昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星  59

2012年03月21日 | 日記

大の字になっていた奈緒子の腕が僕をしっかりと掴まえた。首が引き寄せられ、唇と唇が重なった。奈緒子の鼻息が熱く僕の鼻を襲う。かぐわしく、心浮き立つ匂いが鼻腔に侵入してきた。僕は、大きく息を吸う。奈緒子の腕に力がこもる。半身起き上がった奈緒子を引き寄せ、僕も負けじと抱きしめた。そしてそのまま、僕たちは息が苦しくなるまで抱き合っていた。

「ねえ、ちょっと待ってて。お布団敷くから」

ふぅと唇を離して、鼻先と鼻先を付けたまま、奈緒子が囁く。「うん」と応えようとするが、乾いた喉から言葉は出てこない。頷こうとして、ごっつんこしてしまう。奈緒子は痛そうなしかめ面を大げさに僕に見せつけ、立ち上がる。いつの間にか下になっていた僕は、奈緒子がいなくなった空間を持て余し、横向きになって頬杖をつく。開け放した窓の向こうに葡萄棚が眩しい。

「外側にしようか。暑いもんね」

ひょいと僕をまたいでいく奈緒子のスカートの端が鼻先をかすめる。薄い敷布団とタオルケットを敷いて、その上を軽く叩いている奈緒子の影がかわいい。のどかで、たまらない。

こんな時間が続くのなら……、とふと思う。置き去りにした時間や、それを共にした数々の人影が霞のように浮かぶ。会いたいと思うのは、夏美さんだけだ。多くの言葉は一体何のために費消されてきたんだろう……。

奈緒子の影が止まる。丸く小さくなっている。やがて、その影がタオルケットに潜り込む。何が起きているのか、僕が何をすべきか、それはわかるのだが、改めて戸惑う。欲望に身を任せることが苦手な僕に、奈緒子は失望しないだろうか。失望させることがなかったとして、果たしてその後、僕たちはどうなるのだろう。僕は何を、どうすれば…………。

「来ないの?」

逡巡を断ち切る声がした。奈緒子はもう踏み出しているんだ、と思った。踏み出した先に、何が待ち受けているか……。そんなことを考えることが、まるで小さなことであるかのように……。「来ないの?」という一言に含まれたじれったさは、自分の意志を見定められない僕への激励でもあると思えた。

僕は一気に動いた。ジーンズもボクサーパンツも脱ぎ去り、シャツのボタンを外すのももどかしく、右の袖口のボタンは止まったまま、タオルケットに潜り込んだ。

汗ばんだ奈緒子の身体を左腕で引き寄せ抱きしめると、奈緒子が抱き返してきた。僕の右手の自由が利かないのに気付き、袖口のボタンを外してくれた。

「慌てたの?」

外し終わると、耳元で奈緒子が囁いた。彼女の鼻息がまた、僕の鼻を刺激する。大きく吸い込み、自由になった右腕を回し、もう一度力いっぱい抱きしめた。女の子の肌って気持ちいいんだなあ、と思った。動きたくないくらいだった。

しばらくそのままじっとしていると、「ねえ、経験あるんでしょ?」と奈緒子がまた耳元で言った。「うん、一応」と応えたが、僕の経験が経験と言えるものかどうか自信はなかった。

「いいのよ」。次に奈緒子はそう言うと、横向きで抱き合っていた僕の身体の下にそっと身体を入れてきた。途端に、何かに押され突き飛ばされたように、僕は無我夢中になった。

それから、いくつかの失敗を乗り越え、僕たちは何度も抱き合った。僕は耳と目だけになっていた自分自身が肉体を取り戻していくのを実感していた。うれしく、気恥ずかしく、心地よかった。何の不安もなく、過去もなく、未来もなかった。ただ抱き合っていることに、心から満足していた。

やがて僕の腕の中で寝息を立て始めた奈緒子を見つめた。顔の小さな特徴まで覚えようと思った。右眉の中に黒子を見つけた。愛しくてたまらなかった。

 

「あ!もうこんな時間なんだ!」

大きな声に目を覚ますと、目の前に奈緒子の裸の背中があった。左肩に大きな黒子があった。そっと触れると、奈緒子が振り向いた。

「起こしちゃった?ごめんね。だって、10時過ぎてるんだもん。びっくりしない?」

目をこすりながら奈緒子越しに窓の外を見ると、もう外は暗い。遠くに石神井公園駅の明かりが小さくちらついているだけだ。

「真っ暗だね」

奈緒子の起き上がった上半身をタオルケットの中に引きずり込み、また抱きしめる。いつの間にか東京の言葉になっている。

「起きる?……お腹空いたでしょ?」

確かにお腹は空いている。しかし、この時間が終わらせたくない。

「このままでいよう」

僕は奈緒子の裸の肩を強く引き寄せた。

「飢え死にしないようにしないとね」

笑ってそう言うと、奈緒子は僕の乳首を小さく捻った。

つづきをお楽しみに~~。    Kakky(柿本)

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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