明日元気になれ。―part2

毎日いろいろあるけれど、とりあえずご飯と酒がおいしけりゃ、
明日もなんとかなるんじゃないか?

いい人、いい仕事、いい気分。

2012-01-30 13:36:27 | 仕事
土曜日は、講演会の取材だった。
府が運営している施設で、地域住民へ向けてのイベント。
講演された方は建築関係の、そこそこ有名な女性・・・
基調講演の後、他ゲスト3名を招いてパネルディスカッションも行われた。
私の仕事は、そのイベントの内容をまとめて、4ページのパンフのようなものを制作すること。

12時に集合し、その仕事をまわしてくれたデザイナーのYさんと、カメラマンの方と、クライアントとで打合せ。
集合時間を聞いたとき、私の頭をよぎったのは、
「お昼ご飯、食べられるのかな・・・」だった。

家を出るのが11時。
取材が終わるのが4時半。

4時間置きにお腹が減る乳児的胃腸サイクルの私には、ちょっと耐えられない。
腹ヘリ恐怖症で、お腹の音も大きいので、これは対策をしておかねば!と、10時半頃にお米1合くらいの大きなオムライスを作って食べてから家を出た。

ところが、打合せは12時半過ぎに終了。
講演会は2時からということで、時間ができた。

Yさんはもともとそのつもりだったようで、「すぐ近くに評判のカレー屋があるんですけど、どうですか?」と聞いてきた。

10時半にビッグオムライスの後、12時半にカレー!!
カロリーがハンパない!

しかし、評判のインドカレーも気になったし、「オムライス食べてきた」とも言えないので、お供することに。
カメラマンと3人でカレーを食べた。
(残念ながら、このカレーは私の好みではなかった)

まあ、朝昼は底なしだし、カレーは別腹なので、ペロッと完食
とりあえず、お腹が鳴ることもないだろうし、腹ヘリ恐怖から解放されて、ホッと一安心。
取材がんばるぞー!と力も湧いた。

さて、このYさんとは2年ぶりの再会。
2年前に一度、チラシ&ポスターの仕事を一緒にやった。
しかし、その間にYさんは2つもライターを探していた制作会社に私を紹介してくれ、そのおかげで昨年は大きなメーカー相手の仕事もいろいろできた。
だから、Yさんには本当に感謝している。
今回、一緒にお仕事できることがとてもうれしかった。

最近、仕事の若い営業さんに振り回され、ジェネレーションギャップに脅かされ、人間関係でストレスがたまることが多かったが、久しぶりに楽しい時間を過ごせた。
このYさんがめちゃくちゃいい人なのだ。(40代後半くらいのおじさんです)
見た目は、有山じゅんじみたい(わかりづらい例え・・・)
経歴を聞いたら、これがまた面白くて。
若い頃はワインバーや喫茶店のマスターをやっていたり。

「2年くらいハウスマヌカンやってたこともある」とも言っていた。
ハウスマヌカンって久しぶりに聞いたな・・・と思った(死語か?)
(後で夫に「ハウスマヌカンってわかる?」と聞いたらわからなかった。
洋服屋で働いている・・・と説明したら、「ショップ店員のこと?」と言われた。
ジェネレーションギャップ!!

また、私と同じく、半アル中で・・・
私が日本酒が好きで・・・と話したら、
「僕は、発泡酒におぼれてるから」と言われた。

発泡酒におぼれてる!!

衝撃の一言だった。
こういう人、めっちゃ好きやねんなー。
なんか話しているだけで面白くて、私はずっと笑い転げていた。

カメラマンの方もジャズ好きで、感じがよくて。
何か大きな賞もとられたとのこと。
実力もあるんだなーと感動した。

さらに、講演会が始まる頃になって、Yさんの事務所スタッフでイラストを担当しているSさんが登場。
小さくて可愛らしく、人なつこい女性で、またすごく好感がもてた。
会ったばかりの私に、「事務所に遊びに来てくださいよぉー」と誘ってくれる。
「汚いから、あかん」とYさんがたしなめても、「えー、来てくださいよー」と言うような、可愛らしい人

さらに、さらに、講演会の施設のスタッフの中に知り合いがいた!
府の職員なので、異動があってここで働いているようなのだが、
私が4年ほど前にやっていた府の関連の仕事のときにお世話になっていた女性。
私のことを覚えていてくれて、「お会いできてうれしいですー」と笑顔で話しかけてくれた。
(この人がまためっちゃ笑顔がよくて可愛い)

新しい人ばかりとの仕事だったけど、出会う人がみんないい人で、すごく気持ちよく仕事ができた。
Yさんがいい人だから、周りにいい人が集まってくるんだろうな、と思った。
そのオーラを感じて、「いいオーラ充電!」とばかりにいっぱい吸い込ませてもらった。

肝心の講演会も、思っていた以上に面白い内容だったし、うまく書けそう。
最初に出した見積りを2万円も値切られて、ちょっと気落ちしていた仕事だったけど、お金以上の収穫があった。

帰りにYさんが言った。
「請求書はうちを通さないで、別々にクライアントに出して」と。

なんでかな、と思っていたらこう言った。
「そうしたら、これからライターが欲しいとき、直で話が来ると思うし。そのほうがいいでしょ?」

・・・な、なんちゅう、ええ人なんや!

普通、ライターを囲って、自分のところでマージン取るよ・・・
そういえば、以前紹介してくれた2つの制作会社も、Yさんはまったくノータッチ。
何の得もないのに、ただ、私を紹介してくれただけだった。
そして、「うまくいってる?」とだけ心配してくれる。
最初にも書いたが、2年前にたった一度仕事をしただけの関係の人だよ!!

発泡酒におぼれていようが何だろうが、本当に素晴らしい人だと感動した。
私もちゃんと周りに恩返ししていかないとな・・・

取材が終わった後、夫とゴハンを食べに行った。
土曜だが出社していて、取材場所が夫の会社の近くだったのだ。

会うと、私が興奮して、ニコニコしているので、夫は驚いていた。
こんな取材で、こんな人たちで、こんなこと言ってくれて・・・と話すと、夫も「いい人やなぁ」と感動してくれた。

夫の連れて行ってくれたお店(会社のすぐそば)もいいお店だった。
日本酒のラインナップもいい。(日本酒ブログに詳しく書きます)

4日ぶりのお酒で、いいオーラをいっぱいもらって、幸せ気分
いろいろうまくいかないこともあるけど、頑張ろうと気合が入った。

歩く日々

2012-01-18 14:46:13 | 仕事
今日は朝から好きなタイプの仕事依頼が来たのでゴキゲンである
それも、また一緒に仕事したいなーと思っていたデザイン事務所からだった!

ここは、前に一緒に組んで仕事をさせてもらったときのチラシ&ポスターの仕上がりがよかった。
最近、自分の書いたもの、創ったものを読み返そうという気持ちにならないことが多かったが、
これは何回も眺めたし、「いい出来だなー」と思ったのだ。

理由はもうはっきりしていて、そのデザイナーさんのディレクションがよかったからだ。
速い、わかりやすい、上手い。
ライターとしては、本当に仕事がやりやすかった。
ストレスフリー!

また、某企業の50周年記念誌の仕事も、最近ちょっと関わらせてもらっていて、これが面白い。
やっぱり「ストーリー」のあるものを書くのって、格別だ。
今は取材をざっくり文章におこしたものをリライトしているだけなのだが、それでも夢中になってしまう。

私は、人の生き様、人の想いを書きたくて、
それで長々とライターをやってるんだよなぁ、としみじみ思う。
広告コピーを書くのも慣れてきたけど・・・
でも、頭かかえて言葉を生み出す感覚が、やっぱり好きにはなれない。
正解が見つからないから、それがすごいストレスになる。

そういうとき、いいディレクターさんがいて、私の出したものに対して
「いい!正解!」という意味のことを言ってくれると、ホッとするし楽になる。
本当は人の「正解!」なんてなくても、自分を信じなければならないのだが。

そういえばこの間、このブログのアクセス解析をしていて、閲覧数の多いページを見ていたら、

毎日が、「自分を信じる」というギャンブル。

というタイトルのページがあって、気になったので読み返してみた。
書いたのは2008年だった。

その中に、こんな文章があった。

「文章を書く」なんて、ものすごく不安定なものを仕事にしていると、
自分を信頼していない限り、すぐに崩れ落ちていく。

何もないところに、自分の「心」に描いたことを
カタチにするという、なんともあやふやな作業。
こんなものを商売にしようとしたこと自体がギャンブルだ。


自分で書いたものだけど、なるほどなー、なんて妙に感心してしまった(笑)
「フリーだから仕事が安定していない」とかそれ以前の問題で、ライターという仕事自体がギャンブルなのだ。

