★しろうと作家のオリジナル小説★

三文作家を夢見る田舎者です。
SF、ミステリーから現代物まで何でも書いてます。
良かったら感想をお聞かせください。

彗星の時(36)

2011年12月29日 | 短編小説「彗星の時」
「えぇ?しかし、父上。ケインを取り逃がしたままでよいのですか」
「800年前の天神の力など迷信に過ぎん。それよりも『天の国』の王家の飛竜が我が領土を侵したのだぞ。これを侵略といわずなんというか。今こそ天下に正当な理由で進撃できる好機じゃ」
 王子は、二人の会話がケインの話から飛竜の話になっていたことにやっと合点し、父王以上に眼を輝かせ頷いた。
「はい、わかりました。遂に念願の『天の国』への出陣の時ですね。早速将軍たちを集めて準備に取りかかります」
 ジーザ王子は、父王に深々と礼をすると、高揚した面持ちで大股に部屋を出ていった。
廊下に出るなり大声で小姓を呼び、将軍たちを集める命令を下しているのが聞こえた。
 ガーゼル王は目を細めながらつぶやいた。
「ふふ、、ジーザもなかなか良い『地の国』の武者になってきたのう。あとは、もっと経験を積んで思慮深さを身に付けねければならんな」
「さて・・」
改めて大帝はサルサに視線を戻し言った。
「サルサ師よ。そなたは天神の力をどう見るか。ジーザにはああ言ったものの800年昔のカール大公が使ったとされる天下を治める力とは、何なのだ」
サルサ導師の表情は目深にかぶったフードのため表情は読み取れないが、しばらく考えた後低い声で答えた。
「・・・本当のところは誰も判りませぬ。800年前の伝説が事実なのか、また真実だったとしてもその後800年間発動しなかった力がまた使えるのか。この世に判る者はいないでしょう」
「ふむ。確かに・・」
「ただ、この度、気になることがございます」
「何だ?」
「はい、ケインの供についていた一人の男のことでございます。その男、黒尽くめの服装の戦士のようですが、たった一人で戦鉄牛を倒し操縦者を引きずり出したのでございます」
「おぉ、その話か。戦鉄牛が1体倒された話じゃな。わしも聞いておる。だがそれは戦鉄牛が突然故障し動けなくなったところに、お主と同じ位の力を持った『天の国』の魔導師が究極秘儀を使ったため倒されたと報告を受けているが・・」
「はい、それは我らが『地の国』の強さの象徴でもある戦鉄牛の絶対的無敵力に傷をつけないために私が指示したものです。実際にはその男が見たこともない武器で一撃のもと戦鉄牛を倒したのでございます。戦鉄牛と魔道は相容れないもの、私と言えど戦鉄牛は倒せませんが、その男はいとも簡単に行ったのでございます」
「ふーむ。何者じゃ、そやつは」

彗星の時(35)

