★しろうと作家のオリジナル小説★

三文作家を夢見る田舎者です。
SF、ミステリーから現代物まで何でも書いてます。
良かったら感想をお聞かせください。

彗星の時(4)

2011年05月28日 | 短編小説「彗星の時」
 その時、傍らの茂みから背丈と同じくらいの杖を持った一人の人間が現れた。その男は、フード付きのマントを羽織っているためどんな表情なのかよくわからないが、あたふたと焦りながら少年に近づいた。
「ああ、良かった。間に合わないかと思った。ケイン様、ご無事ですか。お怪我はございませんか」
 フードの男は、そう言いながら杖の元のほうを少年の体の前でぐるりと円を描いて回しブツブツなにかを唱えた。
 それを見た少年は、やっと意識が現実に戻ってきたのか、数回まばたきすると、
「・・・ヤーコン導師、来てくれたのですか。助かった・・」
と言って、縛り付けられていた石柱にもたれかかった。
 呪文を唱え終えたヤーコン導師と呼ばれた男は、
「大丈夫のようですね。本当に良かった」そう言うと、傍らに立っている光る剣を持った男に向き直り、深々とお辞儀をした。
「どこの部族のお方か存ぜぬが、なんとお礼を申し上げればよいか。私の力では、あのように大きなゾンデは、動きを少し止めることぐらいしかできなかった。本当にありがとうございました。しかし、その剣はなんという輝きをしているのですか。すばらしい」
 男は、手に持った光の剣を軽く持ち上げ、握りの部分を軽く操作した。すると輝きがフッと消え刃の部分がすっかりなくなり握りだけになってしまった。
 男はそのまま、手に残った剣の握りの部分を背中のバックパックに入れた。
 ヤーコンはそんな男の動作など気にせず、周りの気配を察知し話を切り替えた。
「ケインさま、今の異変に気づいて、村の連中がやってくるでしょう。早くこの場を離れましょう。光の剣の御仁はどうなされるか」
 男は光剣の御仁と呼ばれ一瞬動作が止まったが、再びヤーコンに視線を移し、軽くうなずいた。
「では、こちらへ。ここに野生のパグ鹿の獣道があります。ここをたどれば街道に出れます。急ぎましょう」
 パグ鹿とは、ジャングルに生息する小型の鹿の一種で、自分のテリトリーをぐるぐる回る習性があり、その際自分専用の獣道を利用する。ヤーコンはその道をこの場からの脱出用に見つけていたらしい。
 3人は、ヤーコンを先頭に一見道など無いように見える茂みの中へ踏み込んでいった。


彗星の時(3)

2011年05月25日 | 短編小説「彗星の時」
 頭部と思われる先端には、眼らしきものは無く、その代わりに無数の鋭い歯を備えた大きな口がぱっくりと開き、火炎のような口の奥から鳥肌が立つような鳴き声を発している。
 少年の周りには松明が焚かれており、その姿が暗闇に浮かび上がるようにセッティングされていた。ムカデの化け物は、その明かりに引き寄せられるようにするすると近づいていき、その不気味な口をさらに大きく開き、鎌首を上げて少年を丸呑みにしようと襲い掛かった。
 「うがあああああ・・」
 少年は、自分の死を覚悟したのか目を閉じ顔を背けた。
 ところが、一瞬、化け物は見えない壁にぶつかったかのように動きが止まり、固まったように動かなくなった。
 次の瞬間、暗闇に一筋の光がきらめき、その輝きは化け物の首の辺りを横切った。 
 いつの間に現れたのか、化け物と少年の間には光る剣を持った男が立っていた。ついさっきまではるか遠くの丘に立っていた黒尽くめの男だった。ほんの数分の間に、鬱蒼としたジャングルを飛び越えて来たらしい。
 その手に持った剣の光色は化け物の首を横切った輝きと同じ色だった。
 男はその光る剣を改めて構え、ムカデの化け物と対峙し直したが、化け物は光が横切った頚部から緑色の体液を噴出させ、禍々しい口をぱっくり開けたままの頭部を地面に落下させた。
 それと同時に、頭部を失った胴体部分は体側の足を盛んに動かしはじめ、猛スピードで出てきた穴に後退し、緑色の体液の筋だけを残しあっという間に見えなくなった。
 残された頭部は、牙だらけの口を力なく空けたまま、男の足元で2・3度痙攣したが、その後動く気配がなくなった。
 男は、それを確認すると、剣の構えを解き少年の方に近寄っていった。そして、少年を石柱に縛りつけている鎖に無造作に光る剣を当てると、子供の腕ほどもある太い鎖は、音も無く切断され、少年の足元にジャランと落ちた。
 少年は、何が起きたのか理解できないように呆然としており、鎖が外れてもしばらくそのままの姿勢を崩さなかった。

