小杉さんへの怒りがどこから生まれたものなのか。それもクリアになったような気がした。「“庶民”とはなんだ!!そこに選民意識はないか?!って、俺は君にも言いたい!」
そんな怒りの言葉を三枝君に吐きながら、僕ははっきりと思い出した。吉田山の山頂で僕の頭に血を上らせたのは、“一般大衆”という言葉だった。
「組織の運営は、一般大衆を操作するのに似ている」
小杉さんは、確かにそう言った。そして、あろうことか、「柿本君、君は僕と同じタイプやと思う。組織にいて属さず、運営する側に身を置くべき男や。……どや?一緒にやらへんか?」と、言葉にならない怒りを口いっぱいに含んでいる僕の肩を叩いてきたのだった。
いきなり眦を決して噛み付く僕に、三枝君はいかにも楽しそうに笑い出した。京子はそんな彼の肩にしなだれかかりながら、口を尖らせ「ふむ、ふむ」とばかりに頷いている。
「そういうとこなんやろなあ、小杉さんが気に入ってるのは。君の中にある抑制された激情に、小杉さん、きっと気付いてはったんやろなあ」
「わかるような気いするわ~~」
したり顔の三枝君の横顔と僕を見比べながら、京子が頷く。その両手は三枝君の肩に乗っている。
急に僕には、何もかもが忌まわしく思えてくる。
「一体どうなってるんや!君ら」
勢いよく立ち上がると、バスタオルが股間から落ちた。
「あ!見えたんちゃう?なあ?見えたやろう、京子~~」
「うん、うん。何かがチラッと……」
三枝君が指差して笑い、京子が調子を合わせる。僕はボクサーパンツの端を押さえながらしゃがみこむ。怒りを恥ずかしさが覆い、そこに今度は疎ましさが覆い被さってくる。“京子って女はどうなってるんだ?リクルーターなにか?それを疑いつつ、三枝君は一体?……”
なんとか帰りたいと思いつつも、パンツ一丁ではそれもままならない。溜め息を吐き出しタバコをもらおうと目を上げると、京子は三枝君の太腿を枕に、下から三枝君を見つめている。ひとしきり笑った余韻を二人で楽しんでいるように見える。
「すごい日差しやし。二時間もすると乾くと思うよ。もうちょっと待ってね」
京子の向こうから和恵が声を掛けてきた。
「今何時頃なんやろう?」
和恵に尋ねる。なんとも間が持たない。
「2時過ぎ違うやろか?そこ。枕元。窓の下に時計あるけど」
言われて、ひっくり返っていた時計を持ち上げる。2時半になろうとしている。
「6時には帰る約束なんよ。大丈夫?ジーパン乾きにくいけど……」
三枝君と京子が目に入らないように、首を伸ばして和恵と話す。
「仕事してるんやもんねえ。……なんとかせんとあかんねえ……」
思案する顔になる和恵が、僕の目にはやけに新鮮に映る。
「すまんかったなあ、いろいろと……」
膝を叩かれ三枝君を見ると、片手で拝む仕草をしている。その太腿の上から首を捻り、京子もこちらに“ごめんね”と目配せをしている。
「夕べ、京子と話し合ったんよ。……で、やりなおそう、いうことになってな……。リクルーターの件も、直接聞いて疑い晴れたし……」
暢気な結論だなあ、と呆れつつも、「わかった。君らがええんやったら問題ないし……。けど……」
「桑原君のことやろ?」
京子が僕の懸念を察知する。
「…うん。……彼、どないすんの?」
住み込みの部屋で京子から聞いた経緯や気持は、嘘だったとでもいうのか。抑えても抑えきれない不機嫌が声に出てしまう。
「帰ってきたら、三人でじっくり話すことにしたから。帰ってきたら、やけど……」
三枝君の口ぶりには、桑原君は帰ってこないだろう、との判断があるようだ。
“好きにしろ~~!”と叫びたい気分を抑え、僕はとにかくタバコを吸うことにした。短くなったタバコから次のタバコへ。次から次へと火を移しながら4本目になった時、三枝君が京子の頭を下ろし、僕に向き直った。
「しかし、小杉さん、君のこと諦めたんとちゃうで、きっと。今ちょっと幹部が不足してるしな。なんかまたアプローチある思うで。気い付けんとあかんで」
「何をいな。断ったらええん違うの?」
三枝君の言わんとしていることが僕にはわからない。
「いや、まあ、おいおいわかってくるんちゃう?何かあったら相談するんやで」
「わかった。その時は頼むわ」
と、謝意を表したものの、僕には見当もつかない。不思議の多い日だなあ、と思いながらなんとなく部屋を見回した。いつの間にか和恵の姿はなく、強い日差しは、京子の身体にまで到達していた。
* 月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
第一章“親父への旅”を最初から読みたい方は、コチラへ。
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もう2つ、ブログ書いています。
1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)
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