2011年12月25日 | 短編小説「彗星の時」
「ジーザ王子、申し訳ござりませぬ。あと少しのところで、ジュンサイに邪魔をされました」
 サルサは黒いフードを目深にかぶったまま答えた。
 ここは、『地の国』の王宮。
 『地の国』は、広大に広がるアルタイル平原の中心に位置する巨大なオアシス都市で、強力な軍事力を背景に領地を広げることによって富と繁栄を得てきた国家だ。
 武を美徳とする国柄を反映し、壁に描かれた絵画には筋肉美を誇る勇敢な戦士の姿が描かれている等、力強さを際立たせたその部屋は、国を動かす中心である国王の執務室だった。
サルサは、ケインたちを取り逃した顛末を直接国王に報告に来ていた。
「なんと・・」
「ほう、『天の国』が誇るあの白魔導師ジュンサイまでが出てきたか」
王子を制して言葉を発したのは、黒光りした肌に刻まれた深い皺が人間の厚みを感じさせる現在の国王、ガーゼル王だった。地の国の特長そのままに、特に武術に優れた優秀な戦士でもあったことから獅子帝とも呼ばれていた。
「はい。ジュンサイは『天の国』王室の飛竜に乗って、現れましてございます」
「ふむ。場所は確かジアス付近と言ったな」
「はい。国境の町ジアスよりかなり手前の荒地でございます」
「なるほど。。『天の国』の王室の飛竜というのはどうだ?やはり立派なものか。お主の自慢の斑竜と比べてみてどうか」
 国王の質問に真意を測りかねたサルサは一瞬言葉に詰まったが、あることに気が付くと薄笑いを浮かべて答えた。
「・・・はい。私の飛竜よりも一回り大きく、青く輝く巨体に金色の鎧を着けており、一目で『天の国』の王室飛竜と判ります。それはもう見事なものでございます」
「そうか。わが国の飛竜は濃い色のものしかおらん。一度見てみたいものじゃな」
「左様でございますな」
父王と魔導師の会話を聞いていたジーザ王子は、ケインたちを逃した話がなぜ飛竜の話になったのか意味がわからずキョトンとしていた。
すると、王は王子に向き直って言った。
「ジーザよ。例のアルテ洞窟の底で見つかった戦鉄牛と例の『砦』はどうなっておるか」
「は、はい。発掘できた戦鉄牛は30体、そのうち使えるのは約20体で、すでに第87歩兵大隊に繰り込まれており、いつでも出撃できるようになっております。同時に見つかった『砦』は考古学者たちが懸命に調査しております。なんでも戦鉄牛と同じように『記録の部屋』に説明書物があったようで、あと少しで使えるようになるでしょう」
「うむ。既存の戦鉄牛を加えると約80体。まさに無敵の部隊じゃな。『砦』もあと少しか。よし。全軍挙げて出撃の準備じゃ。目指すは『天の国』の王宮ぞ」
『地の国』の王ガーゼルは、目を爛々と輝かせながら王子に命令した。

彗星の時(34)

2011年12月24日 | 短編小説「彗星の時」
 飛び上がると同時に、サルサを囲っていたドーム型の氷壁の中で強い衝撃音が響き、白い亀裂が無数に走った。その数秒後には爆音とともに氷が砕け散り、土ぼこりとともにサルサを乗せた斑模様の飛竜が飛び出してきた。
「もう出てきおったか。さすがよのう」
ジュンサイは後ろを振り返りながら言った。
「やはり、『地の国』の領域では、『天の国』の覇道は利きが弱いのう。仕方あるまい。しっかりつかまってくだされ。スピードを上げますじゃ」
 ジュンサイの言葉通り、青い飛竜は羽ばたき方を変え一気に速度を上げた。
 サルサの飛竜もスピードを上げたかに見えたが、飛行速度はジュンサイの飛竜のほうが上のようだ。スタートの数秒の差も大きいようで、見る見るうちに2頭の差が開いていき、ジュンサイたちはサルサを振り切って『天の国』に向かっていった。

「逃しただと?」
 荒々しい声が豪奢な贅を尽くした部屋に響き渡った。
 声の主は、赤銅色に日焼けした野生的な風貌を持つ一人の若武者だった。
 その声は、腹の底が震えるような類の迫力を持つものだったが、向けられた相手は顔色ひとつかえず対峙していた。

彗星の時(33)

