明日元気になれ。―part2

毎日いろいろあるけれど、とりあえずご飯と酒がおいしけりゃ、
明日もなんとかなるんじゃないか?

目に見える成長

2012-01-27 23:20:22 | 友達
暇なので「お茶でも飲みにこないか?」と誘ったら、ゆうちゃんが子供を連れて来てくれた。
こういうとき、家が近いのはいい

子供は1歳を過ぎて、どんどん歩くし、階段だってよじ登る。
簡単な絵本も読んでほしがるし、ちょっとしたおもちゃでも遊ぶ。

この間まで、ただ寝ているだけの赤ちゃんだったのに!

次に会ったときは、ハイハイしていて、
次はつかまり立ち。
次はつかまって歩いて。

そして、今日はもう靴を履いて歩いていた!!

自分と同じ時間が流れているとは思えない成長ぶり。
私なんて、その間、何の変化もなかったというのに

子供ってすごい。

そして、可愛い笑顔をいっぱい見て、癒された

私のリビングが持ってきたおもちゃであふれかえっている中、話すのは8割くらい仕事のことだった。
いろいろと話せて、なんだかスッキリした。
がんばろうと思えた。
そして、ゆうちゃんも、子供を生んだから仕事のことはもういい、というのではなく、
これからの仕事の展開、目標のことなどを考えていて、それが「同志」という感じがして心強かった。

古い友達とこうやって二人でじっくり話すのは、やっぱりいい。
自分の気持ちが整理できるし、何より元気になる。

2、3回、ゆうちゃんが「豊かさ」ということを口にした。
もちろん、経済的なことではない。
本当に豊かということは、どういうことなんだろうかと。
自分は子供ができて生活が変わっても、それを失いたくないと。

「さんちゃんちに来たら、器や花や、豊かなものがいっぱいあるから、刺激になる」
というような意味のことを、ゆうちゃんは言ってくれた。
それがとても嬉しかった。

美しい器でゴハンを食べたり、お花を育てたり、そういうことをどうでもいいと思いたくないと、
そんなふうに思えるゆうちゃんは素敵だな、と思った。
私もそうでありたいな。

充実した、意義のあるお茶会だった。


実は、今日で禁酒4日目。(詳しくはお酒ブログに書いています)
明日は解禁予定で、今からそれが楽しみで仕方がない。

明日は夕方まで取材が入っているから、仕事終わりの4日ぶりのお酒はおいしいだろうなー
取材も面白そうなものなので、気合が入る

そういえば、先日、新規案件が来た。
びっくりするほどギャラは安いが、これまでに自分がやってきたことが活かせるし、
お金なんか関係なしにやりたい仕事だった。
話をもらってドキドキした

最近はWEBサイトや広告、社内報ばかりやっていたが、久しぶりの商業誌だ。
業界誌ではあるが、カラーだし、記名もできそう。
それに、数は少ないけれど定期的な仕事になりそうで。
もうちょっと勉強しないといけないし、難しそうだけど、すごく楽しみだ。

今年は営業はもうしないと決めていたが、1月は今持っているレギュラー以外に、この新規案件と明日の単発の取材が入った。
なんとかこうやって食いつなぎながら、春には新しいことにも着手したい。

子供みたいに、私も少しは目に見える成長をしないとね。

きっと良い1年になる。

2012-01-11 17:49:34 | 友達
昨日はライター友達(アンデルさん)と商売繁盛を祈願して「西宮えびす参り」に行った。
もう5年ほど続いている二人の恒例行事。
えびすさん&おいしい食事がセットになっている。

今回はアンデルさんのお気に入りのお店という「はた田」さんでランチ。
彼女は素敵なお店をいっぱい知っているので、今回も間違いはないと思っていたが、こちらは中でも秀逸!!
昨年の二条椿に続き、最近は「当たり」が多いなぁ。

最初、「3000円と6000円のランチ、どっちにする?」とアンデルさんに聞かれ、
「ランチに6000円はちょっとなぁ、夜もあるし・・・」と思い、「3000円」を希望した。

しかし、食べている最中、激しく後悔。
3000円で満足しなかったわけではない。
その逆で、「3000円でこれほどのレベルなら、6000円になったらどんな旨いねん!!」と思ったからだ。
欲望がこんなにも湧き出てくることも珍しかった。
知りたい!食べてみたい!と強く思ったし、久しぶりに「コースが終わるのが怖い!!もっと食べたい!」と思った。
(実際、途中で「終わるの怖いよー」と言った)

また、ランチだからだろうな・・・
昼間の私の食欲は、本当に底なしなので(夜の数倍!)1コースでは物足りなかった。
食べ終わったとき、「最初からもう1セット持って来てほしい」とつぶやいたほどだ。

では、その素晴らしいコース料理を・・・


先付けは、なます。
なますと言っても、この美しさとセンス!
色とりどりの野菜、菜の花、底からは鯛や数の子が出てくる。
お酢が苦手な私だが、最高に好きな味。
酢が「すっぱい、酸味」ではなく、「甘い」と感じられるのが好きな味付け。
この1品でもうやられた。


椀物は、えびしんじょ。
こちらも美しい。
美味しいのはもちろんだけど、お料理はやはり美しさもかなりのポイント。
食べる前にため息が出る。
ほっこりとやさしい。


こんな陶器の蓋物が出てきて、何かと思ったら・・・

これだ!


七草の白和え、生麩の田楽、黒豆、出汁巻き、ふきのとうの天ぷら、焼き物はぶり。
今書きながら思い出して、目がとろんとなった。うっとりする。
それくらいすべてが旨い。
素材の良さをしっかりと、手を加えすぎず。
ぶりは、こういうお店で出すには多少塩が効きすぎなくらいに感じた。
でも、それがめちゃくちゃおいしい。
たぶん、これがベストなんだろうという気がした。
(ここで、「なくなるの怖い」と言った)


大根、おあげさん、水菜の炊き合わせ。
旨いなぁ・・・汁までしっかり飲み干した。


食事は鯛めしと、もずくの味噌汁。
味は当然のことながら、感動したのはゴハンのよそい方。
本当にちょっとしたことなんだけど、プロだと感じられた。
普通に箸にとって口に入れたとき、ほろっとくずれるような、優しいよそい方なのだ。
「おかわりはどうですか?」と聞かれたので、もちろんお願いした。

水物は、りんごのジェラートと洋ナシ、みかんの盛り合わせ。
これがまたおいしくて、もう勢いがついているものだから、数秒で食べてアンデルさんにびっくりされた。
(アンデルさん3口目のことだった)

最後に、お茶と落雁。
ああ、ほっこりする。
もっと食べたい、食べたい、食べたい~!!(心の声)

ちょっと遠いけど、また絶対に来ようと思った。
こんな幸せがあるから、仕事もがんばれる。

夜は9500円~ということだが(高っ!)、お金を稼いで何かのときに来よう。
結婚記念日とかでもいいなぁ。
日本酒も結構いいラインナップだった。(お値段もいいけどね!)
ランチも6000円のコース、いつか食べてみたい・・・。

そんな感じで、このお店を教えてくれたアンデルさんに抱きつきたいくらい感謝して、店を出た。
この後、えべっさんへ。

しかし、今年の私は喪中。
「鳥居をくぐるのはよくない」と言われ、アンデルさんに去年の福笹を返してきてもらうことに。
私はその間、外で待っていた。

待っている間、近くの酒蔵通りを歩いて時間をつぶした。
これもアンデルさんが調べてきてくれたのだ。
「大きな蔵ばかりで気に入らないかもしれないけど・・・」と言いながらも、地図を渡してくれた。
こういう気遣いが本当に素晴らしい。

確かに、白○や松竹○など大手ばかりで、「酒蔵通り」と名前はついているが、「酒工場通り」と言ったほうがよい感じ。
でも、利き酒などもあって、おかげで退屈せずにすごすことができた。

合流して、一緒に利き酒して、お土産を買って、近くにあったアンリ・シャルパンティエの喫茶へ。
夜ご飯が食べられなくなるともったいないので、ケーキを二人で分け合った。