自分を、自分の書くものを、信じていないと、やっていられない。

そうだとしたら、やっぱり自分の好きなものを書いていかないと、ギャンブルには勝てないんだな、と思った。

最近、外を歩くのが気持ちいい。
風は冷たいけれど、歩いていると頭が冴え、冷静になって、気持ちがまとまっていくのがよくわかる。
そういえば、昔も考え事をしたいときは外をひたすら歩いていた。
どんどん歩いて、どんどん考えて。
気がついたら頭のひきだしがきちんと整理されていた。

今は、いろんなことが吹っ切れて、自分には珍しく、大らかで楽観的な気持ちでいる

「消えていく人」になるのはイヤだ。

2012-01-05 16:42:35 | 仕事
さっき、父親が届け物を持って来てくれた。(ケーキとパンのおすそわけなど)
外は寒いし、暇だし、「あがってコーヒーでも飲んでいく?」と言うと、喜んで上がってくれた。

たわいもない話をして、20分くらいして帰ったが、
帰る前に「今日は仕事ないんか?」と聞かれた。

ない。

年末30日まで働いていたこともあるし、今日はまだ休み。
本格的に仕事を始めるのは来週からになる。
それに、1月は基本的に暇な月なのだ。

そう言うと、
「しかし、かおりの仕事は『待ち』じゃあかんのちゃうか?」と言う。

まあ、そやけど・・・

戸惑う私に父親は言った。

「テレビに出てる人でも、呼ばれなくなったら終わりやからな」

え・・・?売れない芸人扱い?

「ほら、一時期もてはやされても消えていく人がおるやろ?」

「う、うん・・・

「ああならんように、待ってないで取りに行かないとあかんのちゃうか?」

そんな激励を残して、帰って行った。

あ、ありがと・・・おとん

15年、とりあえず消えずに残ってます。。。

*   *   *   *   *

昨日も書いたけど、今年は目標をしっかり実現したいと思っている。
もう仕事は「待つ」のも「取りに行く」のもイヤなのだ。
仕事は自分で作りたい。

今はレギュラーの仕事がいくつかあって、それだけでも人並みには暮らしていける。
しかし、そこに頼りすぎると失くしたときのダメージが大きいことを知っている。
一度経験があるだけに、失くすときの恐怖がいつも絶えない。
だから、常に新規開拓して取引先を増やせば精神的にラクになるかと思ったが、関わる人が多すぎて逆にしんどい。
あっちを立てればこっちがおろそかになり、こっちを受ければあっちに迷惑がかかる。

単発仕事を増やすことも考えてみたが、それはあまりにも不安定すぎる。
昨年は大企業の仕事にもいくつか関わらせてもらったが、それはそれでエンドユーザーから遠く、間に人が入りすぎてもどかしい。
基本的に仕事は好きなので、やっているときは何だって楽しいのだが、終わるとなぜかいつも何かむなしさを感じる。
「私がやりたかったのって、これだったのかなぁ・・・」と。
実は、仕上がりもあまり見たくない。
昔は自分の書くものが大好きだったのに。

とにかく、吉と出るか凶と出るかはわからないけれど、根本的に「変える」ことが必要なのだと思う。
昨年もそれはわかっていたのだけど、結局、怠惰と勇気のなさから、何もできずに終わってしまった
この二の舞にならないよう、「今年こそ!」という気持ちでいる。
動き始めれば、どんどん進んでいきそうなイメージもある。
2月・3月はいろいろ仕事が入っていて忙しくなると思うので、この1月にその基盤固めに着手できればいいかなと思っている。

昔みたいに攻めの気持ちが強くなるといいのだが・・・
年々保守的になるのは歳のせいか、怠惰のせいか。
まずは精神修業から始めないとダメかも?!

少しだけ距離が縮まったと感じた日

2011-12-09 22:06:26 | 仕事
今日は夕方、某企業の社長取材だった。
社内報の掲載記事なのだが、もう2年近く取材させてもらっている。

最初はどう接していいのかわからない社長さんで、正直困っていた。
取材の日は憂鬱になることもあった。
私のほうを一切見ようとしないので、「嫌われているのかな」と思ったこともあった。

これまで多くの社長や会長と呼ばれる人と接してきたけれど、
なんだかちょっとタイプが異なり、話題も見つからず、自分の出方もよくわからないまま何ヶ月も経った。
取材後はだいたい自分の無能さに落ち込んだ。

そんなとき、いつも助けてくれたのが、編集の女性だった。
よく取材に同行してくれ、盛り上げ役を買って出てくれ、楽しい場を作ってくれた。
私がその社長を苦手としているのに気づくと、
「私はあの社長好きやで。すごい照れ屋やと思うねん」と言って、イメージを変えてくれた。
あの言葉は本当にありがたく、社長の言動を「あ、これは照れてやってるのかな」と思えるようになった。
そう思ったら、「嫌われてる」とか「無能と思われてる」とか、変にマイナスにとらえなくなり、
取材後も落ち込むことがなくなった。

そして、最近になって、ようやく社長のほうでも私に慣れてくれたように思う。
前回の同行は編集の女性ではなく、その上司の方で、社長といろいろ話が盛り上がっていたのだけど、
話が記事の内容になると、社長は私が原稿を書いていることはわかってくれているようで、
ちゃんと私のほうを向いて、「こういうふうに書いて」と言ってくれたのだ。
2年やってきて、初めて自分がこの記事に関して役に立っていると思うことができた。

今日も追加取材だったのだけど、記事の話になれば私に向かって「ここはこうして」と言ってくれる。
いったん目を見て話してくれるようになると、記事とは関係ない話でも、私に向かって話してくれた。
今日はカジノの話をいっぱいしてくれ、帰り際、「他のネタもあるで。今度はまたそれするわ」と言ってくれた。
ちょっとだけ、距離が近くなった気がして嬉しかった。

よかったなぁ・・・と、ちょっとほっこりしながら家路を辿る。
今日こうしてうまく取材ができたのは、
私が早く馴染めるようにといろいろアピールしてくれて、
いつも場を楽しく盛り上げてくれた編集の方のおかげだな、と改めて思った。
心から感謝

私は本当に人に恵まれている。

前回書いたハッタリの話じゃないけど、私は専門分野を持たない「何でも屋」の部類に入るライターだから、
いろんなことを勉強していかないといけない。
大変ではあるが、逆に言えば、いろんな世界を垣間見ることができるし、いろんな業界の人にも出会える。
そして、自分の知識を広げることもできる。
ライターって、いい職業だなぁとつくづく思う。

高校時代はさんざん遊んで、1年浪人して大学行って。
就職活動も一切せずに、卒業したら1年、塾の講師やりながらぷらぷらしていて。
毎日、ラムやウイスキーをあおって

ようやく働き始めたのが24歳の終わりくらいだったか?
名刺屋に飛び込んで、「フリーライター」の肩書きの名刺を作ってもらった。
あれからもう16年か・・・

一番最初の仕事は、小学ポピーの国語の問題集を作ることだった(笑)
全然ライターじゃないし・・・
でも、この仕事は教科書改正(4年に1度)のときに、1年半~2年くらいかけてやるんだが、
なんやかんやで10年のうちに3回(つまり6年近く!)やったな。
月に10万くらいになったから、辞めるに辞められなかった。

一番最初にやったので、もう少しライターらしいのは、「まっぷるマガジン」の京都の取材記事だったなぁ。
店探しからアポとりまで自分でやって、カメラもやって、記事も書いて・・・
「るるぶ」もやったけど、めっちゃ安くて(笑)

25歳の夏の終わりに、なぜか突然、「このままじゃ堕落する!」と思い、
初めて「とらばーゆ」を買いに行って、そこに掲載されていた社内報の制作会社の面接と試験を受けて、
「正社員」の募集を「会社勤めは無理!!」というとんでもないワガママを言って、
なぜか話のわかる社長だったものだから、
「契約の形はどうだっていい。良い物を作ってくれればそれでいい」と、フリー契約で仕事をもらえるようになって、
そこから10年・・・
途中で会社の社長が代わって、辞める間際にはいろいろあったけど、この会社には本当にお世話になった。
あの10年がなかったら、今の社内報制作の仕事はもらえてないと思うし、
今日のような社長取材もしていなかったと思う。
辞めてからも結構モヤモヤしていた時期が長かったけど、今は単純にあの会社には感謝しているし、
なぜもうちょっといい辞め方ができなかったのかな・・・と反省すらしている