2011年12月23日 | 短編小説「彗星の時」
サルサの飛竜は、再び爪を繰り出した。
 サルサの動きに気が付いたジュンサイは、大きく眼を見開いて「うおっ!」と気合を入れて杖を振るったが小石の襲来に邪魔をされ術を出すのが一瞬遅れた。
 サルサ飛竜の爪は、確実にケインたちの背中に狙いを定め振り下ろされた。ヤーコンはケインの身体に覆いかぶさり、身を挺して守っているが飛竜の爪の大きさに、自分の非力さを痛感していた。 
 その時、黒い影が飛び出し、横から飛竜の爪にぶちあたった。キーンという高周波の音が響き渡り、飛竜の大きな黒い曲がった爪が根元から折れ空中を舞っている。
 いつの間にか、飛竜とケインたちの間に、黒いナイフを構えたシャインが立っていた。
「シャ・シャイン殿」
ヤーコンは、この超戦士に護衛を依頼した幸運に心底感謝しながら立ち上がった。
 シャインはナイフを構えたまま、飛竜と対峙している。小山のような大きさの飛竜にシャインは全く恐れを抱いていないようだ。
「・・お、おのれ~」
サルサは怒りに眼を血ばらせながら杖を振るった。
ゴーという地鳴りとともにサルサの周りの地面が盛り上がり、無数の槍のような形になりシャイン達に襲い掛かった。
 シャインがナイフを構え、防御しようとした時、迫りくる土の槍とシャインの間に白い壁ができ始めた。土の槍はその壁にぶつかり砕けていく。白い壁は、氷でできていた。氷壁だ。
 みるみるうちに氷壁は厚さを増し、さらにサルサと飛竜を丸ごと巨大なドームのような形で包み込み始めた。
「うぬ、ジュンサイめが・・」
 サルサは、さらに強く杖を振って土の槍を増やしたが、氷の壁を打ち破ることができない。
 その様子を見たジュンサイは、飛竜をケイン達の近くに着陸させた。
「ケイン様、ヤーコン、それにそなた、早く乗りなされ。氷の壁なぞサルサには子供だましじゃ。すぐに破って攻撃してくるぞ」
 ケインたち三人は、ジュンサイの言葉に従い、青い飛竜に飛び乗った。
「よいかな。お捕まりくだされ。よし、行け」
 金色に輝く甲冑を身にまとった青い飛竜は、ジュンサイの掛け声に従い、大きく羽ばたき、4人を乗せて飛び上がった。

彗星の時(32)

2011年12月20日 | 短編小説「彗星の時」
「あ、あれは、『天の国』の王家の飛竜だ。乗っているのは・・・白大魔導師ジュンサイ様だ」
 旋回している青い飛竜には、白い服装で長い白髭をたくわえた老人が乗っている。
「ほっほっ・・サルサ導師よ、久しぶりよのう。元気そうで何よりじゃ。確かにここは『地の国』じゃが、ケイン様をかどわかしたのはヌシらじゃろう。返してもらうのに手段は選ばぬ」
 サルサは憎々しげに見上げると、目の前でなにかの印を結び、杖を振り上げた。
 すると、サルサの飛竜の周りから鋭い槍のような土の塊が幾本も飛び上がり、上空を舞ってるジュンサイの飛竜に向かって飛んでいった。
 ジュンサイはそれを見ると、「フン」と鼻を鳴らして
「ヤーコンよ。ケイン様を頼むぞ」
と言うと、「ハッ」という気合とともに杖を振るった。
ジュンサイの飛竜に迫っていた土の槍は、見えない壁にぶつかったかのように霧散し消え去り、替わりに数本の白い氷の槍が、何もない空中から出来上がってサルサめがけて飛んでいった。
「むう」
今度は、サルサが気合を入れて杖を振った。
飛んできた氷槍は、サルサの少し手前でコースがまがりサルサの飛竜の周りに突き刺さった。
 サルサは、再び印を結ぶとさっきよりも大きく杖を振り上げた。
「これはどうじゃ」
地面から小さな小石が無数に浮かび上がり、一斉にジュンサイに向かって飛んでいった。
石が飛んでいくのを見ながら、サルサは飛竜に指示を出した。
「この隙に、ケインを殺れ」
サルサの命令にサルサの飛竜はすばやく反応し、鋭い爪をケイン達に投げかけた。
 だが、ヤーコンの動きの方が一瞬早く、ケインを動きの止まった走鳥から抱き下ろし、飛竜の爪をかいくぐり地面に臥した。

彗星の時(31)

2011年12月15日 | 短編小説「彗星の時」
 隙間は意外と深く、奥まで続いているので入り込んでしまえば、飛竜の爪は届かない。
 飛竜に乗ったサルサ導師は、忌々しげに岩山を睨み付け「まあいい、本命はあっちじゃ」
と言いながら、ケインたちのほうを振り返ると、飛竜は再び大きく羽ばたいて飛び上がった。
今度は、さっきと違い、低空で滑空しケインたちに近づいてきた。
ケイン達に数十メートルの辺りまで来た時、真っ青な空中から爆音が轟き、飛竜の目の前に稲光が立った。突然の出来事に、飛竜はバランスを失い、右に折れそのまま着地してしまった。
「今の雷撃は、、ヤーコン!貴様ではないな!誰だ!・・」
サルサはそう言いながら、はっとして上空を見上げた。
空には、金色に光る甲冑をまとった、サルサの飛竜よりも一回り大きい青い飛竜が旋回している。
「まさか・・、ここは我が『地の国』の領地ぞ!」
ヤーコン達も上空を見上げ驚いていた。

