ、
マディ・ウォーターズ、Tボーン・ウォーカー、ギター・スリム、
スヌークス・イーグリン、ジョニー・ウィンター、ライトニン・ホプキンス、
サン・ハウス、ジョン・リー・フッカー、チャーリー・パットン、
トミー・チャン、レイ・ヴォーン、エリック・クラプトン・・・

好きなギタリストを挙げろと言われればたくさんいるけれど、
誰一人として同じ音を出す人はいない。
同じ曲を、同じギターを使って弾いたとしても。

バディ・ガイみたいな芸達者な、勢いと鳴きのギターも好きだし、
ジミー・ロジャースみたいな深みのある響く音も好きだ。

BLUESという音楽だけは、音に自分をごまかすことはできない。
そのままの、その人が出る。

私もまた最近、BLUES熱が上がっていて、古いDVDを引っ張り出してきて見たりしている。
昨日は「ANTONE'S HOME OF THE BLUES」を見た。
テキサス州オースティンで多くのBLUESを生み出してきたクラブ、アントンズ。
数々の貴重なブルースマンの演奏と、
様々なゲストがアントンズの歴史を語るドキュメンタリー。

思えば20歳の頃、まだブルースを知ったばかりで何を聴いていいかわからなかった時、
レンタルCDで手にしたのが「アントンズ ブルース ライブ」だった。
これがめちゃくちゃよかった。

このDVDもいろいろと貴重な映像が観られて素晴らしい。
このクラブのオーナー、クリフォード・アントンのブルースにかける情熱がひしひしと伝わってきて、たまらない。

ふと、「そうか、こんな手があったのか」と思う。

毎日、生のブルースを聴きながら、バーボンを飲んで暮らしたいという私の夢。
叶えたいならば、自分がブルースバーのオーナーになればいいのだ。
ブルースマンを集めて、毎晩演奏してもらう。
なんと幸せなことか!!

これをまさに実現したのが、このクリフォード・アントンで。
白人なのにとにかくブルースと、ブルースマンを敬愛し、守り続けた。
この傾倒ぶりには本当に頭が下がる。

このDVDの中で、こんな言葉があった。

『演奏者が丸裸になった時にだけ表現できる正直さ、
 痛みと苦しみと悩み事が響いてくる。
 ブルースの中にね。
 魂の叫びだ。』

本当に、いつもそう思う。
丸裸になった時だけ・・・逆に言えば、ブルースをやろうと思えば丸裸にされる。
嘘をつけない音楽、それがブルースだ。

夫は確かに優しい。だから、それが音に出る。
でも、私は思うのだ。
彼は本当はもっと熱く激しい人だ。
でも、いつの間にか、どうしてか、
自分の意志とは無関係に身につけてしまった穏やかさが、
音にも出ている。

もし、本当に彼が自分を解放できたら……、
すごい音が出そうな気がするのだけど。

いつかそんな音を聴いてみたい。
丸裸になった、一番正直な、彼の音を。

そんなことを思いながら、今はオーティス・ラッシュを聴いている。

夏の虫、秋の気配。

2010-08-30 14:20:20 | 生活
まだ猛暑が続いているけれど、蝉の声が変わった。
今年もツクツクボウシが鳴き始め、夏の終わりを知る。
風の中にも時折、秋の気配。

この間、強い雨が降った後、山の空気がはっきりと違うのを感じた。
風ではない。
空気の層が動く。
その空気の層が、ひんやりとしていて、心地良かった。

雨上がりが好きだ。
空気が洗われたように、透明感を増す。
山の色が鮮やかで美しい。
しみじみとこの町を愛おしく思う。

新しい家で初めて過ごした夏。
庭や花壇の水遣りをしていると、虫たちがたくさん寄ってくる。
もう忘れかけていた虫たちとの再会。

カマキリ、バッタ、コオロギ、シジミチョウ・・・
今日も15センチくらいの大きなカマキリがバラの木に止まっているのを見つけた。
もし自分が10センチくらいの小人だったら、カマキリって本当に怖い、と思ってしまう。
眼光(?)も鋭いし、何よりあのカマが凶器だ。

バッタは可愛い。
オンブバッタなんて、見ていてほのぼのする。
なんでおんぶしてるんだろうなぁ。
(子供の頃は無理やりはがしたりしていた

でも、こういう感情をもう随分長い間、忘れていた。
昔はずっと一人で庭で遊んでいたのに。
人間より、虫や植物のほうが接しやすかったなぁ、子供の頃は・・・
よくもまあ、あんな内気で怖がりな人間が、こんなふうに成長したものだ。


1階のリビングから続くベランダに、ゴーヤを植えた。
すくすく育って、今はこんなふうに。
今のところ、3つ育ってきている。
まだ15センチくらい・・・。これって、食べられるようになるかな?

8月も明日で終わり。
今年の夏はのんびりしたし、よく遊んだなぁ。

しかし、9月からはちょっと気合を入れなおそうと思っている。
それについては、また別の機会に・・・。
(今日は原稿追い込みじゃ!!)

誠実な生き方

2010-08-26 01:33:22 | 
今日は、今仕事をいただいている取引先の社長と編集の方と、久しぶりに食事会。
いつかびりけんに・・・と思っていたら、社長が「ぜひそこに」とおっしゃってくださったので、びりけんを予約した。

細かいことはいろいろあるけれど、総括すれば、とても楽しくて幸せな時間だった。
社長も編集の長谷川さんも、本当に素敵な人で。
そして、びりけんのお料理、お酒、器の力、すべてを楽しんでくださった。
それがとても嬉しかった。

長谷川さんは、私のお姉さんみたいな人で。
優しくて、たくましくて、博学で、でも、どこかもろいところもあって。
彼女に触れるたびに、何か力を得ることができる。
私の憧れの人。

社長は社長で、穏やかで優しくて、こんな言い方は失礼かもしれないけれど、可愛らしくて。
会ってお話するだけで、癒される。

お二人に会うたびに、自分がどんなに恵まれているかということを実感する。
長谷川さんが言ってくれるのだ。
「さんのうさんの本を出しましょう」と。
ありがたくて、涙が出そうになる。

お二人と出会って、1年。
少しずついろんな仕事を任せてもらってきた。
本当にありがたい。
私にできることと言えば、少しでも良い仕事をすることだけ。
それだけ。

昨日、夫が帰って来て、「明日びりけんに行くよ」と、話した。
それも、ご馳走していただけるということを。
そうしたら、夫が言った。
「かおりは、恵まれてるよなぁ」と。
「うん、運がいいから」と頷いた私に、夫が言った。

「なんでかなぁ。かおりが誠実やからやな。うん、かおりはいつも誠実やもんな」

私はその言葉を聞いて、涙が出そうになった。
目の奥が熱くなって、涙をこらえるのに必死だった。

この人は、いつも私が「そうありたい」私のことをわかってくれる。

彼と初めて顔を合わせた日、その日の彼のブログに私のことがこう書いてあった。

  『人が好きで、そのつながりで自分の世界を豊かにして。
  相手が今楽しんでいるかを、とても気にしてしまって。
  自分一人の迷惑のことなら、ときには妥協を飲んだりして。
  仕事や周りの迷惑のことなら、真摯にぶつかって。