しかし、作家になりそこなって、思いつきでフリーライターになったけど、
あれは間違いじゃなかったな、と思う。
私はライターの仕事がすごく好きだ。
いつもいつも楽しい

自分が一生をかけていいと思うほど好きな仕事に巡り会えたこと。
それがもうキセキのよう。
やっぱり感謝だな・・・


時にはハッタリも必要

2011-12-09 09:52:05 | 仕事
「5日までに仕事を終わらせる!」
という当初の目標は達成ならず。

「10日までに仕事を終わらせる!」
という次の目標も達成ならず。

「15日までに仕事を終わらせる!」
これが今の目標である。

ストップしていたWEBサイトの制作がようやく動き始めた。
12月1日にオープンしたいと言っていたのに。

最初の打ち合わせとはずいぶん依頼内容も変わった。
こちらの都合を全く無視して進める営業さんで、これにはかなりイライラさせられた。
「早く早く!」と急がせて、3日で企画書をあげたのに、
いざヒアリングに行けば先方との打ち合わせがちゃんとできておらず、
その企画書自体が白紙に。

「待機」と言われ、「15日には方向性が出る」というから待っていたら、連絡なし。
これが11月のこと。
先週、ようやく連絡があったら、また「急ぎで!」とライティング要求。
他案件も詰まってるし、他に予定もあったのだが、夜遅くまで頑張って他案件を仕上げた。
ゆうちゃんといわさきっちにも早めに帰ってもらった。
そうやって、体と時間を空けたら、今度は「ちょっと方向性が変わったので、とりあえず待って」と言う。

・・・おいっ!

さすがに温厚な私も怒るで!!

でも、この営業さんが悪いわけではないことを知っているので、怒りの矛先が向けられない。
WEBサイトの依頼企業(A)が内部でバラバラなのと、まとめる人が頼りないのが悪いのだ。
一度それを見ているだけに(11月7日の日記参照)、「あー、仕方ないな・・・」という気持ちも生まれる。

「すみません」と謝る営業さんに、「いいです、いいです」と穏やかに答える私
昔の自分だったら、「こんな仕事やれるかっ!!」とキレてただろうなぁと思う。
ほんま穏やかになったもんだ。

そういう私の態度を見てか、怒らせないようにしようと思ったのか、営業さんが言った。
「ライターの方って、ほんますごいですよねぇ・・・」

何がすごいのかと聞くと、
自分は2年くらいこの企業Aのカタログやら作ってきて、開発内容とか製品の特長とか
頭に入ってるから、なんとか話ができる、と。
でも、ライターさんは初めてぶつけられて、それを短期間で企画書も作るし、ライティングもする。
それが自分たちにはマネできないことだ、と。

なるほど。

でも、「ライター」が単なる「物書き」ではないのは、そういうことができるからなんだろうな、と思う。
好きな文章を書いて、その「文章力」を競っているわけではない。
相手の話や資料から内容を理解して、構成して、文章で表現して伝えるということがメインになる。

「ハッタリ」も必要だと、私は思っている。
今回の企業Aだって、半導体とかのメーカーだから、開発内容なんて私にはさっぱりわからない。
だけど、「いや、その内容わからないんで無理です」とは言えない。
とりあえず、ハッタリでも何でも「できます!」と言う。
言ったからには、勉強して理解して、ハッタリを真実に変えなくてはならない。
そうやっていかないと、自分の仕事の幅も広がらないし、スキルもアップできないからだ。

IT関連の企業取材も多いけど、プログラミングなんて私はさっぱりだし、
最初、「C言語で・・・」とか言われたときも「何言語?しぃってどんな字?」と思ったくらいだ(笑)。
(言葉に出しては言っていない)
いまだに「制御系のプログラマーがほしい」とか言われたときでも、
「はい、制御系ですね」なんて受け答えはしているが、「なんじゃそりゃ?」と思っている。
それでも、難しい言葉の「意味」はわからずとも、言葉は聞きなれて、
さすがに「どんな字?」とは思わなくなった。

スーパーマーケットもそう。
最初は取材に行っても「質問することがわからない」という状態だった。
バイトもしたことないのだから、スーパーのバックヤードがどうなってるかとか、知るわけもないし。
部門の位置づけとか、どんな商品化をしてるのかとか、スーパー業界の企業関係とか歴史とか、
とにかく何もない状態から始まった。
だけど、「知らないからできません」では、務まらない。

バッグメーカーのコピーを始めたら、買ったこともないファッション誌を買って研究もしたし、
聞いたこともない製造企業に出会うたびに、その製品のことやわからない言葉を調べた。
家電メーカーのサイトを書くには、いろんな家電メーカーのサイトを見ないとダメだし。

とにかく、「できない」と言わないことをモットーとしている。
ハッタリで「できる」と言ってるときは、正直ドキドキしてるけど
それを知られないように涼しい顔で言うのが勝負どころ。
後で真実に変える努力をすればいいわけで。
断るときは「やりたくない」案件と、本当にどうしたって、徹夜したって、スケジュールが合わないときだけ。
私だけでなく、フリーのライターはみんなそうだと思う。
(経済的に余裕があれば、また違うかもしれないけど)

いつも自分の実力よりちょっとだけ上のことをやっていかないと、自身の成長はない。
何度も「無理!」と思うことがあったけど、最後は「できた!」となる。
「今度こそできないと思っていたけど、またできた。」
そんな危ない綱渡りで、今日までやってきたように思う・・・。

・・・とまあ、そんなことを営業さんに言うわけにもいかず(笑)。
「そんなすごくないですよー」と笑って答えた。

私がスケジュールの二転三転でかなり不機嫌になっていたので、ゴキゲンとろうとしてたんだろうな。
営業さんもあちこちに気を遣わないといけないので、大変だなぁと思う。
そんなことを思うと、まあ頑張っていいもの作ろうという気持ちにもなる。

※関係図(話を理解する参考に)

webサイトの制作依頼会社A(自社の開発製品ブランドの公式サイトを作りたい)
⇒制作会社Bに依頼(このBの社員の営業さんが上に出てくる人)
⇒Bの営業さんから私に依頼
普通は、会社Bと私のやりとりは「営業」とではなく「ディレクター」とやるべき。
営業が中途半端にディレクションをするのでうまくいっていない。
外注ライターを使うのが初めてということなので、よけいに要領が悪い。

真実を書くということ

2011-11-26 01:26:38 | 仕事
出張から帰って来た。
1キロ太って・・・

いつも東京へ取材に行くと、太って帰ってくる。
朝昼晩としっかり食べ、日中は車で移動なのでほとんど歩かず、
さらにホテルではほとんどベッドの上で暮らすので動くこともあまりない・・・
という状態なので、まあ、太るのは当然なのだが。

向こうではまた美味しいものをご馳走になった。
仕事をもらっている身分なので、ただただ恐縮
しかし、ありがたい。

今回はお豆腐をたくさん使った懐石のコースだった。
その一部。









日本酒「而今」「十四代」など、いいものが置いてあり、堪能した。

夫がいつも「かおりは恵まれてるなぁ」と言うが、自分でもそう思う。
本当にありがたい。

「おいしいものが食べられる」からじゃない。(もちろんそれもあるけど)
もてなしの心をもった人とか、気さくにお酒を酌み交わせる人とか、私を信頼して仕事を任せてくれる人とか、
そういう寛大で人間的に優れた人といつも一緒に仕事ができること。
それが、本当にありがたいし、それを思うだけで涙が出そうになる

仕事を一生懸命、誠実にしようと、また心に誓う。

今回もたくさんの人を取材したが、久しぶりに泣かれた。
私は昔から、なぜか取材中に泣かれることがよくあって・・・。
(決して私が泣かしてるわけではない)

今回も、某技能試験に受かった人にインタビューしていたのだが(合格率8%を切る難関の試験だ)
どんな想いでこの試験に臨んでいたのか、という話を聞いていたときに、突然言葉を詰まらせ、ポロポロと泣かれてしまった。
正直、焦る。
ティッシュを出してあげたら、少し笑って「恥ずかしい・・・」と言いながら鼻をかんで、ぼちぼち話せるようになってくれた。

