★しろうと作家のオリジナル小説★

三文作家を夢見る田舎者です。
SF、ミステリーから現代物まで何でも書いてます。
良かったら感想をお聞かせください。

自転車に乗って(14)

2009年12月31日 | 短編小説「自転車に乗って」
「き~もち、いい~~」
 5月の空気を体全体で味わっていた。
 今度の空気は、ほんの気持ちひやりとした感じがした。川が近づいたせいか、本当に気持ち温度が低い気がする。それに、風と一緒に運ばれてくる香りが、今まで経験したことがないような甘さを含んでいた。
 僕は、その甘い風の正体を確かめたいのと、あまり目をつぶっていて、道を踏み外しても危ないので、ほんの数秒後には目を開け、進行方向を見定めた。
 「あれ?」なにかに気が付いた。いや、何かではない。これに気が付かないほうがおかしい。
 僕が走っている道路は、大草原の真ん中の一本道だった。
 左側にあるはずの河川敷にテニスコートやグランドがある大きな川はなくなっていた。
 その代わり青々とした草原が広がり、そのところどころに赤や黄色の花が咲いていた。

自転車に乗って(13)

2009年12月30日 | 短編小説「自転車に乗って」
 「あれ?」なにかに気が付いた。僕は鉄男ではないが、電車の車両数ぐらいはわかる。あの鉄橋のある路線は、いつから2両編成の電車が走っているのだろう。あの方向に行くとすれば都会に向かっていく訳だから、少なくとも8両編成以上の長さだったと思っていたが・・
 あとから考えれば、この時にこそ気付くべきだったのだ。しかし、5月の青空に青々とした草原、吹き渡る涼風に僕の脳の知的活動は完全に停止していた。それとも何か他の方に力を発揮していて通常の思考回路がおろそかになっていたのかもしれない。
 いずれにしろ、この時の僕は、このすばらしく気分がいい状態を維持することが当然のような感覚で自転車に乗っていた。
視界を遮るものがない土手の上の道路は、ずうっとはるかかなたまで見通せた。その道路上には、車はおろか人影さえない。乗っている自転車は、微妙な下り坂のためペダルをこがなくても前進している。頬をなでる空気は、やわらかい水鳥の羽毛のよう・・・で、僕は、またしても思わず目をつぶってしまった。

自転車に乗って(12)

2009年12月28日 | 短編小説「自転車に乗って」
 そういえば、いつの間にか、僕の自転車は住宅街を抜け土手の上の道路を走っていた。
 川の方を見れば、広い河川敷があり緑の草原が広がっている。その草原の中には、菜の花が群生して生えており、緑と黄色の織り成す河川敷は実に清々しい景色だ。
 その向こうには、テニスコートやグランドが・・・あれ?ちょっとした空き地にはなっているがテニスコートもサッカーグランドもない。場所が違ったのだろうか。確かに川べりの道路というものは、どこも似たような感じで勘違いしてもおかしくはない。
 それに、見知らぬ住宅街に入ってから、周りの景色は僕の記憶のデータとは全く一致していない。近所ではあるはずだが見知らぬ風景が続いている。不思議なものだ。
 タタン・タタン・タタン・・と遠くから音が聞こえてくる。かなたの鉄橋を電車が通る音だ。その音の方向を見てみると、銀色の鉄橋を白地に赤のラインが入った電車が走っていく。

自転車に乗って(11)

2009年12月26日 | 短編小説「自転車に乗って」
 下り坂は思いのほか急で、こがなくても減速しない状態になった。座っているだけで少しずつ加速さえする。僕は、自転車の動きはこの重力の力に任せ、どっかりとサドルに座り込み、ペダルをこぐのをやめた。
 川の方を見てみると、はるかかなたには赤色の鉄橋がかかっている。川の色は空の色を反射してか、本来深緑色なのだろうが薄い青色になっており、赤い鉄橋とのコントラストがとても美しい。
 何もしないで下り坂を走っていると、なにやら目がちかちかしてきた。ゴミでも入ったのか。僕は、左手をハンドルから離して目をちょっと覆い隠し、軽く押さえつけ、そのあと両目をこすってみた。その甲斐あってか、目を開いてみるともうちかちか感はなくなっていた。
 (大したことはないな)と思い、左手をハンドルに戻し、視線も川の方に戻した。
 「あれ?」なにかに気が付いた。具体的には何かわからないがちょっと違う。何か変だ。なんだろう?

