★しろうと作家のオリジナル小説★

三文作家を夢見る田舎者です。
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俺は殺し屋「堕天使」

2011年03月01日 | SS「俺は殺し屋「堕天使」」
 今夜は天気予報どおり晴天で、満天の星空に澄んだ空気が気持ちいい。
 俺は、とある高層ビルの屋上に陣取って今夜の仕事の準備をしていた。まずビジネスバッグ程の四角いケースから小さなノートパソコンを取り出し電源を入れた。ディスプレイには、今現在の気温や湿度、風速などこの地域に特化した気象情報がリアルタイムで映し出された。風速の数値を確認してから耳にブルートゥースヘッドセットを装着した。風速だけを秒単位で音声化した情報が聞こえてくる。空気の動き方は俺の仕事に必要不可欠な情報なのだ。
 次に、担いでいたケースを静かに床に置いて蓋を開けた。
 中には、十分手入れの行き届いた俺の愛銃「L115A3」が、窪んだスポンジ緩衝材に大事に保護されて収まっている。まるで死神がつかの間の休息を取っているかのような静謐さが感じられる。
 この銃は、イギリス軍が正式に採用している「サイレントアサシン」とも呼ばれる世界最強の狙撃銃だ。
 俺は、ケースから銃の部品のひとつである大型のナイトスコープを取り出し、覗き込んだ。今夜のターゲットを確認するためだ。
 スコープの照準を合わせながら、約1.5キロメートルほど離れたビルの一室を見た。
 その部屋にいる男は、普段ならば、窓には必ずカーテンなど遮蔽物をするはずだが、高層ビルの最上階ということで安心しているのか窓から部屋の中が丸見えになっている。
 いた。この男だ。
 金髪で一見俳優にでも見間違えるような優男だが、この男のせいで何十人、いや何百人もの難民が命を落としている。人身売買組織のボス、大悪党だ。
 だが、俺は迷っていた。
 そう、俺の職業は殺し屋だ。
 腕前は、超一流と自負している。俺の有効射程距離は約2キロメートルだ。今夜位の気象条件であれば、あのビルまでの距離、1.5キロメートルならほぼ100%成功する。
 だが、俺は迷っていた。
 確かにヤツは悪いやつだ。生きている価値はない。今後生きていてもさらに不幸な人間が増えるだけだ。それでも本当に殺ってしまっていいのか。ヤツの命は今、まさに俺の掌中にある。私がヤツの「神」なのだ。
 神ならばより完璧でなくてはならない。ヤツが死んだらどうなるのか。女房・子供・親兄弟はいないのか。悲しむ人々はいないのか・・
 実は、その辺りは全て調べ尽くしてある。じっくりと時間をかけて、ヤツの家族構成から経歴・交友関係・行動パターン・考え方まで完全に調べあげ、ヤツの死と比較検討した結果、実行することに決めたのだ。それでも、俺の心は迷っていた。ヤツの悪いところをさらに新発見し少しでも自分の正当性を主張するために、俺はスコープでヤツを再度観察した。
 どうやら、ベッドの上にいるらしい。パンツ一丁でなにやら蠢いている。ベッドにはもう一人いるようだ。髪の長い女だ。さてはお楽しみの最中だったのか。こんな男の相手をするなんていったいどんな女なんだろう。
 俺はスコープのピントを女の顔に合わせた。
 俺の心臓がドキンと大きく不整脈を発した。
 美しい。見慣れた顔だ。なんと、女は俺の妻だ。あの美しい俺の妻が、汚らわしいヤツと同じベッドの上にいる。
 俺の頭の中で、確かに音がした。迷っている心のレベルメーターがいきなり振り切り「ガシャン」と壊れたような音だ。
 それからの俺は、一切の感情が無くなった。冷酷な超一流の殺し屋に変身したのだ。
 記憶がないわけではない。例えるならば、見ている映画が突然無声になり映像だけが淡々と流れるようなものだ。
 俺は、無駄も躊躇もない正確無比な動きで銃を構え、照準をヤツの後頭部に合わせた。 
 ヘッドセットから聞こえてくる風速情報を分析し、空気の流れを読み、最適な状況で引き金を引いた。
 肩に軽い衝撃が響いた。
 俺の弾丸は、狙い通り1.5キロメートルの空気を切り裂き、窓ガラスを付き抜け、ターゲットの後頭部をぶち抜いた。
 スコープ越しにヤツの死を確認すると、俺は銃をケースにしまい、パソコンを専用ケースに入れた。さっきまで風速を流していたブルートゥースヘッドセットもはずそうとした時、呼び出し音が鳴った。このヘッドセットは、情報端末だけでなく、携帯電話にも接続されているのだ。俺は、機械的に応答スイッチを押した。
「もう、もっと早く殺ってよ。あやうく犯られるところだったわ。ったく、いつものことだけど・・」
声の主は、さっきまでターゲットの傍にいた俺の妻だった。
その声に、俺の中で何かが元に戻って我にかえった。
「早く片付けてうまく逃げてね。私もすぐにここを出るわ」
そう言うと、妻は電話を切った。
 今回の仕事も終わったようだ。もう悩んでもしかたない。
 そう、俺は妻と二人でワンセットの殺し屋だ。
 妻はターゲットに近づき、時間をかけて相手に取り入る。そして巧妙に二人きりになった時、窓のカーテンを開け、俺が狙いやすいように段取りをする。
 ついでに、俺の心の中にある、殺し屋にあるまじき正義感を眠らせ、冷酷な殺人マシーンに仕立て上げるため、妻はもう一手間かけるのだ。
 実は俺はかなり嫉妬深い。そのせいでキレることもたまにある。その性格を逆手にとって、わざと俺にキレさせるような光景を見せ付け俺の感情を麻痺させ、冷酷無比な超一流のスナイパーにしてしまうわけだ。
 自分でもこのシナリオは十分わかっている。しかし、ターゲットが妻と親しげにしているのを見ると、妻のやらせと判っていても、迷いなど一発で吹っ飛んで「神」から、正確無比に「死」をもたらす「悪魔」になってしまう。
 この業界で俺のことを「堕天使」と呼ぶゆえんだ。 


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