  会話の端々から薫りたってくる
  自身に対する誠実な生き方に、

  その過程での消耗を想像しながら、

  この人はこういう生き方しか
  できないんだろうなと思うと、胸が熱くなった。』

今でもこの文章を読むと、涙が出る。
初めて会った日、たった一度会っただけ。
それで、私のことをこんなふうに表現してくれた。

これを読んだ時に私は思ったのだ。
今までそんなふうに具体的に思ったことはなかったけれど、
ああ、私はこんなふうに人に思ってほしかったのだ、と。

そして、出逢ってから5年経っても、同じように「誠実だから」と言ってくれる。
もしかしたら、人は私のことを誠実じゃないというかもしれない。
だけど、私はいつも誠実でありたかった。
それが初めて会った日から伝わっていて、今も同じように褒めてくれる。
そんな彼のことを本当にありがたいと思った。

そして、今もあの時の彼の私の初めて会った印象の文章をよく読む。
好きな音楽みたいに、繰り返し。
どうしてこの人は、私が表現してほしかった「私」をわかってくれたのだろうか。
たった一度会っただけで。
こんなふうに思ってくれた人が他にいたとしても、
こんなふうに私を表現してくれた人は他にいない。
今までも、たぶん、これから先も。

そして、この文章を読むたびに、自分自身に誓う。
誠実でありたいと。
とにかく誠実に生きたいと。

たぶん、この文章がある限り、私は絶対に悪くならない。もう二度と。

救いと恢復

2010-08-24 21:50:26 | 仕事
日曜の昼にお寿司を食べに行ってから、ずっとしんどくて寝ていた。
昨日は朝から胃痛と下痢、さらには熱まで出て、ぐったりしていた。
お寿司にあたったのかもしれない。

でも、1日で回復して、今日は朝から調子がいい。
(むしろ、睡眠をいっぱいとって、禁酒したので、体が軽かった)
すぐにくだすんじゃないかと思い、まだ食べるのはこわごわだったが、夕方にはそれも克服した。
すっかり元気だ。

しかし、体調はよくなったが、鬱になっていることに気づいた。
あかんなぁ・・・
最近、自己嫌悪に陥ったことなどを再び思い出してしまう。
仕事のことも不安になったり。

この状態になると、もう自分ではどうしようもない。
人と話しているときは大丈夫なんだけど、一人で家にいるとヤバイ。

まあ、いつものことだ。
この波が来てしまったら、受け止めるしか方法がないのだ。

不景気で、仕事も忙しい月とヒマな月の波が激しい。
この夏は久しぶりにゆっくりできたので嬉しかったが、
夏が終わりに近づくと、急に怖くなってきた。

「こんなに休んで大丈夫だったか?」

ワーカーホリックの血が騒ぐ。

そして、自分の力のなさに落ち込むことばっかりだ。
運だけじゃ、この世の中は渡っていけない。
昔なら、打たれれば打たれるほどに成長していたが、
今では凹むだけ。

どこかで気持ちを切り替えたいのだけど、もう少し時間がかかりそうだ。
いつもそうだけど、沈黙の中でしか自分の気持ちを整理できない。
しゃべって楽になったり、整理したりできる人もいるようだけど。

たまにこういう凹んだ日記を書くと、夫に「どうしたん?」と聞かれるが、
隠しているわけではなくて、うまく説明ができない。
だから、悩み相談よりも事後報告が多い。
私は、言葉にするのに、随分時間がかかるタイプなのだ。
本当に想っていることは。

「書く」のは別。
書いていると、少しずつ整理できていく。
でも、書くものは途中経過というか、想いの断片にすぎない。
結論は、沈黙の中で生まれ、自分の中で完結する。

人は、こういう「気持ちの断片」をあまり書かないらしい。
書くのは「悩み相談」であったり、「結論」であったり。
または「出来事」そのものであったり。

なんだかよくわからない、この気持ちの断片を、こうやってつらつら書いていると、
少しずつ恢復していくことに気づく。
今も、書き始めの時よりかなり鬱がとれてきている。

物書きなんて、なんでなったんだろうな、と思うこともあるけど、
自分が「書く」ことにどれだけ救われているかを実感すれば、
物書きになったことがごく当然のことのような気もしてくる。

ただ、今は、毎日仕事で書きながらも、どこへ向かっていくのかは見えない。
それが不安なんだろうか?

小アジの南蛮漬けで晩酌

2010-08-20 23:55:36 | 美味しいもの
今日は地味に家でずっと原稿を書いていた。

夕方、クリーニングに行かないといけなかったので、
ついでに久しぶりに自転車でコープとダイエーへ出かけた。

家からほとんど自転車をこぐことなく、着く。
つまり、それくらい山の上から下りて来ているってこと

日が沈む前を狙って行ったけど、やっぱり汗だくになった。
でも、久しぶりの買い物は楽しかった。
アスパラが98円で買えたのでテンション上がった

しかし・・・

今日も禁酒の予定だったが、ついビールを・・・

そして、結果的にはこんなことに↓



やっぱり2日連続禁酒なんて無理だ。

夫に全部お酒を飲まれたと思っていたが、まだ開けていなかった加賀鳶を発見!
これは2月に搾ったあらばしりなんだけど、瓶詰めした後に蔵内で寝かせていたもの。
7月に買った。
フレッシュな感じではなく、まったりと落ち着いたお酒になっている。
発泡感はなく、酸味も弱い。
しっかりしているのに、どこかすっきりと余韻に透明感がある。

いい。旨い

今日は朝から「野菜たっぷり・小アジの南蛮漬け」を作ろうと決めていた。
「作ろう」というか、「食べよう」と。
一度「あれが食べたい」と思ったらガマンできないのが私。
ちょうど小アジもたくさん届いていた。

南蛮漬けが大好きなんだけど、酸っぱいのはダメ。
うちのはお酢がいいから、とてもまろやか。
これが本当に好きなんだ。
お酒ともいい感じで合った。

グラスは、荒川尚也さん作の泡グラス。
これにお酒を入れると本当にきれい。
見ていて飽きない。
普通の荒川さんのものよりちょっと高かったのだけど、
一目惚れして買ってしまった。
あれはもう7年くらい前か?
日本酒でも、ウイスキーでも、輝かせてくれる、私のお気に入り。

小鉢は、ゴボウ・にんじん・さつまあげ・こんにゃくのきんぴら。
田舎料理みたいなものだけど、いくらでも食べられるから怖い
でも、これはこのお酒とはあまり相性良くなかったなぁ・・・

こうやって、自分の好物を作って晩酌するのは本当に楽しい
ついつい酒が進みすぎるのが怖いけど・・・

おかげで、今日は仕事が予定通りには終わらず。
なんかややこしい修正もあって、この楽しい晩酌の後でメールを見て、少し凹んでいたところ
もっと文章がうまくなりたいと切実に思うこともあれば、
この勢い重視の文章が生かされる場を探すべきかとも思ったり。
とりあえず、今の自分の仕事ぶりには満足していない。