「紅芋と本和香糖の金赤ムース」

真っ赤な色が珍しくこれにしてみた。予想以上においしかった。
アンリで生ケーキってあまり食べないけど、旨いなー。
「本和香糖」って何?と気になって帰って調べたら、沖縄のサトウキビで作った砂糖とのこと。
なるほど、それで甘くないのに、甘みに満足するんだなぁ。

その後は、御影に移動し、ナポリピッツァの店「ベーネベーネ」へ。
こちらもアンデルさんの紹介。
私は京都しかわからないので、いろいろ教えてもらえるのがすごく嬉しい。
彼女のセレクトは間違いがないし。

本当はもう1つ別の店がオススメだったようだが、あいにく定休日。
でも、こちらもリーズナブルでおいしかった。私はピザ大好きだしね。





結局、お昼12時半に会って、夜10時頃まで一緒にいた。
えびすさんも、私の分までお参りしてきてくれたし、お金持ちになりそうな商売繁盛のお守りまで買ってきてくれた。
こういう優しさが本当にうれしい。

話も仕事のことでいろいろ相談に乗ってもらい、同業者しかわからないことも理解してもらえて、気持ちも晴れた。
すぐ鬱になる私に対して、
「陰にこもることも時には必要。ずっと明るかったら、何も書きたいものなんて生まれない」
と言ってくれた。
その言葉が本当に心に響いて、鬱になる自分を受け入れることができた。

仕事に関しても、いつも志が高く、シンプルに「偉い人だな」と思う。
たまに大ボケはかますけど(笑)
「もっと質の良い仕事を」「自分の生み出すもので人を動かしたい」
「できれば世の中のため、人のために役立つものを書きたい」
その点でも気持ちは一致している。
そういう人と出逢えたことに、また感謝。

きっといい1年になる。

自然にそう思えた一日だった。

激アツトークでストレス解消?

2011-12-15 23:13:44 | 友達
ひゃっほーい!

いよいよ仕事が終わった。
とりあえず、今日で早々と仕事おさめ。

細かい仕事はまだ来るかもしれないし、現在進行中のサイトやフェイスブックの修正はあるかもしれないけど、
まあ、ひとまず抱えているものは全て出したし、年内の取材予定などもない。
これから長い長い3週間の冬休みが始まるわけだ。

昨日くらいから、既にテンション上がりまくり。
ずっとニコニコして、すぐに鼻歌が出てしまうから(だいたいフランダースの犬のオープニング曲だ)
夫も「なんかゴキゲンやなぁ」と珍しく言ってくるほどで

この間も書いたけれど、常に「追われている」というのは本当に精神的にやられる・・・。
どんな仕事でも締め切りはあるし、私が特別仕事量が多いわけでもない。
だけど、7つも8つも別の会社と同時にやりとりしながら、家事もカンペキにやりたいと思い、
さらには飲み会をあれだけこなし、
さらにさらに、この秋はシンガポールと新潟に旅行し、
単純に「仕事が忙しい」とかではなくて、毎日がやることいっぱいで追われ続けていた。

また飲み会や旅行を入れたときに限って仕事が前後に集中し、ひぃひぃ言いながらこなして、
ふらふらで参加するような状態なわけで・・・

あれもしたい、これもやらないと・・・
それができないストレスで爆発しそうだった。

でも、ついに一段落!
明日は3ヶ月ぶりの美容院を予約した。
土曜日の夜も3ヶ月ぶりに実家に行ってゴハンを食べる。
そして、来週からは大掃除と年賀状作り。
庭の手入れも徹底的にしたいし、たまっている仕事の資料も片付けたい。
忘年会はあと2回だ。
別にゴロゴロしたいとか、そういうのは全くなくて。
ただただ、自分の理想の「カンペキ」に追いつきたいだけで。

今はゆっくりと落ち着いた気持ちで新年を迎えられそうなことに心からホッとしている。
こんなに気持ちが楽になったのって、何ヶ月ぶりだろう。
半年ぶりくらいじゃないのかな・・・

忘年会といえば、昨日は和田さんと忘年会をした。
私の好きなお店へ連れていった。

ここはとにかくお造りがおいしい。
盛り合わせは1人1500円でこのボリューム。(写真の1枚目と2枚目の2皿を合わせて)





特に2皿目がおいしかったなぁ。
明石の鯛
マグロの目玉のまわりのお肉を海苔で巻いて。
マグロのホホ肉
しめ鯖


豚の角煮と大根

こんな上品な角煮は初めて。
ゴマがいい感じに効いていて、なるほどなぁと。
これは絶対味の再現やってみよう。


マナガツオの塩焼き


タチウオを揚げておこげあんかけ

どれもおいしかった!
日本酒は、根知男山、喜楽長、上喜元、雑賀と順番に飲んだ。
和食によく合うラインナップで、いつも満足する。

和田さんは相変わらず酒に弱く、梅酒を割ったものを1杯飲んで赤くなって、あとはウーロン茶を飲んでいた(笑)
完全にオッサンと女子の注文である
(性別逆やけど)

しかし、昨日はよくしゃべった!!
6時から11時半くらいまで、およそ5時間半

話題は尽きず、ISに始まり、橋元新市長の教育政策から、憲法九条の改正・・・
かと思えば、ブラマヨの面白さや「はじめの一歩」や「カイジ」、連ドラ「カーネーション」の話まで多岐に渡った。

なんぼでもしゃべれるで!というテンションの、まさに激アツトークが繰り広げられた。
基本的に私は男の人と政治や仕事の話をするのが好きだし、お笑いや漫画(それも少年漫画)も好き。
ありがたいことに和田さんは女子の中でもOKの人だから、ガンガンしゃべれる。

出会った頃・・・13年くらい前?は、ちょっとでもイデオロギー的な話になれば、
思い切り対立して、お互い相手を打ち負かそうと必死になって、ほとんどケンカみたいに終わっていたけど
二人とも丸くなったし、大人になったんやなぁ・・・

今は、私の知的欲求をかなり満たしてくれるので、おしゃべりが本当に楽しい

ちゃんと寝過ごさずに帰れたし、ほどほどのお酒で、いい忘年会だった。
楽しい気分とは裏腹に、なぜか翌朝またうなされたのだが・・・
ストレスないはずやのに、おかしいなぁ。

家飲み忘年会

2011-12-13 23:28:28 | 友達
仕事に追われながらも忘年会が続き、更新を怠っていた。
でも、今日は久しぶりに仕事に「追われてる!」という感じのない日だった。
午後には今日やる分の仕事を終え、夕方は飲み会もなく、5品くらい料理して楽しんだ。

思えば8月半ばからずーっと「追われてる!」感があって・・・。
今もまだ抱えている仕事はあるが、あさってまで時間があるので、気持ち的に余裕だ。
そして、それが終われば年末までゆっくりできそう・・・
やっと美容院にも行けるし、少しずつ大掃除もやっていこうと思う。
そんなことを考えるだけでわくわくする。(というのもどうかと思うが)

さて、日曜日はまた数人友達が集まった。

最初はかどやが1人で来ることになっていた。
なぜか今年はうちで夫も入れて3人で忘年会をしたいというので、たまにはそういうのもいいかなとOKしていた。
その後、前からこうちゃんと飲みたいって言ってたな、と思い出し、こうちゃんも誘ってみたら来れるという。
大人数になるとまた大変なので、今回は他は誘わないでおこう・・・と思っていたら、
たまたまふみこと別件のメールをしていて、何気にこの話をしたら、「私も行っていい?!」と言う。
ふみこもこうちゃんと会おうと言いながらずっと会っていなかったらしい。
(こうちゃん人気高し!)

で、結局そんな珍しい組み合わせの人たちが集まった。
最近、こういうの多いなぁ・・・
もちろん大歓迎!