彗星の時(2)

2011年05月24日 | 短編小説「彗星の時」
 短髪に刈り上げたその浅黒い顔は、20歳前後に見えた。
 全身つや消しの黒色の服を着て、背中には何か荷物の入った小型のバックパックのようなものを背負っている。
 しばらく空を見上げていた男は、彗星を含めた夜空の星々を全て見飽きたかのように視線を下に移し、自分の両手を見つめ始めた。
「俺は誰だ?」
 まるで初めて動かすかのように、両手の指をばらばらに動かしたり軽く握ったりしてみてその動きをじっと見つめていた。

 その時、男の立っている丘から数キロ離れた場所に、岩が崩れるような鈍い音とともに巨大な土埃の柱が立った。
 男は、視線を手からはずし土埃の柱を確認すると、なんのためらいも無く、その方向へいきなり走り始めた。
 男が立っていた丘とその異変があった場所との間には、10メートル以上も落差がある崖と、野蛮な植物が生い茂った鬱蒼としたジャングルが立ちはだかっている。
 しかし男は全く躊躇もせず、ものすごいスピードで崖を駆け下りると、ジャングルの直前で大きくジャンプし、数十メートル離れた巨木の梢に飛び移った。さらに、そのままワンステップでもっと先の木の枝に飛びはねる。まるで、森の中を住処とする野生の猿のような機敏な動きだった。しかし猿と決定的に違うところは、男の身長が180センチ位もあるにもかかわらず、蹴っていく枝がほとんど動かないことだった。

 異変があった場所には、子供の悲鳴が響いていた。
 12・3歳位だろうか。色白で金髪の少年が石柱に鎖で縛り付けられている。その少年は、元々整った顔をしているようだが、大きく見開いた眼と恐怖に引きつった顔は地獄を見た死者のように土気色になり、喉の奥から搾り出すような悲鳴を上げていた。
 少年を死の世界へ引きずり込もうとしているのは、巨大な生物だった。全長数十メートル、太さは2メートルもあろうかというムカデに似たテラテラ光る生き物が、蛇のように鎌首を上げて土埃とともに地中から這い出していた。体側にずらりと並んだ足が規則正しく波打つように動き、かなりの速さで移動している。

彗星の時(1)

2011年05月20日 | 短編小説「彗星の時」
 その夜、本来漆黒であるはずの天空に、一筋の長い光の帯が横たわっていた。数百年に一度だけ現れるその星は、長い長い尾を引いた大彗星だった。
 その輝きは、まるで夜空に穴が開き、その穴から神々の輝く血が噴き出したかのように禍々しく見えた。人々は、自分には凶事が起きないよう各々が信じる神を思い、巨大なほうき星が浮かんだ夜空を不安げに見上げていた。

「ここはどこだ?...」
 一人の男が彗星の輝く夜空を見上げていた。
 男が立っている場所は、明かりひとつ無いジャングルの中の小高い丘の頂だった。丘の周りには、原始の野生がむき出しになった森だけが広がっていて、人間が通れるような道どころか野生動物が通る獣道さえ見当たらない。
 にもかかわらず、その男の服装には汚れひとつ付いていなかった。