彗星の時(31)

2011年12月13日 | 短編小説「彗星の時」
「ヤーコン導師よ。走鳥使いがいなければもう進めまい。ここで引き返していただこうか」
 飛竜の頭の上には、杖を持ったサルサ導師が立っていた。飛竜と同じ模様の服装をしているため、ヤーコンはすぐには気が付かなかった。
「ビーンを殺したのか」
「いやいや、私は殺生は嫌いでの。それに走鳥も走鳥使いも貴重じゃからのぅ。もっともそなたらの出方次第では、なんとも言えん。この飛竜はデビル種という一番凶暴な種でな。抑えるのも一苦労じゃ」
 飛竜の眼は、両手に掴んだビーンと走鳥を獲物として見つめている。今にも食いつきそうな感じだ。ヤーコンは覇道を使ってなんとか切り抜けようと考えたが、魔人サルサと幻の魔獣である飛竜の取り合わせに対抗できる覇道を思いつくことができなかった。しかも覇道を完璧に発動させるための杖を、走鳥に乗るために背中に括りつけてあり、手に持っていない。魔人サルサ相手に中途半端な覇道では何の役にも立つまい。
 ヤーコンは半ばあきらめてケインたちを振り返った。しかし、ケインはヤーコンを見ずに「シャインさん・・」とつぶやきながら飛竜の方を見つめている。ヤーコンは「えっ」と思い、飛竜に再び視線を戻した。
 巨大な飛竜の足元の影にシャインがいた。いつの間に移動したのだろうか。しかも、サルサも飛竜もシャインの存在に気づいていないようだ。
 シャインは、飛竜の足元から飛び出し、大きくジャンプするとビーンと走鳥を握っている手に体当たりした。かなり強い衝撃なのか、不意をつかれたせいなのか、獲物が飛竜の手からこぼれ落ちた。シャインはビーンとボス鳥が落ちてくるタイミングが予め判っているかのように、一人と1羽を空中で肩に担ぎ、着地すると同時に走り出した。
「な、なんと・・」サルサ導師が目をむいた。
シャインのこの行動は、魔人サルサの想定を超えていたらしい。少しの間あっけにとられてシャイン達を見ていたが、すぐに「逃すな!」と飛竜に命令を下した。
飛竜は大きさに似合わない素早さで再び獲物を捕まえようとしたが、シャインは後ろに目が付いているかのように、捕まる寸前によけ続け、岩山の隙間に飛び込んだ。

彗星の時(30)

2011年12月10日 | 短編小説「彗星の時」
 人間を乗せた4羽の走鳥は、千切れ雲がいくつか浮かんでいる気持ちのいい晴天の下、ボス鳥を先頭にスピードを落とすことなく滑るように街道を進んでいた。一行が走っている街道の周りは、岩と砂の荒涼とした大地が広がり所々に岩山がこんもりと盛り上がっている。
 ケインとヤーコンがどうにか走鳥のスピードに慣れた頃、一行は国境の町ジアスまであと半日という位置までたどり着いていた。
 その時、一瞬4人の上を大きな影が横切った。
 雲の陰とも思われるようなものだったが、ヤーコンはなぜか不吉な感覚に捕われ手綱を握り締めながら上を向いた。と、その瞬間さらに濃い影が4人を覆い、その影から黒い手が伸びたかと思うとビーンが乗ったボス鳥をビーンごと丸ごと掴み、地上から奪い去った。
 ボスを見失った走鳥たちは、突然羽をばたつかせ、スピードを急激に緩めると、ボス鳥を探して辺りをきょろきょろとし、一箇所に固まって止まってしまった。
 ヤーコンは、止まった走鳥に跨ったまま黒い影を見上げ、口を半開きにしてつぶやいた。
「・・・な・なんだあれは・・・ま・さか、飛竜か・・」
 黒い影は、大きく羽ばたきながら近くの岩山に舞い降りた。
 その姿は、頭部には金色に輝く眼と鋭い牙が並んだ口、胴体には巨大な翼と長い尾、強靭な腕と足を備え、不気味な黒と赤のまだら模様をしている。ビーンとボス走鳥は長い爪が生えた両手に鷲づかみにされぐったりしていた。