一日一日を一生懸命生きるしかないんだけど。

東京から帰って来た

2010-08-20 11:36:31 | 生活
東京出張も無事に終わり、昨日の夕方には帰宅した。
この仕事はなぜかいつも接待を受ける。
こちらが仕事をいただいている立場だというのに、毎回ご馳走になる。
今回も、美味しいイタリアンに連れて行ってもらった。

イタリアンって大好きなのだが、なかなか行く機会がない。
昔はよく行っていたけど、今はどうしても和食&日本酒になってしまって。
だから、久しぶりのイタリアンでとても嬉しかった。

また、このお店の料理がとても口に合った。
美味しい~
パスタもメインの仔牛もおいしかったけれど、特に気に入ったのがガーリックトースト。
オリーブオイルの中にバゲットが浮いてるくらいギタギタなんだけど、
焼き立てで、香ばしくて、しつこくはなくて、夢中になって食べた。
あれはもう一度食べたい・・・
しばらく夢に見そうだ。

取材は9人。
特に問題もなく、うまくいった。
この春に入社した新入社員の奮闘ぶりを紹介する記事なので、
取材相手は全員新卒の社会人一年生。
初々しかったり、しっかりしてるなぁと感心したり。
私も新鮮な気持ちになれた。

しかし・・・
このお盆休みにかなりヘビーに飲み食いし続けて、
体が弱っていたところに3日間の東京で、
昨日はさすがに帰宅するとぐったりしていた

久しぶりに・・・本当に久しぶりに、禁酒した。
飲みたくもなかったのだが、その前に、家に酒がなかった。
私がいない間に、夫が家中の酒を飲み干していたのだ

メールで問い詰めたら
「淋しかったから飲んだ」と返事。

そんなふうに言われても怒るほど、私も鬼じゃないし、がめつくないので、許した。
もしかしたら、夫は心の中で「しめしめ」と思っているのかもしれないけど。

お盆休みでまた太ったので、昨日の晩からダイエットしている。
異常なほど代謝がいいので、ご飯を減らすとすぐに効果が出る。
とにかく普段が食べすぎなのだ・・・

これはちょっと戻さないと、さすがにマズイと悟った。
夫も同じく悟ったようで、ダイエット中。
帰って来て顔を見たらゲッソリしていた

昨日一日、酒を抜いたおかげか、今日はかなり体調がいい。
もう一日、禁酒できるかな?


新幹線の中は…

2010-08-17 14:17:33 | Weblog
今日から東京出張。今、新横浜に着いたが、新幹線の中が子供だらけでびっくりした。
夏休みだからか…

私の隣も小さな女の子を2人連れたお父さんだったが、幸い大人しくて可愛い子だった。
もちろん子供だから、たまに楽しくなると声が大きくなるが、そのたびにお父さんが「小さな声でね」と優しく注意する。
ちゃんと躾ができてるなぁと思う。
横浜の人みたいで、関東の男の人ってしゃべり方が優しいなぁと思う。
子供にはいい感じがする。

しかし、こんな子供ばかりではなく、後ろの方でずっと叫び続けている子供もいた。
ちょっとならいい。周りだってそれくらい許せる寛容さは持ち合わせている。
ただ、2時間ずっとだ。3分に1回くらいは「きぇ~~!」と絶叫!
それに呼応するかのように、前の方の赤ちゃんは泣き出すし、うるさくてたまらんかった。

いつも思うけど、たぶん子供の声でイライラするのは、その子供に対してではない。
なんでちょっとデッキに出るとか、親がそういう気遣いができないんだろうかと思うのだ。

それでも、いや、お母さん1人でもう一人やんちゃ坊主を抱えててどうしようもないのかも…とか、イライラしないように考えてみたりもした。
しかし、新横浜に着いて後ろの出口へと歩いて行ったら、なんということはない。子供ももう一人いたが、パパママ2人いて、そのファミリーだけ楽しそうだった。
横も前の席もみんなムスッとして座ってるのに。

残念!

もう少しで八王子に着く。
気を取り直して取材頑張ってこよう!

また酒を恋しと想ふ。夏。

2010-08-15 23:35:12 | 
私と夫は酒飲みである
だから、何もすることがないと、どちらかがこう言う。

「サントリー行かへん?」

私は2歳からこの町に住んでいる。
サントリーのある町だ。
まさにサントリーのお膝元で、小学校の社会見学もウイスキー蒸留所だった。
(もらったのはジュースとボールペン)

ビール、日本酒、ウイスキー、芋焼酎、ワインと、何でも飲む私たちだが、
ビールなら、一番搾りも、エビスも飲むし、
ウイスキーはむしろスコッチを好む。
別にサントリーにこだわっているわけではない。

ただ、近くにあるので、サントリーは親しみがある。

山崎蒸留所までは家から歩いて5分。
ヒマだったので、また行って来た。

見学を終えて、テイスティング。



この日は、ジャック・ダニエルのシングルバレルと、山崎の構成酒の1つシェリー樽のものと、バランタイン21年。

それから、サントリーウイスキーの歴代広告コピーをいろいろと見た。



好みはあると思うが、私はやっぱりこのコピーが好きだ。

「何も足さない。
 何も引かない。」

これは有名だけど、このポスターのボディコピーがとてもよかった。



最後の「ブレンダーは沈黙した。沈黙したが、幸せだった。」という二文に心震えた。
いいなぁ、こういうストーリーや映像が浮かぶコピーは。

そういう意味では、これ↓も好きだった。



「白地着たひとが石段を急ぐ。
 風が足りない。
 水割りを恋しと想ふ。夏。」

この3行で、絵が浮かぶ。ストーリーが流れる。
そのうえで、ちゃんと広告としての役割も果たしているのだ。

コピーライターの夫と、そんな感想もあれこれ言いながら、
ほろ酔いでまた家まで帰る。

ああ、幸せ。


淡路島へお寿司を食べに

2010-08-15 11:22:23 | 美味しいもの
この間、淡路島にお寿司を食べに行った。
2年前に淡路島旅行をしたときに立ち寄った洲本にある「新月」というお寿司屋さん。
ネタが新鮮で美味しくて、その割りに安い。
とても気に入ったのでいつかもう一度行きたいと思っていた。

としくんとあやと話していた時に、
「淡路島にお寿司を食べに行こう!」という話になり、8月7日ついに決行。
お酒を飲むことを譲れない私たちは、車ではなく、バスで行くことにした。

三宮から1時間半の小旅行。
バスの中でお腹がすいて気分が悪くなったが、それ以外は楽しい旅だった。

洲本に着いて、淡路島の物産館みたいなところでお買い物。
鳴門ワカメやいちじくジャムなど・・・
足湯に入って、まだ少し予約までに時間があったので・・・



あわぢびーる!!