そういうとき、本当は私まで泣きそうになる。
感情移入を特技としている(?)私だから、そりゃ、もうその時は、自分のほうがもらい泣きをこらえるのに必死で・・・。

息子さんがいるらしい。
離婚したのかなぁ、母子二人暮らし。
息子さんには夢があった。
その夢に向かって頑張っていた。
でも、なかなか叶わなかった。

それで、彼女は社内でもまだ2人しか合格していない難関の試験を受ける決意をした。
1年目は不合格だった。
息子さんは夢をあきらめたのだろうか・・・就職した。
今は離れて暮らしているらしい。
でも、彼女は勉強を続け、2年目も試験を受けた。
そして、見事合格した。

「努力することの大切さを、自分の背中で教えられたらいいと思って・・・」
そう言って、ポロポロ泣いた。

「伝わっているのかは、わからないんですけど」

謙遜ではなく、本当にそうなんだろうな、と思った。
だけど、きっと伝わっている。
そういうひたむきな誠実さが彼女にはあった。
それを息子がそばで見ていて感じないわけがない。

取材後、彼女も息子さんも、どうか幸せになりますようにと、自然に祈る自分がいた。

ひたむきに一生懸命生きている人を見ると、自分も頑張ろうという気持ちになるね!
もうこんなふうに人に泣かれるような取材はないだろうと思っていたのだけど、あったなぁ。
いろんな人の人生を、想いを、垣間見れる。
だから、この仕事は辞められない。

思い返せば、もう何百人も取材した。
はっきり知っているだけでも、その中で3人亡くなった。

1人はまだとても若かった。

もう1人は60歳くらいで、私に大切なことを教えてくれた。
たった一度の取材だったけど、印象深かった。

「カッコいいことなんて書かなくていい。あなたは、真実を書いてくださいよ!」

取材の後、私にそう言った人だ。

「真実」という言葉がとても重くて。
私は必死にそれを追った。

記事を書いたあとで、「真実が書かれていたと思います」とメッセージをいただいたときは、本当に嬉しかった。

でも、「真実」を嫌う人もいた。
そのことで私はずいぶん悩んだし、葛藤した。
最終的に、「嘘」はダメ、「真実」を書けばいいわけでもない。文章は「虚構」が大事なんだ、と学んだ。
それが、プロとして文章を書く意味なんだと。

「嘘」も「真実」も書くのは簡単だ。
「虚構」を書くことこそが、プロなんだと知った。

「虚構」と表現してしまうと、反論されそうだが、まあ、言葉通りの意味ではなく、もう少し深い。

例えば、さっき取材中に泣いた彼女の話。
このブログには「真実」を書いた。
でも、実際の記事にはここに書いたようなことは書かない。
だけど、もちろん「嘘」も書かない。
さっき書いたようなことを含めつつ、別の文章表現をするということだ。

相手が何を書いてほしいのか?
この媒体では何を表現すべきなのか?

まずこの2点が先にあって、その上で、自分の視点や想いを入れる。
そういうことが、駆け出しのライターの頃はできなくて、ずいぶん悩んだんだ・・・
まず「書きたい」気持ちが先走って。

「真実」さえ書けばいいと思っていたのだ。

取材をたくさん重ねて、決してそうではないとわかってから、
なおさらあの亡くなった「真実を書いてください」と言ってくれた方の言葉がよくよみがえった。

だって、私はたぶん、真実を書きたいんだと思う。

「カッコいいことなんて書かなくていい。あなたは、真実を書いてくださいよ!」

今でも宮地さんの言葉をよく思い出す。
ギロっと光る目。
近寄りがたい雰囲気。
昔気質の職人で。
でも、とても仕事に誠実で、優しい人だった。

向こうは、たった一度会っただけの小娘(当時はそうだった!)のことなんて、生きていたって覚えてないだろう。
だけど、私は忘れないな。
私に「真実を書け」と言ってくれた、唯一の人だから。


気持ちを切り替える。

2011-11-19 16:27:19 | 仕事
昨日は取材の後、やさぐれて、梅田のビールスタンドで2杯も立ち飲みして、帰って寝た

最近、ここの会社の仕事をすると、必ずこうなる。
また愚痴になるけど、とにかく仕事がやりづらく、ストレスがたまる。

最初から抱いていた「違和感」。
これはやっぱり「ジェネレーションギャップ」なのかもしれない。

半年前、その会社の仕事を初めて受けたとき、最初に出会った営業さんから違和感があった。

取材先のビルの下に集合。
初めて顔を合わせたのに、挨拶もそこそこに自分のペットボトルを出してお茶を飲み、フリスクを口に放り込んだ。

別に構わない。
私もお茶も飲むし、フリスクも食べる。

でも、なんなのかな、この違和感は。
何度も仕事をしたわけでもなく、初顔合わせで1分もたたないうちに、何の断りもなくやった行動。

私だったら、「すいません。ちょっと喉かわいちゃって・・・。お茶飲ませてくださいね」と一言断ってからやる。
例えば、1日一緒に取材で行動していたとして、その中でそんなシーンがあってもなんとも思わないけれど、
初対面で、出会った瞬間には無理だな、と思った。
別に迷惑をかけられたわけでもないけれど、へんな気持ちになった出来事だった。

それから、その会社の別の営業さんに2人会った。
みんな23、4歳くらい。
どちらもやっぱり違和感があった。
1人は、この間の夜間電話の人。

そして、もう1人は女性で(他は男性)、昨日2度目の同行だったのだけど、同じくビルの下で待ち合わせていた。
さて、そろそろ行きましょうか・・・というときに、
なんと、バッグから鏡を取り出し、その場で口紅かリップを塗りなおしたのだ。

私は、とっさに目を逸らした。
見てはいけないと思ったからだ。

人通りのある街中のビルの下。
私もカメラマン(男性)も真横にいる。
そこで、その行動ができることに驚いた。

あー、やっぱりこの違和感はジェネレーションギャップか・・・と確信。

たぶん、電車の中で化粧をしたり、外で物を飲み食いしたり、道端に座り込んだり、夜間に電話したりすることが平気な世代なんだなぁと

ベンチャー企業で、代表取締役がまだ32歳くらい。
大学生のときから企業家目指してやってきた・・・みたいな人。
設立して10年そこそこの会社だ。
「成功」していることは確か。
会社も大きくなっていて、それはすごいと思う。

私が愚痴ばっかり言っている営業さんたちも、きっと能力的には高いのだろう。
志も高そうだし、仕事も毎日夜遅くまで一生懸命がんばっている。
人柄も決して悪くない。
むしろ、愛想もいいし、よくしゃべるし、笑顔で感じもいい。

だから、「嫌悪感」ではなく「違和感」だったのだ。ずっと。
その理由が、昨日、化粧直しを見てようやくわかった。

ジェネレーションギャップだ。
逆に、もうこれがはっきりして「違和感」ではなくなったので、これからは付き合いやすいと思う。
最初からそういう気持ちで臨めばいいのだから。

で、やさぐれてストレスたまっていたのは、決してこの件ではない。
仕事の段取りが悪くて、思うように取材ができなかったからだ。

営業といってもディレクションも兼ねているので、きちんとまわしてくれないと、いいものが出来上がらない。
取材相手の人はめちゃくちゃ話もわかりやすく、いい感じの会社でもあったので、
本当に「良く書いてあげたい」と思いながら取材をしていた。
だから、よけいに腹が立った。

会社帰りのおっちゃんたちに紛れて、ビールを飲みながらいろいろ考えていた。
最近の仕事のことを。

11月は大きな仕事が2件入って喜んでいたのだが、結果的に2件ともうまくいかなかった。
1件は社内の方針変更などがあり、ライターの必要性がなくなったという感じ。
まだどうなるか見えないが、おそらくこの仕事は打ち切りだろう。
もう1件は一応自分の業務は終了しているのだが、どうなっているのかがわからない。
私も「いい仕事ができなかった」という想いが強いので、なかなか自分から切り出せない。
前者はほぼ報酬ゼロだし、後者に関しても、あまり期待はできない。というか、自分があまりもらいたくない。
2つ合わせて35万円くらいになると見込んでいたので、厳しいなぁ・・・(服買っちゃったよ!

結局、毎回ストレスをためながら、安い仕事をこなしていく日々。
夫は「そんなにストレスたまるなら、やめとき」と言うが、そういうわけにもいかない。(服買っちゃったし!)