彗星の時(29)

2011年12月08日 | 短編小説「彗星の時」
 ボス鳥はビーンの足の合図に合わせ、いきなり走り出した。ビーンの言葉通り残りの三羽はケイン達が何もしないのにボス鳥の後を一直線に追い始めた。蹄鉄のない2本足で走る走鳥は上下左右の揺れが激しいため、ケイン達は振り落とされないよう必死で手綱にしがみついた。
 しかし、ある程度走りスピードに乗ってくると、揺れが少なくなってきた。走鳥は黒光りする羽を横に水平に広げ始めた。体の大きさからすると自由に空を飛べるような大きさの翼ではないが、地表を滑空するという感じで飛躍的にスピードが増していく。あの丸太のような足が地面を蹴る回数は、走り始めよりかなり減ったが、逆に一蹴りごとにドンとスピードが増していく。その速度は馬の比ではない。
「うああぁ」
あまりの加速にケインとヤーコンはマスクを抑えて呻きながら手綱にかじりついていたが、シャインは何事もないように平然と乗っていた。

彗星の時(28)

2011年12月07日 | 短編小説「彗星の時」
 間近で見ると、走鳥は大きい。体高は2メートルを軽く超え、黒光りする胴体はまるで黒馬のようだ。だが、よく見ればその輝きは毛皮ではなく羽だと判る。その胴体を支えている2本の足はまるで丸太のようだが、足先は確かに鳥の足の形状をしていた。
「走鳥には乗ったことはなかでしょうが、馬はありやすか?」
 ビーンがたずねると、ヤーコンが言った。
「私とケイン様は乗馬の経験はあるが、シャイン殿はどうかな」
シャインはちょっと首を傾げたが、そのまま横に振った。それを見たビーンは特に困る風でもなく言った。
「基本的に馬と同じような操り方だけんど、判らなくても別にかまわんよ。走鳥は馬と違って群れで行動するだで、群れのボスに付いて来るだよ。オラがボスに乗ってジアスまで案内するだで、あんたらは他の3羽に乗っていりゃあ何もせんと自然に運ばれるだぁ。まずはそっちのお子様から乗るだよ。手伝ってあげっから」
 ビーンはそう言うと、ケインに近づき手近の走鳥に乗る手助けをはじめた。走鳥の背には羽の動きに邪魔にならないような場所に小型の鞍が乗せてあり、慣れないとかなり乗りづらい。それでも何とか三人を鞍上に押し上げたビーンは、最後に一番大きなボス鳥にヒョイとまたがり「では、いきますぞぃ、マスクをしっかりと被ってくだされ」と言うと、鐙に乗せた両足でボス鳥の胴を蹴った。

彗星の時(27)

2011年12月06日 | 短編小説「彗星の時」
「おぉ、これは芳醇なヴァイン酒の樽だな。飲まなくても良い気分になりそうだ」
 ヤーコンに続き、ケインとシャインも樽にすっぽりと収まると、蓋をされ旅籠の前に待っていた幌のついた馬車に積み込まれ出発した。幌の横には、大きくイノシシのマークと(早便)という文字が書いてある。急ぎの荷物を運ぶ貨物用の馬車の表示だ。
 心配したとおり、開いたばかりの町の門には兵士が検問をかけていたが、酒樽の中身まではチェックされず、難なく町の外へ出ることができた。
 朝日の中、街道をしばらく進むと馬車は止まった。御者が樽の中の三人に合図を送り蓋を開けた。
「大変失礼いたしました。ずいぶん揺れがひどかったでしょう。無事シアークの町を出ました。そこの岩陰に走鳥を用意してあります。それにお乗換えくださいませ」
 3人は、馬車を降りると、御者に礼を言い岩陰に回った。馬車は何事もなかったかのように再び朝日の中を走り去っていった。
 岩陰には、4羽の大きな鳥と一人の男がいた。男は、三人に向かって
「ご無事で何よりだで。オラは走鳥使いのビーンと申しますだ。国境の町ジアスまでお供するようジニー様に仰せつかっております。まずは、このマスクをお付けくだせぇ」
 ビーンはそう言うと、三人に帽子のような物を渡した。被ってみると顔をお面のようなマスクで覆うことができるような造りになっており、眼の部分はガラス製で視認性が確保されている。
「走鳥はスピードが速いだで、これを着けんと眼も開けらんねぇだ」
 ビーンはそう言うと、一番近くの走鳥の羽を愛おしそうになでた。

