第33回
「なんや、バタやんも出てきたんか。彼ら、ほったらかしにされて、どないしてんねやろうなあ」
会社の近くに借りている駐車場に田端が駆けつけると、堂島は案の定クルマの中にいた。助手席に座ると堂島はニヤリとした目を向けてきた。
「俺だってほったらかしにされたようなもんだよ。話すのも面倒くさいから追っかけてきたんだけどさ」
田端はシニカルな笑みを返し、溜息を漏らす。
「竹沼、結構しんどいんやろうなあ。もう9年?10年?」
「9年かな?」
「ようもってるもんや、9年も。ずっと赤字なんやろう?」
「竹沼はそう言ってるけど、9年も赤字のままでやっていけるもんかなあ」
「ま、手はあるわなあ」
「あるの?」
「増資すればええやんか。赤字でも、借入金なしやったら続けられるわなあ」
「赤字の会社の増資って……。わけわからんけどなあ」
「だから屋上屋のように新規事業を接ぎ木して、新しい芽が吹いてくるように見せかけてるんちゃうの?増資のネタとして」
「でも、接ぎ木ったって、大元の根と幹があってのことだろ?」
「だから、その確かさをアピールに来たんちゃう?いろいろ展開していけるワン&オンリーの技術を俺たちは持ってるんだって」
「ドウやん、見抜いたのか?それを」
「それこそ、昔取った杵柄やで。腐っても鯛ってもんや。証券会社は世界公認の賭博会社やで。そこで修行した男やからなあ、簡単には騙されへんわ」
「すまん。俺が人前で愚痴ったせいで」
「5000万のこと?かまへん、かまへん。愚痴りたくなって当然や。ホンマのこと言うと、俺かて迷ってたんやから。目の前の現金という確かさを取るか、今のビジネスの確かそうに見える部分を信じるか。正直言うと、昔の仲間に会うたいうてもたった一人やし。金を作る努力、そんなにしてへんかったんやから」
「そうだったんだ。会社止めようかなって思ってたんだ」
「半々やったかなあ。薄~い皮一枚で、どっちにでも転んでしまいそうな……」
「でも、会社畳む話を具体的にしたのは、今朝が初めてだよね」
「バタやん、占部が辞めてCM共和国に行くって、いつ聞いた?」
「二週間くらい前かなあ」
「そやろ?俺、1ヶ月半前には相談受けてたから。バタやんには言いにくい、言うてなあ」
「え?!なんで?なんでも相談乗ってたのに」
「だから、ちゃうか?恩義に感じてたんやで、あいつも」
「だったら!」
「ほら、そうなるやろ?だから言いにくかったんちゃう?ま、もっとステップアップする環境がウチにはないって、あいつが判断したんやから、そりゃあしゃあない、いうもんちゃうか?限界なんや、わしらの」
午前中、二人でじっくり話し合い、3ヵ月後を目処に会社を清算することに決めていた。その時はむしろ、さばさばとした表情を見せていた堂島の顔が曇り、口元には悔しさが滲む。
「このワーゲン・バン買った頃が一番楽しかったなあ。そう思わへんか?」
ハンドルを撫でる手を止めこちらを向いた堂島の横顔が、夕陽に赤い。フロントガラスの向こう乃木神社の森に、つるべ落としの夕日が沈んでいく。
「ロケーション・サービスを使うのを止めて、ロケハンとロケには自分たちのクルマで行きたいなあ。クルマはワーゲン・バス。脇腹に乃木坂CM研究所って江戸文字で入れて。言うたんはバタやんやったなあ。ええなあ、楽しそうやなあ思うて、目標にしたんやで、俺。いつ頃やったかなあ」
「80年代半ばだったと思うよ。まだ仕事も多くて、予算もうるさくない頃だった気がするなあ。会社作って3~4年の、勢いのいい頃だよ」
「そうか~~。経営も楽やったもんなあ、あの頃は」
堂島と田端は夕陽に顔を染めながら、来し方にしばし想いを馳せる。しかし、すぐに意識はこれからへと切り替わっていく。
「バタやん、これからどうする?」
「フリーでやっていくことになるのかなあ」
「仕事はそうやろうけど、プライベートは?」
「あ、そっちか。結婚するつもりだよ」
「いつ?」
「半年後かなあ。離婚して1年は経ってからにしたいって言うからさ」
「彼女が?年に似合わず、しっかりしてるやないか」
「一緒に生きていきたいって言ってるんだけどさ、どうなんだろうね」
「バタやんはどうなの?」
「元妻二人とも、一緒に生きていこうってことだったんだけどさ。ダメだったねえ。いつの間にか違う方向を見てることに気付いたって言うか、向き合うことがなくなったて言うか……」
