昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……32

2014年09月12日 | 日記

第32回

 

「竹沼君。どう?ITの方。金になってきた?コピーもやってるんやろ?二刀流やもんなあ、竹沼君。偉いなあ」

竹沼の向かいに堂島、飯嶋の向かいに田端が腰を下ろすとすぐ、堂島は竹沼に挨拶代わりの褒め言葉を繰り出す。堂島のいつものやり方だ。

「ITの方が金にならないもんで……。大変ですよ」

「そら、一緒やで、広告業界も。広告で稼いでる人間なんて、ほんまに一握りやからなあ。代理店もどんどんブラックボックスがなくなって旨味減ってるしなあ。テレビ局もあかんやろう?アナウンサーを子会社で採用して、そっから派遣させてるいうしなあ。ま、一番搾られてんのは、うちらみたいな制作会社やけどな……。先見の明あるわなあ、竹沼君。9年前やったか?もう広告業界は構造不況業種や言うて、ITに乗り出したんは」

「遅かったですよ、始めるのが。僕なんかが気付くくらいの時は、もう市場の創成期じゃないんですね。本当に先見の明がある奴は、40年、50年前からじっくり始めて、虎視眈々と打って出るタイミングを狙ってたような気がしますよ。なあ、飯嶋」

「ウチなんかでも言えるなあ、それ。上の人間が“これからはコレだ!”って言う時は、大体遅きに失しているか、極端な安全策への回帰だもんなあ。現場を知ってる人間が……」

飯嶋が竹沼に向けていた顔を前に向ける。田端は俯き、堂島は自分が起点だった話題にもう飽きているかのようだ。

「そんなことはどうでもいいんですけどね。変えようもないことだし。それより、ほれ、竹沼」

飯嶋は、今回のミーティングの仕掛け人竹沼に、趣旨説明を促す。竹沼は缶コーラを脇によけ、書類を4人分並べて待ち構えている。

「ちょっと待ってくれる?」

書類を配ろうとする竹沼を制し、田端が口を開く。話す許可を求めるように向けられた目に、堂島が頷く。

「勝手な思い込みかもしれないんだけどさ、まさか出資の話じゃないよな」

田端の目が鋭く竹沼を窺う。

「いや……。て言うか、まあ、最終的にはそういうことになるかもしれませんけど、その前に、まずどんな事業を考えているのか、それを聞いていただこうかな、と。なあ、飯嶋」

初めて竹沼の目的を知った飯嶋は、曖昧に返事をし、竹沼の手元の書類を斜めに覗き込む。焼き鳥を食べながら話した時の書類と大きく変わったようには見えない。

「俺、ドウやんとの付き合いが長いから、関西風の価値観に染まってるのかもしれないけど、金が要るのか要らないのか、要るとしたらいくらくらいなのか、それを訊いてからじゃないと話を聞かない体質になってるんだよ。CM制作も予算聞いてからの話しだしな、本来。クリエイターは予算を無視しがちだけどさ」

「関西的価値観かどうかは別にして、お互いに関わり合う価値があるかどうかの判断に、お金のことって大きいと思うんや、僕も。話をじっくり聞いた後に、なんやお金が要るんかい、それやったらええわ、ていうのも失礼やしなあ」

堂島がにこやかに補足する。飯嶋には、二人の間では“竹沼は出資の要請にやって来る”と話が決まっていたように見える。比留間のカシミヤのチェスターコート姿と食いつくような目線を思い出す。

「おっしゃるとおりだと思います。理に適ってますよ、ビジネスの話ですもんね」

飯嶋は同調してみせるが、まだ半信半疑だ。どこに出資を求めるのかについては、前もって飯嶋に相談があってしかるべきであり、乃木坂CM研究所は、竹沼と飯嶋が目論んでいるITを活用した“ちゃりんちゃりんビジネス”の映像コンテンツ制作に協力してもらおう、ということで名前が出てきただけだったからだ。

「竹沼君は昔からの仕事仲間だし、疑ってかかってるわけじゃないし。率直に言ってくれた方がいいと思うんだよな」

竹沼がもう一度配ろうとする書類を押し返しながら田端が言う言葉に苛立ちが漂う。

「資金計画、どうなってたっけ」

飯嶋は引き寄せた書類をめくり、予め打ち合わせ済みかのように振舞う。入社間もない部下を交渉の場に同行させた時のことを思い出す。と同時に、竹沼に対する疑念が突然浮き上がってくる。