今回は最初にかどやが「料理は持ち寄りにしよう」と提案してくれていたので、
私も手抜き料理を数品出しただけで済み、とても助かった。

常に作り置きがあるオイルサーディンとカキのオイル漬け。←こればっか!
そして、材料を切るだけでいい「塩ちゃんこ鍋」。
あとは、自分のお昼ごはんに作っていたロールキャベツとブリ大根。
里芋の明太子チーズグラタンとポテト春巻だけは、このために作ったけれど・・・。

みんないろいろ料理を持って来てくれて、ほんま楽やった。
飲み物も、ワインやビールをたっぷり用意してくれ、場所を提供しただけ・・・という感じ。
ほんまにありがたい。
なんか、初めていっぱい料理を食べられた!
いつもあまり食べられないのは、料理に忙しいからというよりは、私は自分の作った物をあまり食べる気になれなくて・・・。
もちろん、人に出しているときの話だけど。
せっかくみんなが食べてくれているのだから、自分で自分が作った物を食べるのはどうも遠慮してしまう。
でも、今回は自分の料理じゃなかったから、どんどん食べられて、いい感じで飲めた。
全部おいしかったし

私の友達は、本当にお酒好きが多い。
ビールもワインもいっぱい空いた。
デザートにはいわさきっちに作ってもらっていたケーキを食べた。

しかし、夫はちょっと女子トークに入っていけず・・・かわいそうだったかな
申し訳なかったと思い、翌朝謝ったが、相変わらず上機嫌だった。
そればかりか、「かおり想いの一級品の友達に感動した!」と言っていた。
(よかった、こういう人で・・・)

たぶん、私は私のままでいいと。
足りないところや欠点はあるけど、それはそれ。
そんなこと、たいしたことじゃない。
気にする必要も不安になる必要もないと。
皆がそう言ってくれるのを見ているからだろうな・・・。

本当にありがたい。
近所ですぐに集まれるのもいいなぁ。
これが地元の良さやね。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎ・・・
10時には解散しようと言っていたのに、結局いつも通りギリギリまで飲んでいた。

1人になってふと思った。
結局こうちゃんの話ほとんど聞いてないな(笑)

ま、いいか。
また来年・・・

そして、翌日も忘年会!
続きはまた。


怒涛の忘年会、スタート!

2011-12-06 21:58:40 | 友達
先週の金曜日は中野と京都の二条城の近くにある「京料理かもめ」へ行った。
なかなか素敵な店構えで、明るくゆったりとしていた。
二階席もあるらしく、思っていたよりも広い。

お料理は4000円のコースにしたが、噂通りコスパいい!

先付けは、生のしらすとかぶら蒸し。
寒い日にはほっこりするね。


前菜はとてもきれい。


お造りはぶりがおいしかった。


鰆のお寿司。
ちょっと酢がきついかな。


焼き物は、鱒かな。
酒が進む味。
添えられた白菜の浅漬けもとてもおいしかった。


海老芋を揚げてあんかけに。
京都らしくていい。結構好き。


この後、食事と水物があって、終了。
これで4000円はなかなかお値打ち!
雰囲気もよかったし。

ただ、日本酒の品揃えに不満。
英薫、八海山、〆張鶴、大信州・・・など、6種類くらいだったかな。
香りが強すぎて和食には合わないものが多い。
たぶん、店主が日本酒を呑まないのでは?
有名銘柄で吟醸や大吟醸ならいいと思っているような・・・

私は断ったけど、「竹の器でいれましょうか?」と聞くのもなぁ・・・
あんまり好きじゃないんだ、竹。
これは好みだけど、何を呑んでも「竹味」になる(笑)
本当に日本酒が好きな人だったら絶対頼まないと思うなぁ・・・

それに、1合が1000円~1400円。
たかっ!

私なら、1合600円でもっと料理を引き立てるお酒を選ぶけど、と思った。(よけいなお世話)

と、そういう不満はあったものの、お料理はおいしかったし、
ゆっくり楽しめたので総合的にはよかった

この後、すぐ近くの全日空ホテルのバーで飲んだ。
ホテルのバーっていい。大好きだ。
ここはライトの使い方が素敵で、イスもゆったりと大きくて、居心地がよかった。

6時半に集合したのに、あっと言う間。
11時半まで5時間もしゃべっていた。

ふと、「私のこと、しゃべりすぎって思ってない?」と聞いたら、中野はウケていた。
「こんなに長い付き合いやのに、今更?(笑)」と。

確かに・・・

四半世紀の付き合いで、今更何を言う?って感じやね。

とりあえず、楽しいひとときを過ごした。
「お昼はおにぎり2個?」と聞くのも忘れなかった。
「その日によって大きさは違うけど」と言われた(笑)

それから、今日は昼間にいわさきっちとゆうちゃんが来た。
ゆうちゃんが子供を連れてくると思ったので、「うちにしよう」と提案したのだが、
ちょうどダンナさんがみてくれるということで、子供が生まれて初めて一人で来た。
久しぶりにゆっくり過ごしてリフレッシュできたようなのでよかった

最近、いつも私の家なので、みんなが気を遣わないようにと、今日は簡単に鍋にした。
せめて具材はいいものを・・・と思ったのだが、仕事が押していて買い物もろくにできなかった。残念。

作り置きの前菜は出した。



左から、自家製オイルサーディン、自家製チャーシュー、自家製カキのオイル漬け。

最近はこの3つにハマっている。
特にオイルサーディンは、びりけんで教わってから、ひたすら作っている。
なんといっても、イワシは安い!

油で煮るのが10分くらいだと骨まで食べられないので、最近は1時間煮ている。
そうすると、骨も全く気にならない。
今日はまだあまり浸かっていなかったのが残念。(昨日の夜中1時に作っていた)
あと2日したら、めっちゃおいしいのに・・・

カキは毎年作る。
これは本当にうまい。
素敵な酒のアテだ。

鍋はちゃんこにして、しめは雑炊。
二人とも「出汁飲み」なので、出汁が異常に早く減った。
でも、喜んでくれたのでよかった。

デザートは、いわさきっちが作ってきてくれたフォンダンショコラ(左のカップ)。
濃厚で口溶けがいい
ケーキはゆうちゃんが京都の「パティスリー・エス」で3種類買ってきてくれて、それをご丁寧に3つに切り分けた。
いろいろ食べられたし、こうやって見ると彩りもきれいだ。



楽しかったが、私が仕事で忙しいということで、5時に解散。
追い出すようで申し訳なかった・・・

さて、まだまだ続く忘年会。
11、12、14、19、22、23と飲みに行く予定。

「今年もありがとう。来年もよろしくね」
そんな気持ちを込めて。


手料理でお誕生日会

2011-09-10 23:49:36 | 友達
昨日はいわさきっちの誕生日会をうちで開いた。
毎年、ゆうちゃんと3人でおいしいものを食べに行くのだけど、
ゆうちゃんがまだ乳飲み子を抱えているので、今回は我が家で。

このメンバーは「おじいさん料理」が好きなので、準備も楽でいい


酒のアテ、前菜4種。
奥は「卯の花いり」、手前は左から、鶏肉とレンコンの甘酢和え、茄子の鍋しぎ、ブロッコリーの胡麻和え。

佐藤けい氏作・焼き締めの長皿に3種を盛り付けたら、かっこよくなった。
新居祝いに母にもらってから全く使わず、いつもは飾っている長皿なのだが、
こうやって料理を盛ると、やっぱり器が生きるなぁと実感。
私にはこの器が、生命力を持ってイキイキと輝いて見えた。

生活の中で使ってこそ、美しい。
そんな「用の美」の心を思い出した。

二人は鶏肉とレンコンの甘酢和えに夢中(笑)
「照りの色がいいわー」「おいしそうやわー」と食べる前から褒めてくれた。


サラダは、お豆腐とひじきの胡麻ダレサラダ。

おいしい絹ごし豆腐の上に、ひじきの生姜煮を乗せ、玉ねぎ、にんじん、オクラを乗せ、
その上からピリ辛の自家製胡麻ダレをかけている。
このハーモニーが最高!
あっという間になくなった。


久しぶりに、厚揚げのいんろう煮を作った。
好きなんだよなぁ・・・これ。
でも、自分の夕食とかに食べるのには面倒であまり作らない。
久しぶりだったのでおいしかった。
ただし、上等のきぬ揚げを使ったため、やわらかすぎて破裂
なんでも上等のものを使えばいいってもんでもないなぁ・・・