自転車に乗って(10)

2009年12月24日 | 短編小説「自転車に乗って」
 僕は躊躇なくペダルを2・3回強く踏み、大きく加速した。
 自転車は、下り坂の重力の助けを借りて、おもしろいようにスピードアップしていく。
 僕の右手は、ギアチェンジレバーにかかった。これだけ加速すれば、日頃あまり使わないギア「3」にできるからだ。
 幸い道路は、住宅街の割りに意外と幅広く、車両や人の影もない。
 僕はギアチェンジのレバーをグイっとひねり、最高速のギアにチェーンを絡めた。
 あまり使わないギアなのでちょっと引っかかるかなと一瞬不安がよぎったが、何の支障もなく切り替わった。
 当然ペダルは重くなり、その分加速力もハンパではない。しばらくは立ちこぎのまま加速したが、何度もこがないうち立ちこぎの必要性がないのに気付いた。座ったままこいでも十分加速するのだ。重力のいかに偉大なことか。
 緩やかな空気は、やがて髪をなびかせ学生服のすそをはためかせる位の強さになったが心地よさは全く変わらない。それどころか、川面を渡り河川敷の草原を通った空気は若葉の香りを運んできていて、実に気持ち良い。

自転車に乗って(9)

2009年12月23日 | 短編小説「自転車に乗って」
 この川は、かなり大きな川で、河川敷には緑の草原が広がり、その中にサッカー場やテニスコートなどがある。休日にはスポーツ大会のほかに、さまざまなイベントが開かれたくさんの人で賑わうところだ。
 僕がいる道路は、真っ直ぐと川の方向に伸び、川に沿って盛り上げられた土手の上の道路とY字に合流している。左側は河川敷、右側はまた新たな住宅街が広がっている。
 この時、僕は気が付いていた。このまま進めば、学校はどんどん遠くなっていくことを・・・。
ところが、春の風が頭の中にも吹いていたのか、それとも春の妖精が僕の脳みそを鷲づかみしていたのか、僕の思考は完全に膠着していて、そんなことなどこれっぽっちも考えていなかった。または、考えていたにしても学校など大したことはないと思っていたのかもしれない。

自転車に乗って(8)

2009年12月22日 | 短編小説「自転車に乗って」
 右手の変速レバーをひねり、いつもの「2」に合わせた。カチャン・・下げるときよりも若干重い感じのショックが伝わり、ギアが変わった。とたんにペダルが重くなったが、その分加速力が増した。若干立ちこぎ姿勢にすると、さらに愛車は加速する。
 再び髪の毛が五月の風を浴び、学生服を通して全身が初夏の息吹を感じた。
「気持ちいい・・」
 しかし、周りの景色は僕の記憶にはない。古い街並みではないが真新しい住宅というわけでもない。それでも見た記憶がない。多分、近所だというのにこの道路を通ったことがないのだろう。
 そんなことを思いながら上り坂をギア「2」で登っていった。
 登り坂の後には必ず下り坂がある。緩やかな登り坂の頂上と思われる地点まで立ちこぎのままたどり着いた。前を見れば、さっきまで道の果ては青空だったのが、今度は真っ直ぐな道がずうっと続いている。
 さらにその先は、左側に大きな川が見える。「天神川」だ。

自転車に乗って(7)