なんかうまくいかへんなぁ・・・なんでやろ、なんでやろ・・・と考えていたら、わかった。
そうか、自分が「そういうレベル」なんやな、と。

「レベル」と言っても、能力の話じゃない。
最近の私は「志」がダメなんじゃないだろうか?
こうやって、愚痴ばっかり書いてるし、前向きじゃないし、悩んでばかりだし。
そんなふうに過ごしていると、「悪いオーラ」しか寄せ付けない。
悪いオーラに囲まれていると、思うようにうまくいかないし、いい人との出会いもない。
だから、またふてくされる。悪循環。

これは、私が40年生きてきて、いつも感じること。

逆に、自分が「よっしゃー!!やるでー!!」という気持ちで、
明るく笑顔で、楽しい話して、感謝の気持ちをもって過ごしていたら、
また「いいこと」がやってくる。
もっと明るくなるし、感謝も増える。
そこから、いい循環が始まる。

やさぐれて、酒ばっかり飲んでいても、悪循環は断ち切れないな・・・
悪いオーラに包まれてるから、滅多にひかない風邪までひいたのだ。(まだ咳が出る)

明日から気持ちを入れ替えようと決意
オッサンとビール飲んでる場合じゃない。

悪いオーラを吹き飛ばして、いいオーラを呼び込もう。
ちょうど来週は2泊3日で東京取材。
この仕事は今、一番好きな仕事だし、取引先の人も尊敬できる人ばかり
今度こそいい仕事ができるよう、気持ちを切り替えてがんばる
もう愚痴は言いません(たぶん・・・)

でも、そう思うだけでも、早速、気持ちが楽になっていることを感じる。
感謝すべきことはちゃんと見つめれば自分の周りにはいっぱいある。
よし、ポリアンナの「よかった探し」をしていこうと、久々に心に誓うのであった・・・

プロの仕事

2011-11-15 22:40:21 | 仕事
今日、ふと、「本を読んでないな・・」と思った。
本当に読書量の減り方がすさまじい。
それと比例して、書く時間も減っているように思う。

でも、今はとにかく書くことに決めた。
短くても内容があまりなくても、とにかく毎日書く。

今日で3日目。
どこまで続くかわからないが、よろしければお付き合いを

今日はあまり調子がよくなかった。
心身ともに。

夫が2週間くらいずっと風邪をひいていて、
ひどくもならないのだが、咳が止まらず完治もせず。

ひたすらゴホゴホと咳をする人の横にずっといて、
生まれてこのかた、「うがい」ということをしたことがないので(歯磨きの後は別)
意地でもせずにいたが、全くうつる気配もなし

楽勝やと思っていたら・・・
なんか喉が痛いし、いやーな咳が出る。

この感じは・・・完全にうつってるやん!

まあ、私の中で風邪菌は3日しかもたないので、明日か明後日には治っていると思うが。
当然熱も出るわけもなく

今日もしっかりお酒、飲んでますがな(笑)

心の弱りは何かといえば、仕事の出来にあまり満足できなかったことかな。
大手メーカーのサイトに携わっていたのだけど、
いろんな人が関わってくる上に、ちゃんとディレクションをしてくれる人もいなかったので、
すごく無駄と修正が多かった。

関わった人たちはみんないい人たちばかりで、仕事もできる方ばかりなんだけど、
仕事のやりやすさって、そういうことじゃないんだなぁと思った。

私の関わらないところで大まかな企画が決まる。
取材時に初めてラフを見せられて内容を聞かされる。
それに沿って取材を進めるけれど、広報担当者と開発担当者がいて、
企画は広報担当者と決めているのに、実際取材する相手は開発者だから、ズレが出てくる。
仕方なく、せっかく決めていた企画をその場で微調整。
そんな状態だから、どうしても取材にもれがある。

でも、帰って得た材料でもう一度組み立てながらテキストを書く。
この後、直接、開発者とやりとりができればいいのだけれど、間には広報が入る。

仕事というのは、何でもそうだと思うが、できるだけ「直」がいい。
伝言ゲームみたいになると、無駄も多くなるし、ストレスもたまる。

広報が「これを入れてほしい」とまわしてきた情報もがんばって入れる。
だけど、それが開発からNGが出る。(というか、情報自体が間違っていたり)

でも、開発は「私」が書いたと思っている。
それがなんか自分の中ではすごくイヤ。
プライドが傷つく。
でも、「いや、あの広報の方の情報で書いたんですよ」と言い訳をする機会も手段もない。
かといって、広報の方が「これは私が出した情報なんです」とかばってくれているとも思えない。
(悪い意味ではなく、たぶんその必要性を感じられていないと思う)

結果、開発から広報を通して、びっしり「赤字」で修正された原稿が返って来た。
普段見慣れないだけに、この赤字はダメージが大きい
自分が書いたものを修正されるというのは、自分の存在が否定されたくらいのダメージがあるのだ

言い訳したい箇所もいっぱいあった。
「いや、これはこういう意図で・・・」と。
でも、直でやりとりできないので、それも押し殺して、とりあえず修正するしかない。

自分の書いた原稿がボロボロになって帰ってきて、
それを清書するときの、みじめな気持ちときたら・・・!

これは、そういうことを経験したライターじゃないとわからんやろな。
情けないやら、憤りやら。

結局、最後には開発の人が書いた文章みたいになってしまった。
あーあ、私の存在って、必要やったんかな、と思ってしまう。
これやったら、最初から開発の人が書けばいいやん、と。

でも、そういうと、「タタキがほしい」といわれるのだ。
不思議なもので、何もないところから物を作り出すのは難しいのに、
あるものをあーだこーだと変えるのは簡単なのだ。

いつも修正された自分の文章を見て思う。
「この『そして』だって、いろいろ考えて、文章のリズムを見て、やっと入れたのに」と。
そういうことは相手にはわからないから、簡単に削除されてしまう
その人にとってはたいしたことではないのだろうけど。

夫にぐちぐち言ったら、
「大企業はいろんな人の思いがありすぎて、どうしたってひっくり返ることが多いと思う。
 直接やりとりできたらいいけど、それもできないと難しいね」
と言われた。

大企業相手の広告マンらしい、意見だった

確かにお金はいいんだ。
こんなふうに憤りを感じても、もらえるお金は大きい。
大企業だから。
新卒のOLさんのお給料くらいのお金が、3日間くらいで手に入る。
自分の実績にもなる。
それは本当にありがたい。

だけどなぁ・・・と思う自分がいる。

これで、「だけどなぁ」と思うから、私はいつまでもしがないライターなんだろう。
でも、数千円のギャラでも、自分で書きながら涙が出るような仕事もあるのだ。

仕事って、ホント難しい。

時には、悔しさで奥歯をかみ締めて、震える手を押さえながら、
それでも書かないといけないようなものもある。

「私はそんなものは書きません!」と言えるプライドと勇気と信念がほしい。

悔しくて酒をあおって、それでも生きていくために、自分の文章を変えてしまう自分がいる。
それがプロだと思った時期もあったけど、今はそんな自分に疑問も感じている。
たぶん賛否両論あるだろう。
それは、その人の価値観。

NHK朝の連ドラの「カーネーション」。
洋裁職人としてがんばるヒロインの糸子が、「いくらでも金は出すからドレスを作れ」と言う踊り子に言った。

「うちの作るドレスはあんたには売らん!」

自分はプロの洋裁職人や。
いい加減な気持ちで踊るあんたにうちの作るドレスを着る資格はない。

自分と自分の作るものに誇りをもって「売らない」と言った。

ガツン

音がするくらい、やられた

もう忘れかけていた、野上弥生子の
「私は自分の書きたいもののほかは、いくらお金を積まれても、一文字だって書きません」
という言葉を思い出した。

真っ赤に修正されたワードの画面。
心を無にして、機械的に修正していく自分。

ただ、この仕事の報酬をほしいと思う気持ちは全くなくなっていた。

それに気づいたとき、
野上弥生子みたいには言えないけれど、まだ完全には腐ってないなと、自分にホッとした。

でも、今日は心身共にダウン。
なんだかしんどい1日だった。


営業さんもいろいろ

2011-11-07 20:21:49 | 仕事
先週やっていた某メーカーサイトの企画・コピー案。
営業(制作会社)には一発でOKをもらい、今日はそれを持ってメーカー担当者へヒアリング。

・・・のはずだったのだが、なんだか意味のない1日だった。

制作会社の営業さんと私。
メーカー側の担当者4名と、合計6名が会議室に集った。
もう少し細かく言うと、メーカー側も主体になっている会社と、そこに吸収された会社と2つからの参加。
そして、メーカー側の4名の中で1人が制作会社との窓口になっている。

で、私が作っていた企画書をタタキにして話を詰めていこうと思っていたら(それが目的)
窓口の人が自分のところで企画書を止めていて、他の3人はその場で初めて見たという状態

その場で見てもらったが、3人の意見がバラバラ。
さらに、窓口の人が全く話のかみ合わない人で、メーカー側でもめだす始末・・・

1人ひとりが自分の意見を言うし、なんだか話はかみ合わないし、
私が「こちらをタタキ台にしてもらって、どうするかを詰めさせていただきたいんですが・・・」と言っても
「え?今日ってそういうことする会なん?」みたいな感じで、何をやるかも伝わっていない。
無理にでも進行させようとしたら、「こっちの意見がまとまってないから」という。

え?
まだそんな段階?