今年初めての秋刀魚。
やっぱり秋は、秋刀魚料理を出さないと始まらない。

塩焼きで大根おろしと醤油で食べるというのは、これからいくらでもあると思うので、ちょっと変わった食べ方で。
カレー風味の玉ねぎソースを添えた。
私はこれが結構好きで、毎年必ず1回は作る。
秋刀魚とカレー?!と思うかもしれないが、意外に合うのだ。


和風料理ばかりだと飽きるかもしれないので、いつも1品はクリーム系のものを入れる。
今回はやっぱり秋の味覚、きのこのグラタン。
エリンギ、しめじ、えのき、まいたけの4種類のきのこを使用。
ただし、シンプルに具材はきのこのみ。

そのかわり、ホワイトソースは普段よりコクのあるタイプにした。
いつもはバターと小麦粉と牛乳だけで作るのだが、生クリームをたっぷり入れ、コンソメで味もつけている。
これがシンプルなきのこにマッチ。
チーズもたっぷりで、我ながらとてもおいしかった。

もうお腹いっぱいの雰囲気だったし、デザートもあったので言わなかったが、
実はこの後に揚げ物があった。

ちなみに、ホッケのにんじん衣揚げ。
ホッケフィーレのまわりに小麦粉を卵でといたものをつけ、
さらに、にんじんを細かく切ったものを衣としてまぶして揚げたもの。

にんじんを揚げると甘みが出て、本当においしい。
見た目もちょっと変わってて、珍しいからいいかなーと思ったのだが、またの機会に。

ゆうちゃんがグルニエドールでタルトを買ってきてくれたので、ろうそくも立ててお祝いした。


チョコの誕生日プレートに「いわさきっち」と書いてあって、ウケた

ハッピーバースデイも歌って、火を吹き消して。
これでみんな仲良く40歳。

二人と出会ったのは16、7歳だから、もう24年の付き合いか・・・
ほぼ四半世紀
ようこんな長いこと、友達でいてくれたもんだ

そんなこともかみしめながら、ケーキを食べた。


ショコラのケーキは、いわさきっちが作ってきてくれたもの。
コクはあるけど甘ったるさがなく、デザートにはちょうどいい。
常温でやわらかくすると、生チョコみたい。

どちらもとてもおいしかった

ゆうちゃんが子供をつれてきてくれた。
もう一息で立ち上がりそうだった。
次に会うときは立って歩いてるんだろうなぁ・・・

子供は時間とともに着実に成長していくけれど、40歳の私の成長のなさよ・・・
なんだか最近は「もうダメだな」と思うことが多い。
生活が楽しくないかとか、幸せじゃないかとか、健康に問題があるとか、そういう話ではない。
自分自身の深い話。
ただ、いろんなことが、もうダメだろうな、と感じている。
悲観するわけでもなく、漠然と。

それでも、こういう友達と一緒にいる時間は救いなわけで。

ゆうちゃんが子供をつれてくるようになってから、前よりずっと3人の空気も良くなって(悪かったわけじゃないよ)
穏やかに時が流れて、「幸福」というものが目に見えるような気さえする。
自分が気負わなくていいというか、いつも楽しい。

だから、もう十分に遊んで6時間以上も経って、二人が帰るのを見送るとき、
久しぶりに・・・本当に久しぶりに、「淋しい」と感じた。
1人になるのが怖かった。

二人の車が見えなくなるまで家の前で見送りながら、なんだか懐かしいなぁ、この感じ・・・と他人事みたいに思っていた。
若いときにいつも抱いていた淋しさ。
人と会うと、いつも別れ際、心の中に重い石を詰められたみたいに淋しかった。
あの感じがよみがえってきて、なんだろうなぁと思った。

家に入って、後片付けして、少し仕事を片付けて。
それからまた残り物で日本酒を飲んだ。
夫が帰宅してからも飲んだ。
ちびちびと、3時半まで飲んだ。

淋しい気持ちにアルコールが溶けていくのを感じていた。

恒例の花火大会(という名の飲み会)

2011-07-25 13:49:29 | 友達
土曜日は、毎年恒例となった芦屋花火大会で、あや&としくん夫妻のお宅へお邪魔した。
ベランダから花火がよく見えるので、ここで酒を飲みながら花火を見るのだ。
今年集まったのは、私たち夫婦と、としくんの会社の人たちなど、合わせて8名。
テーブルを囲み、持ち寄った料理やお酒をどんどん空ける。


私は、我が家定番の「茄子の香味煮」を持って行った。
味は美味しいと思うんだが、とにかく私の作る料理は地味である……
同じ茄子料理でも、他の人たちが作ってきたのは見た目も華やかでおしゃれ……

夫に、「かおりの料理って、美味しいけど、おばあさんみたいやな」といわれる始末


こちらのお宅はいつも豪勢な食材が出る。
うちはいつも安上がりの野菜ばっかりなのだが……


↑こちら、M井さんが作って持って来られたのだが、めっちゃ美味しかった!
ワインともよく合って、幸せ


↑夫の両親から大量にジャガイモが届いたので、これまた定番の「バジルチーズコロッケ」を大量生産。
20個持って行って、揚げてもらった。
チーズフォンデュも美味しい~

そのほか、私はこれまた夫の実家から送られてきた冬瓜を煮含めて持って行った。
(画像なし)
うんと冷たくして食べると、夏は爽やかでさっぱりしていておいしい。
味付けは、ほとんどが「出汁」。
あとは醤油とみりんをほんの少し。
こちらも気に入ってもらえて、たくさん食べてくれた。(出汁まで飲み干している人がいた。光栄である)

他もいろいろあったのだが、お酒を飲みながらなので、写真を撮れなかった。残念。

日本酒は、喜楽長の超辛口純米と、黒牛の純米吟醸を持参。
ビールやワインも大量にあり、なんでも飲み放題!
飲んで食べてしゃべって……そんな時間が3時間も続き、8時になってようやく花火が始まった。


↑これくらいの近さで見られる。

皆でベランダへ出て観賞するものの、なんかほとんどしゃべって終わったような・・・
まあ、花火大会を口実にした飲み会という一面もあるので、いいか(笑)

花火が終わってしばらくしたら、急に酔いがまわってきて、その後、ほとんど記憶なし。
後で聞けば、また眠っていたという
最近、歳をとったせいか、飲むと寝てしまう・・・

でも、ほんま楽しかったな。
これで最後まで起きていられたら最高なんやけど。

いつも行く前は、あやのお手伝いもしっかりやって、ある程度片付けて帰ろうとか、いろいろ計画はあるのだが、
まあ100%、うだうだになって終わる。
そして、なんだかしゃべりたいこともしゃべりきれていない感じがして、不完全燃焼。
あやと「もっとしゃべりたいー。さびしいー!来週も会おう~」
「うん、わかったー!来週もねー」と手を取り合って別れたのだが、
翌朝になって、「なんで来週も会う約束したんやっけ?」と全く記憶がない(笑)。

そんな調子でふらふらだったけど、夫がいたので、なんとか家までたどり着いた。
1人だったら確実に「京都」行きである…。

しかし、夏の恒例イベントがあるっていうのは、楽しいもんだ。
集まる人たちもみんないい人ばかりなので、とても心地よく過ごせる。
来年もまたこんな時間を作れたら嬉しい。

女子会ランチ

2011-07-11 23:45:45 | 友達
あやとふみこと、ポンテベッキオにランチに行った。
なかなかリッチな気分で楽しかった。

30階なので、窓からの眺めもいい。



↑アジを使ったパスタ。ミョウガで仕上げてさっぱりと。



↑地鶏をソテーして、夏野菜のソースで。

私は初めて行ったんだけど、お店の雰囲気がいいだけじゃなく、確かにおいしいなぁ。
和食ばっかりなので、たまにこういうものを食べると、新鮮な気持ち。

ワインも1杯飲んで、デザートも食べて、2時間半くらいゆっくり食事した。
いろいろと話を聞いてもらって、楽しかった
やっぱり女子会、いいわー

その後、お茶して、ふみこは帰ったので、あやとエビスバーでビールを2杯飲んで帰ってきた。
夜ご飯も食べて帰りたいくらいだったが(1人でも)、1本だけ仕事が残っていたのでまっすぐ帰った。