「向き合うって、そんなことしたらアカンがな。向き合って、見つめ合ったり話をじっくり聞けるんは、最初の頃だけやで。ウチの嫁なんか、今まともに目なんか合わせたら“なに見てんの?あんた。また何か企んでるんちゃうやろなあ”て、怒られるのがオチやで」
「一緒に目標持って生きたいだけなんだけどさ」
「バタやん、若いなあ。3回結婚できるはずやわ」
「最初は同じ目標持ってても……」
「男と女の目線は違うしな。住む場所決めて、家財道具買って、二人の巣作りするまでは同じ目標持ってるような気がするんや。で、落ち着くと、今度は子供や。その頃は目標失ってるから、子供がかすがいになってくれて……。俺、古い男やなあ」
「さっきから思ってたんだけど、ドウやんとこうやって隣合わせで前向いて喋ってるの、いいもんだねえ。行き先も決まらず、見ている景色もお互い漠然としててさ。こんな感じで一緒に生きていけたらいいんだろうなあ」
「うん。そやなあ。空気と時間は共有してるし、夕陽を見ながら俺たちの会社の終わりも共有してるしな。お互い自立さえしてれば、バタやんなんかには一番向いてる関係かもしれへんなあ。……そう言えば彼女、店やってるんやろ?」
「ちっちゃいバーだけどさ、ミッドナイト・ランよりちょっとだけ広い……」
「バーテンダーになることは考えてへんの?」
「それはないんじゃない?二人の生活費稼げるような店じゃないし」
「一緒に生きていくことはできるわなあ」
「で、一緒に店を大きくしていく?……高山さんが言ってた台詞だけど“目標とか夢なんて所詮かりそめのものだ。だから、厳しい現実への言い訳で使われることが多いんだよ”っていうのを思い出す話だねえ」
夕日が最後の光彩を放ち、乃木神社の森は黒い陰になっていく。前を見つめる二人の横顔も陰影を強め、はかない憂いを帯びていく。
「編集やってる二人は半徹決定だろ?どう?ドライブにでも行く?」
「ロケ班待たなくてええか?」
「所詮絵コンテをビデオコンテにしてくれって話だし、今日中ってわけじゃないし。クライアントの言いなり営業の言うこと聞くのも最後だしさ。行こうよ」
「よし!行こう!」
堂島がエンジンを掛ける。中古のワーゲン・バンが震える。
「さて、何処行こう」
ワーゲン・バンのライトが薄暮の駐車場に光る。
「広尾まで行ってみようか。それから先は、そこで決めよう」
「あ!最初のロケや!」
「そう!半地下の駐車場に灯りが点り、クルマが目覚めてエンジンが始動する。さあ出かけるぞってゆっくり駐車場を上がってきて右にターンしていく……。ちょうどこんな時間に急いで撮ったんだよな」
「で、ほとんどオンエアされなかった……」
「でも、俺たちの門出の仕事だったんだもんな」
「懐かしいなあ」
ワーゲン・バンが駐車場を出て行く。堂島は、外苑西通りに方向を定める。外苑西通りに入ってしまえば、後は一直線だ。
青山墓地を抜け青山陸橋下を左折。外苑西通りに入る頃には年の瀬の空はもう暗く、左に続く青山墓地と右に連なるビルとの境界線を走っている感覚だ。そして、青山墓地が途切れると、喧騒への入り口に差し掛かる。
「そう言えば、安達ちゃんのオフィス、西麻布の交差点の手前だったなあ。……あいつ、どうしてんだろうなあ」
竜土町の三叉路にさしかかる頃、田端が呟やく。
「確か、交差点から4つ目か5つ目のビルの……」
西麻布の交差点手前で身を乗り出し、右上方に目を凝らす。
「あ!安達ちゃんのオフィス、電気点いてたような気がするぞ!」
行き過ぎるクルマの後方から確認しようとするが、もう視界に捉えることはできなかった。
*次回は9月23日(火)予定 柿本洋一
*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7
*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981
*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795
*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647
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