彗星の時(26)

2011年12月05日 | 短編小説「彗星の時」
 翌朝まだ暗いうち、三人は既に出発の準備が整っていた。三人とも魔導師の服装をし、昨日とは違った模様のたすきをかけ、頭には金色の細い輪をはめている。
 ケインはその金輪が気になるのか、頭に被る角度を気にしながらヤーコンに聞いた。
「この輪は何なんですか」
「これはサルサ導師に察知されないよう気配を消すものです。この魔導師の服装と呪文を書いたたすきにもそれなりの効果はありますが、この金輪がしていればより安全なのです」
 ヤーコンが説明していると、ジニーが寄ってきた。
「昨日はよくお休みになられましたか」
 三人がうなずくと「ではこちらへどうぞ」と案内した。
 ジニーに促され旅籠の裏に回ると、そこには空の酒樽が三個置いてあった。
「いきなり旅籠から走鳥が3羽も走り出したらかなり不自然ですし、町の門にはまだ『地の国』の兵たちがいると思いますので、一旦貨物用の馬車に紛れ込んで町を出ていただき、その後走鳥に乗り換えていただきます。ですので窮屈でしょうがこの樽に入って運ばせていただきます。よろしいですね」
「なるほど、いたし方ありませんな。そうとなればとにかく急ぎましょう」
ヤーコンは率先して空き樽に入り込んだ。

彗星の時(25)

2011年12月04日 | 短編小説「彗星の時」
「えっ、王族の男子ですか?」
「そうだ。直系の王族の男子が天神の力を手に入れることができるのだ。ところが、そなたも知っているように王族はなぜか女系一族で、代々男子はほとんど生まれない。たまに生まれても、短命で15歳まで生きられなかったり、瞳の色が伝説どおりではなく「操りの間」に入れなかったり、長年天神の力を授かることはできなかった。
 近年で「操りの間」に入ることができたのは、800年前の偉大な賢帝と呼ばれるカール大公だ。大公は、まさに伝説どおりの瞳を持った直系の男子で「操りの間」で天神の力を手に入れ、当時祖国に迫っていた北の蛮族を追い払い、南の地の国の野望を食い止め天下に平静を取り戻された。ケイン様はそのカール大公以来の碧玉色の瞳を持つ直系の男子。800年ぶりに我が『天の国』の力を天下に示す機会が来たわけだ」
「あのカール大公とはそういう人物だったのですか」
「ああ、一般には並外れた戦略と卓越した戦術で祖国を救った英雄ということになっているが、実際には天神の力を駆使して平定したということだったらしい。この伝説は、いつしか他国の魔導師にも伝わり、800年ぶりの直系男子ケイン様の誕生は他国の脅威となった。そして今回、15歳の誕生日の直前にケイン様が行方不明になってしまった。最近特に力をつけてきた『地の国』の手に落ちてしまったのだ。警備は万全だったのだが、魔人サルサ導師が絡んでいたとなればいたしかたあるまい。とりあえず、なんとかお助けすることができここまでたどり着く事ができた」
 ヤーコンは、ふー、と大きくため息をつき、既に冷えている青茶を飲み干した。
「天神の力とはいったいどのような力なのでしょう」
「ふむ。そこがよく判らないところなのだ。当時の記録もあいまいで、いつの間にか勝利を治めていたような記述しかない。賢帝カール大公も15歳の誕生日に天神の力を手に入れた後、短い在位期間で退位されその後の記録は一切ない。その辺りの謎も、ケイン様がお戻りになられれば何か判るかも知れん」
 ヤーコンは、空になった青茶の茶碗をテーブルに置くとジニーに向き直って言った。
「・・・いずれ王宮に無事に帰り着かねばならぬ」