2009年12月21日 | 短編小説「自転車に乗って」
 それでも、今走っている道路は思いのほか幅が広く、新興住宅街によくあるように真っ直ぐに伸びていいる。若干登り坂になっているのか、その伸びた先は五月晴れの青空に続いていた。
 青空に続く登り坂はそんなにきつくないと思っていたが、実際ペダルをこいでみると意外と重い。僕は、右手グリップの変速ギアを一番軽く自転車がこげる「1」にあわせるようひねった。
 カシャッ・・ギアが切り替わる軽い音がしてペダルへの負荷がフッと軽くなり、回転数が上がった。スピードは上がらないものの楽に自転車を進めることができるようになった。
 そのまま、登り坂をあがっていく。ペダルは軽くこげるようになったが、スピードがあまり出ないために少々まどろっこしい。
 数軒分過ぎた辺りでだんだん登り具合が緩くなってきたので、ギアを上げることにした。

自転車に乗って(6)

2009年12月20日 | 短編小説「自転車に乗って」
 あのプーさんの角地の家が唯一僕の日頃の通学路との接点だった。それがなければ、今ごろ年甲斐もなく自宅近所で迷子になっていたかもしれない。プーさんに感謝。
 僕は、朝から脳に「アハ」体験をさせながら、そのまま自転車をこいでいつもの通学路に出ようとした。プーさんの家を左に曲がればいつもの道である。ところがここで変な気が起きてきた。これも五月の涼風のいたずらなのか。プーさんの家の交差点を曲がらず、いつもの通学路を突っ切って反対側の住宅街の路地に侵入したのだ。交差点には車両もなく何のストレスもないまま、新たな住宅街に入り込んでしまった。
 交差点から数軒分入って気が付いた。こっち側もさっきと同じように記憶のデータに合致する風景がない。街並みは今流行の欧風建築ではなく、外壁がモノトーンのちょっと前に流行ったような感じの住宅が並んでいた。多分、さっきの路地と同じように、近所なのに通ったことがない道なのだろう。

自転車に乗って(5)

2009年12月19日 | 短編小説「自転車に乗って」
 景色的には、画面を構成する右側の直線と、左側の南方異国的な建築物が五月晴れの青空をバックにまるで有名画家の絵画を見ているようだが、僕の記憶にある街並みの風景とどうしてもマッチしない。
それでも、自転車は真っ直ぐ伸びた舗装路を進んでいる。
 数メートル進んでいくと、何件か先の角地に建っている南欧風住宅の郵便受けが見えてきた。建物の上品さにそぐわない、ディズニーのプーさんがあしらわれたマンガチックな形である。
 「あぁ!」思わず僕の口から感嘆符がもれた。
プーさんのポストをきっかけに、辺りの景色が僕の記憶のデータと音を立てるように一致し始めたのである。何のことはない。いつも通っている道から一本入った路地を逆走していたのだ。この路地は、近所のため小学生頃にはたまに通っていたが、最近はほとんど使ったことがなく、ましてや逆から走ったことなど、よくよく考えてみれば一度もない。こんな南欧風住宅が建っていたなんて全く知らなかった。

自転車に乗って(4)

2009年12月17日 | 短編小説「自転車に乗って」
 澄み切った青空と同じように、空気も透き通っている。頬にあたる風は、どこからともなく若葉の清涼な香りを運んでくる。暑くなくも寒くもない風というのは実に気持ちのいいものだ。まるで小さな妖精がやわらかい羽をあおいで送ってくるようななめらかさだけが感じられる不思議な空気の流れだ。
 その心地よさに、僕は自転車をこぎながら思わず目を閉じてしまった。全身で風を味わいたいと思ったのだ。時間にしてほんの数秒である。その間移動した距離は数メートルのはずなので交通事故に遭うわけもなく、毎日通っている通学路を間違えるはずも無い。
 ところが、目を開けて周りを見渡してみると、なぜか見慣れない光景ばかりだった。道路の右側は、腰の高さまできれいに積まれた玉石の石垣が一直線に伸び、その上には新緑の生垣が丁寧に剪定された姿を誇っている。左側は、南欧風のクリーム色の壁に黄土色のレンガ屋根の新興住宅が並んでいる。