ビヤガーデン(本当にガーデン)が開いていたので、そこで1杯だけ。
イケメンのウェイターばかりだったのでもう少し長居したかったが、
お寿司の魅力には勝てない。

6時にいざ、新月へ。

オープンからそんなに経っていない時間なのに、お店は既に忙しそう・・・
カウンターに座ってからもずっと大将は他の人の寿司を握るのに必死で、
ほとんどかまってくれない・・・

もうお腹がへって気が遠くなりそうだったのに、おあずけをくらって、
「ほんまに食べられるのか?」と不安でたまらなかった。

でも、寿司を握りながらも話しかけてくれ、
「とりあえず、一品物やったらできるけど、どうや?」と言ってくれたので、ようやく注文開始。
私たちも最初は一品物からと思っていたので、とにかく食べれるならいいのだ。

まずは、もずく。
ここのもずくは、2年前食べた時も衝撃だったけど、太くて食べ応えがあって、すごくおいしい。
夫と取り合うように食べたので、写真なし。

その後は・・・



鱧の湯引き~
この間の「いふき」で食べたのも美味しかったけど、また違う旨さ。
身もしっかりしていて、甘い。



太刀魚の南蛮漬け~
やさしいお酢の味で、さすがに淡路島!玉ねぎまで旨い。
こういうの、なんぼでも食べられるねん。



活サバのお造り~
これはほんまにヤバい旨さ。
きずしを頼もうとしたら、「活さばにしとき!きずしなんていつでも食べられるやろ!」
と大将に言われて頼んだ1品。
「うちは、ネタだけはほんまにいいから」と自信たっぷりに言うだけある。
ちょっとこんなサバは食べたことがなかった。



イカのバター焼き~
これがまた……!!驚きの旨さ。
柔らかくて、甘くて。



ベラのお造り~
これは、としくんが希望したのだけど、ベラのお造りなんて初めて!
真っ白なきれいな身だけど、味はしっかりしていて、美味しかった。

さあ、ここからいよいよお寿司!

















アジ、とり貝、ウニ、さわら、かんぱち、かつお、いわし、蒸し穴子・・・

ま~、どれも絶品!!

ウニも大好きだけど、大好きだからこそ、大阪では滅多に食べない。
ミョウバン臭くない、ちゃんとしたウニを出してくれるところでしか注文しない。
さすが、淡路島や!
また、この大将の目利きには間違いがない。(自分で言うだけのことはある)
ここまで来た甲斐があったなぁと思った。

お寿司の間にシラサエビも食べて


お酒はこちらのオリジナルラベルの日本酒(淡路島にある酒造のもの)を
4人でちょうど1升と、ビールを1杯ずつ。

お酒もかなり飲んでいるので、一人1万円は覚悟していたのだが、
これだけ飲んで食べて、一人8000円いかなかった!

めっちゃ安い~
オトク~!!

もう大満足で店を出て、最終のバスに乗り込んだ。
これは毎年の行事にしよう、また来ようと盛り上がり、
帰りのバスはお腹いっぱいに満たされていて、あっと言う間に三宮へ着いた。

なんだか勢いで、そのまま2軒ハシゴ・・・
ワインを飲んで、餃子と焼酎で締めた。

締めに餃子って、夫みたいだな
自分では絶対にやらない選択肢だけど、4人もいて盛り上がってると、
なんとなくこういうのもいいなと思った。
楽しかった

終電に乗り込んで、帰宅。
あれから1週間経つけど、まだお寿司の味が忘れられない・・・
時折思い出しては、空想で味の余韻を楽しんでいる

溢れて止まらない感覚

2010-08-14 00:01:02 | 想い
最近、ドラマを見るようになった。
理由はいろいろある。

塾にほとんど行かなくなって夜に時間ができた
ドラマニアの親友の影響
テレビを買いかえて録画が楽になった
生活に余裕ができて、刺激がほしくなった

などなど。

ほとんどドラマって見たことがなかったのだが、
それでも1年に1つくらいは最初から最後まで見るものはあって。
それが、気づいてみれば、ほとんどが野島伸司の脚本。
偶然ではない。
彼の作品がとても好きなのだ。
賛否両論だとは思うけれど。

高校教師(1993年、TBS)
ひとつ屋根の下(1993年、フジテレビ)
ひとつ屋根の下2(1997年、フジテレビ)
聖者の行進(1998年、TBS)
世紀末の詩(1998年、日本テレビ)
リップスティック(1999年、フジテレビ)
高校教師(2003年、TBS)
プライド(2004年、フジテレビ)
GOLD(2010年、フジテレビ)

調べてみると、ざっとこれくらいは野島作品を見ていた。
ほとんどドラマを見ない私としては、かなりの確率で見ていることになる。
(今挙げた以外に見たものをほとんど思いだせないくらいだから)

中でも一番好きだったのは、「世紀末の詩」。
どうもこれは野島作品としては視聴率も悪く、好評価ではなかったのだが、
私はこの作品が好きで好きで。
再放送があったら録画しておきたいのだが、それもないほど不評だったようだ。

今、見ているのは「GOLD」。
これがすごくいい。面白い。
なんというか、野島伸司らしくて。
暴力、犯罪、教育・・・いろんな社会問題をテーマに秘めている。
でも、笑えるくらいのユーモアもあって。

特に、昨日の回はよかった。
録画で2回見た。
鬱陶しくなるほどの正義感。エゴとも通じるまっすぐさ。情熱。
でも、優しさと強さ。
すごい本を読んだ後みたいに、打ちのめされる感覚を得た。

野島伸司っていう人を、やっぱり好きだと思った。
偽善だという人もいるみたいだけど、偽善であんな作品は作れない。
もし、偽善だったとしても騙されたい。
騙されていい。
疑って見ないくらいなら、騙されて感動したい。
そう思える。

子供に見せたくないドラマに野島作品を挙げる親も多いらしい。
私なら、率先して見せたい。
汚いものにフタをして、何になる?
悪いものを排除したら済むことか?
現実はこんなにも悲惨で、こんなにも不公平だということを見せたい。
そのうえで、自分がどうやって生きていくのかを考えてほしい。
そういう中で、本当の愛が育まれることを教えたい。

こんなふうに思う人ばかりじゃないことは、野島伸司本人が一番よくわかっていると思う。
でも、溢れてくるんだろう。
伝えたいことが。

その溢れて止まらない感覚が、妙にわかる。わかってしまう。
だからこそ、感動する。

岡本太郎も言っていた。
「どう描くかじゃない。何を描きたいか、なんだ」

何を?
何を書きたいか?