さらに、私の知らされていない資料のことで「あれはどうなった?」みたいな話になって、窓口と制作会社がもめだしたり。
メーカー側のちょっと偉い人が窓口の人を何度も怒りだしたり。
「だから!何回も言ってるやろ!!」みたいな・・・
(確かにこちらもうんざりするほど何度も同じことを言って訂正されていた)

そんな大もめの1時間・・・

何の収穫もないままで「もう一度こちらでまとめてから改めてヒアリングしてください」みたいになって終わった。

そんなことってある?!

ビルを出てから、営業さんも「すみません・・・来ていただいた意味なかったですね」と恐縮。
確かにそうだけど、会議室でのメーカー側のやりとりがあまりにもバラバラすぎて、私は逆に面白くなっていた。
全員キャラも濃くて、ドラマの名脇役的な俳優さんの集まりみたいだった。
窓口の人が何度も怒られているのを見て、途中、笑いをこらえるのに困ったくらいだ。
「大人が大人に怒られてるところ、久しぶりに見た気がします」と私が言うと、営業さんも「いつもですよ」と笑っていた。

いつもなのか・・・!

しかし、今週いろいろ詰まってるのに、1日を無駄にしてしまったなぁ。
この仕事のスケジュールが決まらないから、他のことも決めにくくなっているのに、またふりだし。
1日つぶして、結果は「とりあえず、待機で」とのこと。
困ったなぁ・・・

4時頃帰って、ようやく昼ごはん。
食べたら急激に眠くなって、ちょっと寝てしまった。

さっき、別件の仕事電話で起こされた。
いつもやっている求人サイトの取材。
ここの営業さんはとにかく「ライターのスケジュールを押さえる」ことが第一と思っているようで、
内容も言わずに「空いてる日を教えてください。時間帯はここです」とだけ言ってくる。
寝起きで考えられなかったので、明日返事しますと言ったが、内容を聞くのを忘れた
(ランクがあって、それによって記事のボリュームが全然違う)

営業さんもホントいろいろ。
今日のお昼の制作会社の営業さんは、見た目は真面目そうなのに、ヤンキーあがりの元・運送屋(と本人が言っていた)。
気さくでよくしゃべるし、面白い。

求人サイトのところの営業さんは、学生の集団で始めたベンチャー企業みたいなところの人なので、20代前半の若い人ばかり。
みんな終電くらいまでがむしゃらに働いている。
今の若い人たちにありがちな、「変な気さくさ」がある。
なんというのか・・・物怖じしないし、すぐ友達みたいな感じになる。
決して礼儀知らずというわけではないんだけど、いつも「変な感じ」と思ってしまう。
私が古い人間だからか?
まあ、総じて営業さんはよくしゃべってくれるので、初対面でも気を遣わなくていいのがラクだけど。

ただ、取材中に空気を読んでくれない営業さんはやりにくい。
この前の「尻拭い」のときも、取材相手がノリノリの人だったので(ちょっとオネエ系だった・笑)
原稿とは関係ないことを話し始めた。
軽く聞いて、私は流れを自分のほうに戻そうとしたのだが、営業さんが相手の話に乗っかってしまった。
営業さんにしてみれば、「営業トーク」なんだろうし、場も盛り上がるんだけど、
私は時間内に自分の聞きたいことを全部聞けるか不安になった。(夕方からの取材だったので)
それに、私は取材しながら頭の中で原稿の構成を組み立てていくタイプなので、自分のペースが崩れると焦ってしまう。
こちらが困ったときに、いい感じでフォローしてくれる営業さんは助かるんだけど、
ここのベンチャーの若者たちにはまだそういう人はいないなぁ・・・

というわけで、営業さんもいろいろ
今日はもうちょい仕事します。

偽ライターの尻拭い

2011-10-13 23:17:46 | 仕事
今日は昨日の取材の原稿を6時間かかって仕上げた。
17時までの納期だったので、ものすごく集中してやった。
疲労感がすごい

ちょっと休憩してまた他の仕事を始めたが、遅々として進まなかった。

今日の原稿というのは、この間書いていた「尻拭い」のもの。
ボツになったという原稿を見せてもらってびっくりした。
たぶんだけど、ライターが書いてない。
経費節約のために自社内で営業の誰かが書いたな、と思った。
もしこれが本当のライターの仕事として通用するんだったら、この世からライターなんて職業消えるで・・・と思う。
それくらいむちゃくちゃな文章だった。

文章や内容だけならともかく、誤字脱字の多さ!
もちろん人間だからミスはあるけれど、これは完全にコピペをミスしたな、というのがあった。
文のアタマにあった「ビジュアル」が「ジュアル」になっていたり、
次の行の「制作会社」が「作会社」になっていたり
また、社名まで間違えている箇所があり、あまりの雑な原稿に腹立たしくなってきた。

今回は代理店からの依頼だったが、私は同じ仕事を本社からも請けている。
本社のディレクターさんだったらこんなミスを掲載したままでお客様に確認を求めたり絶対しない。
ライターだけでなく、この代理店のいい加減さにもがっくりした。
仕事に対して真剣に、誠実に向き合おうという気はないのだろうか?

あまりのひどさに、「こんな仕事あるかいな……」と、最後には悲しくなってきた。
誠実さのかけらもない。

文章なんて誰にでも書けるから、ライターという職業は下に見られることが多い。
カメラマンやデザイナーは技術や機材がいるから別格なのに。
「文章なんてその気になれば、自分でも書ける」と思われていると感じることもある。

でも、絶対にそれは違う。
誇りをもってそう言いたい。

だからこそ、あんないい加減な原稿を「ライター」として書かれたことに憤りを感じたのだ。

絶対に違いを見せ付けてやる!と、そういうアグレッシブな気持ちで挑んだ。
結果はまだわからないけれど、自分が書いたものは満足してもらえると思っている。

とりあえず、今日はもうダメだ。疲れた。
限界・・・

叫び

2011-08-26 17:37:07 | 仕事
東京での取材を終えて帰ってきたが、ライターの仕事はここからが本番で……
12人も取材したので、原稿に追われている。

旅行記の続きはこの週末に書こうと思う。
なかなか時間がない。

今日は落ち込んだ。

8月末から9月上旬にかけて大口の仕事の話をもらっていた。
ここは家電メーカーPや、エアコンメーカーDなどのサイトやカタログを作っている会社で、
いつも1回のギャランティが高い。
ここの仕事が入ると、とりあえずその月は他に単発の仕事がなくても大丈夫……という金額。

それが今日、いろいろズレ込んでいて、9月中旬からになったと言われた。

あー……

実は、9月17日から5日ほど、シンガポールに行こうと思っている。
夫がここならなんとか休めそうということで。
さらに、9月中旬からはいつもお世話になっているところの仕事が一番大変な時期で、
ただでさえ旅行が私にはスケジュール的に負担になっていたところ。
(もちろん気持ち的にはうれしいんだが)
自分が暇な時期に行ければいいが、サラリーマンの夫に合わせるしかないので仕方がない

なんとか引き受けられないかといろいろ考えてみたが、無理だろうな……
12社取材しないといけないうえに、急ぎでまとめないといけない仕事なので、スケジュール的にどうしようもない。
徹夜して頑張るとか、自分の頑張りでどうにかなるなら引き受けるのだけど、体は1つやから同時は無理だ。