たまにはランチもいいもんだ

しかし、やはり髪のパーマは不評。
というか、私自身が髪のことを考えるたびに憂鬱になってしまう。

「かけ直してもらえば?」といわれるが、
実は、「かけ直してください」と美容師さんに言う勇気がないの・・・
ダメなんだ、私。
自意識過剰だから。
何回か頭の中でシミュレーションしてみたけど、やっぱり無理だ。

どこか他の美容院に行って、お金払ってストレートに戻してもらおうかなとか考え中。
でも、お金もないし。

つまんないことで、うじうじしてるなぁ

髪のことが原因ではないと思うが、家に帰ったら急にウツになった。
楽しかったから、1人になってしょぼくれただけかもしれないし、
結構ヘヴィな話をしたからかもしれない。
靴ズレが痛かったからかも。

サラダとキンピラだけ作って食べた。

しじゅうにしてまどう

2011-06-10 12:49:55 | 友達
一昨日は、久しぶりにこうちゃんと飲みに行った。
酒飲み同士が家の近くで飲むとエンドレスになるので怖い。
結局、8時間以上飲んでいて、タクシーで3時前に帰宅。

1軒目でビール2杯と日本酒4杯。
2件目でウイスキー2杯とビール1杯。

8時間という時間にしたら、たいした量でもないのだけど、歳のせいか真夜中まで飲み続けるとキツい。
ずーっとテンションが上がってるからか、翌日はぐったりしている

いつも思うけど、「ブレがない人」っていいなと思う。

私が言う「ブレがない」とは、自分の意思を貫くとか、自己主張するとか、そういう意味ではない。
言い方を変えれば、「自信がある」というのか。

「自信がある」という表現も人によって定義が若干異なる気がするが、
私の定義で言うと、私は「自信のない人」だ。
たまに「自信満々に見える」と言われるけど、それは「私はこうです」という意見をきちんと持っているし、
それを表現する力もあるからそう見えるだけだと思う。
でも、それは「自信」というのとは違うのだ。

本当に「自信がある人」というのは、ブレがない。
たとえば、人と自分を比較しない。
人の意見に左右されない。
人の目や「どう思われるか」を気にしない。
それは別に傍若無人にふるまうというわけではなく、むしろその逆で、
「私!私!」と主張しなくても、静かにじっくりと腰を据えて、人との関係を作っている。
動じない、というのか。

そういう意味で、私は本当に自信がない。
上に書いた人物像の真逆。

「私!」の自己主張はやたらとするし、傍若無人にふるまうくせに、
いつも心の中で人と比較していて、「あの人はいいな」とうらやましがったり、
「私はこういうところが劣ってるんだな」と落ち込んだり、
時には行き過ぎると、「だから私はダメなんだ」と必要以上に自分を責め立てる。
人のちょっとした言動にもすぐびくびくする。
20年も30年も友達関係を築いていても、いまだにちょっとしたことで「もう見捨てられるのでは?」と不安になることすらある。

こうちゃんとももう30年近くも友達をやっているのに、
2月頃、メールして遊ぼうと言ったのに返事が来なかったことを私が少し責めるようにメールしてしまったことがあった。

「正直、あれはちょっとびっくりした」と言われた。

私がそのときの心情を細かく話した。
怒ったとかではなく、まず思ったのが、「きっと前に会ったとき、私は嫌われるようなことをしてしまったんだ」と。
それで、前に会った後のメールを見直したり、酔っ払って傷つけたりしなかったかと、必死に思い返したりしていた。
夜寝るときも、よくこのことを考えた。
そういえば、小学校も中学校も、こうちゃんが東京に行った後も、ずっと追いかけていたのは私だったなと思ったりもした。
そうか、私が追いかけていたから友達関係は成り立っていたけれど、
私が連絡しなければ、この関係はすぐに終わるのだ。
考えてみれば、私という存在は、それくらいのものだよな・・・

最終的にはそんな結論に落ち着いて、しょぼくれていたりもした。

この時期、少し人間関係で落ち込んでいたから、よけいにネガティブになっていたところもある。

そして、今度はこんなことでしょぼしょぼしてる自分って、なんでこんなに暗いんだろうとか、
なんでこんなマイナス思考で、なんでこんなに器が小さいんだろうかと、もう関係ないことまで責めるようになっていた。

それを話すと、こうちゃんは「ちょっと病的やな」と言いつつも、「そんな気持ちにさせてごめんな」と言ってくれた。
そんなことを言わせた自分にまた落ち込んだ。

子供の頃からずっと、自分の存在意義ばかり考えて生きてきた。
生まれてきてよかったのか?
生きていていいのか?
自分の存在は人の役に立てるのか?
自分は生きているだけで人を傷つけてばかりじゃないか?

だから、いつもびくびくしている。
びくびくしているから、それを悟られないように、「私!」を主張したがる。
人との関係を密にしたがる。
いつも誰かに囲まれていないと、自分の存在などすぐに消えてしまいそうで恐ろしかった。

臆病者の代表みたいな人間である。
怖がりの犬みたいなもんで、大きな声で吠える。
いつも虚勢を張って生きている。

自分の友達を見ていると、みんなブレがないな、と感じる。
自信があるということは、人より優れているということではないことを普通に知っている。
人と比較をしない。
自分は自分でいいのだと、特にそれを主張することもないけれど、確かにそういうものを持っている。

私が大きな声で吠えているとき、優しく「そうやなー。わかるけどなぁ」と言ってくれる友達もいれば、
「ふーん、そんなん思わんでいいんちゃうん?」と厳しく言う友達もいる。
優しく言ってくれると、少しホッとする。
厳しく言われると、またそれを取り繕うために必死に声を上げてしまう。
どちらにしろ、後で反省する。

40歳になったって、なーんも変わりゃせん

いろんなことを一生懸命やったり、人にサービスしたり、優しくありたいと思ったり、
きちんと生きようとしたり、仕事を頑張ったり・・・
そういうことは、きっと劇的な「自身の変化」にはつながらないのだとぼんやり思う。
ずっと空回り。

きっと根本的に、何かが違うんだろうな。

静かに自信をもって、ブレることなく生きるには、どうすればいいんだろう。
たぶん「自分を好きになる」ということと繋がっているとはわかるんだけど・・・

こうちゃんと話しているとき、
無理して人や世間に合わせず、自分がいいと思うことをしてたらいいんじゃないのか、という意味のことを言われた。
無理に自分を変えることに何の意味があるのかと。(成長する変化ではなく)
そんなの楽しいか?と。

そうやなーと、またぼんやり思う。

孔子は『論語』の中でこう言った。

「四十而不惑」(しじゅうにしてまどわず)

私はまだ不惑の域には達しない。
自分の生き方に確信もなく、自信もなく、心は迷ってばかりだ。

もう少しなんとかならんのかね。



京都・嵯峨野にて、女子としての生き方を思い出した日。

2011-05-23 18:20:38 | 友達
先週の水曜日は、最近親しくなった「床床。」ちゃんと、京都・嵐山へ。
岩手出身の彼女は、まだ嵐山へ行ったことがないとのこと。
前に一緒に飲みに行ったとき、「大阪は自然が少ないね」と淋しそうだったので、
京都ならではの自然の美を見てもらたいなぁと思って案内した。

