00:23 from web
『トイ・ストーリー3』 おもちゃに限らず、道具とはそういうもので、何かの比喩と考えるのはよけいな勘繰りではないかと思う。少なくとも、望ましくないメッセージをわざわざ掘り出して批判する前に、読み取るべきことがあるのではないか。
00:53 from web
『トイ・ストーリー3』 (あ、誰かの解釈を批判しているみたいな書き方になってしまった。自分の考えを、思い直して自分で否定してみたところです。)おもちゃは人間の前では無生物として振る舞わなくてはならない、というルールがあるために、作品中の人間はファンタジーの存在を認識していない。
01:17 from web
『トイ・ストーリー3』 作品中の人間の認識は、あくまでも現実的で、おもちゃと持ち主とは意思の疎通ができない。しかし、物語の重要な分岐点で、カウボーイ人形のウッディの人格と、持ち主のアンディが遊びの中で設定した、想像上のウッディの人格とが一致する。
01:26 from web
『トイ・ストーリー3』 アンディは「(彼の想像上の)ウッディならこうするだろう」という選択をするが、それは当然ウッディ本人の望みと重なる。お互いが納得して選んだ結果であり、しかもそれが最良のものとして描かれるために、見事な着地点としか言いようがない。
01:38 from web
『トイ・ストーリー3』 しかも、そのウッディの人格と、それによる選択は、1作目の試練を経て、利己性や傲慢さを拭い去ったところに成立したものであることを考えると、さらに必然的なものに感じられる。
01:51 from web
『トイ・ストーリー3』 そして、アンディがウッディの人格を、想像の中で理解していることにより、両者の目が合う場面で、ウッディが自ら動いていない=動けないにもかかわらず、単なる感傷以上の意味が表される。そこでは、二人の意思が確かに通じているのだ。
by kamei_diary on Twitter
『トイ・ストーリー3』 おもちゃに限らず、道具とはそういうもので、何かの比喩と考えるのはよけいな勘繰りではないかと思う。少なくとも、望ましくないメッセージをわざわざ掘り出して批判する前に、読み取るべきことがあるのではないか。
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『トイ・ストーリー3』 (あ、誰かの解釈を批判しているみたいな書き方になってしまった。自分の考えを、思い直して自分で否定してみたところです。)おもちゃは人間の前では無生物として振る舞わなくてはならない、というルールがあるために、作品中の人間はファンタジーの存在を認識していない。
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『トイ・ストーリー3』 作品中の人間の認識は、あくまでも現実的で、おもちゃと持ち主とは意思の疎通ができない。しかし、物語の重要な分岐点で、カウボーイ人形のウッディの人格と、持ち主のアンディが遊びの中で設定した、想像上のウッディの人格とが一致する。
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『トイ・ストーリー3』 アンディは「(彼の想像上の)ウッディならこうするだろう」という選択をするが、それは当然ウッディ本人の望みと重なる。お互いが納得して選んだ結果であり、しかもそれが最良のものとして描かれるために、見事な着地点としか言いようがない。
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『トイ・ストーリー3』 しかも、そのウッディの人格と、それによる選択は、1作目の試練を経て、利己性や傲慢さを拭い去ったところに成立したものであることを考えると、さらに必然的なものに感じられる。
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『トイ・ストーリー3』 そして、アンディがウッディの人格を、想像の中で理解していることにより、両者の目が合う場面で、ウッディが自ら動いていない=動けないにもかかわらず、単なる感傷以上の意味が表される。そこでは、二人の意思が確かに通じているのだ。
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