最近はいつも自分に問いかけている。
私は何を書きたいんだろう。
前はあんなにも書きたいことがあったはずじゃないか。

いや、本当は今も書きたいことはある。
でも、それを書けば、きっと傷つく人が出てくる。
それが怖くて書けない部分もあるのだ。

怖くて書けない。
なら、それまでのこと。
溢れて止まらなくなったものでなければ、
文才のない私の書くものなど、誰の心も打たないだろう。
溢れて止まらなくなったとき、本当に人の心を打てる。
それは確信としてある。

溢れるほどの感情を、きっかけを、ほしくて
それでまたドラマを見ているところもある。
そして、確実にそれはいい影響をもたらしていると思う。

このまま書けなくなったままで終わったら、死ぬ時に後悔する・・・
今はそう思っている。
もう昔のように、作家になりたいとか、本を出したいとか、そういう気持ちはない。
ただ、溢れて止まらないものを拾いあげるように書いていたあの感覚・・・
あれだけは死ぬまでにもう一度味わいたいと、そういう自己満足の望みはある。
あと1回でもいいから。

最近読んだ本~「非色」有吉佐和子

2010-08-13 22:35:07 | 
「最近、更新少ないね」
と、いろんな人から言われて、自分でも書きたいのに……とジレンマ。
仕事や飲みやらで、とにかくゆっくりとパソコンに向かう時間がなくて。
でも、今日から3日間はその時間がとれるので、ガンガン文章を書く。
お盆休みでヒマな人はチェックしてくれたら、かなりの確率で更新されていると思う。

ずっと書きたかったのだ。
いろんな想いを。

まずは、本の話から。

この間、少し書いていたけれど、再読したい本がいくつかあって、
最初に、有吉佐和子の「非色」を読んだ。

まあ、本当に久しぶりに感動した。
再読だったわけだが、最初に読んだのは大学生の時だろうか。
かなり昔の記憶。
その当時は旅とライブにバイト代をつぎ込んで暮らしていたので、
本はほぼ100%古本屋。
これも見るからにその当時買ったことを匂わせるような色褪せた本で。

昭和42年初版、そして私が持っている本自体は昭和50年で十五版。
初版当時はもちろん私も生まれていないし、
平成生まれが20歳を超えている今となっては、
昭和50年というのも大昔のように思う人も多いだろう。

でも、本当に、活字を読むのが嫌いでなければ、ぜひ読んでほしい1冊だ。
時代背景は戦争直後だというのに、全く古さを感じさせない。
エンターテイメント性と私小説性との両方を兼ね揃えているし、内容も深い。
久しぶりに夜寝るのを惜しんで読んだ。
電車の中だけではガマンできなくて、
夜中3時4時まで読み続け、結局355ページを2日で読み切った。

この本を読んだきっかけは、私が20歳の頃からBLUESという黒人音楽を好きだったことがある。
BLUESというのは人種的な背景をもって生まれた音楽で、
簡単に言ってしまえばアメリカ黒人が生み出したものだ。
黒人音楽だけれど、アフリカでは生まれなかった。
アメリカという国に奴隷として連れてこられ、迫害と差別を受け、
だからこそ生まれてきた音楽だと思う。

今となっては「文化」であり「ミュージック」だけれど、
BLUESが生まれた当時は、文化やミュージックというよりも
主張であり、娯楽であり、叫びであり、自嘲であり、存在意義であり、
様々な意味をもっていたものだったと思う。
それこそ生活に根付いていた、というか。
綿花畑で来る日も来る日も働き続け、不当な扱いを受け、
金もない、希望もない、女は出て行ったし、酒でも飲むしかない・・・
みたいな。そういう音楽だ。

私は小学生の頃から音楽(演奏ではなく聴くことのみ)が好きでしょうがなかったのだけど、
いろんなジャンルの音楽を聴いてきて、結局自分の心をとらえたのがBLUESだったとき、
黒人に対して特別な想いを抱くようになった。
この「非色」を手にとったのも、たぶん黒人のことが書かれていると知ったからだと思う。

簡単にあらすじを言えば、
(ここからかなりネタバレなんで、本を読もうと思っている人はここで終わりにしてね)
戦後の日本でなんとか生きていこうとする主人公の女性がいる。
進駐軍相手の店で働くようになり、そこで黒人の兵士と出逢い、恋をする。
黒人兵士は敗戦国の日本人とは違い、物資の供給を受け、かなり裕福。
その援助を受け、何不自由なく暮らす。
そして、周囲の反対を押し切って結婚し、子供を生む。

この辺りから、この本の本題に入っていく。
まず、子供が生まれたとき、黒人の夫が自分の娘を「白雪姫」と呼んで溺愛するのだ。
でも、大きくなるにつれて肌の色が黒くなっていくと、ほとんど興味がなくなる。
母親である主人公は逆で、生むまでは不安だったのに、肌の色など関係なく、その娘を愛す。
たとえ、親族や実の母親から疎ましがられようと。

やがて、日本からの撤退を命じられ、黒人の夫は本国アメリカへ帰る。
「必ず呼ぶから、一緒に暮らそう」と言い残して。
主人公はアメリカなど全く行く気持ちはなく、この時に離婚したつもりでいるのだが。

でも、主人公の心に変化が生まれる。
それは、自分の黒い娘が周囲からおかしな目で見られ、いじめにあっているのを知ってからだ。
夫から「アメリカに来い」という便りがあったことをきっかけに、アメリカへ娘と渡る。
いわゆる「戦争花嫁」として。

その船中、同じ境遇の花嫁たちと出逢い、彼女たちとはアメリカにわたってからも苦労を共にする。
アメリカに着いてみて、初めて気づく。
黒人差別という問題に。
貧しいハーレム暮らし。病院での夜勤という労働で安い賃金しかない夫。
日本料理屋で自分が働き、なんとか生計を立てる。

その間に、子種をたくさん持っていると言われている黒人ゆえに、
気をつけていても、どんどん子供は生まれていく。
貧しいのに、子供は毎年生まれる。

日本にいれば堂々としていたのに、「ニグロの妻」ということにどこか恥ずかしさ、
後ろめたさを感じていく主人公。
卑屈になっていく。
そして、アメリカという他民族の国の現状にも詳しくなっていく。
差別を受けていたニグロでさえも馬鹿にする民族、プエルトリコ人がいることを知る。
いつしか、主人公はプエルトリコ人よりはマシだと感じている自分にも気づく。

肌の色だ。
黒人夫やその家族のぐうたらさ、いい加減さ、無気力さに腹を立て、
「やっぱりニグロはニグロだ!」と思う。
それが、色なんだと思っていたのに、
見た目は白人であるプエルトリコ人が一番下の階級であることに疑問を感じるようになる。

肌の色じゃないのか?