私も20代の頃、4年ほど大阪市内に住んでいたことがある。
山の中で育った私は、自分がこんなにも自然を求めていることに改めて気づかされ、この町に戻ってきた。

離れてみないとわからないことって、ある。

待ち合わせの電車で会うと、まるで1泊旅行にでも行くのかと思うような大きなバッグの彼女
何が入っているんだろうかと思ったが、それは後でわかる。

嵐山に着いて歩いていくと、渡月橋が見える。



いつも渡月橋の向こうの山が迫ってくる感じに圧倒される。
そして、なんて美しい名前の橋なんだろうかと一人感動する。

月を渡る橋。

古(いにしえ)の京にしみじみと心を馳せたりする。

でも、渡月橋を渡った辺りは、飲食店やお土産屋が軒を連ね、趣のかけらもない。
いつもここはさっさと歩く。

今回は、常寂光寺と祇王寺を目的にしていたので、天竜寺も素通り。
左手に折れると、竹林に入る。
ここからが本当の嵐山・嵯峨野だ。

天気がよく、暑いくらいだったが、竹林に入ると一気に涼しさを感じる。

「竹って宇宙的じゃない?」と私が聞くと、
「わかる、わかる」と同意。

よかった、わかってもらえて、と思った。
「かぐや姫が出てきてもおかしくないやんね」と言うと、
「うん、うん」と盛り上がる。

岩手にはあまり竹林がないのかな。
「すごい、すごい」と興奮していた。
それだけで、案内してよかったなとホッとした。

それからどんどん歩いて、二尊院も落柿舎も通り越して、いよいよ常寂光寺へ。
急に人が少なくなり、静寂が訪れる。

アラフォーの二人はふうふう言いながら階段を上ったが、一面の青楓を目にして元気に



やわらかい、眩しいほどの緑。
太陽の光が透けるような。

ほうっとした。

かなり高台なので、町が一望できる。



苔の緑もきれいで、「コケってすごいよね」と話していたら、
まさに「苔職人」みたいな人が、庭を手入れしていた。
地面に張り付くようにして、1つ1つ手作業で何か分別している。
いい苔と悪い苔を分けていたのかな?

人も少なく、なぜか小声で話してしまうほど、静か。
図書館みたい。

しっとりした気分で歩いていたら、苔職人のベテランみたいなおじさんが手入れしているところに出会った。
この道何十年かな……
きっと頑固な職人なんだろうな……
なんて考えていたら、おじさんの携帯の着メロが高らかになり始め、
それがこのしっとりとした静かな空気にあまりにも不似合いで、二人で顔を見合わせて苦笑

小さなギャラリーみたいな建物が併設されていて、ちょっと寄ってみたら、
帰りにそこに展示していた絵の写真で作られたカードみたいなのをどっさり手渡された。

「ありがとうございます」といいながらも、
これ、どうしたらいいんだろう、と思う。

せめてポストカードなら使いようもあるのだが、変に大きなサイズ。
まあ、せっかくなのでもらっておいた。

そこからまたテクテク歩いて、祇王寺へ。
私が一番好きなお寺。
気に入ってくれるかなぁと、内心どきどき。

一層静まり返った雰囲気の入口を抜けると、目の前に広がる小さな苔庭。
そして、あふれるほどの新緑。







一瞬で心を奪われる。
言葉をなくす。

美しいものを見ると、どうしていつも胸が痛くなるのかな。

彼女も感動して、「すごい…」とつぶやいている。
手ごたえあり!(笑)

私がなぜ祇王寺が好きかというと、美しいことも風情があることも理由だけど、
このお寺にまつわる背景に心惹かれるのだ。

大学時代に研究していた平安・鎌倉時代の遊女(白拍子・傀儡なども含む)。
そんな遊女たちの物語がこの寺にはある。
平清盛からの寵愛を受けながらも、心変わりにより尼になった悲哀な運命をもった祇王や仏御前が祀られているのだ。

そんな話もして、二人で二周も庭をまわった。

またしっとりしていたら、今度は鶏の狂ったような鳴き声が高らかに響き、また苦笑。
どうも、最後にはコントみたいになるらしい。

ここでも竹や苔の話をして、秋にはこの庭がどんなに美しくなるかも話して、
祇王寺を後にした。

ちょっとうるさいオバサンがいて、それが残念だったが、
それを差し引いても、十分に愉しめた。
何より、とても喜んでもらえて、
「こんなに緑を見たの久しぶり」と言ってくれたので嬉しかった。

その後はお土産屋さんを覗いて、竹のマドラーや京野菜のジャムを買い、
ずいぶん歩いたのでお茶でもしようといって、「よーじや」のカフェに入った。



女子とカフェでお茶するのなんて、久しぶりだなぁと、オッサンみたいなふわふわした気持ちでいた。
私は食べるのが異常に早いので、一瞬で食べてしまい、ちょっと恥ずかしかったけど。

しかし、「よーじや」もしばらく入ったことがなかったが、パワーアップしたなぁ。
昔はカフェなんてなかったのに。
商品もいろいろ増えていた。
若い男の子が団体で入ってきて、自分のためにあぶらとり紙などを買っていたのには驚いたが
今の若い子はオシャレだね…
若い男の子は汗くさくて、脂ぎってるくらいでいいのになぁ、と思う(…のは私だけ?)
むしろ、おっちゃんほど気をつけてほしいよね……

それから、河原町へ出て、最近できたマルイ(阪急の跡地)へ。
私が「足が小さくて靴がないの」というと、
「マルイは小さいサイズも売ってるよ」と教えてくれたのだ。
行ってみると、本当にいっぱいかわいい靴の21.5センチがあって、興奮した。
今度ゆっくり買いに行くつもり。

彼女は、生まれて初めての「日傘」を買っていた。
岩手では持ってる人などいないらしい。
大阪では日傘を差さずに歩くなんて考えられないけど……

そして、最後に食事へ。
京都らしい町家で、京都の食材を使ったお料理をアラカルトで食べられて、
お値段も高くなく、日本酒もあるけど梅酒やワインもそろっているお店…と考えて、
宮川町にある「蜃気楼」にした。
初めて女性を連れていくときに、よく活用しているお店だ。

小上がりの板間で向かい合って、楽しい時間を過ごした。
途中、あの大きなバッグから、「これ…」と渡してくれたものがあってびっくりしたのだが、
なんと、私の好きな「よえもん」という岩手のお酒だった

こんな重いものをずっと持ち歩いていたのかと思うと申し訳なくて。
でも、GWに岩手に帰ったときに、私が「岩手のお酒だったらよえもんが好き」と言っていたのを覚えていて、
一生懸命探してくれたらしい。
結局、見つからず、売っているお店を探し、お店の近くに住んでいる妹さんに送ってもらったのだとか。

なんと・・・・!!

その気持ちが嬉しくて、じんわりした

それから、岩手で先生をやっていたときに作っていたという手作りの「国語通信」のファイルも見せてもらった。
ちらっとみたら面白そうだったので、借りることにした。
(毎日少しずつ読んでいるのだが、かなり面白い)

大阪の人はソースが好きだとか、
「面白くない」と言われると一番ショックを受けるとか、
キムタクはかっこいいけど、「シュッとしてる」という表現は違うとか、
「ネギ」といえば青ネギのことだとか、
おにぎりに巻くのは味付け海苔だとか、
大阪人の習性をいろいろ伝授してあげた。
岩手の話もいっぱい聞いて、東北の友達ができたのなんて初めてだから、すごく楽しかった。

いっぱいおしゃべりして、夜遅くに帰宅。

全部よかったなぁと一日を振り返る。

そして、久しぶりに女子みたいなことして遊んだということに興奮していた。
最近、酒のイベントか飲み会か、もう80%くらいオッサン化が進んでいたが、

「なんや、私、まだ女子でいけるやん!!

と自信をもった。

雑貨や靴を見たり、カフェでお茶したり……
なんかそういう女子っぽいことが、めっちゃ楽しかったのだ!