自転車に乗って(3)

2009年12月15日 | 短編小説「自転車に乗って」
 確かに乗ってみれば友達が使っている安いヤツよりも乗り心地はいいし、長持ちしそうである。毎日使っているうちにすっかりお気に入りになった。
 僕は、その愛車にまたがり、いつものように左足を地面について、右足でペダルに体重を乗せ発進した。
 おおっと、いつもより軽い力で進みだした。
 僕の自転車は、三段変速ができるタイプで、右手のグリップ部分に切り替えダイヤルがついている。いつもは、ダイヤル「2」にして中庸の負荷で走るようにしているが、なにかの拍子に「1」になっていたらしい。スピードは出ないものの思いがけない軽い力で自転車が動きだした。
 4・5回ペダルをこぎ、ちょっとスピードが出てきたあたりで、右手の変速のスイッチをひねる。ギア比をいつもの「2」にしてさらに加速する。ギアチェンジがスムーズに行われたため、いつもよりストレス無く巡航速度に到達した。

自転車に乗って(2)

2009年12月14日 | 短編小説「自転車に乗って」
 僕の自転車は、普通のシティサイクルだ。ごく一般的な銀色のブリヂストン製のヤツで、なんの改造もしていない。僕の性格を映しているかのようにありきたりのまじめな自転車である。
 僕はこの自転車を気に入っている。高校に入学した時に祖父に買ってもらった通学用の自転車だ。祖父に言わせれば自転車は日本のブヂリストンかミタヤがいいのだそうだ。僕は無名メーカーの安い外国製自転車でかまわなかったが、祖父にはこだわりがあるらしい。
 いずれにしろ、少々高くても僕の懐は痛まないし、一般的な高校生の僕にとって、唯一自前の長距離移動用ツールで、通学はもとより遊びや買い物など文字通り足代わりとなる自転車なので品質が良いにこしたことはない。
 それどころか出資者の祖父がお勧めするのだから断る理由はどこにもない。喜んで買ってもらった。

自転車に乗って(1)

2009年12月13日 | 短編小説「自転車に乗って」
 今日は天気がいい。
 今日学校に行くと明日から連休だ。世間一般的にゴールデンウィークともいう。
 今年のゴールデンウィークは、休日の並びが良いせいで、数年に一度の6連休なんだそうだ。まあ、今年ほど長くはない例年でも、この5月の連休は、これから暑くなるぞ~活動的になるぞ~とウキウキした感じがする。
 それに加えて、このすがすがしさはどうだ。頭上には五月晴れのさわやかな青空が広がっている。真夏の濃い青と比べるとワントーン薄い色の碧空が抜けるようにどこまでも続いている。
 そんなことを思いながら、僕は数冊の教科書と弁当の入った学生カバンを自転車の前カゴに放り込み、サドルに跨った。

手回しニッポン(28了)

2009年12月12日 | 短編小説「手回しニッポン」
 朝食をとりながら山崎は妻に向かって言った。
「俺、なんか最近痩せてない?」
「そうね、エコ徴兵制度始まってから少し痩せたかもね」
 人力発電には電力を作り出す以外にも、思いがけない効用があった。国民の健康増進である。エコ徴兵制度は、結果的に全国民に週一回以上強制的運動をさせる制度でもあった。それにより、国民の医療費(特に高齢者)が大幅に削減されたうえ、平均寿命も伸びた。
 山崎も例外ではなく、メタボが心配だった腹回りがなんとなくすっきりとしている。
「よし、今日もがんばってくるか」
 山崎はそう言うと、日本の電力の大元であるご飯を納豆とともに掻きこみ、ワカメの味噌汁で朝食を締めくくり、若干張りが無くなったお腹をポンと軽くたたいて立ち上がった。