仮名日記

ネタと雑感

やすいはなし(エルサレムを建つるまで)

2007年05月30日 | 社会
 5月20日の読売新聞のコラム『漂流する倫理』で、駐日イスラエル大使エリ・コーヘン氏が、こどもの規範意識を育むためにイスラエル全国で小学生を対象に行なわれているプログラムについて述べていた。「それは、放課後の時間を使って自分たちの村や町のどこか、例えば寺院や山まで歩いて出かけ、そこで集めた話を何らかの作品にしてもらうものだ。作品は絵でも作文でもいい。劇や歌を作った子供もいた。そうして自分の町から隣町へと次第に行動範囲を広げながら、子供たちは、地域を愛する心を自ら育てる」という。
 パレスチナ人民を慢性的に虐殺し続けて省みないイスラエル政府の高官が、諄々と「倫理」について説いてみせることへの違和感はさておき、彼の紹介するプログラムが、イスラエル本国でどのように機能しているのか、とても気になる。イスラエルの小学生たちが「自分たちの村や町のどこか」に出かけていき、そこで何を目にするか。自爆攻撃による惨状や、パレスチナ人居住区との分離壁や、国境の検問所でのイスラエル兵士によるパレスチナ人民への露骨で陰湿な嫌がらせをかれらが見たとしたら、どんな作品をつくるのだろうか。

 想像してみよう。

・ 画用紙一面を灰色に塗りたくった「分離壁の絵」
・ 家の模型を作ったあと叩き壊した「テロ現場ジオラマ」
・ 分離壁迷路(中にネズミの死体が転がっている)
・ テロリスト立体パズル
 (ボタンを押すと人体の各部がバラバラに吹き飛ぶ。元に戻せない)
・ ムハンマド危機一髪(剣を刺すとムハンマド人形の首が飛ぶ)
・ 大イスラエル主義塗り絵(イスラエル周辺の白地図)
・ イスラエル怨歌
 (こーろせ、こーろせ、こーろせ。我らの敵、パレスチナのテロリスト)
・ パレスチナ人民を「あの下等なウジ虫ども」と書き連ねた作文
・ パレスチナ自治区を核攻撃する近未来SF小説
・ ボクの考えた新しい拷問器具一覧
・ パレスチナ人民の皮膚でつくったブックカバー

 こども達がこんな作品を作って持ってきたら、イスラエルの小学校教師たちはどんな指導をするのだろう。もちろんイスラエルにも穏やかな日常があるはずだが、現実に巷に溢れかえっているネガティブな事柄を題材にした作品が含まれていなければ、それは真に郷土に根差した教育とは言えないことになる。
 まともな倫理観の持ち主なら愛しようもない酷たらしい郷土の実態を、教師たちは子供達に直視させているだろうか。郷土のどこかにはある美しく希望に満ちたもの、立派で高級で清潔なものだけを作品にしろと教えてはいないか。あるいは、いま目の前で起こっていることはすべて「外」の人間たちのせいであり、自分たちは何も悪くない、自分たちは正義だと教えているのかも。そうした欺瞞の結果として育まれる「規範意識」が、どれほど偏ったものになるかは想像に難くない。
 かれらは「郷土を愛する心」に充ち満ちた国民には育つだろう。盲目的に郷土の美しさ・正しさを愛してやまない人々に。しかし、そんな「郷土を愛する心」が、他者の痛みへの想像力や、自己の過誤についての内省を根本から欠落させ、不幸と憎悪を連鎖させていくであろうことは、イスラエルの現状を見れば一目瞭然ではないか。