「女子や…、やっぱり女子や…」と(女子って年でもないのに)ずっと家でひとりごちていた。
うれしすぎて、帰ってからビールをあけた。

夜中に夫が帰宅して、一日あったことを全部話したようだが、全く覚えていない
翌朝、「昨日楽しかった~私、まだまだ女子やわ~」と夫に言うと、

「昨日、聞いた

と相手にされず……

でも、オッサン化をこのへんでくい止めようと誓った。

まあ、とにかく楽しくて、新たな自分も発見できた新緑の京都旅だった

藤蔭春を

2011-05-17 22:06:50 | 友達
日曜日は高校の同窓祭だった。
今年は創立100周年。
伝統のある高校を母校にもてたことをうれしく思う。

高校時代というのは、いつ思い出してもせつない。
なぜだろう。

映画のワンシーンみたいに、いろんな場面がよみがえる。
でも、それはいつもあの校舎があったからだ。

あの風情ある美しい校舎。
歴史が刻まれた、人々の想いがリアルに薫り立つような。

木造の廊下、むき出しの蛍光灯、ピン館の汗ばむ狭い教室、階段の踊り場の鏡。
底が抜けそうな旧体育館、部室前にあった丸い水道の水しぶき、
休み時間になると食堂まで走り抜けたささやきの小道。
みんなで押したら動いたという伝説まであった頼りない五号館の校舎。
ゆうちゃんと授業をサボりたおして、青い空を見つめていた校舎の屋根の上。

今はもう建て直され、その面影もほとんどない。
授業を抜け出して飛び越えて後ろから先生に追いかけられた、あの塀だけは同じように残っていたけれど。

自分の存在意義と、孤独からの脱却を求めて、
ただひたすらもがいていた高校時代。

あの時があったから、今があるのだと、素直に思えるまでどれくらいかかっただろう。
今でも劣等感だらけの自分にたやすく戻れるが。

そんな思い出深い高校の同窓祭に、今年もいわさきっちのお菓子のお店「キャラメル・ポンム」を出店した。
今年で2年目。





私と夫(家族は参加できる)、ゆうちゃん、そしてOくんが売り子でお手伝い。

最初は人が少なくてどうなるかと心配したが、お昼近くなって人も増え、ケーキもクッキーも飛ぶように売れた。

そして、2時20分。
撤収時間をずいぶん前にして、300個が完売

私が偉そうに言うのもおこがましいが、
この2年くらいの間にいわさきっちのお菓子はグッとレベルが上がったと思う。
ただただ旨い。

だから、売り子としては、友達だからというわけでなく、本当に心から商品に自信をもって売ることができる。
Oくんのすばらしい営業トークのおかげもあって、売れに売れ、大成功。

去年買っていただいたファンの熱い想いもあり、続けることの大切さも感じた。
できればまたやりたい。
(まあ、いわさきっちしだいではあるが)

懐かしい同級生の顔も何人か見ることができ、楽しい1日だった。
ゆうちゃんの赤ちゃんも、相変わらず可愛くて、足を触っているだけで幸せになった。
(足フェチ)

膝の上にお肉のついた丸々とした赤ちゃんの足を見て、
夫が「かおりと同じやな」と言っていたけれど

楽しくさわやかな五月の1日だった


大切な人の、大切なもの。

2011-03-28 00:26:00 | 友達
いわさきっちと一緒に、ゆうちゃんの家へ行った。

3ヶ月を過ぎた、ゆうちゃんの赤ちゃん……。
産まれたとき、病院に見に行って、それ以来。

写メを送ってもらって、いつも眺めていたけれど、本物はもっと可愛かった。

愛くるしい笑顔。
ふわふわのほっぺや手足。
そして、澄んだ瞳。

「目に濁りがない!!」と感動した。
本当にキラキラと輝いているのだ。
どこまでも澄んだ黒い瞳で私をじっと見つめる。

そうか……
赤ん坊って、まっさらなんだ……と実感。
本当に、まっさら。

いわさきっちと二人、興奮していじりまわした(笑)

子供は希望だなぁ、世界の宝だなぁ……
この瞳を見ていたら、自然とそう思える。

産後の容態があまりよくなかったゆうちゃんだが、栄養分を吸い取られてやつれながらも、母乳をしっかりあげていた。

でも、ゆうちゃんは、ゆうちゃんだった。
そのことに安心した。
子供を産むと何か変わってしまうんじゃないかと、少し不安だったのだけれど。

幸せな友の姿を見ると、私も嬉しい。

相変わらず、飼い犬のくぅちゃんは私を見ただけでおびえ、ガタガタと震え、吠えまくっていたけれど
やっぱり何かとり憑いてるのか……私。

幸せな気持ちでゆうちゃんちを出て、いわさきっちとご飯を食べに行った。
電車の中で、いわさきっちが、
「私は特に子供好きじゃないのに、ゆうちゃんの赤ちゃんは、心の底から可愛い!って思った……」
と少し恥ずかしそうに言った。

そうなんだよなぁ……
友達の子供って、なんであんなに可愛いのか。

きっと、大切な人の、大切なものだからなんだろう。

あの瞳のまま、まっすぐ素直に、健やかに育ってほしいと、心から願った

「孫はかわいい」の意味がよくわかる。
人の子供でも、なんとなく、自分の人生に一つ楽しみが増えたような気さえするのだ。
これからどんなふうに育っていくんだろうって。

また会いに行こう

コミュニティ構想と自分の味方

2011-02-16 23:35:56 | 友達
最近、なかなか日記を書く時間もないので、少し前の話になるが、
先週、中野と京都にゴハンを食べに行った。

いつも中野と行くときは、京都のおいしいお店を紹介してもらうのだけど、
今回は私がずっと行きたいと思っていたお店へ。
とにかくお魚料理がおいしいとのこと。

評判通り、お料理はとてもおいしかった。

中でも来た人が必ず注文するというのが、このお造り盛り合わせ。



仕入れによって内容は変わる。時価。

この日は、太刀魚のあぶり、金目鯛、真鯛、鯖の「昨日しめたもの」「今日しめたもの」
たこ、アジ、まぐろの子供(?)、あと……鰆の生とあぶりかな?

とりあえず9種類の盛り合わせ(写真は2人前)。

これが店の売りの一つというだけあって、どれも抜群に旨い。
鯖は今日しめたものより、昨日しめたというものの方が圧倒的に旨かった。
こういう比べ方ができるのも面白い。

他にも雲子と九条葱の醤油焼きや、本日の白身魚と九条葱のコロッケとか、
春野菜の天ぷらとか、最後はパスタまでいろいろ食べたのだけど、
もう一つ特筆すべきは、焼き物。

のどぐろ、片身焼き。



写真で見ると、死んだ鳥みたい
炭火でじっくり焼いていて、中身がすごくしっとりしていておいしい。

とりあえず、すべての料理が旨かった

日本酒もいろいろ置いてあったのだけど、
これにはやや不満……。

とにかく高い!!

うーん……、やっぱりもとの値段を知ってるしなぁ。
1升で3000円台のお酒を、1合あるかないかの量で1000円とかとられると、
やっぱり「うーん」と思ってしまう

商売だから仕方ないけど、
もっとこだわった日本酒を良心的な価格で提供してくれるお店もいっぱいあるので。

お店は、暖簾も看板も出していなくて、一見では入りにくい。
中は洗練されていてきれいだけど、いかにも京都と言う感じでもなく、わりとラフ。
カウンターと、テーブルが2つ。
奥に個室っぽいのもあったかな。

店主は職人気質っぽい人で、丁寧にしっかり仕事をするタイプ。
まだ若い感じ。

しっかり食べて、4杯ずつ飲んで、一人1万円いかなかった。
まあ、妥当な値段かなと思うし、おいしかったんだけど、ちょっとだけ不満。

不満の理由は、たぶんやけど、料理の値段がわからないこと。
その日仕入れたお魚でお造り盛り合わせをしてくれるお店は他にもいろいろ知ってるけど、先に値段ありきなのだ。
例えば、2人前3300円とか。
最初から値段は設定されていて、その中で今日のお造りが出る。

焼き物も時価だから仕方ないとして、他の料理はどうなんだろう。
メニューにある料理はやはり値段を明記するべきじゃないだろうか?
そんなふうに思うほうが野暮?

それと、もう一つは、お店が楽しくないんだなぁ……
別にパフォーマンスを求めているわけではないけど、
例えば中野が「パスタだったら、どのお酒が合いますか?」と尋ねても、
「うーん、パスタだったら、どれでも合いますけどね」という。

・・・そんなわけないやろ!