その答えは、アメリカで暮らす上流社会の日本人のお手伝いとして働くようになってから明らかになる。
パーティーにやってくる、アフリカの肌の黒い上流階級の人々。
同じ肌の黒さなのに、彼らはアメリカ黒人をバカにしている。
主人公がニグロの妻と知ったとたんに態度が変わる。

娘と二人で全く知らない土地、アメリカに渡って来て、
いろんな人種を見て、いろんな暮らしを目の当たりにし、
様々な疑問をもって生きてきた主人公が、最後に答えを出す。
それが、この本のタイトルだ。

「色にあらず」

そのことに気づいた主人公は、自分は日本人だ、黄色人種だ、
あんな黒い肌の低俗なニグロとは違うんだと思っていた気持ちを捨てる。
アメリカという国で、ニグロの妻として、母として生きていく決心をする。
肌の黒い娘を誇りに思い、ほとんど面倒を見てやれない状態の一番下の息子を思い、
どこかスッキリとした思いで家に戻る。

色に非ず、差別は階級なのだと気づく。
そして、その気づきは、失望ではなかった。
むしろ、希望だった。
肌の黒い夫、親戚、娘、息子。
でも、肌の色じゃない。
瞳の輝きは肌の色では決まらない。
社会が作り出した階級なんだ。
でも、肌の色じゃないってことは、希望がある。

私はアメリカで7年も暮らしていて、ハーレムと日本料理屋しか知らないのだ。
明日、エンパイア・ステイト・ビルに上ってみよう。

主人公はそう決意して、物語は終わる。

久しぶりに、本を読んだ後、心の震えが止まらなかった。
それも、再読なのに。

ほとんどあらすじは書いたけれど、興味をもった人はぜひ読んでほしい。
あらすじを紹介しているけれど、実はもっといろんなエピソードもあるし、
あらすじと結末を知ったからといって、つまらなくなるような本じゃない。

ストーリーやこの物語に秘められている命題の重さもさることながら、
とりあえず、全く古さを感じさせないエンターテイメント性、
面白さ、文章の巧みさなど、読みどころは満載だ。
むしろ、新しい。

夫は「その本、全然知らん。聞いたこともない」と言った。
確かに、誰もが知っている文学ではない。
でも、こういう文学はおそらくずっと残る。
初版から40年経っても色褪せないというのは、本当にすごい。
今更ながら、イチオシの本である。

エアコン値切り術?!

2010-08-05 11:25:52 | 生活
もう使わない大判のスカーフに凍った保冷剤を包み、
それを首に巻いて過ごしている。

別に、エコでも節約でもない。
単にエアコンがないのだ

引っ越す前に使っていた6畳用のエアコンでは今のリビングには対応できないので、
引っ越したときにそのエアコンは私の部屋につけた。
なので、リビングは今もエアコンがない。
長雨で意外に涼しかったのに、急に猛暑になって、買うタイミングを失ってしまったからだ。

昨日、今日は雲があり、風も入るのでまだマシだが、
その一週間前くらいまでがひどかった。

我が家は吹き抜けがあって明るいのだが、
午前中、その吹き抜けの東の窓から直射日光が照りつける。
外にいるのと変わらない明るさなので、暑さも同じだ。
今年、初めて、家の中にいながらにして日焼けしていっている

しかし、私はもともとクーラーがダメで、真夏でもほとんどつけることがなかった。
人生において、まだ自宅では「クーラーをつけて寝る」ということもしたことがない。

といっても、代謝は異常に良く、
女性にありがちな「冷え性」だとか「汗をかかない」とかではない。
体はいつも燃えるように熱く、ご飯を食べた瞬間にエネルギーに変わり、汗が吹き出る。
いつも着ているものは汗でベシャベシャだ。
「汗をかく」なんてレベルじゃない。
「滝」だ。
滝のように常に頭の先から足の先まで汗が流れ落ちている。
椅子に座ったら、椅子は汗でベットリ・・・
床を拭き掃除したら、頭から汗がポタポタ・・・
裸足で歩けば、足跡がつくほど・・・

それでも、家の中にいる分には汗をかいたらどんどん着替えていけばいいので、
むしろ汗をかくのが気持ちよく、うだるような暑さの中でいつもエアコンもつけずに仕事していた。

しかし、今年の暑さにはさすがに対抗できなかった。
じりじりと肌も焼けてくるし、サウナ状態で、息苦しい。
それで仕方なく、風がない日はエアコンをつけて仕事をしていた。

仕事部屋はまだいい。
リビングは夜になると一人で怖いので、窓を閉める。
ますます熱がこもる。
ちょっとご飯を食べたりテレビを観たりしているだけで頭がボーっとしてくるので、
またエアコンをつけた自分の部屋へ避難。
そういう暮らしをしていた。

すると、夫が帰って来て、私の部屋に入り、
「あっ!またクーラーつけてる!つけてばっかりやん!
私はクーラーつけない人って、自分で言ってたよね?
ウソばっかり!!日記で撤回しなさい!
と、いちゃもんをつけてきた。

夫は知らないのだ。
冷房ガンガンに効いた会社でずっと仕事をしているから、
この家がどんなに暑くて、どんなに日焼けするか、知らないのだ。
知らないからそんなことが言えるのだ

こうなったら意地でもつけるもんか!と、
自分の部屋のエアコンもつけずに過ごすことにした。
しかし、暑い!!

うだるような暑さの中、夫に恨みのメールを送った。

「人生で、こんなに暑いと感じたことはない。
でも、エアコンつけずにがんばっています」

これを見て、ちょっと意地悪のつもりであんなことを言った夫は慌てて返事を送ってきた
「つけていいんだよ。体を悪くするよ・・・」

・・・勝った

そして、その後、とりあえず人も呼べないし、
この暑さは異常やから、リビングに16畳用のエアコンを買おう、ということに。

早速、休みにヤマダ電機へ行ったが、また夫の悪いクセが始まった。
大阪でもミナミの人だからか、貧乏性だからか、
夫はとにかく何でも値切る。

「これ以上は無理です」と店員さんが言ってるのに、しつこく値切り、
さらに下げさせた後で、「ちょっと考えます」と買わずに帰ってしまう。
私は恥ずかしさでそばにいることもできず、遠くから見ている。

私は、物を値切るなんて恥ずかしいことだという教育を受けてきた。
安い物を探すのはいいが、ついている値段を「まけてくれ」なんて、
絶対に言えない。
クーポンとかを見せるのでも結構自分を奮い立たせて、
勇気を出して、「これは普通のことだから」と言い聞かせて、
それでようやくお店の人に見せるほどだ。
定価で支払わないということが、恥ずかしくて仕方がないのだ。

貧乏人のくせに、変なところだけ貴族みたいな教育を母から受けて育っているので、
夫の値切りにはいつも耐えられない。
それでケンカになったこともある。

そんなわけで、夫は最近、一人で買い物をしてくるようになった。
ネットでいろいろ検索し、
毎日会社を早く退社し、いろんな家電量販店をまわり、徹底的に調査する。

「仕事忙しいんじゃないの?」と聞いても、
「人生でこんなに暑いことはなかったってメール来たら、買わないわけにいかんやろ?」と、優しいのかイヤミなのか、よくわからないことを言う。

そして、昨日、ついに「エアコン買ったよ!」というメールが来た。
私がほしがっていた、パナソニックの一番性能がいいやつだ。
それが、最初に私と一緒にヤマダへ行った時よりも、3万円安くなっていたうえ、
ポイントはつかないはずが、1万円くらいのポイントをつけてもらっていたのだ。

「なんでそんなに安くなったの?
とびっくりして聞いた。
テレビを買ったときも、同じように一人でいろいろと放浪し、
結果的に5万円も安く買ってきたのだった。

「いろいろ方法があるねん」と夫。

「なんか、法に触れるギリギリのことをやってるんじゃ・・・

「そんなわけないやろ」

「じゃあ、昔のヤンキー魂が戻ってきて、店員を脅して・・・

「違うって」

「もしかしたら、店員さんは自分の給料から差し引いて・・・

「・・・

夫は自分の手柄を褒めてもらえないことが淋しかったようだ。

安く買えるのはいいのだけど、どうやって買ったのか気になって仕方がない。
かといって、そばで値切るのを見ている自信もない。
(恥ずかしくて逃げてしまう!!)