「わかりました。そんなつもりじゃなかったんですけど、そうおっしゃるなら……。ただ、いろんな形で協力いただければいいなあ、というのが本音のところなんで、金額は明確じゃないんですけど。いろんなパターンがありますし……。ストック・オプションも考えてますし……。一応今飯嶋と考えているのは、資本金1億5000万でのスタートなんですが……、銀行からの借り入れなしで設備投資やシステム構築をすることが前提で……、の話なんですが……」

竹沼の説明に飯嶋の疑念が膨らむ。二人で何度かシミュレーションした時は、資本金1億円だったはずだ。

「で?!ウチに期待してるのは?」

田端が指先でテーブルを叩く。堂島は、缶コーラを一気飲みせんばかりだ。

「3000万から5000万……、で、どうですか?」

竹沼が少し声を張る。田端はその瞬間前屈みだった身体を起こし、苦笑いを浮かべる。堂島は吹き出しそうになったコーラを飲み込み、薄笑いを浮かべて田端を見た。

「すいません。なんか唐突で」

飯嶋がフォローすると、堂島はゲップをしながら「いいえ、いいえ」と笑った。

「根拠はないよね、きっと。必要だから、他で用立てできないから、全体の3分の1だとバランスよさそうだから、というような理由で決めた金額だよね?ね!竹沼君」

なぜか堂島は楽しそうに笑い続ける。しかし一方、田端の表情は一変し、険しい目が竹沼を睨み付けている。

「根拠はありますよ。だから、事業の概要説明と事業計画をお見せしようと……」

「それは資本金1億5000万の机上の根拠で、我々の出資金の根拠じゃないでしょ?」

堂島の顔が徐々に引き締まっていく。

「堂島さんの出資メリットの説明ならできますけど」

「それは口頭で?書類になってるの?」

「今は口頭になりますが、ご希望であれば後ほど書類にして……」

書類に目を落としながら不服そうに言う竹沼に、またもテーブルを指先で叩き始めていた田端が、突然声を荒げる。

「竹沼!お前、堂島が5000万持ち逃げして困ってるっていう俺の話、聞いてたよな。帰ってきたって話も。5000万を元手に金を作ろうとしてたって話もな。堂島が証券マンだったことだって知ってるよな。それで、3000万から5000万て踏んだんじゃないのか?!お前、帰ってきた5000万を狙ってるだけだろう!違うか?」

怒りの手のやり場がなく、田端はコーラの缶を握り締めている。

「まあまあ、バタやん。見事に予想が当たったんやから、それでよしとしようや。しかし、舐められたもんやなあ、わしら」

抑制の効いた堂島の声が少しかすれる。その表情には、かつて見せたこともないビジネスマンの顔が覗いている。

「5000万持って昔の知り合い訪ねて、金を作ろうとしたのは確かけどやね。笑われたわ。“昔とった杵柄、今持てるか?杵柄かてもう古いやろう。止めとき、止めとき。今の仕事、頑張ったらええがな”って言われてな。竹沼君、あんたがやろうとしてること、チンピラ詐欺師やでえ。新しい杵柄の構造と使い方くらい勉強した方がええんちゃう?……僕、ロケハンでもしてくるわ」

堂島は一気に話し終わると、飯嶋に軽く会釈をして立ち上がり出て行く。

気まずい空気を引き裂こうと、「田端さん」とすがるように声を掛ける竹沼の肘を、飯嶋は強く掴む。

「ロケハンて言ってもなあ、どこに行く気なんだろう」

ぼそりと呟いて立ち上がり、「ドウや~~~ん」と田端は、堂島の後を追った。

腕を掴んだままの飯嶋を振り返り、「ITビジネスはわからんだろうな、彼ら」と竹沼は言う。腕を掴んだ指に力を込めながら、飯嶋は、しばらく竹沼とは距離を置こうと思う。そして、商社の今の部署の片隅に席を置く5年後の自分の姿を見たような気がした。

                              *次回は9月15日(月)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647


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