★しろうと作家のオリジナル小説★

三文作家を夢見る田舎者です。
SF、ミステリーから現代物まで何でも書いてます。
良かったら感想をお聞かせください。

義腕の男2(36)

2015年03月24日 | 短編小説「義腕の男2」
 俺は、加速剤の効用がピークを過ぎ、徐々に萎んでいく気分を自覚しながら、女の子の声が聞こえた廃墟に進んだ。扉のない廃墟の入り口には、あのクリス博士そっくりの少女がこちらを見て立っている。
 まだ、加速剤の影響で鋭敏になっている俺の視覚は、少し離れた場所に倒れているイスラン兵の動きを捉えた。その兵士は、やられたフリをして倒れていたのか、倒れたまま拳銃を持ち上げ、少女の方を狙っている。
 俺は、加速剤の副作用でどんどん鈍くなる感覚を奮い立たせ、もつれる足に活を入れ少女に飛びついた。
 同時に、銃声が響いた。
 俺は、少女を廃墟の入り口から部屋の奥へタックルで避難させることに成功したが、左足に焼けるような痛みを感じた。
 部屋の中の砂の上に二人で転がり、そのまま少女の身体を守りつつ伏せの姿勢をとった。次の攻撃に備えるためだ。が、続きの銃声は聞こえてこなかった。
 代わりに人間が呻く様な声が聞こえ、その後入り口に人影が映った。
「ジェイ!」
 それまで、俺の身体の下で小さく震えていた少女は、その人影を見るなり小さく叫んで俺の下から這い出し人影に近寄っていった。

義腕の男2(35)

2015年03月23日 | 短編小説「義腕の男2」
 動き的には完璧だったが、鋭敏になった俺の第六感はアラームを消さない。確かに手ごたえが薄かったような気もする。
 後ろを見ると、がれきの山の一部が崩れはじめ、中からのっそりと這いだしてくる獣人の姿があった。
「やっぱりか。人間とは違うか」
 俺は、足首の横に収納されているサバイバルナイフを取り出すと身構えた。
 獣人は瓦礫の山からゆっくりと降りてくる。
 その時、さっき俺が飛び込んだ廃屋の中から叫び声が聞こえた。
「殺さないで!」
 女の子の声だ。
 一瞬、その声に気を取られた隙を獣人は見逃さなかった。瓦礫の山を一蹴りすると俺に向かってきた。
 だが、その動きは加速剤が最高に効いている俺の敵ではない。獣人の動きには、さっきのダメージと瓦礫の上という足場の悪さが影響しているのだろう。俺の目には止まっているように見える。
 このスピードならば、手加減できる。俺は、ナイフの持ち方を変え、柄の部分を拳とともに思いっきり獣人のみぞおちに叩き込んだ。
 ギャグマンガならば、背中から手の形が飛び出すような表現になるくらい深々と決まった。
 うつ伏せのまま、獣人は俺の足元に倒れこんだ。ナイフを持ち替え、刃が当たらないように拳を繰り出したので命に別状は無いはずだが、かなりの手応えがあったので、しばらくは目が覚めないだろう。

義腕の男2(34)

2015年03月22日 | 短編小説「義腕の男2」
獣人は、まだ前の場所にいるようだ。
 俺は、頃合いを見計らって建物から外にでた。
 獣人は黄色い目で俺に気づき、うぅとうなり声を上げいきなり行動にでた。
 だが、今度は、見える。
 加速剤のおかげで、相手の動きが手に取るように判る。
 獣人は、前と同じように俺の目の前に突然出現するように動いたつもりらしいが、同じ手は効かない。
 俺は、獣人が目の前に出現する直前に、4倍速の右腕で獣人の胸ぐらの毛皮ををつかみ、獣人の勢いをそのまま利用して斜め後ろに放り投げた。
 多分、獣人はなにが起きたか判らなかっただろう。
 通常の人間には目で追えない程のスピードに乗ったまま、さらに戦闘モードの右腕のパワーを上乗せされて飛ばされた獣人は、俺がさっきまでいた廃屋の隣の小屋の壁に激突した。
 俺が逃げ込んだ建物と違い、若干薄めの石壁のその廃屋は、獣人の衝突でさらにばらばらに砕け散り、もうもうとした砂埃の中で単なるがれきの山と化した。
 俺は、右手の手のひらに残った獣人の毛を、ふっと吹き飛ばした。ちょっと黄色がかったまぎれもないヒョウの毛だ。
 砂埃はあっという間に、砂漠の風で飛ばされ、後には石の山が残っている。

義腕の男2(33)

2015年03月02日 | 短編小説「義腕の男2」
 俺は、腰に付けてあるポーチの中から、一本の赤いチューブを取り出した。
 「この際、仕方ないな・・」
 思わずつぶやきながら、チューブの先端を左肩あたり当て、反対側のボタンを押した。
 シュッという音とともに左肩に冷たい感覚が広がる。
一瞬くらっとめまいがした。この薬を使うといつもそうだ。
 めまいの後、すぐに気分が高揚し始めた。
 それと同時に、周りの動きが全て遅くなってきた。正確には遅くなったように見えてきたのだ。
 左肩にあてた赤いチューブは使い捨て型注射器で、注入した薬は”加速剤”だ。
 ”加速剤”とは、人間の感覚の感度を飛躍的にアップさせる薬だ。五感が異様に研ぎすまされ、早い動きにも対応できるようになる。逆に回りの通常の動きは異様にゆっくりに感じてくる。
 だが、はっきり言って一般的には違法なヤバい薬だ。本来の人間の限界を超える能力を発揮させるのだから、神経がもたないのだ。10分間使っただけで発狂した例もあるらしい。
 俺が打った薬は一応そのあたりも計算し調合されていて、3分で効果が切れるようになっている。それでも、副作用として、効果が切れた後30分位は全身の感覚が鈍くなり、立っていられないほどになってしまう。
 ミッションの最中に戦闘不能になってしまうことは極力避けたい事態なのだが、あの獣人には、そのリスクを覚悟しないと勝てる気がしない。
 ”加速剤”の効きが強くなり、周りの空気の感触がゼリーのようにねっとりとした感じになってきた。
 感覚は敏感になったが身体能力が変わった訳ではない。肉体の動きが超鋭敏になった感覚についてこれないため、身体の動きの重さがまるで空気が粘性を持ったように感じさせるのだ。普通の感覚で動かせるのは、4倍の反射速度を持った右腕だけだ。
 俺は廃墟の入り口から、外の気配を探った。”加速剤”を使うと、第六感まで鋭くなる。見えない敵まで判るようになる。