しかし、私は持ち前のよけいな想像力で、
夫に値切られた店員さんのいろんな感情や人生を想像してしまい、
あまり褒めてもらえず、しょんぼりしている夫に言った。

「店員さんの名前わかる?本部にその人のことをよかったって書いて送ってあげよう!
そしたら、その人の株が上がって、ボーナスとか貰えるかもしれないよ!
それぐらいしないと気がすまないわ」

夫はもう何も言わず、苦笑したままビールを飲んでいた

何はともあれ、来週月曜日に我が家のリビングにエアコンがつく。
まだ値切り商品に疑いをもち続け、
不良品が来るんじゃないかと、ちょっとドキドキしている私であった。

人生のターニングポイントはもう過ぎた

2010-08-02 18:11:49 | 生活
今日はちょっと時間があるので、最近書きたかったことをいろいろ書こうと思う。

土曜の夜は、プチ同窓会だった。
高校の時、男子バレー部のマネージャーだった私。
スポーツをやりたかったけど、亀のような運動神経でどうしようもなく、
中学のバドミントンでも懲りたので、マネージャーという道を選んだ。

この間、10年ぶりにもう一人のマネージャーと会ったことをきっかけに、
連絡をとれる部員にメールして、集まることになった。

この土曜日はその第一回目。(第二回は別メンバーでまた8月にある)

東京で仕事をしているNと、京都で仕事をしているO。
私たちの合計4人。
高槻で個室がある店を選んで、昔話に花を咲かせた。

不思議なものだなぁ、
私は、もっと若い時、「久しぶりに会って昔話をする」なんてこと、
絶対にやりたくないと思っていた。
それはなんだか年寄りくさくて、ちょっとカッコ悪く思えたからだ。

なのに、なんだろう、この感じ。

「あの時、こうやったやん?」
「あった!あった!そんなこと!」
「え?あの時、そんなこと思ってたん?」

そんなふうに、昔話に相槌を打って、自分も思いつくままに話して、
そうやって、過ぎ去った時間によって隔たれた距離を縮めていくような作業が、
なんだか心地良くて楽しくてたまらなかった。

歳をとるっていうのは、こういうことなんだな・・・と思いながらも、
それは、昔想像していたような、みじめな感じはしなかった。

たぶん、今が幸せだからなんだろう。

もし、不幸だったら、こんなふうに時間を戻していく作業は、
きっと後で私をみじめにしただろうと思うのだ。

Nは独身、Oはうちと同じで夫婦二人、もう一人のマネは3人の子どものお母さん。
それぞれの人生を歩みながらも、こうして共通の昔話で明るくなれることが嬉しかった。

NとOの二人がすっかり酒飲みになっていて、
「酒飲み始めたら、あんまり食べなくなる」と言ってるのに親しみが湧いた。
単なる酒飲みのオッサンやなぁと思いながらも、嬉しくなる。

土曜日で2時間制だったので、その後、別のバーに移動。
バーボンのグラスを傾けて、チーズ。
ビール、日本酒といった後で飲むには一番これがいい。
エズラ、エバン、またエズラ。

「さんちゃん、いつもこういうとこで飲んでるん?」
「さんちゃん、そんな酒飲みやった?」

二人が「さんちゃん」と言うのを聞いて、懐かしくなる。
今はあまり「さんちゃん」と呼ばれることがないからなぁ。
それも、男の人で私をそう呼ぶのはかなり限られていて、
たぶん部員だけだから、ちょっとくすぐったいような心地良さを味わっていた。
(たまに和田さんがふざけて、「おい、さんちゃーん」とツッコむけど)

Nが実家に顔を出さないといけないから帰るというので、
残った3人でまた別のバーに移動。
私のいきつけの店だ。
そこで、ウイスキーをストレートで2杯。

もうとっくに終電はなくなっていたが、みんなタクシーで帰れる距離。
高槻駅前で別れて、京都方面のOと二人相乗りで帰って来た。

「俺、高校のとき、さんちゃんのことちょっと苦手やったわ」とO。
「そうなん?!なんでよ?!」
「なんか怖かった」
「・・・まあ、ちょっと荒れてたしね」

そうなんやなぁ、部員には優しいつもりでいたんやけど。

昔の自分をちょっと不憫に思い出しながら、夜の街を眺める。

蒸し暑い体育館の空気
跳ねるボールの音
飛び散る汗
みんなの掛け声

「あの頃」が戻ってきて、ハッとする。

一生懸命な人たちを、一生懸命に追っていた。
コートの中は、マネージャーには遠かったから。

「また飲みに行こう」「うん、連絡してなー」と、
高校生の部員が、今度は飲み友達になった。

タクシーを降りて、大好きな我が家へと向かいながら、
やっぱり一生懸命やることは悪くないなと思っていた。
ほら、何年も経った後で、こんなご褒美をもらえる。
一生懸命やっていなかったら、たぶん、この「時」も「想い」もない。

最近、この歳になって、いろんなことが自分の中で完結していくのを感じている。
たぶん、人生のターニングポイントはもう過ぎた。
後は折り返しながら、人生を辿っていくのだろう。

でも、不思議なことに、それは思っていたようなみじめな下降ではなくて、
穏やかで、一歩一歩踏みしめられる、
自分を完結に導く、
そういう辿り方だ。

先斗町の路地奥でプチセレブな夜を・・・

2010-08-02 15:56:53 | 美味しいもの
四条河原町から先斗町を上がっていくと、
21番の路地奥に上品な灯りが見える。

「炭火割烹 いふき」

2年前の夏に初めて訪れ、昨年も一度。
そして、先週末が3回目になる。

本当はもっと行きたいけれど、さすがに京都・先斗町。
それも、メイン通りではなく路地奥なので、いいお値段がする。
庶民にはなかなか難しい。

そこで、昨年一年間かけて、私とゆうちゃんといわさきっちは
「美味しいもの積立貯金」をしていたのだ。
毎月2千円。
徴収役のいわさきっちの厳しい取立てのおかげで、なあなあにならず、
一年間で一人24000円がたまった。
今回はこれを使って豪遊しよう!!というわけで、
いろいろ悩んだ末に「いふき」へと。

近年では風情もすっかりなくなってしまった先斗町の路地奥へ一歩入るところから、
もうこの食事会は始まっている。
値段もメニューも何も出ていない戸の前で
「これ、全くの一見やったら入る勇気ないよなぁ」と顔を見合わせる。
ああ、こんなつぶやきも庶民である。