結構、日本酒をそろえているから、日本酒にこだわってるのかなと思ったんだけど、
そういうことでもないのかなぁ……
なんか不思議……

たぶんやけど、そんなに悪い店主じゃない。
あんな誠実な調理をする人が絶対悪い人のはずがない。
だから、不器用なのかなとも思う。それはいい。
でも、プロであれば、仕事において、やはり不器用だから……では済まされないと思うのだ。

もう1軒、めちゃくちゃおいしいのに、楽しくないお店があって、
そこも2回行ったけど、たぶんもう行かないと思う。

ここはどうだろう。
京都でおいしいお魚が食べたいといわれたら、連れて行くかもしれないけど、
悩むところだなぁ。
そのとき考えよう。

ただこの日、おいしい料理とお酒を堪能しながら、中野としゃべっている時間は楽しかった

最近友達の間で出る「コミュニティ構想」。
この日もその話をしていた。
政治も年金も福祉も信じられない。子供もいない。
そんな中、これから親も亡くなった後、頼れるのは親友だけだ。
もちろん夫はいるけど、どちらかが病気になったり、いろいろ大変なことがあるかもしれない。
でも、私には絶対的に信頼できる親友がいる。
そういう信頼できる人達が集まって、一つのコミュニティを作り、
助け合いながら生きていけば、老後もきっと楽しい。

私は誰とでも仲良くすることや、うわべだけの付き合いが苦手で、
自分が本当に好きな人とだけしか、それも本気でしか付き合わないのだけど、
この歳になって、そういう付き合いをしてきて本当によかったなと思う。

もし私に何かあったら「家も近いし、必ずできるだけのことはするから」と、
中野は言った。「それはもうずっとそう思ってるから」と。
そして、もちろん私も中野に対してそう思っている。

そういう関係って、やっぱりいいなと思った。
嬉しかった。

人生で、お金はためられなかったけど、
親友は何人かできた。
そのことが、自分の誇りでもある。

生きていれば悩みもあるし、しんどい日もある。
だけど、仲間とこうやって楽しく飲める時間があるからこそ、
毎日を乗り越えられるんだと思う。

ただ、友達にも友達の生活があるから、いつも自分の都合で会えるわけじゃない。
だから、何か一つでいいから、自分の絶対的な味方をもっているといいなと思った。

例えば夫は、この勤労日本の中でも最もよく働く人の一人だと思うが、
真夜中に帰って来ても、たまにギターを鳴らす。
音楽は、10代からずっと彼の味方なんだろう。

ある人は絵を描き、ある人はお菓子を作る。
ある人は本を読み、ある人は舞台を見る。
ある人は料理をし、ある人は子供を抱きしめる。

私はこうやって、書く。
仕事とは違うものを書く。つらつらと。
これも、私の味方。

いびつに生きる自分には、こういう味方がないと、ちょっと辛いよね


小さな手の中にあるもの

2010-12-10 19:28:15 | 友達
高校時代からの親友であるゆうちゃんが、8日に女の子を産んだ。

メールを見た瞬間、嬉しくて涙が出た。
人生には、まだこんなに人のことで喜べることがあったのか、と思った。
興奮が止まなかった。

月曜日まで入院しているというので、ガマンできずに今日、病院まで見に行ってきた。
仕事もヒマだったのでよかった。

病室に入ると、ゆうちゃんとお母さんがいて、挨拶もそこそこに赤ちゃんと初対面!!

可愛い~

ちっちゃーい

おそるおそる抱っこさせてもらうと、思ったより軽かった。
時々目を開けて、見えているのかいないのか、私のことをじっと見つめる。

可愛い~

もう「孫」の気分やね、これは。

ゆうちゃんも元気そうで安心した。
出産時の恐ろしい話は「言わないで!」と拒否し、
堂島ロールをご馳走になりながら、1時間半くらいおしゃべりした。

その間にも、母乳をあげたり、検診があったり、オムツを替えたり・・・
子供を育てるって、やっぱり大変だなぁ。

今日、ゆうちゃんに会うまで少しドキドキしていた。
子供を産んで、変わってしまったんじゃないだろうかと。
別世界の人みたいになってたら嫌だなぁと。

「ママでちゅよぉ~」みたいになってたら、どうしようかと(笑)

でも、いつものゆうちゃんだった。
どちらかというと、ドライに淡々と、「まだ慣れへんねん」と言いながら世話をしていた。
人前だから、かもしれないけどね。

とにかく、よかった!!
本当によかった!!おめでとう!!
もうそれだけだ。

赤ちゃんは小さなしわしわの手を、ぎゅっと握り締めていた。
あの中には、たくさんの希望や夢が詰まっているんだって聞いたことがある。
赤ちゃんはそれを握り締めてこの世に生まれ、
一旦手の中から飛び出した希望や夢を、またその手に戻そうとして生きていくのだと。

ゆうちゃんの赤ちゃん、
どうか元気で、優しい子に。
そして、夢や希望をしっかり自分の手の中にできるような、そんな人に育ってね

郵便受けに届いた一通の手紙

2010-11-09 16:30:57 | 友達
世の流れもあるけれど、文章を書くということを生業にしているためか、
いつからかパソコンでないと長文が書けなくなってしまった。
メールではなく郵送する手紙の時も、ほぼ100%手書きは無理で・・・

最近は私だけでなく、友達から手紙が来るなんてこともなくなり、特にその必要性も感じていなかった。
メールですぐにやりとりできるし・・・

でも、思い返してみれば、小・中・高とは学校で会う友達と毎日手紙のやりとりをしていたし、
学校を卒業してからも、自宅にはよく手紙が届いた。
私の友達は、あまり筆不精という人は居らず、皆手紙を書くことが苦にならないようだった。

さすがに学校時代の手紙は捨ててしまったけれど(それでも結婚するまで持っていた)
大人になってからの手紙はいくつかまだ大切にしまってある。
小さめのダンボールに1杯程度。

*    *    *    *

今日、郵便受けを覗いたら、私宛の手紙が一通届いていた。
高校時代に一緒に男バレのマネージャーをやっていた、みいこから。

みいことは今年の夏、10年ぶりに再会を果たし、
その盛り上がりついでに、男バレ部員とも2度集まって、ミニ同窓会をした。

彼らはまだバレーを続けていて、その大会が先月末にあった。
私は法事でいけなかったのだが、みいこは応援しに行って来て、
手紙にはその詳細が綴られてあった。もちろん、手書きだ。

小さな紙だが6枚にも渡る長編で、私はなんだかそのことにまず感激してしまった。
子供を3人も抱えて、仕事もバリバリ主任でやって、議員の夫を支えて、
毎日の生活だけで大変だろうに、手紙を書くという労力に恐れ入った。

まず、そのことに感激して、次に「手紙を読む」という行為そのものに、なんだか不思議な感動を得た。

1枚ずつ手紙を読み進める。
懐かしい字。
推敲なんてしないから、感情のまま。話も前後する。
でも、想いがダイレクトに伝わってくる。

読みながら、あと残り何枚かが気になって、
いつまでも終わってほしくないと思っている自分に気付いた。
まるで、面白い小説を読んでいる時みたいに。

そういえば、昔はいつも言っていたっけ。
「私は、もらうのは長い手紙が好き」だと。
だからいつも分厚い封筒が届くと嬉しくて仕方がなかった。
そんなことも思い出した。

そして、読み終えてたたんだとき、
量的には2、3分で終わるようなものなのに、
本を1冊読んだ後と同じような読後感をもっていることにも気がついた。

手紙って・・・

すごい!!

自分が手紙を書くこともなく、もらうこともなかった昨今、
久しぶりに手紙の感動を味わった。

この感動は、内容の濃さ、重さとは関係ないのだ。
だって、これがメールだったら、全然違う。こんな感動はないと思う。

一人ひとりがもつ、個性的な字。
1枚ずつめくっていく感覚。
それから、こうして労力を費やして書いてくれたんだ、という想いもあって、
たった1通の手紙がものすごくドラマチックなほどに感動を与えてくれた。

アナログの良さって、やっぱりあるなぁ・・・

これからは私もたまには手書きで手紙を書いてみようと思った。
最近、おじいちゃんに送るときも、パソコンで打ってたけど、頑張って手書きにしてみよう。

友達にも、久しぶりに手紙を書きたいな・・・

手始めに、みいこへの返事はメールじゃなく、パソコンで書くのでもなく、
手書きにして郵送してみようと、そう思った。