ヒマでヒマで死にそうな時期もあるのに、
なーんで、こんなふうに忙しいときに旅行で、忙しい時に仕事が重なるのかと、
そんなことを考えていたら凹んでしまった。
今日もらった話ではなく、何週間も前からすっかり受けるつもりで過ごしていた話だから余計にだな。

まあ、仕方ないか。
これもフリーの宿命みたいなもんで。
気を取り直してビールだ(笑)

東京では、いつものように担当者の方に非常に親切にしていただき、スムーズに取材を終えることができた。
空き時間にケーキまでご馳走してくださるので、太って帰ってきたけど
でも、取材は楽しかった。

1泊目の夜、近くのブックオフで水木しげるの漫画を買ってホテルで読んで寝た。
それが悪かったのかどうか、また怖い夢を見てうなされた。

お盆休みにも一度、家でいつもの「叫び」をやった。
怖い夢を見てうなされ、
うわぁぁぁぁぁ!
と全力で実際に叫び、横で寝ている夫を驚かすという、あれだ。

このお盆休みのは史上最大のボリュームで(喉が痛くなるほど全力)、
夫も私の声に驚いて同じように、
うわぁぁ!
と飛び起きた。

あれを、ホテルでもやってしまったのだ

自分が寝てる上に、何かが乗っていて身動きできなくて。
動かないと殺されると思って必死に声を出したら、それが現実の声だった。

隣の部屋の人が明らかにガタガタっと動く音がした。
大騒動になるんじゃないかと、そのほうが怖くてしばらく震えていた。
(何もなかった)

翌朝、取材に行く車の中で担当者の方に話したら、
「心に闇があるんじゃないですか?」と言われた。

いや、少なくとも今回は、水木しげるが悪い(笑)

これからはホテルでは怖い漫画を読まないようにしようと誓う私であった・・・

レジを打つという仕事の深さ

2011-07-15 14:41:00 | 仕事
昨日は一日中取材。

スーパー業界のチェッカーさん(レジの人)が技と接客を競い合うコンテストのようなものがあって、その取材だった。
話には聞いていたが、目にするのは初めてのこと。
新鮮で面白かった。

結構大きな舞台のある劇場のようなところでやる。
舞台には、レジが2セット。
スーパーと同じ設定で、カゴなどもちゃんと置いてある。

全国のスーパー40社ほどの代表選手が舞台に順番に上がり、演技を披露。
ちゃんと劇団の人がお客さん役を演じ、それに対応していくのだ。
基本は商品をレジに通し、お金のやりとりをスムーズにするという技術を見られるのだが、
車椅子のお客さんが現れたり、レジ袋を何枚もちょうだいと言われたり、
時には支払い金額を間違えたり、「やっぱりコレいらんわ」と商品を返されたりと、
細かい芝居が織り交ぜられている。
それに対してどう応対するかという応用力も求められる。

会場はかなり広いので、舞台上での細かい表情なども見えるよう、
上から、チェッカーさんのアップ、お客さんのアップと3台カメラが設置されていて、
舞台にかけられたスクリーンに同時に映し出される。
タイムもわかるようになっていて、だいたい3~5分程度で2組のお客さんを相手にする。

これなぁ・・・シュールだよ!!

なんか見ていると、へんな気分になってくる。
スーパーのレジで買い物をするという「日常」が、舞台上で演じられ、それを客観的に見ているという状況。
シュールや・・・

それも40人くらい選手がいるので、延々と何時間もそれが続くわけで。

でも、私は初めてだったので、かなり面白かった。
チェッカー界の甲子園みたいなもんで、演技が終わると緊張が解けてワッと泣き出す人とかもいて、
同じスーパーの仲間に支えられて周りも泣き出したり・・・

そういうの見ていると、ちょっと感動した。
みんな自分の仕事に誇りもってるんだなぁ、と。
そして、会社の代表としてのプレッシャー。
この日のために、練習も繰り返してきているのだ。

長い長い闘いが終わり、ホテルのパーティー会場でお疲れ様会と結果発表。
40社ほどの中から5社が選ばれる。

私が社内報をやらせてもらっている関係のスーパーが4社参加していて、なんとそのうち2社が入賞した!
すごい確率!

残念ながら、強化選手に選ばれたところから私が取材をしていた会社は入賞できず、
かなり思い入れがあったので、私までがっくりきてしまったが……
発表の後、お疲れ様でしたと言いに行ったら泣いていて、その顔を見たら私まで涙が出てしまった
頑張ってたもんなぁ・・・

それでも、2社は入賞できたので、社内報の記事も盛り上がるだろうな(ここは私の担当じゃないけど)。

なんだか面白い体験ができ、疲れたけど、楽しい1日だった。
パーティー会場は立食で、私たちは飲み食いできなかったけど、社長が「飲み物くらい大丈夫」というので、
お酒だけ飲ませてもらった
社長と二人で日本酒コーナーから離れずにいた(笑)

ホテルのパーティー会場の雰囲気が、懐かしかった。

以前、社内報をやっていた会社は年に4回も入社式があって、経営方針発表会もあって、
そのたびにホテルに行って、式典やパーティーを取材していた。
なんだか懐かしいなぁと、昔を思い出していた。

家に帰ったら、もうぐったり・・・
慣れない席で、意識してなくても緊張感があったのかな。(リラックスして楽しんでたけど)

今は本当にこの社内報関連のお仕事をくれるところにお世話になっていて、いろいろ経験させてもらっている。
私をネット上で見つけてスカウトしてくれた編集のHさんも昨日は来ていて、

「私はいいライターを見つけたと思って喜んでるけど、社長はいいきき酒師を見つけたことを喜んでるから(笑)」

と言ってくれた。
いいライターと思われるのも、いいきき酒師と思われるのも、嬉しい


暑さとビールの方程式

2011-06-29 18:00:38 | 仕事
暑い!!

ちょっと暑すぎへんか……?

今、取材を終えて帰宅。
朝から3件まわって帰ってきた。
また取材先が駅から徒歩20分くらいのところが2件あって……
正直、途中でへこたれた

でも、取材内容はとてもよかった。
頑張っている人の話を聞くと、私も頑張ろうと思える。

とはいえ、炎天下を合計3時間近く歩いたのでは?
汗が滝のように吹き出て、何度も頭がぼーっとなった。
6月でこれじゃ、先が思いやられるなぁ……

黒の服でよかった。
今、私は「異常な汗かき」を悩んでいて、いろんな人に相談しているが、
今日なんて黒じゃなかったら全身色が変わっていたと思う・・・
本当に絞れるくらいびちゃびちゃだった

この間、ある人に「それは自律神経がやられてる」と言われたけど、ほんまかな?
あまり関係ないと思うのだが……

歩くのも、汗をかくのも大好きだけど、仕事のときに汗ボトボトはよくないよなぁ。
どこかの女子アナの「ワキ汗」事件じゃないけど、やはり見ているほうも気持ちはよくないもんね。
でも、もう不可抗力。
本気で病院行ったほうがいいかと思っているくらい・・・

しかし、全部取材を終えて、帰りは大阪駅を通ったので、阪急に乗り換えるときにビールスタンドに寄った。
いつもは小(200円)を頼むのだけど、今日は奮発して大(300円)を注文。

ぷわぁぁー!生き返った!!
冷たいビールを流し込んだら、一気に疲れも汗も吹き飛んだ

労働の後の1杯に勝るものなし!

周りはオッチャンしかいないけど、全く気にならない。
労働者が立ち飲みビールを飲んで何が悪い?!