戸を開けると、優しい灯りの中に、白木のカウンター。
そして、その向こうで忙しく働く板前さんたち。
でも、私たちを見ると、笑顔になって、カウンターの席を勧めてくれた。

そう、これがこのお店を好きな理由。
こんな敷居の高そうな店なのに、店員さんがみんな笑顔で感じがいいのだ。
リッツカールトンで食事をした時も思ったけど、
一流の店というのは、接客も一流。
決して堅苦しくなく、びっくりするほど気さくだったりするのだ。

早速飲み物を聞かれ、後でお酒をいただくことにして、とりあえずはビール。
お料理はというと、前に行った時は8400円のコースを頼んでいたのだが、
今回はお金に余裕があるので、「おまかせ」で。

「おまかせでいいです」

これを言う時の快感ときたら・・・!!
プチセレブ気分をいちいち噛み締める私。



↑卵豆腐。ジュンサイや枝豆が夏らしくて上品。京都らしい、優しい味付け。



↑北海道の毛蟹に、鳴門ワカメ。こちらもさっぱりとしていて涼しげ。
器もいいねぇ・・・
備前とはちょっと違う土っぽいけど、焼き締めでお料理の緑が映える。



↑椀物は、鱧、アワビ、新生姜の葛寄せ。
これが3人とも急にざわざわと騒いで興奮し始めたほど、旨い

私はこういう割烹のコースをいただく時には、とにかく「椀物」に重きを置いている。
椀物を食べた時、どれくらい幸せな気分になるかが、全体の評価に繋がっている。
そういう意味でも、これは満点!!
アワビのちょうどいい歯ごたえと旨味。
葛のとろける食感と、生姜の爽やかさ。
そして、鱧と出汁のコンビネーション。
全体的なまとまりもあり、とても上品。
一気に幸せになった。

酒や!
酒持ってきて!



↑お造りは、アコウダイと鱧。
これがまたよかった。
お醤油もあるが、ゴマと塩を小皿に出してくれたので、基本的には塩でいただく。

鱧にべったりと梅肉が付けられていないのも助かった。
いつも鱧を出されると思うのだ、「なんで梅肉?」と。
自分で付ける場合はあまりたくさん付けない。
だって、せっかくの鱧が「梅味」になるやん!!

その点、こちらの鱧は、非常にまろやかで薄味の梅風味のたれが少しかかっている程度で、
これを塩で食べると鱧の甘味がしっかり広がってたまらなかった。



↑鰻の握り寿司。
これがまた!!ヤバイ!!
「最近、海苔に凝ってるんです」と、あぶった海苔が下に。
これを巻いて食べるのだ。
いろいろと試行錯誤した結果、この形になったという。
海苔、鰻、そしてミョウガのハーモニーが絶妙!!
「あと3貫!」といいたくなったほどだ。



↑炭火割烹というだけあって、炭火焼きを得意としているのだが、
この焼き野菜の盛り合わせも素晴らしかった。

こんなふうに盛られると、何から食べるかという順番がとても重要。
ホワイトアスパラ、唐辛子、赤万願寺、コーン、小芋、ズッキーニ、茄子田楽。
どれも美味しかった。
コーンは一度揚げてから焼いているとか。甘味が凝縮されている。
ホワイトアスパラも太くて甘くて、でもさっぱりとしていて美味しかった。

さて、いよいよ魚の焼物。

のどぐろ、金目鯛、鮎、ぐじから選べるという。
鮎はこの夏すでに2回食べていたし、やっぱりここはのどぐろか・・・。
(のどぐろに目がない)
でも、グジも捨てがたいし・・・

悩んでいたら、ゆうちゃんはさっさと鮎に。
いわさきっちものどぐろとグジで悩んでいたので、両方頼んで分けることにした。



↑のどぐろ~



↑鮎~



↑ぐじ~

どれも分けあって食べて美味しかったけど、やっぱりのどぐろやなぁ。
したたるほどに脂が乗っていて、身が柔らかくてほっこりしていて、
口の中に入れた瞬間、思わず目を閉じてしまうほど旨い。
ふと横のゆうちゃんを見たら、ゆうちゃんも目を閉じていた



↑口直しの冷たいトマト

この後、「お肉はどうしますか?」と聞かれたので、もちろん「いただきます!」
普通の女性はこんなに食べないんやろね・・・(こんな店に来る人やし)
「何人分ですか?」と聞かれたので、「3人分です!」



↑そりゃそうやろ~、こんな美味しそうな肉やのに~
部位は、ロースとイチボ。
口の中でとろける!ジューシー!
醤油焼きにしてあって、好みで付け合せの山わさびを付けて。
これならお肉があまり好きでない私も毎日食べたい!!

しかし、料理ももう終わる・・・



↑山芋とワカメの酢の物があって、



↑ご飯があって、



↑水物があって、

全部終了~

ご飯は香の物とちりめん山椒がついていて、
お米自体がおいしくて(土鍋で炊いたらしい)、
普段はシメのご飯があまり欲しくない私だが、もっと食べたいくらいだった。

とはいえ、しっかり3時間、かなりたくさんのお料理をいただいたので、
お腹はもうパンパンだった。

お酒はいわさきっちと分けて4合。
喜楽長、義侠、出雲藤、醸し人九平次。

いわさきっちは1合が限界なので、私が3合飲んでいるのだが……。

大将と女将さんも素敵なんだけど、私は修業中みたいな板前さんがとても好きで。
いつもめっちゃ笑顔。
こちらもつられてしまう。

ゆうちゃんにコソッと「あの人、好きやねん」と耳打ちしたら、
よほど声が大きかったのか、その向こうにいたいわさきっちが「聞こえてるよ」・・・

あかん
板前さんにまで聞こえたかもしれん・・・

お会計はなんと54300円也!
一人18100円・・・

「美味しいもの積立」の封筒からいわさきっちがお金を払ってくれたのでよかったが、
これ、普通にはやっぱり行けないなぁ。
おまかせにしないで予算を言っておけば1万円ちょっとでいけたけど、
やっぱりこの「おまかせ」のプチセレブ感がたまらない。
(こういうことを言うのが庶民・・・)

まあ、積立があったのはもちろんだけど、
そうでなくてもコスパは決して悪くない店だ。

料理の美味しさ、見た目の美しさ、完成度。
日本酒もいいものを数種類置いている。
そして、人の良さ、笑顔、あたたかくて気取らない雰囲気。
白木のカウンターや、1つ1つの器のクオリティ。
何よりも、先斗町の路地奥で、一見さんお断りのような佇まいの店で飲んでいるというシチュエーション。

すべてを総合してのコスパ。

3人ともとても幸せな気分になって店を出た。

満足じゃ!!
ほんまに大満足じゃ!!

積立は6千円になったので、この7月から1000円ずつにして再開。
年末の忘年会で、またちょっこしセレブになれるかな?