今日はもう少しだけ休憩して、まだまだ原稿がんばるぞ。

仕事はいつも固まってやってくるのだ

2011-06-22 15:18:33 | 仕事
外食が3日続いて、取材が2日続いたら、いろんなことが乱れまくった。
冷蔵庫の中はまだ使っていない野菜でいっぱいだし、
お弁当はできないし、洗濯はたまるし、部屋は散らかるし、もちろんブログも書けないし。

2月下旬からずっと順調だったいろんな仕事が6月10日頃にピタッと同時に止まり、
その後、10日間ほど暇だった。

こういう仕事の谷間はいつも不安になるのだが、今回はまた今週から忙しくなるのが見えていたので、
「とりあえず、休もう!」という気持ちでしっかり休めたのでよかった。

会いたい人たちにも会えたし、親孝行もできたし、ゴールデンウィークからやりたかった片付けもできた。

今週からまた取材が始まった。
昨日と一昨日は奈良で取材。来週もまだ5件残っている。
と、同時に他の仕事も「急ぎ」でやって来る。
まあ、でも、無理なくできる範囲の量。
毎晩飲みに行くよりは生活も規則正しくなる。

やっぱりこれくらいの仕事量がベストやなぁ。

この2日間は奈良に取材に行っていて、なんだか懐かしい気持ちで過ごした。
近鉄電車に乗っていると、大学時代を思い出した。
時間があれば、興福寺と西大寺によりたかったのだけど、ちょっとその余裕がなく、残念。

ただ、一緒に行った社長の知り合いの知り合いがやっているカフェがあるということで、
連れて行ってもらって、お茶した。

ギャラリーカフェ タケノ

猿沢池の近くで、とても雰囲気の良いお店。
手作りの家具と、贅沢な空間。
はちみつタルトを食べたが、すごーくおいしかった。

ならまちなどに行かれたら、ぜひお立ち寄りください。

いろいろ書きたいことはあるけど、ひとまずこれにて。

ありがたいキセキに胸を熱くする日々

2011-06-02 16:38:38 | 仕事
昨晩、東京から帰宅。

震災後、初めて訪れた東日本。
新横浜で降りたら、駅の暗さにびっくりした。
エスカレーターも半分は止まってる。

どこもここも「節電」の文字。
取材に訪れた店舗も全て薄暗い。
バックヤードなんて真っ暗だ。

なるほど。
東と西では、やはり深刻さが違う。
街が暗いと自然と人々の心も暗くなる。
明るく過ごしたい気持ちと裏腹に、自粛したくなる気持ちもわからんでもないな。

しかし、今夏は関西でも節電は避けられないだろう。
まあ、もともと過剰な冷房や電飾もあったわけだから、
その分がなくなるのはいいだろう。
とりあえず、家庭においては、「節電」というより「節約」のつもりで、楽しくできたらいいんじゃないかな。

エアコンの節電が一番問題になっているが、
5月中に某メーカー(D)のエアコン節電に関するサイト制作に、コピーで関わらせてもらった。
本日、アップされた。
(よかったら、見てください。だいたいわかるよね?)

5月半ばから取りかかって、2週間でアップというめちゃくちゃタイトなスケジュール。
私はともかく、デザイナーさんが本当に大変だったと思う。
ナチュラル系で制作してほしいといわれていたのに、途中で事件簿風にしてほしいという依頼があり、
デザインもコピーもすべてやり直し。
東京に行く前に仕上げてOKもらって、帰ってきたら、またちょっとトーンが変わっていて、
今朝、ギリギリで語尾だけ少し修正させてもらった。
修正しきれないところもあって、それが残念・・・

たとえば、
「●●なのだ」と書いていたのを、「●●なのです」と先方で変更していたりするのだが、
いやいや、「ですます」調にするんだったら、語尾だけでなくほかも変更したほうがいいんだけど……
みたいなことがあるわけで。(わかるかな?)
全体のムードとか、つながりとか、いろいろ統一して自分の中では考えているから、
部分だけ変更すると、なんだかもう自分の文章じゃないみたいな感じになる。

しかしながら、自分がアップ直前で3日間も不在にしていたのだから仕方がない。
むしろ、修正では迷惑をかけてしまったので、申し訳なく思っている。

そして、いろいろあったけど、とてもいいお仕事をいただけて、本当に感謝している。

仕事といえば、今回東京での取材先の会社が創業50周年間近で。
その記念誌(社史)制作の仕事が正式に決定した。
私も少しお手伝いさせてもらうことになり、とても楽しみにしている。
これから1年半くらいかけて制作していくことになる。
当面の仕事をもらえる云々より、社史制作のノウハウを学ばせてもらえることがとても嬉しい。
これから自分が本当にやっていきたい仕事があるんだが、その実績にもなると思う。

今回、一緒に東京に行ったT社長と祝杯をあげた。

東京では相変わらずご馳走になってばかりで……。
仕事をいただいている身でご馳走になるって、どういうことかと戸惑ってしまうが、
「おいしいものを食べるのに、お金のことは気にしない」とT社長が言うので、すみませんと頭を下げておいしいものをいただく。

1日目の夜は、T社長は他の方とお食事だったので、私は会社の窓口になっているSさんとお食事。
ホテルの近くにあるステキなイタリアン(フレンチ?)のお店に連れて行っていただいた。
このSさんがまたいい方で……、東京の人は何をするのもスマートで、シュッとしてるなぁと思う。
人事部の方なので、人を見る目も確かだ。
よく店舗の後輩や自分の部下のことを「ああいう子には本当に幸せになってほしいんですよ」と言う。
それが、とても自然に口をついて出る感じで。
そのたびに、人の幸せを自然に願える人って、素晴らしいなと思うのだ。

お食事もとてもおいしく、ワインも2杯いただいた。
デザートがとても変わっていて、真っ白な泡のようなものがお皿に盛られて出てきた。
「これを食べてほしかったんですよー」とオススメされ、食べてみるとすごくおいしい!
見た目も不思議で、忘れられない1品となった。

2日目はT社長と二人でいつもの天ぷら屋さんへ。
ここの店主はきき酒師なので、話が合うし、天ぷらもとてもおいしい。
日本酒の種類はいつも3種類くらいしか置いていないのだが、少数精鋭という感じで間違いがない。
その時々で変わるのもいい。

今回は、醸し人九平次の純米大吟醸(2年熟成)と黒龍と墨廼江(後の2つは1回火入れの純米吟醸)。

「どれにしますか?」とT社長に聞いたら、
「うーん、どれでもいいよ。どうせ全部飲むし(笑)」と言われた。

まあ、その言葉通り、3種類飲んだのだが……。

一人1合半程度で、ちょうどいい感じ。
祝杯をあげ、楽しい時間を過ごした。

3日目の帰りは、T社長と一緒に帰ってきたのだが、お疲れだったのか、「グリーンに乗る」という。
「じゃあ、ここで…」と別の車両に乗るつもりだったのに、なんと、私にもグリーンの席をとってくださった!

「いやいや、わたしごときに、グリーンなどもったいないです」と本気で断ったが、「まあ、いいじゃない」とチケットをとり、さらにビールを4缶も買ってくれた。

人生2回目のグリーン車!
やっぱりいいなぁ。イスもふかふかだし、ゆったりしてるし。
周りの人はみんなお金もってそうだし(笑)
うれしがって、読書灯をつけてみたりした。

そんな感じで、新幹線の中でビールを飲みながら、政治や経済の話を聞き、楽しく帰ってきた。

あっ・・・
食べたものの話ばかりだが、もちろん、ちゃんと12人、取材もしてきた。
T社長は同行してくれるけれど同席はせず、取材は全部私に任せてくれて、店の写真を撮ったりしていた。
それも信頼してもらえているようで嬉しかった。

いつも自然に感謝の気持ちが湧き上がる。
どうやって恩返ししようかと考えるのだけど、結局、「いい仕事をするしかない」と、それに落ち着く。
ちょっとでもいい仕事をすることが、感謝の気持ちを表す唯一の方法。
ひたむきさを売りにするつもりはないけど、やはり、持っているものが少ない人間は、ひたむきに進むしかないわけで。
もちろん、「結果があってこそ」というのは前提でのひたむきさ。

T社長とも不思議な縁で、お仕事をいただくようになったな。

そう思うと胸が熱くなる。

そして、手のひらを見る。
私には、「神秘的な力で守られている人にある」という線がある。

受験も、仕事も、結婚も、いつも人生の節目にはキセキが起こる。
キセキだと思うことを挙げてくださいといわれれば、私は何個でも挙げることができる。
それくらい、「何か」に守られ、導かれてきた。
裕福な生まれでもないし、能力は低いもののほうが多いし、容姿も悪いし、人として正しい生き方もしてこなかった。
細かいことでは、決して運もよくはない。
でも、ダメにならなかったのは、「何か」に守られてきたからだと思う。

だから、自分がそんな手相だということを知ったとき、なるほどと納得したのだ。

最近は、胸が熱くなって涙が出そうになるほど強い想いで、感謝することが増えた。

「人にやさしく」

当たり前のことだけど、人にやさしく、強くありたいと思う。
まだまだ自我を通そうと自己主張しすぎるところもあるし、キレやすい子供みたいなところもあるけれど、
周りの人のおかげで、少しずつマシな人間になれているんじゃないのかな。

そんなことをぼちぼち考えていると、また感謝の気持ちがわきあがって、胸が熱くなる。